集中
「どーよ!」
茜が虚空に向かってドヤ顔で叫ぶ。
『いやおかしい───』
そこまで言ったところで、言い淀んだ。そして、再び声が聞こえてくる。
『それ、よく見たら……なるほどな。そりゃ燃えないわけだ』
「ん?なんだ?何か理由があったりするのか?」
『いや、それはまた後でのお楽しみってやつだ』
「もったいぶんなよな!」
茜がふくれっ面で怒鳴っても、答えは帰ってこなかった。その代わり、急に辺りが真っ暗になった。
「なんだ!?」
茜が驚いて辺りを見回す。しかし、先程の炎も、森も、何も見えない。
『辿り着いたみたいだな。あとは、お前次第だ。俺を───』
先程まで聞こえていた声がぷつりと途中で途切れる。
「あれ?おい!どうした!」
茜が虚空へ呼びかけても、返事が帰ってくることはなかった。茜は、「どうすりゃいいんだ」と愚痴をこぼしながらも、歩を進めた。しばらく進むと、再び声が聞こえてきた。しかし、それは、先程茜を導いた声ではなく、否定的な声だった。
『もどれ……もどれ……』
「へっ、誰が戻るかよ」
声に反して、1歩踏み出した茜だったが、次の瞬間地面に伏していた。足に痛みが走る。
「なんだこれ」
先程踏み出した足からは、血が大量に吹き出ていた。足の感覚が希薄になっている。足が痺れている時と似た感覚がした。
周りから不愉快な笑い声が聞こえてくる。ケタケタと愉快そうに笑うそれは、前から聞こえてくるようにも、後ろから聞こえてくるようにも思えた。
『集中……集中……』
再び声が聞こえてくる。先程、もどれと言っていた声たちだ。
「もしかして、おまえらは警告してくれてたのか……?」
茜の問いかけに声は答えない。相変わらず、『集中……』と繰り返している。しかし、茜には何に集中すればいいかがわからなかった。そんな最中、木刀を握っていた右手に痛みが走る。手を見てみると、足と同じように血が大量に流れ出ていた。再び、不快な笑い声が耳に響く。
これで茜は確信する。ここには何かがいる。それは、自分を殺しに来ている。しかも、弄ぶように、殺しを楽しんでいると。
「気に食わねえ」
茜は目を閉じ、何かの存在に集中する。音、気配、息遣い、なんでもいいから、何かを感知するため、五感を研ぎ澄ませる。そうしていると、急に思考がクリアになった。すると、ある言葉が浮かんできた。
『集中……集中……』
「集中……」
瞼を上げ、銀色の瞳で見据えながら、茜はその言葉を発した。
「集中」
視界が開ける。あたりは開けた森の広場のような場所だった。先程、スルトと戦った場所と同じ場所なのかもしれない。茜を襲った者の姿がわかる。体は黒い羽毛に覆われ、頭にはクチバシがあり、まるでカラスのような見た目の人型の生物であった。その漆黒の羽毛のせいで、姿が見えなかったのである。
しかし、茜が見ていたのはカラス人間などではなかった。遠くに見える木の洞、そこだけ眩く光っているように、茜には見えた。
茜は、再起不能と思われた手足をどうやってか動かし、四つん這いで地面を弾いて木に向かって飛んだ。その動きを見て、カラス人間も茜を追いかけようとするが、茜はそれの3倍ほどの速さで木にたどり着き、洞の中にあった一本の剣を引き抜いた。
『よく見つけた』