到着、始動
茜が飲み込まれた時より少し遡り、町にひょっこりと一つだけある山の中、鬱蒼と茂る木々の中に、異物が紛れ込んでいた。
「アカネ着いたぞ」
アカネと呼ばれた少女は、閉じていた目を開ける。
「この感覚はいつになっても慣れんな」
立ち上がり、関西訛の話し方で、声をかけた白衣の男を無表情で見やる。白衣の男は、一見何の変哲もない人間の男に見えたが、頭だけ、リアルなニワトリの面を被っていた。
「アカネ、そろそろ慣れろよな」
「セキって呼べってゆうたよな?」
「でも、俺にとってはたった1人の娘のアカネなんだけどな」
「その大事な娘を実験体にした男が言うことか」
男が面の下でどんな顔をしたかは、誰にもわからないが、男は頭の後ろに手を回して頭をポリポリと軽くかいた。
「なにはともあれ、まずはいつもの情報収集だな」
「そうやな。この世界はどういう変化があるのか、ちゃんと調べとかんと後から痛い目に遭う。シン」
セキの影から黒い煙が立ち上る。それは徐々に実態を持っていき、セキとうり二つの少女の姿を取った。違う点と言えば、セキの桃色の髪に対し、その少女は漆黒とも言える真っ黒な色の髪をしていること。そして、眼球が黒く染まっていたことだ。
「よう。ここはなかなかに奇妙な空気が漂ってるな。全く、☓☓☓☓☓だぜ」
酷く低い声で、黒目の少女、シンは笑いながら言った。開いた口からは酷く歯並びの悪い歯を覗かせていた。
「それ、聞き取れんし表現もし辛いからやめてくれっていつも言ってるよな?」
「くっくっく。悪いな、意識しないと忘れちまいそうでよ。ちなみに、さっきの言葉は最高って意味だぜ」
不気味に笑うシンからは、皮肉の意味を含んでいることが容易に感じられた。
「じゃあ、いつもの通り世界を見てくるとするぜ」
「頼んだ」
シンは影の中に溶けるように消えていった。
「じゃあ、俺も情報収集するとするわ。おまえはあれだろ?」
「うん」
「じゃあ別行動だな」
白衣の男は手をヒラヒラと振りながら歩いていった。男の姿は、木々に溶けるように見えなくなっていった。
セキが山下りを終えると、そこは住宅街であった。道に出て横を見ると、少し遠くに鳥居が一つ見えた。どうやら、山道が一応あるようだった。神社かなにかがあるのかとも思ったが、そんなに整備されている雰囲気もなかったので少し不思議に思ったが、セキにはやらなければならないことがあったので、そんなことは気に止めるほどでもなかった。
住宅地は十字路が多く、見通しが悪かったため、セキは上空から探し物をすることにした。
「傲慢のビッグフット」
セキが呟くと足元の影がセキの体を押し上げた。影は黒い塔のようになり、その頂上にはセキがいた。そこからは住宅地が一望できた。
「見つけた」
目的のものを見つけたセキは、恐ろしい速さで移動するそれの移動経路上に移動した。そして、タイミングを合わせて上空から落下した。
「傲慢のビッグマウス」
セキの体を黒い影が包む。それは直径10メートルほどの大きさになり、落下を続けた。そして、地面に当たる瞬間、目的のものを包み込んだ。地面に衝突した黒い塊は、ドロドロに溶けていき、その中からセキが姿を表した。
「今回は……どうなんかな……」
セキは無表情のまま空を仰いだ。