ともしび
「ねえ君、私と一緒に生きてはくれないか?」
こんな道端で高校生のコドモの私にこのオトナは一体何を言っているのだ。
私はただひたすら怪しいやつだと思った。
「わかるよ、君の言いたいこと。多分だけどね。だけど君を見ていると自分の負の部分が具現化されてるみたいでなんだか面白いんだ。だめかい?」
そのオトナは楽しそうに私に言った。
私はそのオトナの目を見ることしかしなかった。
私が何か言葉を言おうなんてこれっぽっちも思っていない。
私は何も言わない。それが無難な逃げ方だ。
「何も言わないってことは、一緒に生きてくれるってことでいいかい?それにね、君、目つき悪いって言われるだろ?それなのにそんなふうに見られちゃ私びびっちゃうよ。」
笑いながらオトナは言った。
よく喋る人だ。目つきが悪いなんて言われ慣れているし、私にとっちゃどうってことない。
それに、この人が一緒に生きてほしいと言うのなら別に断る必要もない。ただいつものように逃げて過ごせばいいのだ。
「君は何も言わないね。いいんだけどさ。じゃ、同意してくれたってことで。じゃあ明日はここに夕方四時に来てくれよ。今日はもうお暇にするよ。また明日ね。無口な私の相棒よ。」
そう言ってオトナは去っていった。
そうか、明日も会うのか。初対面で負の具現化なんてひどい言いようだ。でも、嫌な気はしなかった。いや、何も感じなかったのか。
我ながら自分の感情はとてもよくできていると思う。誰に何を言われようと何も感じない。
だから悲しいとか嬉しいとか怒りとかそんなのがないから疲れなくて済む。いつだってまっさらだ。
そんなことを考えながら歩いていたらいつのまにか家に着いていた。
いつものように風呂に入って着替えてご飯を食べて寝る。それ以外は何もしない。親とだってろくに会話もしなくなった。でもそれでいいのだ。
私には。
寝る時が1番苦痛だ。何も見えない。誰もいない。私だけなのだ。今日も苦痛と共に眠りにつく。
目を覚ますと朝だった。何も変わらない。つまらない、くだらない1日がまた明けた。
意味を持たない制服を着て学校に行ってただ意味もなく話を聞いて誰とも会話せずいつも通りに波風を立てずに過ごすのだ。
「やぁ。来てくれたね。待ってたよ。学校は終わったかい?」
何を言っているんだこのオトナは。学校が終わってなければ私は来ない。
そんな私をみてこのオトナは愉快そうに笑った。
「ほんの冗談さ。少しくらい軽口を叩いたってバチは当たらないだろう?今日は我が家へ招待しようと思ってね。とりあえずついてきておくれよ。」
いつもこのオトナは私をみて楽しそうにしているのだ。よくわからない。わかろうとする気もないのだけれど。
そんなことを考えていたらオトナの家に着いた。
「まぁ上がってくれよ。コーヒーでも淹れるからさ。適当に座って。」
適当なんて1番困るのだ。
私は邪魔にならない隅の方に座ることにした。
私の前に置かれたコーヒーからはなんだか懐かしい匂いがした。
きっと普通のコーヒーの香りなのだろうけど。
「このコーヒーね、私の行きつけのカフェの豆なんだ。ここのカフェがまた素敵なんだよ。落ち着くし、家にいたくない時なんてすぐそこに逃げ込んでしまうんだ。誰かしらいるからね。飲んでみてよ。美味しいから。」
一口飲んだ。確かに美味しい。美味しいのだ。
「ね?おいしいだろう?」
このオトナは私の気持ちを読んだかのように言った。
「そうだ、私たち名前を知らないから呼び名をつけよう。君はきっと教えてくれないからね。うん、アンってのはどうだい?そうだな、私はロウって呼んでくれよ。由来とかそんなもんはいつか時がくれば教えるさ。興味ないだろうけどね。」
呼び名などどうでもいいが由来はあるのか。
きっとロクでもないんだろうな。なんてことを私は考えていた。
「おや、日が暮れたね。やっぱり冬が近くなると日が暮れるのが早いね。ちょっとベランダに出ようじゃないか。」
そう促され私たちはベランダに出た。
ロウはクシャッと笑ってタバコを咥えた。
「私が吸うだけなのにわざわざアンまでベランダに出して意味がわからないだろう?」
そう言ってロウは笑った。
意味がわからないに決まってるじゃないか。こんな寒いのに外に出るなんて。
「日が暮れるとこの世が静かになるだろう?そんな時にねこうやって吸うのさ。そしたらね、すごく小さな音だけどタバコが燃える音が聞こえるんだよ。」
確かに静かだ。不気味なほどに。タバコが赤く燃える光がより一層濃く主張されてるみたいだ。
タバコさえもまるで自己主張しているかのようだ。
微かな燃える音までたたせて。
「何だか私タバコの煙が空に上がってくの見ると落ち着くんだ。体には悪い煙なんだろうけど何だかきれいに見えてしまうのさ。」
そう言ってロウはフウっとタバコの煙を吐いた。
わたしにも確かにタバコの煙は美しく見えた気がした。
「今日はわたしの学生時代の話をしようかな。聞いてくれるかい?中学の時の話さ。」
どうせ答えずともロウは話し始めるじゃないか。
そう思っていたら、案の定話し始めた。
「私、小学校か中学一年くらいまでは多分わりかし学校好きな方だったんだよね。多分。人に比べたら。で、小学校から中学に上がる時にやっぱり期待しちゃうじゃん、心機一転っていうかさ。
それで、すっごく期待して入ったわけよ。一年目はね、多分そこそこ楽しかったんだ。仲のいい友達もできてふざけてって感じで。部活にも入ったんだ。そこでも仲のいい友達はできたんだ。ここまで聞いたら順風満帆ってとこだろ?」
私は何の反応もせず聞いていた。
「ところがそんな楽しいだけじゃなかったんだよ。校則だの人間関係だのなんかだが自分には足枷でしかなくなったんだ。」
足枷ー。
私にはわからない。関わらないのだから。波風立てずただそこにいるだけだから好きも嫌いも言いようがないのだ。
「私はさ、私を生きたいんだ。誰に何を言われるわけじゃない、私自身を生きていきたいんだよ。嫌なものは嫌って言いたいし、誰かに指図されてその上を歩くだけなんてごめんなんだ。周りの大人からしたら全く可愛くなかっただろうね。」
ロウはそう言ってカラッと笑った。
私だってきっと周りの大人からは可愛くは思われないから人のことは言えない。
「多分そこはメイもそうだろうね。随分と大人びてるし。」
そんなことわかっている。
ロウはケラケラと笑った。よく笑う人だ。
「ごめんごめん、脱線したね。続けようか。私自身を生きるのに学校ってすごく邪魔だったんだ。だから、逃げたくなったんだよ。1ヶ月くらいかな。学校に行かないでみたんだ。試しにね。どうなったと思う?」
そんなこと私が知るわけないじゃないか。
「聞いて驚くなかれさ。なんとだよただの堕落した学生さ。」
流石に吹き出しそうになってしまった。
そんなのわかってたことじゃないか。
「笑っちゃうだろ?流石に自分でもやばいと思ってね、学校に行き始めたんだ。だけどやっぱりなんだか窮屈でね。でももう1ヶ月休んじゃっただろ?その成果もさ、もう自分の中で出てる訳だし行かないって言う選択肢は無くなったんだ。だからまぁ少しの辛抱かと思って行くようになったんだ。」
結局この人は何が話したいんだ。
気がつけばもう夜の9時をまわっていた。
「まぁそんな顔せず聞いておくれよ。っと言いたいところだけど、割と時間が時間だな。送るよ。」
そう言うと部屋に戻った。
帰り道あんだけしゃべっていたオトナは不気味なほどにおとなしかった。
またいつも通りの朝だ。
なんの変哲もない面白みなんてなにもない1日が始まった。
こんなことを言ってはきっと親不孝者だとか理解ができないとか言われるんだろうが、私はさほど長生き願望がない。
むしろシワがないうちにこの世に別れを告げてしまいたいくらいだ。
きっと叶わないのだろうけど。