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12月28日・前編

閲覧ありがとうございます!それではお話の始まりです―――

 その日、俺は久しぶりに味わった感触に頭を混乱させたまま、口をぱくぱくさせていた。


(なんで(ひかり)が俺の布団の中にいるんだよ!?)


 俺が混乱した原因。それは、俺の布団の中ですやすやと寝息を立てる少女のせいであった。ブロンドのかかった金髪に人形のように整った顔立ち。まさに美少女と言える彼女は、どうやら幼少期からの癖で俺の布団の中へ潜り込んできていたようだった。

 しばらく状況の呑み込めなかった俺は、ようやく昨日あった出来事を思い出す。


(そうだ。昨日、光が幸子(ゆきこ)さんに連れられて――)


 そうして俺が昨日の出来事を思い出していると、不意に居間と俺のいる寝室を繋ぐふすまが開かれた。と同時に、ふすまを開けた人物からの刺し殺すような視線が向けられる。


「・・・やる。今そう決めたわ」


 その言葉と共に俺たちを見ていた視線の主は、祖父の介護をしている少女のみやこの物だった。




「だから、誤解だって」


 その後光を起こし居間へと向かった俺は、今にも手にした凶器(アツアツのお湯)をかけてきそうなみやこをなだめるように口を開いていた。


「どこが誤解なのよ?昨日言ってたことは嘘だったのね」


 そう口にしながら徐々に熱湯の入った器を俺に近づけてくるみやこ。そして、もう1人の当事者である光は――


「なんだか2人が仲良さそうで嫌だ」


 そんな文句を口にしながら、俺の分「だった」朝食を口にしていた。その光景から分かるように、光が俺の分を食べている時点で俺は強制的に朝食抜きである。なお、俺の分は勝手に光が食べ始めた。

 ・・・俺が何した?むしろ何もしてないぞ?

 俺は引きつった顔でみやこに声をかける。


「いや、マジでそれは洒落にならないから。――あの、みやこさん、聞いてる?」


「問答無用!」


 次の瞬間、俺の目の前に彼女が手にした熱湯が置かれる。


「・・・は?」


 予測していた光景と異なる展開に、俺は思わず呆けた声を出してしまう。そんな俺を見たみやこが、なぜか勝ち誇ったような表情で声をあげる。


「すぐに準備するからこれでも飲んで待ってなさい。あ、私が戻るまでに残ってたら残りをぶっかけてあげる」


 そう言い残し、台所へと向かうみやこ。少しすると、美味しそうな香りが居間にまで漂ってきた。

 思わずその香りに期待を抱く。だが、目の前に用意された熱湯を視界に入れてしまった俺は、思わず息を飲む。


(あらた)、頑張れよ。これは新婚夫婦の――」


「いや、明らかにそれはないでしょ」


 祖父が訳のわからないことを言い出そうとしたので俺は先に遮る。・・・ていうか、どこの新婚家庭にこんななんの変哲もないアツアツの熱湯を食卓に出す輩がいるんだよ。


「お兄ちゃん、火傷しない為にも何とかしないと」


「いや、それはそうなんだが・・・」


 いくら何でも、100度近い熱湯なんて口にしたら火傷は確実だろう。かといって冷まそうにも時間はほとんどない。なぜかと言えば、おそらく、3分もたたずに俺の前には朝食が並ぶ気がするからだ。

 実際、台所の方では既に盛り付けの作業に入っているのか、少なくとも火を使っているような物音は聞こえてこない。

 そうなれば、俺のとれる行動と言えば・・・飲んだフリをすることだけだろう。だが、おそらくそれは祖父の口によって簡単にばれるだろう。


(四面楚歌とはこのことか)


 昔の故事から生まれた言葉を思い出す。今でもどこにも逃げ場がないときなどに使われる言葉だが、まさか自分自身が使う時がこようとは。

 そうこうしていると、みやこが台所から朝食を持って居間へやってくる姿が見えてしまった。


「お待たせ。・・・あれ、新君、飲み切ったのね」


「へ?・・・あ、ああ。まあな」


 気づけば目の前の容器に入っていた熱湯がすべてなくなっていたことに気づき、これ幸いにと俺は同意する。


あらははしっかり(あらたはしっかり)のんでほったほ(のんでおったぞ)


 向かいに座る祖父が、あくびをしながらそう口にした。


「・・・そうなの?光ちゃん」


「ふえ!?う、うん。飲んでたよ?」


 急に声をかけられた光が驚いた声をあげながらも、なんとか口にする。


「そうなの。わざわざ沸騰するまで待ったって言うのに」


 みやこが残念そうに口にする。・・・おそらくあのまま残っていれば俺は今頃熱湯をぶっかけられていただろう。なんだか分からないが、消えてくれた熱湯に感謝だ。


「・・・せっかくお礼が出来そうなチャンスだったのに」


 みやこがぼそりと呟く。と同時に、祖父が「しまった」という表情を浮かべていた。




 朝食後、俺は祖父の家の庭で光と共にいた。久しぶりに俺と遊びたいと光が口にしたためだ。

 昨日降っていた雪は10センチほどだが積もっていたらしく、一歩踏み出すたびにザクザクっというあの童心をくすぐるような音がしていた。


「んしょ。・・・お兄ちゃんも見てないで手伝ってよー」


 1人で黙々と雪を丸めていた光が、不意に俺の方を見て声をかけてきた。


「はいはい。・・・で、何作ってるんだ?」


 光のそばまで行った俺は、手にした雪の固まりをいじる光に声をかける。少しずつ丸かった雪の固まりは楕円形の球体へと変化していく。

 すると光が、急に近くにあった葉を2枚ちぎり球体に刺した。


「雪ウサギ。・・・目は無いけどね」


 そうして完成した目無しの雪ウサギを俺の方へ手渡すと、すぐに新しい雪の固まりを作り始める。


「今度は雪だるまを作るから、お兄ちゃんも手伝って♪」


 そう口にしながら、手当たり次第に雪をかき集めていく光。対する俺も、光から渡された雪ウサギを近くの塀の上に置くと、雪をかき集め固めていく。


「む。ひかり、まけないよー!」


 あっという間に光の作っている固まりと同じ大きさにした俺に、対抗心を燃やしたように光にスイッチが入る。


「それじゃあどっちがより大きく出来るか勝負な」


「いいよー!じゃあ、ひかりが勝ったらお昼ご飯、お兄ちゃんに食べさせてもらうから♪代わりにお兄ちゃんが勝ったら、ひかりがお兄ちゃんにお昼ご飯食べさせてあげる♪」


 なんてしょぼい景品なんだ・・・

 内心でそう思った俺は、口には出さずにその勝負を受ける。――どうせ俺が勝っても光が勝っても、結局俺が光にねだられる未来は変わらないしな。そういう子なのだ、この子は。

 その後しばらく続いた光との勝負は、最後に、俺が作った雪玉へと、俺たちを呼びに来て誤って突っ込んだみやこによって俺の負けとなった。

 ――もとから負けるつもり満々だったのだが、最後に盛大に雪玉を壊せなかったのが少し心残りだった。




 そして昼食。現在、勝負に負けた俺の膝の上では、昨晩と同様に光が座り雛鳥のように口を大きく開けていた。


「・・・で、なんでまたこの状況な訳?」


 一緒に食卓を囲むみやこがその光景を見ながら俺を睨んでくる。そんな彼女へ、光との勝負のことを伝えると――


「あの雪玉、そういう勝負に使ってたのね。・・・バカらしいというかなんというか」


 俺たちに呆れたようにそう口にした。


「まあ、例え俺が勝ってもこの状態にはなってたとは思うぞ?」


「でしょうね」


 俺の言わんとしたことが分かったのか、みやこが頷いて同意する。そしてとろけそうな表情を浮かべている光はというと。


「もっと、もっと!」


 手の止まった俺の服を掴みねだって来ていた。そんな彼女へご飯を運んでやると、再度とろけるような表情になり静かになった。


「・・・そうだ、光。今年はみんなで2年参りに行こうと思うんだが、光も行くか?」


 そうして静かになった光に、俺は2年参りに参加するかを尋ねる。答えは聞かなくても彼女は参加するだろうが、念のためだ。

 すると俺の予想通り、目を輝かせながら頷いた。そうして口の中の物を飲み込むと――


恭介兄(きょうすけにい)幸子姉(ゆきこねえ)も来るの?林太(りんた)君とかも?」


 参加メンバーが誰なのかを聞いてきた。


「ああ。あと(かい)と金太郎、それからみやこも」


「金太郎?変わった名前だね」


 俺から参加するメンバーの名前を聞いて、金太郎という名前に首を傾げる光。そんな彼女に俺が説明してやると。


「昔お兄ちゃんが言ってた一之宮(いちのみや)さん?確か、趣味を語り合える戦友って女の子!」


 ・・・俺、金太郎をそんな風に説明していたんだっけか?もう何年も前だから覚えていないな。――だが、気のせいだろうか?若干みやこからの視線が痛いのは。


「趣味を語り合えるってことは、趣味が同じってことよね?やっぱり・・・」


「まて、違う!オタク系の趣味じゃ・・・いや、あれはオタクに入るのか・・・?」


 なにやら嫌な予感がした俺は即座にみやこの台詞をぶった切るように声を上げるが、自問自答してみると俺の趣味って十分オタクなのではという気がしてくる。


「・・・やばい、自覚してないだけで俺ってオタクだったのかもしれない」


 一体、どこの高校生に各地のホームセンターを回って歓喜する奴がいるんだ?そしてどこにその情報を共有する奴がいるんだ?どこに遠征と称して他県まで足を運ぶ奴がいるんだ?――って、全部俺と金太郎じゃねえか!自分でブーメランに気づくとか虚しいどころか泣きたいわ。

 俺の言葉に、みやこはおろか、膝の上に座る光にすら引かれた顔をされる。唯一平然としていたのは、俺の向かいに座る祖父だけだった。




 なんだか微妙な空気となった昼食を終えた俺は、みやこを家まで送っている最中だった。といっても、ほんの数分の距離なので会話という会話もなくみやこの家の前に着いたのだが。


「それじゃ、また後でな」


「ええ。日が暮れる前までにはまた顔を出すわ」


 昼食の時のことはまるでなかったかのような俺たちの会話。実はあの後、生じた誤解を解くために俺と金太郎の趣味を誤魔化しながら説明(いいわけ)をした。

 その結果、2人は俺と金太郎が動物好き――しかも、超マニアックな種類や個体を探して各地のペットショップやホームセンターなどを巡っているという認識になったのだ。・・・さすがにホームセンター巡りの趣味は理解してもらえないだろうからな。


「あ、そうだ。嘘ならもっと上手く吐きなさいよ」


 ――ん?今みやこはなんて言ったんだ?嘘ならもっと上手く吐け?


「光ちゃんのためにも黙っていたけど、今度はもっとマシな嘘を吐きなさいよ?一体どこの高校生にそんなマニアックな趣味を持ってる人間がいるのよ」


 どうやら、俺のとっさにした話は嘘だとばれていたらしい。だが、マニアックな趣味を持つ人間ならみやこの目の前にいるんだよな。

 というか。そもそも光は俺のホームセンター巡りの趣味は知っているから、今回光が引いていたのは俺に本当にその気があると思ったからだと思うんだがな。


「ははは・・・悪かったな」


 さすがに本当のことは言わないが、ひとまずそれっぽい反応は返しておく。正直、みやこがそういう風に勘違いしているなら大した実害はないはずだ。


「このことは黙っておくから。・・・なんであなたの尻拭いをしたみたいな状態になってるのかしら」


 溜息を吐きながら、なぜか恨めしそうな視線を向けてくるみやこ。たしかに、言われてみればそういう状況に見えなくもないが、なんだか滑稽に感じてしまうのは気のせいだろうか。・・・そうか、俺がいろいろと知ってる側だからか。


「じゃ、そろそろ行くわね」


 みやこはそう言い残すと、自宅である「料亭・宮川」の中へと姿を消していった。




 その後家に戻った俺は、寝泊まりしている部屋で恭介兄に電話をかけていた。


「そうか、光も来るのか。これで8人だな」


 俺が光とみやこも2年参りに参加することを話すと、恭介兄は少し嬉しそうに口にする。


「そうだね。でも、光に変なことを教えるのはやめてよ」


 そんな恭介兄に対して、俺は釘をさす。そうしないと、恭介兄はいつも余計なことを口走るからだ。兄としては放っておけないレベルの内容を、だ。


「なに?オレは変なことを教えてるつもりはないぞ?ただ勉強が遅れてるかもしれないから・・・」


「だからって、なんでピンポイントに性教育に関することだけ教えようとするのさ?」


「変な輩について行かないためだ。あと、将来の旦那のために・・・」


 いや、変な輩って・・・だめだ、この人。言っていることが微妙に理解できない。あと、後半の言葉は聞き捨てならないが、ここはスルーするとしよう――妹が嫁に貰われるなんて想像したくないしな。


「いや、教えるなら身の守り方とか。そういうのを教えるべきでしょ」


「何を言う?光は運動音痴だぞ?というか、それは以前も試して諦めたことじゃないか」


 実は2年ほど前の夏に一度、光に簡単にだが護身術もどきを教えたことがある。俺や恭介兄がはまっていたこともあり、その流れで教えることになったのだ。

 だが光は、昔から驚くほどの運動音痴だったため、結局護身術の「ご」の字も習得できないまま俺たちが匙を投げたのである。

 あれは運動音痴とかいうレベルではなかった。無理に例えるなら「完全に酔っている、千鳥足の人を相手にしている」といったところだろう。右へふらふら、左へふらふら。かと思えば急にこける。

 それくらい何もかもが「危険」だった。そんな光のために何度俺と恭介兄が死にかけたことか・・・少なくとも、一度マジで車に轢かれかけた。


「いや、まあ。・・・じゃなくてさ、ほら、なんかもっとこう・・・」


 うまく思いが言葉にならない。護身術でなくてもいいから、もっと基本的なこと・・・例えば、夜道は明るい場所を歩くだとか、そういう基本的なことを教えるべきじゃないのか。

 そのことをそのまま口にすると、恭介兄から鼻で笑うような音と共に、返事が返ってくる。


「そのくらい小学校の時に教わるだろ」


 ・・・ごもっともです。ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだろう。それくらいにきれいさっぱりとした正論だった。


「とにかく、さらに2人参加だな?林太達にも伝えとくから、光によろしく頼むな」


「うん。それじゃ」


 そう言って、通話を終了する。通話終了ボタンを押すと、背後から急に声がかかった。


「お兄ちゃん、電話終わった?」


 わざわざ電話が終わるのを待っていたのだろうか。俺が背後を振り向くと、光が若干頬を膨らませながら立っていた。


「ああ、終わったよ。・・・で、どうしたんだ?」


 俺が光に問いかけると、彼女は急に俺に抱き着いてくる。その行動に、俺が一瞬呆けていると、光がゆっくりと口を開いた。


「お兄ちゃんは絶対にひかりのこと守ってくれるんだよね?・・・捨てたりしないよね?」


 光が俺に抱き着きながらそう口にし、俺の背中に回した手に段々と力が籠っていくのを感じる。――そうか、そういうことか。

 光の行動を理解した俺は、ゆっくりと彼女の背中をたたく。まるで父親が娘をあやすように、強く、優しくたたき続ける。

 どうして彼女が急にこんな行動をしたのか、その理由は簡単だ。――光は、小さい頃に親に捨てられたのだ。

 幼馴染だった当時3歳の光と暮らすことになった日。そして――光の両親が彼女を捨てた日。

 それは今から10年以上前、俺がまだ5歳だった頃だ。その日は、幼稚園の終業式だったことをよく覚えている。

恭介さん、ごもっともです。


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アルファポリス様、pixiv様でも同名で活動中です!

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