12月27日・前編
閲覧ありがとうございます!それではお話の始まりです―――
翌日。普段は太陽が昇ってからしか活動をしないような人間である俺は、週に一回の大事な番組のために早起きしていた。
時刻は6時前。まだ誰もいない居間へと移動した俺は、炬燵の電源を入れながらテレビを点け、目的の番組が始まるのを待っていた。するとそこに――
「おはよう、新君。昨日とは違って早起きなのね」
祖父の世話をしている少女が姿を現した。少女はぼさぼさになった髪を手で簡単に溶かしながら、俺に声をかけてきたのだ。
「おはよう、平子。今日は絶対に早起きしないといけない日なんでな」
対する俺はそう返し、テレビを注視する。そんな俺を横目で見ながら平子は、洗面所の方へと歩いて行った。
俺は今か今かとテレビの前で肩を揺らす。・・・なんか、小さい時を思い出してしまう行動だ。日曜の朝はこうやって特撮やアニメを心待ちにしていたっけ。
そうこうしていると、俺の背後から声がかかった。その声の主は――
「男の子って、いつまで経っても変わらないのね」
平子だった。嫌味たっぷりにそう口にする彼女に対し、俺も反論する。
「悪いな。ていうか、男子から言わせてもらえば女子も似たようなものだろ?」
「・・・否定はしないわ」
そんな他愛もない会話をしていると、ふと昨日の出来事が浮かんだ。――平子が急にしてきた悲しい話。あの時平子はなんて言っていたっけか。
「・・・どうしたのよ、新君」
急に黙り込んだことを不思議に思ったのだろう。平子が不思議そうな表情を浮かべながら、俺の顔を覗き込んできた。
「いや。昨日平子が言ってたことを思い出したんだ。――ほら、助けてくれた人にお礼が出来なかったって話」
「ああ、それ。・・・あまり面白い話でもないし、出来れば話したくは――」
そう口にしながら、目を背ける平子。確かに、俺が同じ立場でもそう簡単には口にしたくない。だが、俺が気になったのは「どうして彼女が出会ってまだ3日目の俺にそんな話を持ち出したのか」である。
そのことを彼女に伝えると、平子は頬を掻きながら答えた。
「そう、ね。私でも何といえばいいのかは分からない。けど――」
そこで平子は一旦口をつぐむ。彼女の表情は、どこか悲し気でありながらも、何か決意を見え隠れさせるようだった。
「けど?」
「――あなたには話しても大丈夫って思っただけよ」
「そうか。それは信頼されてるってことでいいのか?」
たっぷりと間を置いた彼女の言葉に、どこか引っかかりを感じながらも俺はそう口にした。すると平子は、その白菫色の髪を揺らしながら頷く。
ほんのりと赤くなった彼女の顔を見つめ、俺はしばし無言になってしまう。対する平子のほうも、何を口にすればいいのか測りかねているようで、出来るだけ俺と視線が合わないように目を動かしていた。
そのままお互いに静かな時間が続く。すると、ふいに平子が口を開いた。
「・・・呼び方」
「え?」
呼び方?何のことだ?
突然の言葉に、俺が頭の上に疑問符を浮かべていると、平子がゆっくりと口を開いた。
「呼び方、みやこでいいわ。・・・平子って呼ばれるのは落ち着かないもの」
照れくさそうにしながら話す平子。――いや、みやこ。
「良いって言うんならそうさせてもらうけど・・・なんで急に」
「な、何でもいいでしょ!変態セクハラ魔!」
俺が訳を尋ねると逆ギレするみやこ。というか、その呼び方はいろいろ誤解を生むからやめてほしいんだが。
そのことを口にしようとすると、点けっぱなしになっていたテレビから、早朝らしくないハイテンションな女の子の声が上がった。
「みっなさーん!おっはようございまーす♪今日も早起きキッズのための情報番組~、ハヤオキッズ、はじまるよぉ!」
「お、始まったか」
急に上がった早朝らしからぬハイテンションボイスに、これ幸いにと俺はテレビの方を向く。
「・・・ケダモノ」
そんな俺を見たのか、それともテレビに映った女の子を見たのか。どちらかは分からないが、背後からみやこの声が聞こえた。
「何とでも言え。今の俺は無敵だからな」
俺はそう吐き捨てると、女の子がMCを務める番組を食い入るように見始める。
一応言っておくが、俺はドルオタなんて大層なものではない。単純に、このMCを務める女の子が俺の妹だからである。――シスコン?そんなものではないぞ、俺は。
彼女は弓田光。小さいときによく一緒に遊んだ女の子でれっきとした幼馴染。学年は俺の1つ下の高校一年。小学校中学年くらいに芸能事務所にスカウトされてからは交流が減ったが、それでもたまにこっちの友達と一緒に遊んだりしている。
芸名は光みゆ。超絶ハイテンションなキャラが売れたらしく、いくつかレギュラー番組を持っている。ちなみにファン内での愛称は「みゆっぺ」だそうだ。・・・なんでそんなことを知っているのか?――光に散々自慢されたからだ。
「はい、出来たわよケダモノ」
そう口にしながら、みやこが俺の前に朝食を持ってくる。どうやら、気づかないうちに準備をしてくれていたらしい。
「おお、サンキュー」
礼を言いながら箸へと手を伸ばし、俺は目の前に広がった光景に戦慄してしまう。
「・・・空なんだが?」
「あら。オタクの人は好きなものを見るだけでお腹いっぱいになるって聞いたから。・・・違うのかしら?」
笑顔のままそう口にするみやこ。これはあれだ、顔は笑ってるけど目は笑ってないってやつだ。ていうか、普通に怖い。
「いやいや。いくら何でもそんなわけないだろ?ていうか、俺はオタクじゃないぞ?」
ただの健全な男子高校生だぞ?ただホーム巡りが趣味なせいで中々喜びを分かち合えないだけの高校生だぞ?ただ親の転勤で津山から埼玉へ越しただけのごくごく平凡な高校二年生だぞ?というか、俺は何を言っているんだ?
「あら、そう。じゃ番組変えても問題ないわよね?」
「ダメだ」
リモコンへと手を伸ばすみやこの手を掴み、真顔でみやこに告げる。するとなぜか、みやこの顔がどんどん赤くなっていく。
「わ、分かった。分かったから!だから、その手を放して?」
みやこが自分から手を引こうとしているのを感じ、俺はそっと手を放す。すると急に、テレビの向こうの光がコーナーコールを始める。
「今日の~?お悩みそうだーん!今日はどんな人のお悩みが来てるのかな?みゆ、わくわくだよ~」
コーナーコールを終えた光が、スタッフによって用意された紙を開く。大抵このコーナーでは「お母さんが勉強しろとうるさいです」とか「好きな人に告白するにはどうしたらいいですか」とか。そんな程度の内容のお便りばかり来る。・・・この番組を見ている年齢層を考えれば別に普通なのだが。
「えーっと、岡山県のHさん!内容は――」
紙を開いた光がすらすらと内容を音読していく。ていうか、この内容は――
「――重い!朝から重いよ!でも、このコーナーは真面目に返すがモットー!ということでー?」
俺の想いを代弁するかのように、テレビから声が流れる。誰だ「助けてくれた人が死んでしまってお礼が出来ません」なんて送った奴は!この番組の視聴層わかってんのか!?
・・・ていうか、こんな重たい内容に真面目に答えたら駄目だろ!ていうか、なんでスタッフはこんなの選んだんだよ!?
内心で俺が激しいツッコミを入れていると、朝食の準備を終えたらしきみやこが姿を現しぼそりと呟いた。
「あ。あれ、採用されたんだ」
「お前かよ!!」
みやこの言葉に、思わずツッコミを入れてしまう。
例のお便りを送ったのは、まさかの隣に立つみやこだった。・・・ていうか、こんなことって起こりえるんだな。物語の中だけかと思っていた。
「な、なによ?別に相談くらいしたっていいでしょ?」
俺のツッコミに対し、驚いた表情を浮かべるみやこ。
「いや。お前、この番組の視聴者層分かってるのか?小学生くらいだぞ?間違いなくお前のお便りのせいで全国のお茶の間が気まずい空気になってるぞ?」
勢いよくまくしたてる俺の姿を見て、しどろもどろになるみやこ。彼女としては相談事くらいの気持ちだったのかもしれないが、明らかに内容を送る番組を間違えている。
やがていろいろと言い終えた俺を見ながら、みやこが口を開いた。
「わ、悪かったわよ。今回はどうしようもないけど、今度からは気を付けるわ」
しおれるみやこ。
「それならいい。――今度その辺について教えてやる」
「ええ、そうするわ」
しおれたみやこに対し、何かを言う気力も失せた俺は、彼女にお便りを送る際に気を付けることを教える約束をしたのだった。
その後何事もなく朝食を終えた俺は、原付に跨り一昨日降り立ったバス停を目指していた。
晴れていた昨日とは異なり、曇り空の下をのんびりと走っていく。
「おーっす、海」
バス停に着き、近場に原付を止めて待つこと数分。バス停に停まったバスから降りてきた少年に、俺は声をかけていた。
「久しぶりです、新さん」
俺が声をかけた少年は金宮海。俺の2つ下の中学三年で、現在受験勉強の真っ最中である。
海の通う中学は中学総体で上位にランクインするほどに強い野球部があり、こいつはそこでレギュラーの8番ライトを務めていた。何度か俺も練習風景を見たことがあるが、さすが強豪といった練習内容だったことを覚えている。・・・まあ、素人目線からの感想だが。
なぜ俺がこんな場所で海を待っていたか。それには大した理由は無い。ただ、こうやって顔を合わせたかっただけだ。ちなみに、連絡は林太経由である。
金宮家では「小学生ですらスマホを持っている」なんて言われているこのご時世で、高校生になるまではスマホは持たせないという教育方針を貫いている家なのだ。そのため、中学くらいの間は連絡を取るのに苦労したものだ。
「じゃ、行こうぜ。昨日顔は出したんだけど、林太の奴に渡すもの渡してなくてな」
そう言って、俺は原付を押しながら海と共に歩道を歩き、金宮家へと向かった。
今にも雪が降りそうなほどに寒い空気の中を歩いた俺は、海と共に金宮家にお邪魔していた。
俺の向かいに座るおばさんが、俺が持ってきたものを検めている最中だった。というのも「スマホは高校生から」という家だ。そういった教育に良くない物が無いかを念のため確認しているのだ。過保護な親と思うかもしれないが、それはおばさんなりに考えあっての事である。
今の日本では、大学を出ていてもいいところに就職し、将来安定した生活を送るということはほぼ不可能と言えるからだ。そのため、社会に出て一番使う機会が多いであろう義務教育の間は、余計な雑念になりそうなものからは出来るだけ遠ざけ、高校生からは勉学に励むにしろ、就職を目指すにしろ自由にしろスタイルなのだ。実際、現在中学生の海には口煩いのだが、高校生の林太にはほとんど何も言わない。
「よし。林太はともかく、海が見ても問題なさそうね」
「むしろ小難しい内容ばかりだと思うんだけど?」
おばさんの言葉に海が半眼でツッコむ。おばさんの性格を理解している俺は、図解式のビジネス書や歴史書などをいつもお土産として持ってきているのだ。そのお陰で、金宮家の本棚には俺が持ってきた書籍類がほぼ手を付けられた様子はなく鎮座している。おそらく、2人とも一通り読んで終わりなのだろう。
まあ、2人とも1回読んだだけで要点は暗記しているようで、たまに俺があげた書籍の内容を上げられて俺がしどろもどろになることがあるのだが。
「むしろ海にはこれくらいで十分よ。林太も」
「・・・はーい。ばれてたのか」
実はおばさんに気づかれないように玄関へ向かおうとしていた林太に、おばさんが声をかける。
「何年あなたの母親をやっていると思ってるの?あなたが部屋に変なものを隠してることも知ってるのよ」
「嘘!?ばれないように隠しといたのに」
「あら、また引っかかったわ」
どうやらおばさんがカマをかけたらしく、自分から墓穴を掘った林太がしてやられた表情になる。
「もう高校生だから何も言わないけれど、そういうのは海に見せないのよ」
「はーい・・・。じゃ、行ってきまーす」
そう言って、自宅を出ていく林太。林太の若干落ち込む背中を見送った俺は、海に対して2年参りに行かないか尋ねる。
「うーん、行きたいんですけど、受験勉強が」
渋る海。それもそうだろう、冬休みが開ければすぐに受験本番なのだから。
だが、そんな海を、意外なことにおばさんが後押しした。
「あら、1日くらいはいいじゃない。息抜きも必要よ?張り詰めすぎた糸は簡単に切れるんだから」
「うーん。・・・まあ、息抜きくらいは必要だよね」
そう口にし、参加の意思を伝える海。対する俺は「さすが2人の母親だな」とおばさんに感心していた。
海から参加の返事を貰った後、暫く世間話をしていた俺は、金宮家を後にし、幸子さんの働く食堂へと顔を出していた。恭介兄に呼び出されたからだ。
駐車場の片隅へ原付を停め、店内に入る。・・・いつも思うんだが、どうしておじさんは駐輪場を設けなかったのだろうか?間違いなく自転車とかで来る人の方が多いだろうに。実際、何台かは数少ない駐車場の一角を占拠してしまっている。
「おう、新」
俺がそんなことを思いながら店内に入ると、俺の姿を見つけた恭介兄が座っていたカウンター席から声をかけてくる。
「こんにちは、恭介兄。海と金太郎の2人も参加するって」
恭介兄の隣に座った俺は早速2人が2年参りに参加することを伝える。すると、恭介兄の表情は驚きに満ちて行った。
「海もか?明日大雪にならないか不安だな」
「うん。海ははじめ断ったんだけど、おばさんが」
俺の説明を聞いた恭介兄の表情が、驚きどころか驚愕。それを超えて理解不能といった表情になる。実際、俺でもまだ半信半疑なのだから、話を聞いただけの恭介兄がそうなるのも無理はないと思う。それほどまでに、俺たちの間での林太達の母親は厳しい印象なのだ。
そんな俺たちに、カウンターの向こう側に立つ幸子さんが声をかけてきた。
「海君と金ちゃんも参加するの~?私とあらちん、井上先輩に林太君に海君。それから金ちゃん。6人もいるね~」
幸子さんに指摘され改めて人数を数えてみる。――たしかに、幸子さんの言う通りそれなりの大所帯になってきたな。でも・・・
「ねえ、恭介兄。もう1人参加させたい奴がいるんだけど、いいかな?」
ふと、頭の中に浮かんだ彼女が加われば、さらに面白くなりそう。
そう考えた俺は、恭介兄に確認をとる。すると――
「お、なんだ?オレたちが知らない間に彼女でもできたのか?」
恭介兄が、まるで面白いものを見つけた子供みたいに俺に声をかけてきた。対する俺は、首を振りながら彼女の事情を説明する。
「なるほどな、新のじいさんを。――それなら俺たちからも礼を言わなきゃな」
「そうだね~。人類皆家族!」
・・・幸子さん、それ微妙に今の状況に合ってないような・・・
「それじゃあ、声をかけてみるよ。参加するかはまた伝える」
そう口にした俺の目の前には、幸子さんの手によって「ホルモンうどん~我が家すぺしぁる~」が運ばれてきたのだった。
人類皆家族!の精神でいたい。
最後まで閲覧ありがとうございます!よければ感想・お気に入り登録おねがいします!
アルファポリス様、pixiv様でも同名で活動中です!
良ければ各サイト、それからなろう連載の別作品もよろしくお願いします!
更新情報はツイッターにて!
https://twitter.com/nukomaro_ryuryu