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12月26日・後編

閲覧ありがとうございます!それではお話の始まりです―――

 勢いよく食堂の入り口を開けた少女は、ポニーテールに結んだきめの細かい宝石のような黒髪を揺らしながら、急いで厨房の方へと姿を消そうとする。

 すると、カウンター席に座る俺と林太の姿を見つけたようで。


「あ、久しぶり~。あらちん、林太君」


 そう口にして店のバックヤードへと自前のきめの細かい黒髪を翻しながら姿を消す。どこか気の抜けた話し方をする彼女は、その話し方だけで喧嘩を収められそうなほどにほんわかしている。・・・ちなみに「あらちん」とは俺こと平戸新(ひらとあらた)に対する彼女のあだ名である。


幸子(ゆきこ)さん相変わらずだよな・・・」


「佐藤先輩はああいうところがあるから人気なんだよ」


 バックヤードへと姿を消した少女を見ながら林太と2人で呟く。

 先ほどの少女は佐藤幸子(さとうゆきこ)。1つ上の高校三年生。昔から真面目として定評のある彼女は、気の許している相手にはどこか気の抜けた話し方になる特徴があり、そのせいで男女ともに高い人気がある・・・らしい。

 らしい、というのは、現在の彼女の高校での話だからだ。つまり、彼女と同じ高校に通う林太からの又聞きなのだ。小学生の頃も確かに真面目だったが、その性格が災いしていじめの標的になっていた。俺と知り合ったのは、偶然いじめの現場に立ち会ったからというだけであった。


「ま、幸子さんのああいうところは確かに好かれそうだよな」


 林太の言葉に同意し、おじさんとの世間話に戻る。すると程なくして、注文した料理が眼前に並ぶ。


「「いただきます」」


 2人で同時に食事の挨拶をする。そうして口に運んだ「ホルモンうどん~我が家すぺしぁる~」は、美化されていた記憶の中の味と相まって、とてつもなく美味しく感じられた。いや、実際に美味い。

 気づかぬうちに、半分を胃の中へと収めていたことに気づいた俺は、少しだけペースを落とした。


「はは、そんなに恋しかったのか?」


 そんな俺を見ていたのだろう、店主のおじさんが俺の方を見ながら口を開いていた。


「はい!毎年これを食べないと生きている気がしませんから」


 おじさんに聞かれ、思わず興奮気味になりながら口走る。

 生きている気がしない。それはお世辞のない言葉だ。それほどまでにここのホルモンうどんは美味しい。


「そうかそうか。どうせならタレの作り方も教えてやりたいが、それをしたら新君は来なくなりそうだしなぁ」


「いえ、それは無いですよ。家で作るのと店で食べるのとでは全然違いますから」


 俺の言葉を聞いて「そうかそうか」と満足げに頷くおじさん。先ほどの俺の言葉は経験則でもあるし、おそらく多くの人が経験することではなかろうかと思う。その原因は調理器具の違いや下準備の違いなどがあるが、今は割愛しようと思う。

 興奮気味に語る俺を見ながら、隣で醤油ラーメンをすする林太が痛いものを見るような視線を投げかけてきていた。

 その視線に気づいた俺は「文句あるか?」と口にする。すると――


「いや。本当に(あらた)はホルモンうどんが好きだよなって思っただけさ。・・・そういえば小学校の頃――」


「そうだ、新君はホルモンうどんについて研究していたんだよな。たしか小学校の間毎年――」


「わーわー!それ、黒歴史なんです!思い出させないでください!!」


 林太とおじさんが急に結託して俺の黒歴史をばらそうとしてくる。6年間同じ題材で自由研究を作っていたなんて、黒歴史以外の何物でない。おまけに、その研究成果を未だに捨てられずにいるなんて・・・。


「私知ってるんだよ~?あらちんが未だに自由研究の成果を捨てられていないこと~」


「うくぁー!幸子さん!それは言わない約束でしょうー!?」


 幸子さんっ!


「新・・・お前もなのか?」


「新君・・・」


 幸子さんに秘密をばらされ、おじさんと林太からなぜか同情の眼差しを向けられる。・・・まさかとは思うが、2人も捨てられなかった組なのだろうか?

 だがその直後、俺はそれが別の意味の同情だったと知る。


「佐藤先輩に口約束は厳禁だぞ」「幸子君に口約束はいかんぞ」


 突然神妙な面持ちでそう口にする2人。そこで俺は先ほどの眼差しが自由研究の成果を捨てられないことに対する同情ではなく、幸子さんに秘密をばらされたことに対する同情だと理解する。

 それを理解した俺は、おもわずこの場を去りたい衝動に駆られる。


「おっと、その辺りの事、もう少し詳しく聞かせてくれよ、新」


 だが、俺の衝動からの行動は、新たに現れた人物によって阻害された。


恭介兄(きょうすけにい)!いつから・・・?」


「新が「黒歴史なんです!」って叫んでた辺りからだな」


「ほんの少し前じゃん!!」


 俺の行動を阻害したのは、皆から慕われる恭介兄。どうやら、俺の黒歴史に関する会話はほぼすべて聞かれていたようだった。

 叫んだ俺に対し、肩にそっと手を置く恭介兄。


「恭介兄・・・」


 慰めてくれるのかと思い、俺は恭介兄も顔を見る。


「新。もう少しお前の黒歴史について共有しようじゃないか」


 ・・・ほんの少しでも恭介兄のことを信じた俺がバカだった。

 恭介兄は笑いをこらえるような表情で、俺自身の口から話の続きをするように要求してきたのだ。

 だが、そんな恭介兄にも幸子さんの魔の手が降り注いだようで。


「井上先輩も6年間ホルモンうどんについて発表してたんですよね~」


「佐藤!?それは俺の黒歴史・・・!」


 まさかの俺と同じことをしていたことを暴露されていた。だが恭介兄はそれだけではなく――


「あと~、中学の読書感想文で、ホルモンうどんについて書いてたんですよね~」


「ふぐぅぅおっ!?く・・・無駄に国語力があるのがあだとなった黒歴史・・・!」


 そういえば、恭介兄の自由研究って市の自由研究発表会みたいなやつに選ばれていたっけか。斯く言う俺のもなんだが。・・・ていうか、選考会に残ってたのっていつもホルモンうどんに関するものばかりだったような・・・?いや、気のせいだよな。

 だが、読書感想文にすらホルモンうどんについて書くとは・・・ある意味尊敬できる。


「恭介君・・・そんなにホルモンうどんが好きなのかい!?」


「え?ええ、まあ」


 いきなり目を輝かせながら恭介兄に尋ねるおじさんに、引き気味に答える恭介兄。すると、おじさんは恭介兄の手を取り――


「ならこの食堂を継いでくれ!幸子君だけではどうしても不安でね、しっかりとした旦那を探していたんだ!」


 そう口にする。いきなりお見合いに似た話を持ち掛けられた恭介兄は、しどろもどろになりながらも断る。

 だが店主のおじさんは、待望の玉の輿を見つけたかのように恭介兄に食い下がる。


「井上先輩、よろしくお願いします~」


 そこにまさかの幸子さんからの援護弾が届く。はたして、幸子さんは現在の自分の状況を分かっているのだろうか・・・?いや、あんな発言をする以上わかっていないと思った方がいいかもしれない。


「それと、あらちん。君にもお願い」


 ・・・やっぱりわかっていないっぽい。というか、俺にもお願いしてきた。しかも滅茶苦茶真面目な表情で。


「おや、幸子君の本命は新君なのかい?」


「そうですよ~」


「いや、幸子さん、意味わかって言ってます?」


「失礼な。わかってるよ?」


 俺とおじさんが互い違いに確認するが、幸子さんはすべてに対して肯定する。ていうか、こんな大衆の面前で告白まがいのことをされた俺の身にもなってくれ。さっきから店内にいるお客さんや厨房のおばさんの好奇の視線が痛い。

 そんな俺の心境は知ってか知らずか。隣に座る林太が耳打ちしてくる。


「よかったな、あんな美人さんに告白されて」


 思わず、面白可笑しくそう口にした林太を半眼で睨む。


「喜んだらいいのかわかんねえよ。つか、あの人の場合、異性としてじゃなくて友人としての可能性もあるし」


「そうか?あんなクソ真面目に答える佐藤先輩は見たことないけど?」


「・・・まじかよ」


 林太の言葉を聞いて思わず頭を抱える。学年が異なるが同じ学校でそれなりに交流のある林太だ、今の幸子さんを知る以上、俺と同じかそれ以上に彼女のことを理解しているだろう。いや、今の彼女を知る分、林太の方が上だ。――所詮俺は、過去の彼女のことしかちゃんと知らないのだから。

 つまりはそういう事なのだろう。だが、正直言って俺としては友人でいてくれる方が気が楽だ。彼女は真面目なのに天然っ気が強すぎるのだ。


「そ、それはそうと。新、林太、佐藤。良ければ二年参りに神社に行かないか?高校生ばかりだし23時までには解散するが、二年参りもどきということで」


 話題を変えるように、恭介兄がそう提案し、面白そうだと思った俺と林太はすぐに了承する。

 残る幸子さんは、店長のおじさんに確認に確認をとる。


「その日は昼だけで閉めるから、心置きなく行ってくると良い。ついでに告白も済ませたらどうだ?」


「わかりました~。それじゃあ、お言葉に甘えて」


 理解しているのか不明な答え方をしながら恭介兄に参加の意思を告げる幸子さん。それから数十分間雑談した俺達は、それぞれ別れを告げて解散した。




 それから2時間。俺はノンストップで原付を走らせ、本日最大の目的地であるホームセンターの駐輪場で、スーパーで買った軽食を口にしていた。

 さすがに真冬の空の下に長時間放置していたため、飲み物も食べ物も冷蔵庫から出したばかりのように冷たい。


「・・・今思えば、ここにもスーパーはあったんだし、ここで買えばよかったな」


 後悔先に立たず。目的であるホームセンターの事しか頭になかったせいで、冷たい飯を食う羽目になってしまった。

 そうこうしているうちに軽食を食べ終えた俺は、早速店内へと足を踏み入れる。今日俺がここに来た最大の理由。それは――ただホームセンターの商品を見て回るだけである。


「はああ・・・至福」


 何を隠そう、俺の趣味は各地のホームセンター巡りなのだ。こうやって店内に陳列されている工具や建材を見ているだけでも癒される。だが、最近のホームセンターは癒しの象徴でもある小動物や魚類などを扱うところも多い。そいつらがまた格別に・・・


「うっわ、キモ」


「キモイとはご挨拶だな、金太郎」


 そんな至福の時に浸っていた俺に「野球少年か」とツッコミたくなるほどに短い髪の少女が声をかけてきた。言葉とは裏腹に、口元から涎が垂れてきそうな表情をしたその少女は、俺の顔を見ながら挨拶してくる。・・・斯く言う俺も、似たような表情だったのだろうが。


「久しぶりだな、新先輩」


 そう言いながら俺の隣にしゃがみ込む少女。橙色の髪をした少女は、陳列されている商品を無造作に物色していく。

 彼女は一之宮金子(いちのみやかねこ)。俺の1つ下の高校一年の女の子だ。俺が埼玉に越してから最初の夏に、偶然この場所で会った、俺と同じ趣味を持つ「同士」でもある。

 俺や親しい友人からは、その男勝りな言動から「金太郎」や「金太」と呼ばれている。本人もまんざらではないらしく、むしろそのあだ名をつけた時「熊を倒した金太郎と同じってのはむしろ大歓迎さ」と大手を振って喜んでいた。

 そんな彼女に対して俺も挨拶をする。


「久しぶり、金太郎。・・・お、これ見ろよ。向こうじゃ見たことない」


「ああ、これこっちの方でしか売ってないらしいぜ。この間大阪辺りまで遠征したときに確認した」


「そうなのか。こっちの方がパケ的に売れそうだがな」


 自分でも十分マニアックな話をしている自覚はある。自覚はあるが、そういうマニアックな話が通じるというのはやはり気分がいい。他の友人では大体「きょとん」とされて終わるためだ。――だが、彼女は違う。


「いや、消費者的にウケるのはこっちだろ。「安くて機能性食品ばりに良い効能」てのは主婦層から喜ばれるための必須条件だぜ」


 俺の問いに、ずばりと答えを返してくるのだ。この快感はいつ感じても飽きることがない。


「いや、それならこっちだろ。こっちなら――」


 そのまま俺たちの常人には理解できそうにもない会話が続いていく。そうして気づけば、時刻は16時を回っていた。


「やっべ。急いで帰るぞ」


 慌てて店外へと出る俺たち。なぜかというと、俺も金太郎も、ここから自宅まで1時間単位でかかるからである。急がなければ、寒い冬空の元、街灯もろくに立たない山道や田んぼ道を帰る羽目になるのだ。


「ああ、そうだ。金太郎」


 原付に跨った俺は金太郎に声をかけ、恭介兄の話を伝える。その話を聞いた金太郎は、すぐに参加する旨を口にした。


「了解。それじゃ詳しいことはまた連絡する」


「オーケー。じゃ、またな」


 やがて俺たちは、お互いに別れの言葉を言ってそれぞれの家路に着いた。




 そうしてそれから約3時間後。太陽はとうにその姿を消し、辺りが夜の闇と冷たい夜風に包まれた後に、俺は祖父の家に帰り着いた。

 原付を倉庫へと戻し、凍える体と共に家の中へ入る。


「お帰り、新君。ずいぶんと遅かったのね」


 すでに夕食をとった後なのだろう。居間には平子(ひらこ)しかおらず、食卓の上には俺の分らしき空の茶碗と箸のみが置かれていた。


「ああ、友達と話してたら遅くなった。じいちゃんは?」


 冷えた体を少しでも温めようと俺は炬燵の中へと滑り込む。対する平子は、台所へと向かいながら答える。


「もう部屋よ。新君が帰ってくるのを待ってたんだけど、ほんの数分前に」


 夕食を温め始めたのだろう、彼女の声と共に、コンロに火が点く音がする。それと同時に、次第に居間の方にまで夕食の良い匂いが漂ってきた。

 早く食事をしたい衝動に駆られた俺は、空の茶碗を持って台所へと向かい、茶碗にご飯をついでいく。

 そんな俺に気づいたのか、平子が唐突に声をかけてきた。


「・・・ねえ。新君は大事な人を亡くしたことってある?」


「ん?ああ、ばあちゃんくらいかな。親戚の伯父さんとか伯母さん、それから母さんの方のじいちゃんばあちゃんはみんな元気だからな」


 なぜそんな話を急に振ってきたのか疑問に思っていると、急に平子が俺の方を向いた。その瞳には小さな涙が浮かび、今にも溢れ出しそうだった。

 そんな彼女を見て、俺は思わず茶碗を手放してしまう。その直後、床に茶碗が落ちた音が響く。

 その音がした直後、彼女はゆっくりと口を開く。


「私はある。私を助けてくれた人。・・・私はその人にお礼が出来なかったの」


 どうやら彼女は昔、事故か何かに巻き込まれたことがあるようだ。そしておそらく、彼女を助けた人が代わりに――

 よくありそうな話だが、実際に自分が同じ立場ならどれだけ後悔するだろうか。命の恩人にお礼も言えない。――もしかするとそれは、一生をかけても洗い流せない罪のようなものなのかもしれない。・・・いや、もはや「拷問」と言うべきなのだろうか。

 返す言葉が思い浮かばず黙りこくっていた俺に対し、平子がまるで初めから答えを求めていなかったかのように顔を反らす。

 それから数日間、彼女のその動きは、なぜか俺の瞼と記憶にこびりついて離れなかった。

幸子さんっ!


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アルファポリス様、pixiv様でも同名で活動中です!

良ければ各サイト、それからなろう連載の別作品もよろしくお願いします!

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