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果無き亡神  作者: 枝垂桜
第二章 影漂う幽閉と無窮の大樹海
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第一話 影の森

 深い樹海の奥……その水底で一人の少女は夢を見ていた。


 映り変わる夢は、いつも同じ。

 自分と似た容姿の少女……しかし自分よりも遥かに美しく神々しい少女の残した言葉。


 千年以上も昔、邪神との戦争に彼女は苦戦してい頃の……長く、険しい戦いの果てに、ソレは現れた。


 割れたそらから、その『神』は舞い降りたのだ。


 五対十枚ある純白の巨翼。

 くるぶしまである万色にして無色の長髪と同色の瞳。


 同時の人々からすれば、それは救世主の様に映ったことだろう。

 しかし彼女は知ってしまった。


 あれは、人々が謳う『神』などではない。

 ただ一人の、哀れで孤独な少女でしかなかったのだ。


 誰よりも長く生きている筈の少女の容姿は、皮肉にも幼く可憐だった。

 それはまるで、無理を繰り返し、擦り減り……痩せ細ってしまったかのように──


 それでも、彼女は痛々しい笑顔を自分に見せた。

 辛うじてその心が壊れずにいれたのは、彼女の言う約束があったからなのだろう。


 聞けば、それは不確かな口約束だったようだ。

 しかしそれは、何千、何万年と彼女を支え続けている。


 彼女のは、約束を交わした相手を信じて疑わない、と言っていた。

 儚く美しい少女、彼女が言い残した言葉を何度も夢見る。


 邪神を封じ込めるために、人柱となった純白の少女。

 その足掛けとして水の底に囚われた自分を救ってくれる者が現れると、彼女は言い残した。


『待ってて……、いつか……、いつになるか分からないけど……、きっと、『彼』が救ってくれる……』


 消え去る寸前に、辛うじて聞き取れた言葉。


の『滅びの王』は……、君の呪われた運命をも滅ぼす……。だから、その時まで──』


 この時から、人々の為に自己犠牲に走った彼女の言葉を信じ、今日こんにちまで『彼』を待ち続けている。


 いつか、あの哀れな少女を救って欲しいと願って──




 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー




 男は深い樹海の中を駆け抜けた。

 湿った土の上、薄く張った水。そこへ男が駆け抜ける度に波紋が立つ。


 もうどれぐらいになるだろうか。『記憶』に従って不眠不休で何日間走ろうとも終わりが見えない。

 いくらなんでもおかしい。さすがにそう思わざるを得ず、足を止めて考える。


 頭を悩ませようとも、上手い解決方法は見当たらない。

 そもそも、ここ数日間考え続けていたのだ。

 それを足を止めたからと言って、すぐに思いつく筈もなかった。


 致し方なく、先へ進む。

 例え遭難したところで、飲まず食わずかつ不眠不休で活動できる男なら、なんの問題もない。

 故に、とりあえず先に進むとを選んだ。


 急がば回れ、と言う言葉もあるが、


 ──立ち止まっていても、何も解決しない……


 そう結論つけ、進み出したのだ。






 それから更に数日が経ち、目に見える変化があった。

 まずは更に霧が濃くなったこと、次に変な影が無数に飛び回っていることだ。


『影』に関しては触れることもできず、特に害があると言う訳でもない為、無視していた。しかし何故か、影達は男を追いかけてくる。

 その上、日に日にその数が増してるように見えた。


 進めば進むほど霧も濃くなり、夜になっても星々を見ることもなく、太陽の位置すら濃い霧による乱反射で定かではない。

 そんな彼の周囲には生き物を象った白い影が無数に飛び回っている。


 そんな中で、ふと違和感を感じて立ち止まる。周りを見渡せば、もう嫌となる程も見てきた緑が広がっていた。


『影』に関しては触れることもできず、特に害があると言う訳でもない為、無視していた。

 しかし何故か、影達は男を追いかけてくる。その上、日に日にその数が増してるように見えた。それでも二、三日で興味が失せるのか……それぐらいの時間が経てば何処かへ消えてしまう。


 最初こそは様々な言語で持って話しかけてみたものの、これといった反応もなく、それからは居ていないようなモノとして扱っていたのだ。


「……っ!」


 そして、今の瞬間になってふと異変に気がつく。あれ程漂っていた白影の姿が一つも見当たらない。











 もうどれぐらい経っただろうか……既に走ることを止め、ゆったりと歩き続けるのみだ。

 夜の闇が支配する森は足元も見えず、空を見上げても濃い霧のせいで星も見えはしない。

 とは言え、元より眼帯で視界を覆っている男からしてみればどうと言うことはないが、それでも彼の心の中には嫌な確信があった。


「迷ったか……」


 道に迷うなど男の長い人生を通しても数少ない経験だ。方向感覚などの問題以前に、魔法等を行使すれば意図的な阻害行為でもされない限り目的地を見失うことはない。

 それでも迷ったと言うことは……何かしらの外的要因がある。


 ここに至るまで何かしら男へ影響を与えたであろう違和感などは感じられなかった。かと言って、その可能性がゼロとも限らない。


「……っ!」


 ふと、さっきまで周囲を漂って白影が消えていることに気がつく。彼等に気配などが無いために気がつくことに遅れたものの、彼等が消えたところで何だと言うのか……。

 確かに数日間にも渡って絶え間なくまとわり付いていたモノが消えれば多少の違和感を抱きはするが、さしたる問題がある訳でもない。


 ──本当にそうか……?


 言葉にならない違和感を肌で感じ取り、念のためにと周囲に変化がないか意識を巡らせる。

 しかし、これと言った異変はない。耳が痛くなる程静まり返った森の中で、何かが動くような気配もないのだ。


 霧が濃いために視覚からの情報が大きく欠落しているものの、常日頃から眼帯を付けている男にとってはなんの影響もない。


 ──何事もない……


 そう判断した男はすぐに興味を失った。


 絶え間なく周囲を漂っているた白影。それがいなくなったからと言って一体何だと言うのか。


 そう断じて走る速度を上げようとして、すぐに立ち止まった。

 耳が痛くなる様な静寂の中、何か違和感を感じる。辺りを見渡しても巨大な大樹と濃い霧だけがあるだけで……


 何事もないと判断し、再び歩き出そうとした直後……森の静寂を突き破り、体の髄にまで響く様な破壊音が轟く。


 足裏に伝わる大地の震え。すぐさま音がした方を振り変えれば、大量の土石と無数の大木が打ち上げられている。

 それが霧越しに位置すらも曖昧だった太陽の光を遮って影を落とす瓦礫は、霧越しでもその存在を強調していた。


 そうして打ち上げられた力が失われた瓦礫が重量に従って地上へ降り注ぐ。その一部が男の方にも流れて来た。

 男に触れる直前で瓦礫は黒い光と共に弾け、そのすぐ横では消す必要がないと感じた瓦礫がけたたましい音と共に地面を抉りながら衝突する。

 また一つ、また一つと足裏に圧倒的な質量が地面にぶつかる衝撃が伝わった。圧倒的な大質量が地面に衝突する衝撃を足裏で感じながら、周囲へ向けて素早く意識を這わせた。


 未だ瓦礫の流星が降り注ぐ中で男は意識を周囲へ向け、これだけの災害を起こした元凶はなにか、次なる変化はないか、と神経を研ぎ澄ました。


「……っ!」


 背筋を突き抜ける冷たい感覚……姿は見えない。

 しかし、降り注ぐ瓦礫がソレの通った道に空白を作ることで、その軌道を浮き彫りにする。すぐさま刀を抜き放ち、正面に構えた……直後、その刃を衝撃が揺らし身体が宙に浮かび上がる。


 腕が軋む。

 身体の髄にまで突き抜ける衝撃。


 耐え切れずなかった男の足は地を離れ、抵抗することも出来なくなった身体はまるで枯れ葉を吹き飛ばす様に飛んでいった。

 背中に感じるのは風の圧……自身が凄まじい勢いで飛ばされていることは容易に想像がつく。

 背後に迫るのは強靭な大樹……叩きつけられればひとたまりも無い。


 そう直感する頃には身を捻って足裏を大樹に向けていた……足裏に感じる硬い感触、衝撃を殺すように膝を曲げて横向きに止まった。

 そうして側面に立った直後、再び空白の道が現れる……その前に、地面へ向けて大樹の側面を駆け出す。背後、何かが突き抜けたような気配と同時にして、けたたましい破壊音と共に大樹が上下に分け隔たれた。


 あれほどの太さを持つ大木をまるで細枝の様に容易く撃ち抜く攻撃。それを尻目に大樹の側面を蹴り離れると同時に空中で反転し、地面に両足と左手をついて着地する。

 高所から更に自力で勢いをつけた落下により、腕から肩へ、脚から腰へ衝撃がつき抜きた。


 身体が軋む音が脳髄にまで響く。

 直後、肉体の強度が限界を越える前に地面が僅かに陥没し、衝撃を和らげる。衝撃に押し潰されなかったとこを安堵する間も無く、真上から大質量の塊が迫っていた……直後、黒い雷が落ちゆく大樹を直撃する。

 周囲の光を奪い去り、白い光の輪郭が黒電を浮かび上がらせた。


 鼓膜を撃ち抜く轟音。

 粉々に砕け散る木片。

 花弁の如く舞い散る黒き火花。


 その下で着地した姿勢のまま動かない男を目掛けて、再び空白の道が延びる……瞬間、静電気が弾ける様な音が、木霊した。


 長く尾を引く様に音が反響し続ける。

 男の右側に現れた白い線が、チカチカと点ながら消えていく。


 そこには右腕だけを動かして刀を切り上げた姿勢で止まっている男が、着地した時の格好のままで固まっていた。


 ──まったく……


 明らかにこちらを目掛けた攻撃。敵意があるかどうかなど関係ない。


 その背後、白い線に触れた何かが蠢く。

 それは黒い触手の様なモノだった。

 白い線は男の斬撃が通った跡。


 つまりあれは、先程から男を攻撃していたモノの身体の一部だろう。


 触手の様なモノは本体から切り離された今もクネクネと動き続けている。しかし、所詮は本体から切りなされた未完の部位、放って置いていい……そう思った直後──


「……なるほど……」


 その触手がまるで水の様に形を失うと、何か見たこともない四足歩行の獣の姿を形作った。


「これは、厄介だ……」


 切り離せば、ソレは独立するのだろう。


 獣を象った黒影は動き出す前に黒炎によって燼滅し、再生も分裂も許さずに抹消した。


 ──さて、問題は本元だ……


 切り落とした触手から意識を逸らす間もなく、立て続けに攻撃が降りかかる。その全てを動じることなく断ずれば、ゆるりと眼帯越しに一点を見据えた。


 絶え間なく降り注ぐ攻撃を捌き、躱し、ひたすら待つ……ただ、訪れるであろう一瞬が現れることを待ち続ける。


 そうして、待ち望んだ一瞬……攻撃が僅かに途切れた刹那の間……身を低く、弾かれたように駆け出した。

 遅れて、男が立っていた座標を無数の影が撃ち抜く。虚空を、誰もいない地面を影が抉るのを尻目にソレの目の前に立つ。


 赤く無機質な眼が懐に入った男を睨みつける。変芸自在な影体の姿形を変化させて、男を迎撃せんと試みる。

 しかし、それよりも早く男の握られていた左拳が開かれ……


「……一つ……」


 息を吐き出す程度の掠れた呟き。それと同時にその掌が黒影の身体に触れた。

 直後、右手で圧縮していた能源エネルギーがその圧力を失い、膨張する。

 暴走寸前まで与えられていた抑圧を失って、破壊の奔流が水を得た魚の様に、嬉々として存在する全てのモノへと喰らいついて間も無く……その悉くを咀嚼し、嚥下した。


 白い光が満ち溢れ、大気に漂う霧すら例外なく滅する。地上にあるモノが破壊の余波で打ち上げられる中、黒影の姿が白光に呑まれていく。


 あれ程濃かった霧をも吹き飛ばし、見渡す限りの一面を更地と化して見せた。


 ──まさか、これ程とはな……


 自身が繰り出した破壊の余波。過ぎる力は己が身をも滅ぼすモノなのだろう。

 極光に焼かれた左腕が癒える間もなく、宙を舞っていた。


 ──知性があったのか……


 ドク、ドク……と、力強い心臓が生命いのちの鼓動を刻む度、生命の源たる赤き熱水が肩口から噴き出す。それを尻目に、ゆるりと面を上げれば──


 ──一手誤った……


 コォォオオ、と息を吐き出すような音を立てて、腹に大穴を空けたバケモノが佇む。


 影色をした液状の身体がボロボロと崩れゆく中で尚も衰えぬ敵意を剥き出して、その背中から生えた触手が空を切る音が強く木霊していた。


 男の魔法が発動する直前、能源エネルギーを溜め込んでいた左腕を切り落として制御を奪うことで、その威力を僅かながら殺したのだろう。

 加えて、あの状況で強引に攻撃を避けて体制が悪くなれば、破壊の余波が男をも飲み込んでいた。それ故に、腕一本程度なら避けると言う選択肢は取れないのだ。


 そして、次なる一手。

 動いたのは同時だ。


 振りかぶる強靭な前腕とそこに揃った凶爪。

 対して引き絞った刀の周囲には黒い細線が螺旋を描く。


 ──無理、か……?


 片腕を失ったダメージは残っており、隻腕故に攻撃力は落ちている。

 溜めの時間もなく、このまま真っ向から攻撃がかち合えば力負けすることだろう。その直後……


 ──閃光が奔った──


 振りかぶられた強大かつ強靭な前腕が、弾けた様に切り落とされる。

 ズンッという音と共に黒影の前足が落ちる直前、その首がズレた。


 光すらも屈折させる斬撃。その直前上にあった首が断ち切られ、ゆっくりとした回転を伴って地へ向かう。


 首を失って再生する力をも失ったのか、残った胴体部分が男の与えたダメージに耐えきれずに力無く崩れ始めた。そんな光景を目の当たりにし、固まったまま動かない男の目の前に人影が降り立つ。


 まるで霧色の様な灰色をした髪を長く伸ばし、温度の感じられない鉛色の瞳が男を冷たく見下ろす。

 最初こそ表情の一つもなかった顔には、男を見るなり、整った眉をどこか怪訝そうに顰めた。


 身構えようと片膝をついたまま僅かに刀を動かす……が、それよりも早く彼女の剣が彼の喉元に突きつけられた。


 動くな、とその目が言う。


 眼帯越しに僅かに視線を落とし、突きつけられた刃を見据えた。その片刃の剣はよく磨き上げられており、心なしか冷たく鉛色の光を放っているようにも感じられた。


「……あなたは何者? それにあの魔法は?」


 耳障りのよい凛とした声が木霊し、少女が僅かに視線を荒野と化した周囲へ向けた。だと言うのにそこには一部の隙もなく、男は動けないままでいる。


「それに、どうしてこんな奥まで来れたの?」


 答える間もなく矢継ぎ早に質問を重ねているものの、半分は独り言に近く答えて貰おうとは思っていない。


「ううん、そんなことより……」


 首を振り、真剣な眼差しで少女が男を見下ろす。その視線は眼帯越しにしっかりと彼の瞳を見つめていた。


「ここに居ては、まったさっきの影が来るかもしれない」


 辺りへ警戒する様に視線を走らせ、再び男を……その切り落とされた腕の根本を見やる。

 既に断面は治癒魔法によって止血されて血は出ていないが、それでもダメージは残っている筈だ。


「どう? 動けそう?」


 そう問いかける彼女へ、同じく周囲を警戒していた意識を戻し、静かに頷く。その様子を見て心なしか安心した様な表情を浮かべるとゆっくりと片手を伸ばす。


「念の為、刀を預かっても?」


 警戒しているのだから当然の要求だ。


 移動中、背中から刺されたでは笑えない。しかしそれと同時に、少女はこれが無意味に近い行為だとも分かっていた。

 片腕を失い、武器を取り上げてもこの男ならば抜き手でもって背中から心臓をひと突き出るであろう……それだけはない。辺り一帯を更地へと変えるほどの魔法をも使える、そんな男から武器一つを取り上げたところで気休めにもならない。


 しかし、それでも……


「ああ、わかった」


 頷くと刀から手を離す。さすればそれはまるで引き寄せられるように少女が伸ばした手の内に飛んでいった。


「ありがとう。理解してくれて嬉しいわ」


 刀を左手に持ち、男へ突き付けていた剣を鞘に戻す。そうして男が立ち上がるのを待って移動を始めた。


「こっち」


 空いた右手で手招きしながら、再び森の中へ入って行く。その背中を男も無言で追いかけた。

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