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果無き亡神  作者: 枝垂桜
第一章 孤独な英雄と白き砂漠
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一章終話 双頭の天使

 最早、目ぼしいモノは見当たらなくなった男は最初に開けた大穴から外へ飛び出す。そうして、大穴を塞いだ。


 幸い男が地下にいた数日もの間、不思議なことに人間ジンカンが穴から落ちてくることはなかった。

 恐らく、彼等が自主的に穴を裂けるように──

 更には、穴が空いていたにも関わらず、瘴気が下は来なかった。


 そして、今になって思う。


 ──恐らく、あの巨大な紫水晶アメジストの柱が結界の役割を果たしていのだろう。と……


 そうして身体の向きを変えると、新たな目的地を目指して駆け出した。


 大都市を駆け抜けて、遠く地平線の彼方まで続く白き砂漠へ飛び出す。

 一歩、一歩……足を踏み込む度に土煙りが上がり、それが立ち込めるよりも早く男は前に出る。


 砂漠で彷徨う人間ジンカンの目の前を通り過ぎれば、最初こそ追いかけてくるもののすぐに距離が開いていく。

 そうして十数日間、昼夜問わず走り続けても尚海は見えないままで──

 それでも、つい先程になって漸く瘴気が濃くなってきた。


 漸く目に見える進展が得られたと同時に、瘴気が濃くなった影響か人間ジンカンのサイズもより大きなモノと化していた。


 相手によっては逃げ切ることと出来ず、戦闘も余儀なくされたが、いかせん強力なのだ。

 数日前のとは比べものにならないほど強力であり、男とて対処に些か手こずっていた。

 ましてや、数体同時に相手取るとなると骨が折れる。


 白い砂が隙間なく赤く染まった中で、男は全身から蒸気が立ち昇る巨大な人間ジンカンを見下ろしていた。

 身体が大きなると、体温もより高温になるのかこうして蒸気が立ち昇っている個体もいる。


 しかしいかせん強靭だった。

 男が放った三度目の攻撃にて漸く血に沈んだソレから視線を外して、霧の奥を見やる。

 瘴気が濃くなると霧もより濃くなっていく。


 肉眼を頼りにしている者であれば移動するのに致命的な障害になっていただろうが、男には大した問題ではない。


 自分がこれから進む先を遠く眺める。


 ──あと一日も走れば海に出るな……


 遠く霧の奥へ眼帯越しに視線を向けて、再び駆け出そうとした時──


「……!」


 巨大な影が太陽を覆い隠す。

 それ程の大きさを持ってして、驚くことに気配を感じなかった。


 ──あり得ない……そう思って上を見上げれば、その原因は至って簡単だ。

 単純に距離が離れ過ぎていたのだ。


 大気圏ギリギリを飛ぶソレは男の索敵範囲を大きく出ており、太陽を覆い隠して地上へ巨大な影を作ることで己の存在を主張していた。


 ──何だ、アレは……?


 最早、生物としての枠さえも超えた化け物を目にして、さしもの男とて驚愕を露わにした。

 そこへ追い討ちをかけるように、巨大な影が近づいて来ている。


 走っても間違いなく追いつかれるだろう。

 ここで迎え撃たざるを得ない。


 緊張感なく自然体でソレを待つ。


 そうして羽ばたきを一つ。

 ただそれだけで、あれだけ立ち込めていた瘴気の霧が吹き飛んだ。


 視界が晴れ、姿を現したのは巨大な人間ジンカン

 それは太陽を背にした天使のようにも見える。


 一羽ばたきごとに、凄まじい風圧が全身にかかる。

 普通ならば目も開けられない程だろう。


 二つの頭を持ち、イソギンチャクの様な下半身をしたソレが近づく中でおもむろに眼帯を外す。


 そうして現れたのは黒鏡の様な瞳。

 その中央にあるのは一切の光を反射することのない闇色の瞳孔。

 それが見上げた太陽の光に慣れようと瞬く間に小さくなる。


 変化が現れたのは右の瞳。

 眼球が漆色に染まり、瞳があかかがやく邪眼と化す。


 刀へ能源エネルギーを収縮すれば、僅かに漏れ出た力の一部で大気が揺れる。


 そんな刀をおもむろに天へ翳す。

 さすれば剣先から一本の細く黒い電線が天を目指して駆け上る。


 白い光を放つ黒電が更に一本、もう一本とその数を増やした。

 そうして天へ上り詰めた黒電が放射状に広がる。


 そうして見渡す限りの天空に描かれたのは、いびつゆがんだ幾何学模様。

 悍ましく禍々しいその魔法陣から時折り、力の片鱗が地上へ落雷する。


 ゆっくりと舞い降りた天使が、男へ手を伸ばす。

 だが直後、その伸ばされた救いの手を振り払う様に、男目掛けて巨大な黒雷が堕ちた。


 天地を繋ぐ巨大な雷柱が触れるモノ全てを無へとす。

 伸ばされた天使の手すら、灰塵と化して柱がその太さを増す。


 力の解放だけで、辺り一帯が消し飛ぶ。

 白い光が陽光さえも覆い尽くし、白い砂に反射して幻想的な世界を生み出す。


 世界の許容範囲を超えた強大な滅びが空間を引き裂く。


 轟く不協和音こそが世界の悲鳴だ。


 それでも尚、何事もなく宙で静止している人間ジンカン

 何故か、攻撃をする気配も抵抗する気配もなかった。


 モノクロに染まった世界で漸く、その天使が動きを見せた。


「ああ、我等が滅びの王」

「ああ、我等が虚無の主」


 二つの頭がそれぞれ言葉を紡ぐ。


「その滅びの奇跡を持って」

「全てを呑み込む闇を纏い」


 人体の部位が積み上げれたような悍ましい外見とは裏腹に、その声は驚く程穏やかで──


「弱者を淘汰するふざけた神を」

「我等の営みを奪った調律者を」


 憎しみに濁った言葉──

 縋る様に弱々しい声──


「どうか、どうか奴に報いを」

「いつか、いつの日か断罪を」


 男にはこの化け物が何を言っているのか理解できない。


「我等、人神となり」

「我等、人柱となる」


 しかし、唯一解るのは砂漠のように渇望した心──


永遠とわに彷徨う運命さだめに呪われた亡霊へ安寧を」

「死ぬことすら奪われた我等へ滅びの救済を」


 無数の意識が男を見る。

 そんな気配がした。


 それを全身に感じ取りながら、おもむろに刀を振り下ろす。

 さすれば、巨大な雷柱が傾いた。


 それを受け入れる様に天使が両腕を広げる。


「ああ、やはり……貴方様は──」

「ああ、やはり……貴方様は──」


 滅びがそこへ落雷する。

 天は轟き、地は震撼する。


 禁忌の奇跡に触れた天使が瞬く間にその姿を欠く。

 瞬きもしない内に、あれ程巨大だった姿が消え去った。


 色も音も奪われた世界に亀裂が走り、亜空間さえも見え隠れしている。

 その中で、限界を超えた力の酷使に血を吐いてた男の身体が傾く。


 それでも尚、独立した奇跡が破壊の限りを尽くした。

 地平線の果て、大陸上の全てを薙ぎ払った滅びがゆっくりと手を引く。


 瘴気すら消し飛んだ後に残ったのは、白い砂漠に降り注ぐ黒い灰。

 その真っ只中で、左手を地面についた男は刀を地に突き刺して苦しげに息をする。


 身体に力が入らない。

 意識が朦朧とする。

 視界が真っ赤に染まっている。

 耳鳴りが酷い。


 白い砂に赤い雫が落ちた、直後──


 先程まで痙攣したように小刻みに震えていた心臓が……今やドクン、ドクンと大きくゆっくりと波打っている。


 直後に感じる凄まじい力の奔流。

 同時に頭に流れ込む記憶との数々。


 己と同格の存在を喰らっとき、その能力を己ものとする権能が働いている。

 ただし、その対象は『神』レベルでなくてはない。

 それは神の天敵たる人間に相応しい能力であるだろう。


 故に、あの天使は粉うことなき『人神』であったのだ。


 しかし、これは男にとっても未だ経験ないモノだった。


 記憶は無数の人々のモノからなっており、とても統一されているとは言いがたい。

 純粋は力は莫大ではあるものの、『神』特有の権能や奇跡を持ち合わせている訳でもない。


 あるのはただ、男へ託した渇望と悲劇のみ。

 理不尽に幸せを奪われた者達の嘆き。


 それが男と同化する。

 それこそが『神』と対をなす『鬼』へとなった時に背負った業なのだ。


 どうにか力尽きて倒れる前に回復できた男は、再び立ち上がると海の向こうを目指して駆け出した。




 ================================




 細波一つない海の上を男は駆け抜ける。

 足裏が水面に触れるたびに波紋が立つ。

 一歩を踏み出すに鳴る涼やかな足音を奏でながら、男はただ真っ直ぐに空白の地を目指した。

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