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09

 土曜日になった。

 夏になら何度も言う今年最高気温を記録しているため、もう着いた時点で汗だく、グロッキー状態。


「……今年暑くね? 今日海に行かなくて絶対良かったと思うぞ」

「えぇ……私は行きたかった」


 無茶を言ってくれるな。仮にこんな暑さの中行ったら、すぐに「帰るか」ってなるのがオチだろう。それでは無駄にダメージを受けるだけ、その点家なら金を使わずに済むしエアコンあるしで最高だ。


「というか汗くさいよ」

「しょうがねえだろ……ここまで歩いてきたんだから」


 いつでもいい匂いの女子と比べられても困る。男はこんなもん、たまになんでそんないい匂いすんのって思う男もいるけれども。


「お姉ちゃんたちがいないからってだらけすぎ」

「お前を信用しているってことだ……」


 あれ――プレゼントを渡すタイミングっていつだ? このまま「ほい」とあげるのもなんだか違う。おまけにこんな汗をかいた状態で渡すというのも微妙だ。


「そういえば朱乃はどこに行ってんだ?」

「お友達とお出かけー」

「もしかして男か?」

「ううん、女の子」


 あれから大人しくなったと聞いたし朱乃も色々と考え方を変えたんだろうが、やはり最初の印象が強すぎた。

 彼女が言うには付き合いはじめてもすぐに別れていたと言っていたのもある。単純に男運がないだけなのかもしれないが。


「なんでお姉ちゃんのこと気にするの」

「いや、朱乃がいたら落ち着けないだろ。それに今日はふたりきりがいいんだよ」

「え、も、もしかしてなにかするつもり? お、襲わないでよ?」

「人聞きの悪いことを言うな」


 しゃあない、後になって誰かが帰ってきて渡せませんでした、じゃ俺も気持ちよく帰れない。


「ほら、これやるよ」

「ん? 開けていい?」

「おう」


 とはいえ紙袋にひっついてるセロハンテープを取ればすぐに終わり。


「おぉ、イルカのストラップ」

「誕生日なんだろ?」


 だから出かけたがっていたと考えれば辻褄が――。


「明日だけどね、私の誕生日」

「あ、そ、そう……」


 おい情報源! 今日だって「お祝いしてあげなさい」とか言ってたのに1日ずれてるぞこのやろう! 翔と上手くやれよこのやろう!


「どうせお姉ちゃんに聞いたんでしょ」

「違う、一緒に過ごしていれば相手の誕生日くらい分かるだろ」


 誕生日だってこっちが聞きたくて話していたわけじゃない。普通に会話をしていたら急にポロッとあいつが吐いただけ。

 おかげでこっちは特に意識してなかったのに、宮内家に行くというこの行為が緊張することに昇華してしまったんだ。


「ふぅん、それでなんでイルカ?」

「か、可愛いと思ったからだ。なんなら自分のにしたくなったくらいだぞ」


 男がつけるにしては女々しいから学校のかばんにはつけられないが、遊びに行くようのバッグとかにだったらいいと思う――そのためここに来るまで「俺が買ったんだから俺のでいいんじゃね?」と本気で悩んでいたくらいだった。


「言っておくけど返さないから」

「い、いらねえよ。もし欲しいなら自分で買うから安心しろ」

「んー、かばんにつけようかなー」

「好きにしてくれ」


 異性の友達にプレゼントを贈るとかなんか恥ずかしいな。男友達がいるわけではないが恐らく男友達に贈ることより恥ずかしい。


「ただいま」


 げっ、だ、誰か帰ってきやがった!


「ど、どうも、はじめまして――」

「ふふ、はじめまして」


 まさかこれが母親か? めっちゃくちゃ若え……俺の母さんにもわけてやってほしいくらい綺麗だ。


「健生くん」

「な、なんだ?」


 慌てる俺に希空の冷たい目線が突き刺さる。


「それお姉ちゃんだから」

「は!?」

「ぷっ、あはははっ、健生くん面白すぎー」


 きゅ、休日の印象が違いすぎる。

 髪だって綺麗なロングストレート、化粧がいつもと違うだろうか。

 派手派手しさがまるでない、お淑やかなお嬢様風女子のような感じ。


「な、なんでお前そんな綺麗に……」

「だって女の子の友達と遊ぶんだから本気出してもしょうがないじゃん」

「いや……こっちのが本気だろ……」

「あれ? もしかしてこっちの方が男の子は好きなのかな?」

「……まあな」

「ふーん、いいこと聞いちゃった。やっぱ生の意見は参考になるね!」


 いや、喋ると清楚系ビッチみたいになるな、初印象がここでも影響。


「お姉ちゃんなんで帰ってきたの?」

「うーん、カレシに呼ばれたーとか言って帰っちゃってさ。普通それでも女友達を優先するでしょ、先に約束していたのは私なんだからさ」

「しょうがないよ」

「そういうものかなぁ……あ、ほらケーキ、今日誕生日だしね」


 え?


「あ、ありがとっ……って、これ高いやつじゃん! ど、どうしたの? 弱みを握って今度脅すとか?」


 は? 待て、俺には「明日だけどね、私の誕生日」って言ったじゃねえかよ希空! まあいいけどよ、前後したところで渡すという事実は変わらなかったんだからよ。


「わ、私のイメージ……違うよ、可愛い妹の誕生日なんだからお祝いしたいだけ。私はちょっと着替えてくるからふたりはゆっくりしててねー」


 朱乃が去り宮内家リビングは静かになる。


「ふっふふーん」


 俺が物をあげた時より嬉しそうな彼女。

 なんとなく消える物に金を使うのは微妙だったのでストラップにしてみたのだが、女はやっぱりデザートの方が良かったのだろうか。

 ウキウキ気分で選んでいた前の俺に言ってやりたい。「あいつはケーキの方が喜ぶぞ!」ってな。


「楽しそうだな……」

「うん、お姉ちゃんも帰ってきてくれたしねっ」


 そうですか、それならそろそろ邪魔者は帰りましょうかね。


「帰るわ」

「え、なんで?」

「実は買い物に行くよう言われててさ、今日の夕飯の食材買って帰らねえといけないから」


 中にはほぼ入ってない財布をちらつかせて帰る言い訳作り。


「ふーん、ま、それならしょうがないよね、気をつけてね」

「おう……」


 プレゼントを渡した辺りから感じる彼女の冷たさ。

 もしかしてイルカ嫌いだったのか? めちゃくちゃ可愛いのに? 男の俺でも惹かれたくらいなのに? 希空なら喜んでくれる思ったのになあ。


「あちぃ……」


 スーパーになんか用はないので家まで真っ直ぐ歩いて。


「ここもあちぃ」


 家に着いたら部屋に直行、ベッドに寝転んで。


「何気に色違いの買ってあるんだよなぁ」


 まだ出していない新品のストラップを眺めて。

 皮肉にも暗い内側とは裏腹に、そいつは太陽光を浴びてキラキラしている。


「おかえり兄ちゃん」

「お、翔……って、家にいたのか?」

「ううん、いま帰ってきたところだよ。僕らは水族館に行ってきたんだ。それで撮れる場所では写真を撮ってきたんだけどさ」

「おぉ、お客さんに頼んだのか?」

「うん、優しい人ばっかりだったよ」


 いや、それよりも笑っている楓華が新鮮だ。

 好きなやつといたら普段は無表情でも本当のところが出てしまうということか。


「しょ、正直さ、女の子とはいたくないとか言ってたけど……」

「別にいいだろ、すぐに意見が変わることなんて誰だってある」

「うん……でさ、お魚たちの世界も奇麗だったけど、正直に言って楓華さんの方が奇麗……って感じて」


 おぅ……俺たちとは対照的すぎて羨ましいな。

 こちとらプレゼントをあげたのにあの冷たい表情だぞ?

 それとも『あげたやった』みたいな考えが駄目なのだろうか。


「そ、それを言っちゃったんだ」

「おぉ、で?」

「『ふふ、ありがとう』って返してくれた……」


 月曜日になったら聞いてやろう。


「ね、ねえ」

「どうした?」

「……好きだって言ったらやっぱ駄目かな? 別れた直後でしかも女の子といたくないとか言ってたのにさ」

「別にそんなの関係ないだろ。一方的に翔があいつを振って他の女と付き合うってんならちょっとあれかもしれないけど、今回のはそうじゃねえしな。好きになったらなら真っ直ぐぶつからないとな、そういう遠慮ってのは相手にも伝わっちまうもんだ」


 いいねえ、一方的じゃないってのは。

 それに恐らくお互いがお互いを想い合っている。

 あの楓華が惹かれる魅力が翔にはあるってことだ。

 対する俺は? なにもなくてプレゼントをあげても無表情で受け取られる始末、悲しいね、改めて現実を見た形となるね。


「そ、そっか、そうだよね。あ、で、兄ちゃんはどうだった? 宮内さんにちゃんと渡せた?」

「おうっ、大丈夫だ! 目をウルウルさせて感動してたぞ!」


 本当は冷たい目だったけどな!


「良かったねっ、兄ちゃんは宮内さんのことが好きなんでしょ?」

「は?」

「え、違うの? 最近は一緒にいるからそうだと思っていたけど……」


 どうなんだろうなそれはと真剣に考えてしまった。

 向こうの夢中ってのもどういう風にか分かっていないからな。

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