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06

「はじめまして、冰室楓華です。あなたのお兄さんにはいつも気持ちのいいことをしてもらって……あっ、すみません、思い出しただけで体が疼いて――って、なにするのよ」

「お前こそなんだその自己紹介は! というかなんで家にいるんだ!」


 ハリセンがあったら全力で頭を引っ叩きたい。しかも夜、両親の帰りが遅いときに限って来やがって。


「翔くん、どうしました?」

「あっ、い、いえ……」


 ん? 翔の様子がどこかおかしい。ぽやーっと呆けた顔で冰室の顔を凝視しているだけだ。返事もどこかぎこちない、こいつが怖いとか? 確かに得体が知れないという意味では当てはまってはいるが。


「に、兄ちゃんちょっと」

「おう。冰室、ちょっと待っててくれるか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 き、気持ち悪いなこいつ!

 リビングを出たらすぐに翔が俺の袖を掴んで言ってきた。


「冰室さんってすっごい綺麗だね!」

「あーまあそうだな」


 どうやら見惚れていただけだったらしい。兄弟揃って面食いとかできる限り避けたいんだが、だからってやめろなんて言えないしな。


「なにより高身長なのが格好いい! あんな人になりたいよ僕っ」

「いや、翔は普通の少年であってくれ」


 それに女子だからあんまり高身長とか言われたくないだろう。女子に可愛いと言われたら俺らが複雑なように、女子なのに格好いいとか言われるのは微妙だと思う。


「失礼な人ね。翔くん、私って綺麗ですか?」

「は、はい……凄く……綺麗です」

「ふふ、ありがとうございます。こんな人放っておいてリビングに戻りましょう?」


 こちらを冷たい視線で貫く冰室。


「はいはい……悪かったよ」


 こういうときはすぐに謝罪だ。時間が経てば経つほどそれができなくなってしまうので初動で謝っておくのが吉。


「ふん、最初からそうしておけばいいのですわ」

「お前は誰だよ」

「冰室楓華、お初にお目にかかりますわ」


 つか翔目当てだとは分かっているが大して知らない人間の家に来て普通でいられるって凄いなこいつ。度胸がある、出会った日もそうだった。


「冰室さんはどうして来たんですか?」

「はい、あなたのお兄さんに用があったんです」

「そ、そうですか……」


 明らかな落胆。身近にライバルがいるって嫌だよな、もちろんそんなことは一切ないのだが。


「大丈夫ですよ、私とあの人はそんな関係ではありません。あの人を好きになるのは100歳を越えて生きるよりも大変ですよ」

「余計なお世話だ。で?」

「あの子とID交換をしたそうね、私ともしましょう」

「それも朱乃情報か?」


 そこの繋がりがあるのかも怪しいところではある。宮内のやつは知らないと慌てていた。ストーカー……なんてことはないだろうから宮内が把握していないだけなんてこともあるかもしれない。


「さあ? 別に減るわけではないしいいでしょう? あ、翔くんもお願いします」

「は、はいっ」


 それこそID交換をしたんだし宮内に聞いてみればいいのかと気付きメッセージを送信。絡まれると面倒くさいので冰室にもしっかりと送って待っていると宮内の方が先に返信をくれた。


『またその子の話? まさか家にいるとかそんなこと言わないよね?』


 教えてもないのに家を知っている、今更ながらに怖い話だ。


『いや、いま目の前にいる』

『女の子が苦手とか言ってたのはなんだったの?』

『いきなり冰室が来たんだ、それは不可抗力だろ?』


 順番的に言えば宮内を先に誘うべきところなのは分かっているが、こうして来訪されてしまったらどうしようもない。だって門前払いをするわけにもいかないだろう。そんなことをしたら後に面倒くさくなることは必至、宮内が俺の立場でも同じ選択をしたはず。


『どうせ甘いことを囁いて連れ込んだんでしょ』

『違うって。なんなら電話をかけてもいいぞ』

『なんで電話? 確かにこのアプリには機能があるけどさ』

『本人と話してみればいい』

『じゃあ電話』

『おけ』


 電話をかけてからなにも説明せずに冰室へと手渡した。彼女も黙って受け取って耳に当てる。俺はその間に翔の相手。


「相手は宮内さん?」

「おう、俺が連れ込んだとか言いだしたからさ、だったら本人と話してみろってな。というか翔、お前冰室のことを狙っているのか? いま女の子とは……とか言ってたお前はどこに行ったんだ」

「べ、別にそういうつもりじゃないけど……でも、物腰柔らかくて素敵な人ではあるよね」


 もしかして敬語なのが素だと思っているんだろうか? 俺もこいつと全然話したことがないし可能性もなくはないが、違和感があって仕方がない。分かっているのは案外冷たい人間ではないこと。常に無表情のくせしてノリがいいところもあるやつだ。


「翔くんは嬉しいことを言ってくれますね。あ、お返しします」

「おう。もしもし?」

「最低っ、変態!」

「ど、どうした?」


 リビングでするとややこしくなるので今度は俺が廊下に移動。


「もうっ」

「落ち着け」

「冰室さんと変なことするとか最低」

「あいつが勝手に言ってるだけだ。まあ、信じてもらえないかもしれないけどさ、俺はお前が――お前と話せる方がいいけどな」


 得体の知れない冰室よりかは相手をするのが楽だ。だって彼女がどうしたいのかをはっきり言ってくれる。それがいいことにしろ悪いことにしろはっきりしてくれるのは嫌いじゃない。


「どうせ冰室さんにも言っているんでしょ。というかさ、そういうその場凌ぎの言葉を言われる方が嫌なんだけど」

「その場凌ぎじゃない」

「証拠は? 心からそう思っているって証拠をだせるの?」

「お、お前の方が冰室よりは好きだ」

「はいだめー! 全然関わったことのない冰室さんと比べられても虚しいだけなんだけど」


 ちょっと待ってくれ、「好き」とか言うことがどれだけ恥ずかしいことか分かっているのかこの小娘。少なくとも人生の中で1番勇気を振り絞った形になるというのに……。


「お前さ……」

「なに?」

「好きって言うのめっちゃくちゃ恥ずかしいんだぞ? そこは『古谷くん……』ってちょっとさ……」


 そうすれば俺の中で宮内の存在は『可愛げのあるやつ』となる。翔と同等とは流石にならないにしても、身内以外の人間にそういう評価をするのは中々ないので誇ってもいい。


「そこら辺の女の子と一緒にしないでください。とにかく、早く帰ってもらいなよ」

「まあそのつもりだけどな。それじゃあな」


 どうやらIDを交換しに来ただけだろうし長居させる必要はないだろう。翔がどうしてもと言うのなら後は部屋でやってもらうつもりだ。


「うぇ……」

「ん?」


 終了ボタンを押そうとした指が止まる。


「あ……ううん、それじゃあまた明日ね」

「待て、なんだ? はっきり言うのがお前の持ち味だろ?」

「べ、別になんでもかんでもはっきり言えるわけじゃないし……」

「いいから早くしろ。冰室がお前を振り回した分、俺が責任を取る」


 こういうところは翔に負けないくらい立派だと思う。だが、自分でもなにを言っているんだとすぐに後悔したのは言うまでもないが。


「いや、あのね? 私でも分からないの」

「それじゃあ俺でも分からねえじゃねえか」

「もう終わるって分かったとき……ちょっと寂しくなった」

「なるほどな」


 って、なるほどで終わるか! なんだそれ、こんなこと言われてドキッとしないわけがない。非モテを舐めるな。


「お前さ、俺が同じこと言ったらどう思う?」

「え、ちょっと気持ち悪いかも」

「だよな」


 良かったっ、変なこと言わなくて!

 あとリビングで通話していなくて良かったと心から思った俺だった。




「ふぅ……良かった、部屋で通話してて」


 古屋くんが一方的に通話を切ってくれて助かった。

 目の前のフィギュアを指でつついてから机に突っ伏す。


「んー、やっぱりあの子面白いかもね」

「ひゃぁ!?」


 突っ伏していた分かなりの恐怖だった。


「だってさ、好きとかって言える子だと思わなかったから」


 ああもうスピーカーモードにしていた私が馬鹿だったんだ。

 なにかをしながら通話をするという形にした過去の私を全力で殴りたい。


「確か健生くんだったよね、ふふふ、いいかも」

「え、つまんない子だって言ってたじゃん」

「いや、他人に興味なしの子だと思ったからさ」


 ああ、言われてみれば。言葉ではそんな感じのことを言っているけど実際は違って心配とかもしてくれる子なんだよね。


「早計だったかぁ……」

「消えたのショック受けてたよ?」

「うーん……ま、明日謝ろ! でさ、希空もちょっと変わったよね」


 自分では全然分からないけど……。


「男の子と通話した後に寂しいって感じるとかさ」

「あ……」

「しかもそれを本人伝えちゃうってのがね」

「やめて、もう言わないで……」


 それはもう悶絶したよ、フィギュアをつつきすぎて指先がちょっと痛いくらいだ。私だって思った、なにを言っているんだって!


「健生くんは希空が求める子だったってこと?」

「分かんない……なんで寂しさを感じたのかも」


 はじめての体験だから分からなくて当然なんだけども。


「もっと仲良くしてみればいいじゃん」

「まあ友達にはなったし普通に過ごすけどさ」

「なるほどね、希空が不機嫌だった理由は私があの子をつまらない判定しちゃったからか! 全部早計だったなぁ……ごめんね? 希空のお気に入りの子を馬鹿にしちゃってさ」


 なんか悪意を感じるぞ、その考えも早計なんだけど……。

 うーん、だけど気に入っているのは本当だし、そこにむかついたのは確かだしと、なんとも反応に困ってしまった私なのだった。

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