05
今日は晴れてるしさっさと掃除して帰るか、そう決意したのが30分前だった。なのにまだ一切できていない。理由はこいつ、
「ふふ、これ面白いじゃない」
巨人女、冰室楓華のせいである。
「おい冰室、俺の席に座るなよ」
「なによ、別にいいじゃない」
だってよ、女子が俺の席に座っているとかドキドキするだろうが。
俺みたいな人間は誰にも座らせないんだ。ま、教師は移動しろとか言って他の人間の席に座らせたがる人間達ではあるが。
とにかくいつだってできる範囲で死守している。だからこうして座られるの駄目なんだ。
「それよりあの子は?」
「一緒にやるはずだったんだが……いないよな」
「そうね、先程から私とあなたのふたりきりよね。それより早く掃除をしてくれないかしら、一緒に帰るって約束をしているのにこれじゃあ帰れないじゃない」
前も代わりにやってもらったし今回はひとりでやればいいだろう。
というかそうだよな、ここが繋がっていないとやっぱりおかしいもんな。
「ふぅ、こんなもんか?」
「あなた意外としっかりやるのね」
「まあな。普段世話になっているし、委員会の仕事だからな。道具戻してくるわ」
「ええ」
廊下に言ってロッカーを開けると、女子高校生が入ってました。
「な、なにやってるんだ? というか汚れるだろ」
「だ、誰なのあの子っ」
「え、冰室楓華……え、友達じゃないのかっ!?」
「と、友達じゃない……知らないっ」
ロッカーに入ったままの女子高校生と会話するのはシュールだが、俺友達でも彼女のでもない人間と普通に話していた現状が怖い。いや、向こうはなにか知っている感じなのがもっと恐怖か。
「……てか、出てこいって」
「で、出れなくなった」
「手、いいか?」
「はぇ? え、ちょ――」
引っ張ってから腕にすれば良かったと後悔した。
「はぅ……」
「わ、悪い」
「お、お尻が大きかっただけだから! 太っていたわけじゃないんだから!」
言い訳としてそれはどうなんだ? ……とりあえず掃除に使った道具を戻して教室に戻ると、
「あれ、あいついねえじゃん」
冰室はいなかった。
「ちょ、怖いこと言わないでよっ……放課後の教室とか苦手なんだから!」
「まあいいか、帰ろうぜ」
「いや待ってっ、まだ残って!」
「え、いま苦手って……」
なにか言いたそうにしているのは分かったので席に座ったら生ぬるくてめちゃくちゃ恥ずかしくなった。さっきまであいつのし、尻がここに……考えるな俺!
「……で?」
「あ、あの、前はごめんなさい!」
「ん? ああ、別にいいだろ、俺も偉そうだったしな」
「ううん……古屋くんが言っていたことはなにも間違ってなかったもん、完全に私が逆ギレしてただけだった」
「やっぱり姉よりお前の方がいいな」
いまだって必死で可愛げがある。
こういう振る舞い方を続けていればきっといいやつと出会えるはずだ。
「そうそう、翔なんかどうだ? あいつはいまフリーだし、好きになったら一直線! 一途なやつだからずっと愛してくれるぞ!」
「そういう意味で翔くんに興味があるって言ったわけじゃないから。私はただ友達になりたかったの」
「それならいますぐ言えばいいんじゃないか? あ、ID教えてやろうか?」
「んー、いいかな、その気があれば自分で聞くよ」
駄目か、俺としてはいい女を見つけることで早く回復できるんじゃないかと思っていたのだが。
だってこいつ拘りが強そうだし、好みの人間と出会えたらそれこそ一途に愛すと思うんだ。
「ね、今度古屋くんの家に行っていい?」
「別にいいけどなにもないぞ?」
「いいの、友達の家に遊びに行くっていうのが理想なんだから」
「散々男の家に行ってるだろ」
そういえば男子と仲良さそうにしていたって翔から聞いた。
別にだからモヤモヤするとかってのはないが……。
「それは誤解、外で遊ぶことはある――というかあったけど、家に行ったことはないよ。神に誓ってそうだと言える。もし嘘だと判明したときには私を好きにしてもいいよ」
「別にそこまで言ってるのに疑いはしねえよ」
男子と遊ぶことがメインではなく合う人間を探すのがメインだからこその判断だろうか。まあホイホイと男に家なんか教えるべきじゃない。彼女は彼女なりに自衛をしているということだろう。
「で、その子とはいつ知り合ったの?」
実は最初からロッカーの中で挟まっていたわけではない。教室の外で盗み聞きをしていたら古屋くんが来るところだったから慌てて逃げた結果があれだ。まるで某鬼から逃げているような気分になった。
「昨日の夕方だな」
私がどう話したらいいんだろうと悩んでいたときか。自業自得とはいえ複雑なことこのうえない。
でもそれにしては仲が良さそうだったような。彼女は古屋くんの席に座っていたし。
おまけにあの身長に負けないくらい大きな胸! お尻も大きいけどなんかえっちだし男の子としてはボン・キュッ・ボン、正に理想のような女の子だった。
自分の胸に触れるとストンと擬音が聞こえてきてすぐに手を離す。
「れ、連絡先とか交換したの?」
「いや、電話がかかってきたな、教えたわけじゃなかったんだが」
「なのになんで電話……」
「あ、傘をやったんだよ。入れてけって話だったんだけどさ、相合い傘は恥ずかしいだろ?」
あ、相合い傘とか今日日聞かないよ? え、もしかして私だけ未体験ってこと?
「なんで恥ずかしいの?」
「だってあいつ女子だし……変な噂とか出たらあいつに申し訳ないしな」
「そ、そう……」
「それに女子ってあんまり得意じゃないんだよ」
「は? はあああ!?」
散々私にはああやって自由に言ったりしてたのに!? 単純に私が女の子扱いされてないってこと?
あのときだって一切躊躇なく「可愛くない」って言ってきたしな……あれには驚いたけど。
だって周りの男の子はお世辞でもなんでも「可愛い」と何度も言ってきていたからだ。
「ああいうの見ちまうとな。おまけに関わっている女子は宮内と宮内姉だしな」
「ちょいちょーい! なに私が悪女みたいな言い方してんのっ!」
「……ま、少なくとも宮内の方がマシ……というかいいけどな」
そこにこれだ。姉と比べていいと言ってくれるのは嬉しいが、比較対象が微妙すぎて困る。
おまけに姉は古屋くんをつまらない子だと勝手に判断したし……そんなことないもん、いい子だもん。
「古谷くんはいい子!」
「は? お、おう、どうした急に」
「私が気にいっているいい子のままでいてね」
「お、おう、え? お前俺のこと気に入ってんの?」
「じゃなかったらこうして一緒にいないよ」とは言いづらいなぁ。
なんか凄く恥ずかしいし、それじゃあまるで告白みたいだから。
「か、翔くんの方が気に入っているけどね!」
「そりゃそうだろ、俺と翔だったらみんな間違いなく翔を選ぶ」
しまっだあ! ……確かに翔くんはいい子だけど、お兄ちゃんの方だって負けてないのにっ。
「帰るぞ」
「待ってっ……えっとさ、友達になろうよ」
「宮内がいいならなるか」
「うん、ありがと」
「こっちのセリフだろ? なんだかんだ一緒にいてくれてありがとな」
な、なんでそこで頭をぽんぽんする――というか、私の心がなんかおかしい。
もう完全に許容してしまっているみたいな、古谷くんといたいと思っているみたいな。
「あ、ID交換しよ」
「いいぞ、でも姉みたいに急に消えたりするのはやめてくれ。それと返信遅いかもしれないぞ俺」
「大丈夫。だって用事とかあったら仕方ないもんそんなの」
「そ、そうか、ならしようぜ」
私はお姉ちゃんとは違う。
いま似通ってしまっているならこれから変えればいい。
「連絡するね」
「おう」
あれ、交換するのだって初めてというわけじゃないのにどこかふわふわしている。
昔に戻れたかのよう……古屋くんといると面白いことばかり起こるなあ。