03
「うっせぇ!? 女子高校生ってこんなメッセージ送ってくんのか!?」
翔曰く、宮内の姉の名前は朱乃って名前らしいが、どうにも妹と違って男をとっかえひっかえしているタイプの女らしい。
というか俺もなんで妹の方ではなく1度も会ったことのない姉のIDを登録しているんだと我に返って虚しくなった。
「……醤油取って」
「おう」
翔とはまだ微妙なままだ。だけどどうやら昨日あの女が告げたみたいで恐らくどうしていいか分からなくなってしまったんだろう。だから一昨日みたいな刺々しさは感じられない。
ちなみに宮内が協力してくれたおかげで母の目を誤魔化すことには成功したのだが、今度は定期的に連れてこいとか言ってきて困る結果に。
「今日会いに行くからって送ってきてたけど……」
「……独り言うるさい」
「まあそう言うなよ」
そういえば宮内にとって翔はどうなんだろうか。こいつは愛したら一途な人間だし下心を抱えて近づくようなタイプではないが。
「ごちそうさま。翔、気をつけて学校行けよ」
「……一緒に行く」
「そうか、それなら行こうぜ」
「うん」
残念ながら今日は雨模様。そして何故か数メートル歩いた先に宮内と恐らく姉が立っていた。
「ほぉ、この子がぼっちくん?」
「違うよ、そっちは弟くん」
「あー浮気されたっていう……はじめまして、宮内朱乃です」
うん、姉と妹だったら間違いなく妹を選ぶ。恐らく翔にしても同じことだろう。いまだって俺の袖を掴んでグイグイ引っ張ってるし。
「で、君がぼっちくんね。あのさ、既読無視は良くないと思うよ?」
「いや、頻度が多すぎるんですよ」
「ふぅん」
俺を上から下まで値踏みするような形で眺めて、
「そりゃ弟くんの方がモテるわけだ」
と、唐突に言った。
見極める能力が凄いなと感心することだけしかできない。
「宮内、服買ってもらえたのか?」
「あ、今度の週末にだって」
「へえ、良かったな。翔、それなら行こうぜ」
「うん」
俺はともかくいまの翔には近づいてほしくない人だ。
だから歩きだしたのだが、「待ってよ」と姉が追ってくる。
「兄ちゃん、僕は先に行ってもいい?」
「おう、いいぞ」
「それじゃ」
よし、これでいい――と思ったらもう姉は横にいなかった。どうやら翔の方に惹かれたらしい。いまから行っても無駄なので俺は追うことはしないまま妹の方を待つことに。
「ごめん」
「ん?」
来たと思ったらいきなりの謝罪。
「止めたんだけどさ」
「ああ……あんな姉がいて大変そうだな」
「まあ別に嫌いじゃないんだけどさ」
でも好きでもないと。弟が普通で良かったと心底思ったそんな瞬間だった。
貴重な昼休み。
生憎と雨のため外に出ることは叶わないが、いまの俺には暇をつぶす手段があった。それは宮内を観察することだ。
完全に男子とばかり関わるわけでもなく同性の友達もいるらしい。ひとつ言えるのはその笑みがぎこちないこと、あくまで明るく振る舞おうとしているが内側との差がどうしても出てしまうのだということが分かった。
「兄ちゃん」
「お、翔か、どうした?」
「ちょっと暇だから来てみた」
そこで敢えて兄に会いに行くことを選択とか、可愛げのある弟だ。
「宮内さんとは一緒にいないんだね」
「友達じゃないからな。翔が呼んだら来るんじゃないのか?」
「宮内先輩ー」
いや、マジで呼ぶとは思わなんだ。
翔パワーなのか宮内も近づいてきて挨拶をしている。それどころか他の女子も翔に群れていた。
「へえ、古谷くんの弟さんか」
「あんまり似てないね。背も古谷くんより小さいし」
「でも私は翔くんの方が好きかなー」
弟がモテて兄としては嬉しいぞ。
恐らく一生と言ってもいいほどここまで擬似的にでも女子に囲まれることもないだろう、だから無心で満喫しておいた。
「それでお兄さんのところになにしに来たの?」
「え、あ……暇だったので」
「きゃー! 暇だからってお兄ちゃんのところに行くとか可愛い!」
それな。宮内姉にも見習ってほしいものだ。その場合は宮内が向こうへ行くことになるんだけども。
「そういえば最近希空ってさ、古谷くんといるよね」
「そうそう、いつも他の子としかいないから驚いてるよ」
「確か同じ美化委員会なんだっけ?」
えっと、これはどっちに語りかけているんだ? 俺か? 宮内か?
「古谷くんと話すようになったのはたまたまだけどね。あくまで委員会が同じだから話す必要があっただけだよ」
「そうなんだ、友達とかじゃないの?」
「違う、友達じゃないよ」
なんにもぎこちなさを感じさせない実に真剣――真顔だった。
「ふーん、まあいいけどさ。それじゃあ翔くん、ゆっくりしていってね」
「は、はい、ありがとうございます」
逆に翔のやつはどうにもぎこちない。いつもはこんなどもったりしないでどんな人間でも微笑を浮かべつつ相手をするのだが。浮気されたことによる精神的ダメージか?
「ふぅ……」
「今日は翔らしくないな」
「いや、2年生の教室ってだけで緊張するよ。それに女の子っていまはあんまり信じられないんだ。笑顔を浮かべていてもその内側ではなにを考えているか分からない、そうでしょ?」
「ああ、そうだな。まあ男も同じだが」
狡猾な奴なんていくらでもいる。それにいつだって俺らもそうなる可能性を秘めているわけだ。そんなのはいらないが、なにをきっかけにして染まるかは分からないのだから質が悪い。
「もう戻るよ。本当のところを言うとあの子も同じクラスだったからさ、なんとなく教室にいづらくてね」
「なるほどな。ま、来たくなったらいつでも来い」
「うん。宮内さん、兄ちゃんのことよろしくお願いします」
「え、あ、うん」
最後のそれは必要なかったがな。
「翔くん、いい子だね」
「まあな、自慢の弟だ」
「私、翔くんに興味があるかも」
「うーん、いまは難しいんじゃないか? もうちょっと時間が経ってから近づいてみたらいい。あ。あとな、ああして急に手を握ったりすると男的にはマイナスだから気をつけろ。かなり親密だったり恋人とかだったらいいけどな」
少なくともあの姉に近づかれるよりはマシだ。色々とアホで足りないところもある宮内だが、優しい娘であることは確かなので可能性がないことはないと思う。とにかく問題は翔がいまのモヤモヤを片付けられるかどうかだ。
「非モテなのに分かったように言っちゃって」
「うっせ、非モテとかそんなの関係ねえよ」
俺の机に手をついて「んーお兄ちゃんの方はなー」と微妙な顔になる彼女。別に求めたわけではないのになんだこいつ、と考えてしまうのは負けなんだろう。女のすることをいちいち真に受けて考えていたら脳が過労死してしまうはずだ。
「意外と真面目だけど、それって友達がいないからそうするしかできないとも捉えることができるよね。だからまだ私はあなたの本当の姿を分かっていないことになるんだけど、あなたはいつそれを見せてくれるの?」
「これが素だ。だからそれを悪く評価するならそれまでのことだな。幸いなのは宮内には選択肢があるということだろ。それでも関わり続けるか、関わることをやめるか、だな」
母に少なくとも家に連れてこれる女友達がいることは証明できた。残念ながら演技をしてもらっている以上、彼女とかそういう次元の話は解決することはできないが、それでも多少はマシになった状況だ。
彼女は俺を試し姉から服を得る。俺は彼女を利用し母からの小言を少し減らすことに成功。だからいま彼女は無理に関わり続ける必要はないと思うし、俺もまたいてもらおうとはしないが。
「君にとっては?」
「俺は来る者拒まず去る者追わずだからな」
「じゃあしょうがないからいてあげるよ」
「はは、そうかい」
上から目線だが朱乃ほど嫌な感じはしない。
自分ってもしかして面食いだったのか? と少し驚く。
流石に中身を無視して見た目だけで気に入る人間ではなかったと思うんだが……。
「なんかショックだ……」
「え?」
「いや、こっちの話」
絶対にそんなことはない、大丈夫なはずだ。
「(なにあれ……)」
いてあげるよって言った後にショックってこっちの方がショックだ。これでも男の子には結構モテる人間なのに……。
――だからこそなのかな? 仲良くしているように見えても他の子といるから信じられないってこと?
お姉ちゃんも言っていたけど、ひとりぼっちになるってことはそれ相応の理由があるわけだ。周囲からの評価だけではない、その内側の感情も関係している。
あの様子だと過去になにかがあったわけではないだろうし、男女関わらず関わっていないことから女の子に対してだけトラウマがあるというわけでもないだろう。
私は完全に下心がない人間なんて探していない。彼が言っていたようにそれがない人なんてどこにもいないだろう。だからあるにしても隠せるというかすぐに出してこないそんな人、それが理想ではある。だが、あそこまで興味を持たれないというのも複雑な話だ。
あんないてもいなくても同じ、的な言い方をされたら誰だって気になる。自分が似たようなことを言われたときのことを微塵も考えてない。――って、友達がいないから言われないのか。
面倒くさい授業を終えて彼のところに行くと、こちらを一瞥しただけで先に教室から出てしまった。
「ちょ、待ってよっ」
「ん? 俺は目線でじゃあなって伝えただろ?」
は? いや、私的には睨まれたようにしか感じなかったんだけど。
「一緒に帰ろうよ」
「別にいいぞ」
「うん」
外は相変わらず雨が降っている。
雨、雨か……昔あったことを思い出してちょっと憂鬱になる。
「どうした、そんな暗い顔をして」
「いや別に……」
「お前さ、下手くそすぎだな」
「は?」
「他の人間といるときだよ。顔に出てるぞ、ぎこちなさがな」
私でも分かっていることだ。
だけど嫌われるのは怖い、だから明るい人柄を真似している。
好き勝手言われて平気でいられるような強さを追い求めているが、いつまで経っても習得できないまま。
「そりゃ見つからねえだろ、自分が偽ったままなんじゃ綺麗な人間なんてさ」
「うるさい、偉そうに言わないでよ」
「いやいや、自分だけじゃどうしようもない、だけど違う自分も出していけない、だからお前はいまも同じようにしかできない、そうだろ? 俺はさ、あの姉に比べたらお前の方がいいと思うけどさ、なんだろうな……足して2で割ったらいいんじゃねえのか?」
いや、姉のようにはなりたくない。
あれは反面教師だ、ずっと同じようにはならないと誓って生きてきた。
母も父も同じ、同様のルートを辿ってたまるかといつも。
「いいこと思いついたわ、お前、ぼっちになってみたらどうだ?」
「は? ひとりになれって? あのねえ、私には君と違って友達がいるの、疎かにできるわけないじゃん」
「なら言い方を変える。自分から近づくのをやめてみろ。で、観察してみればいいんじゃね? 自分と関わっていないときの相手がどう行動しているか、楽しそうかとかそういうのをさ」
「ぷっ、あははっ、それって君がそれしかできないからでしょ?」
そりゃ私だって気を遣うのは面倒くさいしそうしたい。だけど古屋くんがするのと私がするのでは意味が違うんだ。そういう変化を許容してくれる人ばかりではないのが現実でしょうに。
「意外と楽しいぞ? 自分を相手しているときには見せてくれない表情を浮かべたりもしてな。特にお前」
「私?」
「さっきも言ったがぎこちなさすぎ。でも、俺といるときはありのままって感じだ。それはなんでだ?」
それはちょっとずつだけど評価が変わっているからだ。もっとも、増えたところで必ず減らしてくれるのが彼ではあるが。
「自惚れないでよね、まさか自分が気に入られているとでも思ってるの? 違うから」
「知ってるよそんなのは、俺らはそもそも友達じゃないしな」
「根に持ってるの?」
「は?」
「今日私がお昼に言ったこと」
あのときの私はなぜか必死に否定をしていた。表に出さないようにするのが精一杯だったんだ。
「はははっ、それこそ自惚れだろ!」
「は……え?」
「俺自身が単純にお前を友達だと思っていないだけだ、勘違いするなよ」
自分が求めたことなのになんでこんな引っかかる。どうして私といるときはそんな無表情なの、いつも。
「……ねえ、普段の私ってどんな感じ?」
「ん? お前か……無理してる、これにつきるな」
「じゃなくて、可愛いとか、あ……」
私、
「お前、なに言ってんだ?」
なに言ってんの?
「そんなのいつも関わっている人間に聞いてみたらいいだろ」
もう言ってしまったことだ、取り乱すな。
でも、それでは意味がないんだ。彼から引き出したいと思っている――が、いまのままでは言ってもらえないとも考えてしまっていた。
「じゃ、言うけどさ」
「……うん」
「可愛くない」
胸に大きな平手打ちを食らった気分だった。
「特に性格だな、姉と結局似てるんだよお前は」
「は、え、わ、私が?」
「だって結局は人を試しているってことだろ? さっきも言ったが、似たような人間しか集まってこねえよ、このままだとな」
これで翔くらい可愛げのある感じだったらモテモテだろうに。しかも綺麗で似たような人間が集まってくれる。中には例外もいるだろうがな。
「お前さ、姉みたいになりたくないんだろ? なのに同じようなことしてどうすんだよ」
朱乃の本当のところを知らないからまだ断定はできないが、宮内は謝罪も感謝も自分に与えられた仕事もできるじゃないか。そんなことをして自分の価値を下げる必要はない。
「私がお姉ちゃんみたいにしてるって?」
「ああ、今朝姉が俺にしてくれたようなことをお前は他人にしているんだよ」
「ミイラ取りがミイラになるって言うんだっけか」
でもまあここまでだな。明らかに雰囲気が怪しくなってきているし面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
「いまのは一クラスメイトの意見ってことで、後は好きにしてくれ」
後は彼女次第。やり方を貫くということならもう止めはしない。
「というか、止められないしな」
「勝手言わないでよ」
「おう、もう言わねえよ」
「大体さっきからなに? なに偉そうに言ってんの? なに分かった気でいんの? ひとりぼっちのくせに!」
「おぉ」
俺は思わず進めた足をまた止めることになった。
「は?」
「いや、お前はよく見てるんだなって、俺のこと」
ついこの間まで同じクラスかどうかも認識されていなかったんだぜ?
凄え進歩じゃねえかよ、だって今度は誰か経由の情報じゃない。しっかり彼女の目で見たことを言っているわけなんだから。
「見てないし、興味ないし!」
「はは、そうかい。ま、気をつけて帰れよ。あ、来たくないなら無理するな、仕方ねえから構ってやんよってことなら、俺は拒みはしねえからよ」
「ふんっ、さっさと帰ってよ!」
「そうするよ、じゃあな」
さて、これからどうなるのかね。
考えても分からないことを考えつつ家へと帰ったのだった。