第6話
二人が階段を降りると、体育館の正面玄関への入り口がみえた。扉は閉まっていて依然として中は見えないものの、時折轟音が鳴り響いている。
しかし、クレアは周囲に誰も居ないことを確認すると正面の入り口を避けて外に出た。灯にもその意図はすぐに伝わり、静かに後を追う。外に出ると硬い土からは雑草がぼうぼうと生えていて、二人が歩くたびに踏みつけられていく。
体育館は丁度敷地の角にあるため、二人の歩く通路は柵と体育館に挟まれた非常に狭い道だった。
体育館の側面に沿って歩いていると、ふとクレアが足を止める。二人の丁度頭の高さ、体育館の中からなら足元に位置する小窓があり、二人とも顔を覗き込んで中の様子を確認する。
広い体育館では、二人の男が睨み合っていた。
一人は、体育館の真ん中に背筋を伸ばして凛と立っている。皇だ。長い刀を右手にぶら下げ、冷たい視線でもう一人の男を睨みつけている。肩から流れる血は既に止まっており、流れた跡が一直線にスーツの染みになっている。
もう一人は、ステージの上に立っていた。長い袖に長い丈の衣服を身に纏い、つばの前に突き出た帽子を被っている。
この男も銃器を携えていた。しかしクレアのハンドガンとは異なり、ライフルを思わせる細長いものを構えている。限界まで後ろに下がり、ステージを横に走る幕に身体の後ろ半分が覆われるような形になっている。
その表情は苦しそうで、ライフルの照準を皇に定めることで威嚇していた。
幸い二人とも互いを見合っていてこちらに気づいていない。二人は顔を体育館内に向けたまま小声で話す。
「あの壇上にいるのが皇を撃った男だな」
「そうみたいね。それにしても姿を晒すなんて……」
「隠れていたけど見つかったのかもしれんが、どっちにせよもう終わりだな」
追いつめられる男を見て、灯にも緊張が移る。
クレアが見ていたのは皇ではなく、もう一人の男だった。
「いえ、無策という訳でもないみたいよ。あの横断幕にくるまっている限り、皇は正面しか狙えないと思うわ」
灯は目を細めてより集中して男の顔を見る。男は苦しそうではあるが、確かに笑みがわずかに含まれていた。
「なるほど、幕に後方と左右を預けることで正面、よくて斜め前までしか皇が飛ぶことはできないんだな」
「ええ。これで視認出来ない所に飛べないのはほぼ確実なようね。それに無理に飛んで幕と身体が一体化なんてこともありえるわね」
「じゃあ、まだ五分五分だな……ってこともないか」
灯はすぐに考えを打ち消す。
「ええ、射線さえ分かっていればライフルはどうにかなるわ。それに正面だろうと能力がまだ使える皇の方が優位なはず。それはあの男も分かっているはずなのに……。あの男の笑みはもっと何かあるわね」
二人が話している間にも、皇はゆっくりと歩いて男へ近づいていく。ステージを上るところまできており、二人の距離は歩いて数歩まで縮まっていた。もう一人の男の焦りが募り、右手にライフルを持ったまま左手を自らの背中に回すと更にカーテンにくるまった。皇は気にしていないのか、表情を変えず刀を持ち上げる。
男は右手で狙いの定まらないままライフルの引き金を引いた。
慌てて撃ったにしては運が良かったのだろうか、弾は真っすぐ皇の元に向かう。
しかし、その幸運は虚しくも弾が男の元を離れるのと入れ替わるように、皇は男の前に立っていた。長い刀と男の顔の間には指が三本も入らないほど迫っている。
男が怖がって下げた顔には、強い笑みが張り付いていた。皇もすぐに異変に気づいて手を止めようとするがもう遅かった。
同時に、皇の身体を一本の長い刀が下から貫いた。刀は腰から入り、銃弾の跡が残る右肩とは反対に左肩から先をのぞかせる。
皇は自信の左肩から僅かに突き出た刃先を見て驚愕している。身体は顔の回転に合わせて反時計に回り、そのまま床に落ちていく。途中、二人と一瞬目が合うが感心を見せずに倒れた。それよりも倒れたまま目の前の地面を見続ける。やがて、仰向けになった。
男は皇を強く睨みつけるように見下ろしていた。呼吸は荒く、持っていたライフルを下ろす。
二人は一瞬の出来事に言葉が出なくなっていた。少なくとも灯は皇が男の目の前に現れた時、あの男の死を確信していた。ライフルは次弾を打つには間に合わず、他に武器も持っていなかった。
困惑した顔のまま、横のクレアをちらりと見る。クレアは表情を変えず冷静に皇を凝視していた。しかし、灯の視線に気づかず、驚きは隠せていなかった。
皇が最後の瞬間移動を行う前に立っていた目前に存在した壁が動いた。それを見て灯は思い出す。ステージの下には椅子がいくつも収納され、この壁は取り外すことができた。壁だったものは車輪を回して進む。荷台には椅子がいくつも並んで収まっている。
やがて、台車の後方まで露わになると、一人の少年が現れた。白と黒の二色が複雑に交じり合った禍々しい模様の祭服を着ている。頭には同じようなデザインの仰々しい帽子を被っていた。壇をよじ登り、自信満々といった笑みで男に近寄る。男はそれに気づくとライフルを慌てて拾い上げ、子供にやや警戒しながらも近づいて、二人は皇の死体をよそに話を始めた。
「あの子が『透視』の能力を持っていたのね」
クレアが悔しそうに声を抑えて呟く。
「じゃあ、あの子が壇の下に隠れて刀を投げて突き刺したってことか?」
「急所を的確に貫いているしそれで間違いなさそうね。男がライフルを持っていたから騙されたわ。それにしてもあの男と子どもは一体……」
灯は館内に目を戻す。少年が男に手を差し出し、握手を求めている。
「あの恰好からしてなにかの信者みたいだが、クレアは知っているか?」
クレアは目を細めてハンドガンを持つ右手を口に当て、考える。
「詳しくは知らないけれど、新興宗教であの模様を見たことがある気がするわ。私が見たものよりあの子のはよっぽど豪華に見えるけれど」
二人がはしゃぐ少年に目を向けて考えていると、急にこちらを振り向く。突然の出来事にびっくりして、反射的に刀を強く握る。二人とも目を合わせて直ぐに窓から離れ遠めに様子を伺うが、もう手遅れだった。
少年は皇に刺さった刀を引き抜くと、刃先をこっちに向ける。
「逃げるしかなさそうね。どこか広くて見晴らしの良いところはある?」
学校の全体像を思い出す。透視されても対処できるような遮蔽物の少ない所。
「……この体育館かグラウンドくらいだろうな。グラウンドは外周に木々が並んでいるくらいで、ここよりもかなり広い」
クレアの決断は早かった。もと来た道を走る。
「先にグラウンドに行って迎え撃ちましょう」
走る前に体育館内に目をやると、少年が日本刀を振り上げて凄まじい速度でこちらに迫っていた。