第5話
灯はクレアの顔を見て様子を伺うが、表情が読み取れずに更に疑心が深まる。
「一緒に行動できるんなら能力の分からない俺にはありがたい話だが、一人を決める闘いなんだろう? 俺が居ていいのか?」
語気が自然と強まる。しかし、クレアは考える間もなく答えて、意図的ではなくとも更に灯を威圧した。
「別に神様一人を決めるだけで残った人が消されるとはないわ。あなた、神様に選ばれて何かしたいとかあるの?」
「それは……確かに今のところは思いつかないが」
「ならあなたは自分の身を護るために組む、それでいいじゃない」
短剣を持ち上げる。自分の身体にかすることですら恐怖を感じていたが、今だけは僅かに初めて見た時の印象に戻って見えた。
「クレアは神様になったら何がしたい? それによっては協力できないぞ」
クレアは遠くを眺めながら思い出すように話す。
「……私はここで選ばれる神様が何ができるのか分からないわ。ただ少なくとも、今の私たちみたいに潜在能力を使う方法があるのなら人類の発展のためにも直ぐに公表すべきだと思っているわ」
「そうしたらみんな驚くだろうな」
「突然こんな話が現実に起きたらね。それでも、知らないのはかわいそうことよ」
廊下には相変わらず誰も現れない。耳を澄ますとセミの鳴き声が微かに伝わってくる。
「さあ、どうするの?」
「……そうだな、今は神様なんて遠い話にしか感じないし、協力するよ」
クレアは不適な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、最後の二人になるまで頑張りましょうか。もっとも、他の人達が皇と違って話し合いが通じれば一番いいのだけれど」
教室内の雰囲気が、少し穏やかになった気がした。灯は軽く笑ってみせる。
「ああ、そうだな。寧ろ俺にはよく警戒しなかったな」
クレアは表情を変えずに出会った時のことを思い出す。
「さっきも言ったけど、私が図書館に来た時にはあなたは気を失っていたから。拍子抜けしてしまったわ。それに、この選挙のことを知らなかったり、警戒心より興味が勝ってしまうのよ。本当はもっと疑わなきゃいけないのかもしれないけれど、どうしてもね」
口元が少し緩み、笑みを見せた。
「笑顔が見れて嬉しいが、それは少し自信を無くすな。そういえば……」
頭の中の記憶が戻る。
「皇の弱点が分かったって言ったが、そもそもあれは何なんだ。思いつくのは『瞬間移動』くらいだが」
クレアの前に突然現れて切りかかった地点からの出来事を思い出す。皇は廊下で刀を既に振り下ろし、目の前に現れた時には刀はクレアをほぼ捉えていた。
「私もそう思うわ。発動条件は分からないけれど、あそこまで躊躇いなく使われると厄介ね」
二人の顔を見ると、皇は顔色一つ変えずに斬りかかった。
「クレアもよく対応できたよ。よく怖がらずに戦えた……って言いたいところだけど、俺もあんまり変わらないか」
「あなたも大したものよ。もしかしたら他の参加者もそんな人たちなのかもね……。そろそろ弱点の話に戻っていいかしら?」
クレアの少し緩んでいた顔つきは元の厳しさに戻った。
「初めて皇が廊下に現れた時、顔を動かして周囲を観察していたのを覚えてる?」
「確かにそうだったな。あの時は瞬間移動して自分でも驚いてるって感じだった」
「私は違う考えよ。当たり前のことかもしれないけど、皇は恐らく視認できている範囲までにしか飛べないんじゃないかしら? 少なくとも廊下に来た時点では私たちの存在には気づいていなかったわ」
灯は目の前の廊下に皇が突然現れた時の光景を重ねて正確に思い出していた。
「……確かにクレアに斬りかかる時もこっちを見ていたな。ってことは廊下でキョロキョロしていたのは何か異変があったら飛ぶつもりだったってことか」
クレアは灯の肩をポンと叩き、背中を張り付けていた壁についた窓から顔を覗かせながら立ち上がる。
「まあ、安心して。多分私たちの出番はないわよ」
その顔からは、余裕が感じ取れた。
「そういえば、灯の能力はやっぱり分からないのかしら? 武器があるから戦うことは出来るけど、能力の有無は大きな差になるわ」
取り合えずと頭のてっぺんに力を籠めるように意識してみるが、なにも起こらない。
「やっぱり能力が分からないんじゃ無理だな。その能力の書かれたカードも持ってないしな……」
諦めるように肩を落として立ち上がる。
「あなたは分からないことが多いわね。図書館もめちゃくちゃになってたし。それも覚えてないんでしょ?」
短剣を握ったまま左拳を眉に当てて考える。
「……いや、微かにだが思い出してきた。俺が図書館に来た時は、あんなに棚が真っ二つになったりはしていなかったな。綺麗な普通の図書館だったと思う」
これにクレアは少しムッとする。目を細めて、こちらを睨んできた。
「そういう大事なことは、隠す気が無いなら早く言いなさい」
灯も口を大きく開けて目を吊り上げ、言い返そうとするがすんでのところでこらえた。
「次からは気を付けるよ。……そうだ、あの血の跡も来た時は無かったな。あれはなんだったんだろう」
クレアも既に怒りは無く冷静に考えることに努める。
「それは私も分からないわ。廊下に続いていたみたいだけど、どこに繋がっているのかは追っていないし。私は灯が誰かと争って気を失ったんじゃないかって考えてたけど……」
ここで考えていても仕方ないだろうと、廊下を指さす。
「もう一回あそこに戻ってみようと思うんだけど、どうかな」
「ええ、そうしましょう。ただ、今は皇の後を追ってもいいかしら?」
「正直図書館にそこまでの興味はないから別に構わないが。どうしてそっちが優先なんだ?」
二人とも声量を少しずつ抑えながら教室の出口へと近づく。
「皇はあんなに堂々としているのだから、いずれ誰かと戦うことになるわ。あの肩を撃った人の能力が一番気になるけど、それ以外の人の能力と武器が分かるだけでも価値がある」
「そうだな。じゃあ行くか。皇が行ったのは多分体育館の方だな」
二人は、教室を後にした。
廊下を音を立てないように早歩きで歩きながら思い出していた。
「ただの好奇心で入ってみただけなのにな……。この敷地内から出るなと言っていたな。やはり無理に逃げるのは厳しいか」
「やってみても良いけど、こんなおもちゃみたいな武器があんな切れ味をしていたり、超能力がこの空間では実在しているのだから主催者は相当な力を持っていると思うわ。私は無駄なことだと思うわよ」
灯は肩を落としてため息をついた。
「そう落ち込むことばかりじゃないわ。私たちは今、二人の能力が把握できているのよ。これは大きいわ。特に『透視』の能力は、遠くからの射撃を警戒する必要があるから厄介よ」
「ああ、それもそうだな。しかし、皇は良く肩の傷ですんだな。俺も弾が飛ぶのが一瞬目で追えた気がするし、分かっていれば弾けるのかもな」
「私も皇を投げ飛ばすことができたし、そうでしょうね。ただ、皇と斬りあって実感したけど間違いなく個人差はあるから気を付けましょう。主催者はそんな直ぐに分かりそうなことも伝えないでいったい何を考えているのかしら」
階段を半分降りて、体育館の入り口が見えるところまで来ていた。