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第4話

 全速力で教室の中に入り、教卓と数々の座席の間を通り過ぎたところで足にブレーキをかける。それでは間に合わず、壁にぶつかる鈍い音がした。痛みを我慢して、グラウンドの一望できる窓から顔を出さないように倒れたまま息をひそめる。

 校舎一体が鎮まるが、二人の荒い呼吸は収まらない。二人とも壁に寄り掛かり、廊下から目を離さない。


 倒れたままの姿勢は辛く、足を伸ばして背中を壁に預ける。横のクレアを見ると、顔は膝枕していた時よりも接近し、息遣いまで伝わってきた。気恥ずかしくなった灯は視線を下に落とすと、二人の手が引っ張て来た時のまま握られていた。咄嗟に手を放そうと右腕がピクリと震えるが、驚かせて音を立ててはいけまいと動きを止めた。

 しかし、クレアは細かな手の動きを感じ取りこちらを向いた。一瞬目を合わせると、視線は直ぐに握った手に移り、握った手を放して口を開いた。

「どうしてここにに出ようと思ったのかしら?」

特段大声という訳でもないが、警戒など微塵もない普通の声量は灯を慌てさせるには十分だった。早口になりながらも、音は抑えて注意する。

(そんな普通の声で話してあいつに聞かれたら困るじゃないか……!!)

クレアは灯の注意を一切気に留めずに不思議そうな顔をして聞き返す。

「他にも能力を持った人たちが何人もいるんだから、学校全体に響くような大声でもなければ関係ないと思うわよ。実際にあなたもあの男があり得ない所から打たれるのを見たでしょ?」

そういわれて、あの日本刀の男に起きた出来事を思い出す。

 男の肩からは血が流れていた。その直前、何かが命中していたのだ。クレアが言っているのは地面を貫通して男に当たったということだろう。

 灯が考えている間に先にクレアが答え合わせを始めた。

「あれは恐らく『透視』の類じゃないかしら」

「透視?」

思わず聞き返してしまうが、すぐに納得した。確かに透視していたなら、壁に視界を遮られていようが正確に男に当てることが出来たかもしれない。

 クレアは灯を見てふと頷くと、一枚の紙を渡した。

「何も知らないんだったわね。これを見て」

そう言って渡されたメモ用紙を見ると、そこには手書きでいくつかの箇条書きが記されていた。


①参加者から『次世代神』を一人決める

②参加者は五人

③一人一つずつ『潜在能力』を持っており、能力の発動には条件がある

④それとは別に武器が現地で一つずつ用意されている

⑤会場の敷地から出ることは不可能

⑥選挙は当日の20時に開始。翌日の12時までに終わらせる


 灯は一つ一つ意味を考えて読むが、やはり何のことだかさっぱり分からない。クレアはその間にも廊下やグラウンドへ注意を向けていたが、その顔を見てため息をつくと一度紙を取り上げた。

「ごめんなさい。時間もあるようだから順を追って話しましょう。さっきも言ったけど、私は桜美クレア。桜と美しいで桜美、名前はこうよ」

そういって胸ポケットからシャーペンを取り出すと、新しいページに「久怜愛」と書きつけた。

「俺はアオイアカリ。それを貸してもらえる?」

シャーペンを借りると「久怜愛」の文字の下に「葵灯」と書く。

「クレアはハーフなのか?」

「ええ、父が日本人よ。それより……」

クレアはメモ帳とシャーペンをしまうと、少し口早に説明を始めた。二人とも壁によりかかり、廊下を眺める。

「そもそも私がこの話を聞いたのは一年前。普通に学校で生活していた時のことよ」

廊下の窓から外が見えるが、空は一様に暗く、校舎中に灯がともっているのは異質だった。

「突然、どこからともなく頭の中にこの『次世代神様総選挙』の話が流れて来たの。その時から何度も繰り返された説明がこれだったのよ」

そう言って、先程の紙を再び渡された。

「最初はもちろん幻聴だと思って無視していたわ。そしたら、この声が次第に不思議なことを話すようになった。例えば、私のテストの点数や新しいクラス、学校に行ってる間の家で起こっていること。これらは、全部正確に当たっていた。無意識のうちに予想したことが当たっているだけかもしれないけれど、中には私の予想しきれないものもあったし少なくとも絶対に無いものとしては扱えなくなったわ」

夜の学校でも、図書室と同じでこの教室も冷房が効いていた。

「この場所はぎりぎりまで教えて貰っていなかったわ。今日になって突然道案内が始まって、複雑で人通りの少ないところを次々と案内された。それに従って進んでいくと、いつのまにかここについていたのよ。そしてここにくる道を案内される少し前に、最後の確認だと紙に書かれたことをまたわれたわ。だけど、もううんざりしていたところだったけれど、一つだけ違いがあった。②だけ消えていたのよ」

クレアは厳しい目つきで窓の外を見ている。

「参加者の人数が変わったてことか?」

「恐らくそうなんだけれど、私はあなたのことじゃないかと思っているわ。取り合えず推察は後にしましょうか」

灯を一瞥するが、直ぐに正面を向く。

 灯は思ったことを尋ねてみる。

「大体は分かったけど、『神様』ってのは何をするんだ?」

しかし、クレアも首を横に振った。

「それが私にも分からないのよ。全体的に説明不足だったけれど、こちらから聞く方法もなかったわ」

「なるほどな。その結果があの男みたいに『ほかのやつらを殺せば良い』って結論になったのかもしれないな」

「ええ。わざわざ武器や能力の説明をしているから殺し合いを望んでいるのかもしれないわ。……それにしても、あなたあの男も知らないの?」

クレアは再び訝しむ。しかし、今度は見覚えがあった。できる限り思い出して説明しようとする。

「いや、あの男は知らないわけじゃない。テレビかなんかで見たことはあると思うんだが……」

「そうよ、あの男は皇麗央すめらぎれお。私もテレビで見たわ」

皇麗央。その荘厳な名前を聞いて灯は思い出した。

 皇は有名なベンチャー企業の社長だった。経営については知らないが、討論系のバラエティに出て政治家や専門家を追い詰めるほどの討論をしていた記憶がある。

「でも、なんでそんなやつが……」

「分からないわ。私は無作為に選ばれたんだと思ってるけど、主催者に聞かない限り確かめようもないし……」


 二人とも言葉が出なくなり、沈黙が流れる。次に思いついた質問を投げかけてみた。

「クレアの潜在能力はなんなんだ? 俺は自分の能力も分からないんだが」

すると、クレアは一枚のカードを見せた。裏向きなのだろうか、こちらからは真っ白で何も分からない。

「図書館に入ったらポケットの中にいつの間にかこれが入っていたわ。表に能力が載っている。あなたは持っていないの?」

両手を使って身体中を探るが、それらしいものは見つからなかった。

「……やっぱり灯は主催者にもイレギュラーな存在だったんじゃないかしら。そろそろあなたの話が聞きたいわね」

 灯は、未だ完全には冴えない頭を使い、自らも確認するかのように説明し始めた。

「俺は、この島の自動車の整備工場で働いてるんだが、ある日、俺のラジオが変なノイズをキャッチするようになったんだ」

突然、クレアは目を大きくした。

「この島? ここがどこか知ってるの⁉」

クレアの説明を思い出し、驚いて叫んだことに納得した。

「もちろんだ。この学校は数年前に廃校になった、俺の通っていた小学校だ。さっきはぼーっとしていて言い忘れていたけど間違いない」

この教室を見渡す。置かれている机の種類や掃除用具の入った縦長のロッカーの配置まで依然と変わっていない。

「つまり灯は、あの複雑な道を進んできたんじゃなくて、知ってる道を来たのね」

灯は頷く。

「ああ。至って普通の道路を車を走らせてきたよ。学校に近づくに連れて、ラジオからキリキリとした変なノイズが大きくなったから、学校に入ってみたんだ。懐かしいからついつい散歩してたら、図書館に来たところまでは覚えてるんだけどな……」

図書館に来てからがなかなか思い出せない。目を瞑って頭の中の記憶を探るが、答えがすぐに出てくることはなかった。

 苦しそうに考えているのを見かねたのか、クレアは話題を変えた。

「大体は分かったわ。やはり主催者はあなたが来ることを予期していなかったように思えるわね。……それで、これからのことなんだけど、私と手を組まない?」

先のことなんて考えていなかった灯は困惑した。

「突然のことだから何も考えていなかったよ……。そもそもこんなにここに留まっていて、大丈夫なのか? 俺は多少なら隠れられると思ったが、時間稼ぎ程度のつもりだったぞ」

「あの男なら大丈夫よ。皇は射撃されたことの方を私たちよりも気にかけていたわ。それに、あの能力の弱点も分かった。次は私たちの番よ」

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