ドォルト編6
シエル大聖堂を擁するシエル市は、宗教都市国家シエルの首都だ。とはえいえ、シエルには首都シエル市しかない。宗教の為に国がある所は、ドォルトユミト教の重要性の表れだろう。
シエル市の街並みは美しい。
荘厳なシエル大聖堂と宮殿は言わずもがな、街路や建物も古き良きヨーロッパといった風情がある。大聖堂前の広場は宗教画と思われるモザイクタイルが敷き詰められ、手入れも行き届いている。
ただ違和感があるとすれば、宗教画がどこかアニメ調というところだが、レンは動じない。それは地球にいた頃から各国を巡ることが多かった為に、文化や歴史を重んじる事を美徳としているからであり、決してツッコむのが面倒という訳ではない。決してそういう訳ではない。
広場前の大きな公園も、自然に溢れ人が絶えない。良い憩いの場となっているのが感じられる。
「うん、ヨーロッパの古い街並みって感じだねー。行った事無いけどバチカン市国もこんな感じなのかな」
「うーん、少し違うかなぁ。大聖堂や宮殿周辺はそうだけど、規模や街の様子を含めるとローマ市と同じ位なんじゃないかなぁ?」
「へー、そうなんだ」
レンは街を歩きながら、この世界の事を少しずつ教えてもらう。
ドォルトが、この世界の神として実在していることは、この世界に住む者であれば常識中の常識。見かけはキリスト教と同じ様に見えるが、実際にドォルトから神託と言う名のアドバイスや報告などがあり、神の存在を疑問視されることも無い。
その為、信仰の自由はあれども、この世界での宗教は心の拠り所としてのものでは無く実利あってのものとなる。
地域によっては、大精霊を土着神として信仰していたりするが、それは偏に自分達の生活を保証する為である。
今回のような大災害を除き、災害の多くは精霊への信仰の低下、つまり精霊の住処の魔力の質の低下によって引き起こされると知られているからだ。
「ていうか、こういうのもなんかロック解除すれば一気に理解できるんじゃないの?」
「あっ、うーん、へへ、き、気付いちゃった……?」
「オォ?なんだクソ熊ァ……そうか隠し事かァ?嘘つくんか?お?」
「ちょ、わか、分かったゴメンねぇ!とりあえず魔法で気配隠してぇ!!」
ちなみに今のレンは、へーネスの部屋で服を変えた時のように想像するだけで使いたい魔法が使える。なんともチートなことだ。
「言われた通りにしたぞコラ」
「その、へへ、情報の方のロックの解除は無理なんでぇす……」
「何故ですか?」
「ヒゥッ、敬語ォ……」
「何故ですか?」
「いやぁ、あのぉ、ふ、不都合な真実、的なぁのがぁ、含まれるのでぇ……」
「ほぉ……?」
「!!!!!そっ!それにぃ!急に全ての情報をアレしちゃうとホラ!!!!!最悪頭がパーンッて!!!!そうパーンッてしちゃうかもしれない!!!!!ね!!!!!怖いでしょ!!!!???!!!それに私が教える方がレンとおしゃべりできて嬉しいしね!!!!!!!!ね!!!!!!!!!」
何ということだろう。このテディベアにはまん丸つぶらな黒いお目々しかないと言うのに。目が泳ぎまくっているのがよく分かるのだ。というかもうほぼ溺れている。レンは絶対に頭がパーンとならない事は直感で理解していたが、もう何も言うまいと思うほか無かった。この世界の神を、ましてや世界そのものを創り出したとてつもないはずの存在の、あまりに滑稽な姿を見ては掛ける言葉が浮かばない。それにレンとお喋りしたいのは本音のようだった。
「そう……。俺と沢山お喋りできる事を光栄に思いなさいね……」
「レンさまぁ!!!!」
「但しその手は二度と通用しませんので」
「ははぁ!!!!」
プライドを投げ捨てた作戦をお許しくださったレン様のお慈悲に、へーネスはそれはそれは感謝した。