ドォルト編2
「大災害の予兆?地震とかハリケーンとかの?」
「いえ、そうではございません」
「じゃあ大災害って?」
教皇ロヴェーナはドォルトにおける災害がどのようなものかを説明してくれた。
まず、ドォルトでは各地の自然の多い場所に精霊の集落のようなものが存在し、一番力の強い精霊が大精霊と呼ばれ精霊達をまとめているという。そして精霊の属性によってその住処の自然の傾向が分かれている。精霊の属性は多岐に渡るが、火の精霊であれば火山地帯、水の精霊であれば海、地の精霊であれば砂漠といった具合だ。
精霊達は普段、この世界や自然を守護するように存在しているが、何らかの理由で大精霊が崩壊すると災害が発生するという。普通の精霊の崩壊程度であればほとんど害は無く、複数の精霊が同時崩壊する時で地球で言う台風や地震、一時的な干ばつ等、少しニュースになる程度のレンの知る災害が発生する。しかし、大精霊の崩壊となればその比では無い。崩壊に伴う魔力の暴走により、大陸が蒸発してしまうという。その規模は地球で言うとアメリカ合衆国と同等というから驚きだ。
「何それヤバいじゃん!」
「ええ。ですので大災害の発生を防ぐ為に教会の余裕が無く」
「そっかー、てか何とかなるの?」
「それならば、丁度良い。レンが力になれよう」
「えっ!!」
その時レンは気付いた。
「……。なあ、お前知ってたろ」
「な、なんの事だ?」
上ずった声を出したへーネスが勢いよく顔を逸らす。
「あとその偉そうな喋り方やめろクソ熊。俺以外がいるからってやってんだろうけど不快だ潰すぞ」
「ご、ごめんねぇ?レン?」
「ヘ、へーネス様……?」
エヘヘ、と聞こえそうな動きで誤魔化すへーネスにレンの殺意が高まる。
「なんのつもりだテメェ」
「ひぅ!ち!違うんだよ!?その!り、理由があって、その、二人になったらちゃんと教えますハイ!」
顔を鷲掴みされながら必死にへーネスが言い訳をする。
「レン様……そ、その辺で……」
「ハァ……」
釈然としないながらレンはへーネスを解放してやった。
「で?俺にどうしろって?」
「レンなら大精霊の崩壊しかけている魔力を安定させられるんだよぉ。勇者にやらせるより確実に大災害を鎮められるねぇ」
「そうなのですか!?」
「あー多分、何とかなるんだろうし、まあ、ここで教会に恩を売っておくのも悪くないか」
「ありがとうございます!!レン様!!」
レンの返答は結構な言い様だがロヴェーナは気にする風も無く、寧ろ今にも泣き出さんばかりに感謝していた。それもそのはず、ロヴェーナは未だかつて無い未曾有の危機を回避できるとあらば二人には感謝してもし足りない程だ。
「ってか、ここじゃよくある感じなのかと思ってたけど教皇さんの様子じゃ違うんだ?」
「ええ、過去に2度あったとされていますが、長命の私でさえ文献でしか知りません」
「そうなの!?てか教皇さんて何歳なの!?」
「もうニ千年は生きております」
「二千年……。てか、俺がいなかったらどうするつもりだったの?」
「文献に従い、勇者様方のお力で崩壊しかけている大精霊を消滅して頂く予定でございました。ですが、この事態に勇者様のお力をお借りするのは初めての事でしたから、成功するかは未知数でしたので……」
「んでへーネスは諸々織り込み済みだったと」
「テヘペrへブラッ!?」
首が胴体にめり込んだへーネスを無視しレンはロヴェーナと話を詰めていく。
「で、ではまずこちらをお持ちください。今後もし故障した場合や紛失された時は近隣の教会に申し出てくだされば対応させて頂きます」
そう言ってロヴェーナは一般的なスマートフォンより少し大きい端末と、幅が広めで薄っぺらいブレスレットの様な物をレンに渡す。
「これは?」
「こちらはペルソナと呼ばれる端末で、セットで使用するものです。様々な個人情報を一元管理してくれます。これによって会計、個人認証、通信等を一手に担ってくれるので必ず持っておいてくださいね」
ペルソナはいわば高性能なスマートフォンだった。ペルソナは端末とブレスレットの両方に魔力を認識させることによって本人しか使用できない仕組みだ。誰かが所持者の手を無理矢理動かして操作しようとしても、認証の有効範囲に本人以外の魔力が邪魔するのでそれはできない。
ちなみに魔力というのは生物であれば必ず持っていて、指紋のように唯一無二の個人差があるらしい。体内を循環する魔力をペルソナに認識させるという。
この特性により、個人の偽装等無く運用できる他、様々な本人認証にも使われるのだ。
さらにドォルトでは現金による会計は現在一般的で無く、個人資産からペルソナを通して支払いをする方法が取られている。もしも所持者が亡くなると、ブレスレットによって死亡が確認され事前に登録しておいた相手に資産が渡される。外す際も魔力を通す必要があり、無理矢理壊したとしても死亡したとは扱われない。
後はスマートフォンと同じ様に使える他、点在する転移ポータルを利用する際に転移先を指定するのにも使ったりするそうだ。
「なにそれめっっっちゃ便利〜……」
「レン様の資産は教会の予算から割り当てられておりますので、気にせずお使いください」
「流石。至れり尽くせり」
「後はそうですね、個人権限を私と同等に設定しておりますので教会関係の施設であればお好きに利用できますし、各国の首脳と面会することも可能ですよ」
「逆に面倒が起きそうな気もするけど」
「すみません、レン様の事は先程各国に通達済みでして、そのようにさせていただきました」
「あー、まあ世界中見て回るからそれで良いのか」
「ご理解くださり感謝します」
「へーネスはいらないの?」
用意されたペルソナはニセットだが、へーネスは手を伸ばそうとしない。
「うん、私はレンから離れることは無いし、実は君の魔力はもう私と同質になってしまっているからね。君の分だけで事足りるよ」
「あっそ。ならお願いがあるんだけど、これより小さい端末にしてもらってもいい?見やすいけど持ち歩きにくいと思うんだよね」
「ええと、ございますが、恐らくですがレン様は個人の空間に保管できるのでは……?」
「なにそれ?」
「空間魔法と呼ばれるものです。このように」
そう言うと、ロヴェーナが目の前の端末に触れたかと思うと忽然と消えた。
「そういえば魔法とかについて全然教えてなかったねぇ。レンならどんな魔法も使えるようになるから後で一通り教えるねぇ」
「マジで適当だよねアンタ。頼むよホント」
「では場所を変えて魔法についてお教えする事にしましょうか」
「ん、よろしく」
―――魔法かぁ。ちょっと楽しみだな。
素っ気ない返事をしたレンだったが、内心ではワクワクしていたようだ。