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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
四章『行く末』
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1 帰還のときは目前に







 メリアーズ家の領地での一件から三日が経とうとしていた。

 北の砦に、ガルとライナスが戻ってくる兆しはなかった。

 忙しいのは明白だ。何しろ、メリアーズ家当主の弾劾があった。

 エド・メリアーズは罪を問われる。当主の断罪は、メリアーズ家を多少なりとも揺らすことになるだろうとは想像できた。

 組織の上部が揺れている。


 では、その家族は一体どこまでの影響を受けるのか。どこまでが罪を問われるのか。

 どこまで罪に問えるかによるが、少なくともメリアーズ元帥は当主の座からは退くことになるだろう。メリアーズ家の当主が罪を問われた事実でメリアーズ家は影響を受けるだろうが、罪そのものに関して、その他の人間については──ライナスのことは心配しなくともいい。

 以上のように、ヴィンセントが言っていた。

 エド・メリアーズの部下で直接的に関わり続けていた者は別となるだろうが、真っ向から反対していて、今回協力したライナスは少なくとも罪の対象とならないということだ。


 ふと、隣の方に誰かが現れた気配がして、何気なく視線をやった。

 いる場所は食堂なので、誰が近くに来てもおかしくない状況であるのだが、何となく。その何気ない予感は当たっていた。

 エレノア・マクベス。同期の彼女が、人一人分くらいの間を空けて、セナの隣に座ったところだった。


「エレノア、久しぶり」


 気がついたのなら、挨拶しない理由はない。

 事実、相変わらずセナはヴィンセントの従者をしているし、部屋も違うので会わないのだ。

 エレノアは「ええ」と素っ気なく応じて、会話する気がないかと思いきや、ちらちらとこちらを見ている。


「どうしたの?」


 思えば、他にも席があり、用がないのに彼女がセナの近くをわざわざ選ぶとは考えにくい。いままで、彼女の方から食事の席を共にしようと近づいてくることはなかったのだから。

 何か言いたいことがあるらしいと汲み取って、尋ねてみた。

 エレノアは、セナを横目でチラ見する視線の動きを止めて、何事もなかったかのように前を向いてしまった。

 聞かない方が良かっただろうか。


「──白魔討伐」


 セナも二度目聞く勇気はなかったため、食事の続きをし始めた頃だった。

 エレノアの声がした。


「……死人が出たと聞きましたが、あなたは死んでいないようですね」


 そういえば、白魔討伐の日から約一週間。エレノアと会った記憶がない。


「うん、何とか、その、死ななくて済みました」


 あの場で起こった色々なことが頭に一瞬で過って、ぼろを出さない答えを探しながらも不自然な間を空けないようにした結果、微妙に変な答えになった。

 しかしまあ、エレノアは気にしなかったようだ。「ええ、何よりです」という一言が辛うじて聞こえた気がしたが、次の瞬間彼女からその話題をばっさり切って話題を転換した。


「その聖獣、エベアータ元帥の契約獣ではないのですか?」

「え?」


 いきなり違う話が始まって、セナはエレノアが見ている方を見た。

 セナの足元だ。

 そこには、大きな白い豹が優美に寝そべっていた。そう、ベアドである。

 セナが見ると、ベアドが閉じていた目を開けてセナを見上げるので、目が合う。


『どうかしたか?』

「何でもない」


 見ただけだとベアドには言って、エレノアには「うん、そうだよ」と肯定を返す。

 ガルがこの砦に来ていたことから、エレノアが目撃していてもおかしくないし、誤魔化すことでもないだろう。


「白魔討伐の場で、契約獣を失ったのですか」

「え? ううん、いるよ」


 エレノアと反対側の隣を示してみせる。

 白い猫姿のシェーザは、本物の猫のように椅子の上で丸まっていた。

 シェーザはあの白猫の姿でセナの側にいることになったので、これからも目撃される。

 実際、この三日、シェーザは姿を消して側にいるらしいこともあるが、白い猫姿でセナの側を歩いていたりする。


「契約の移行をするわけではないのですか?」

「あー……」

「まあ、このようなタイミングで契約の移行をするのなら、最初に召喚をさせずに最初から契約の移行を行っていますわね」


 エレノアは最もな納得の仕方をしつつ、やはり首を傾げた。


「では、なぜあなたの元に?」


 契約の移行を行ったのでなければ、なぜガルの契約獣がいるのか。当然の疑問だ。


「お父──父はいないけど、白魔討伐のために来ていた人員が引き払うまではここにいるの」


 契約の移行の話はセナの召喚獣がいない状態で、一度白魔を召喚したなら自力で召喚するより契約の移行をした方が良いとガルが言ったからだ。

 召喚獣がいないという本質は今もそうだと言えるのだが。

 ガルと、ベアドともう一度話をしなければならないと思う状態で、保留中だ。

 わざわざエレノアの納得を崩す必要性は感じられず、セナは嘘だかぎりぎり嘘ではないかということを言った。

 白魔討伐のために来ていた人員が去ると同時に、セナもこの砦を去り、ベアドも去るのでタイミングは嘘ではない。

 そのセナのとっさの会話の流れが、思わぬ話を持ってくることになったのだろうか。


「セナ」


 エレノアが突然黙ったため、セナも何となく黙って食事をして、食堂から出て別れるタイミングだった。

 エレノアの表情は、少し厳しげだった。


「私の所属の隊であり、あなたが本来所属するはずだった隊の本部への帰還の日程が決まったことは知っていますか」

「うん」

「あなたは、いつまで従者をしているつもりなのですか」


 従者期間については、前にヴィンセントと話をした。

 帰還の話が出たときだ。ヴィンセントがセナにとってはいいだろう道を話してくれた。

 ──隊に戻るなら今が最良のタイミングだ。隊に所属することには段階的に自分が指示する人の数が増えていくという利点もある

 ヴィンセントが話を出したときは多く考えることがあった。でも今、まさに帰還が目前に迫っていた。

 そのとき、エレノアの後方に現れた人がいた。

 廊下をまっすぐ横切ろうとしていたが、彼は、こちらを見た。

 目が合った。

 そんな時間は一瞬で、セナが誰かといたからか、そのままヴィンセントは歩いていった。

 本部にいたとしても、従者でなくなれば、こういう風に通りすぎるだけの日が来るのだろうか、そもそも全く会わなくなるのだろうか。


 彼は、どのような判断をするのだろう。




 *







 ヴィンセントは一人、廊下を歩いていた。

 今砦には、白魔討伐隊が去るまで最高責任者であるはずだったガル・エベアータはいない。エド・メリアーズもおらず、ライナスも戻ってこない。

 だからと言って、最高責任者はヴィンセント一人ではない。他のパラディンがまだいる。

 メリアーズ家の一件は、パラディンにはそれぞれの家から一部のみ伝わっているようだった。

 一部と言っても、エド・メリアーズが拘束された事実という本当に欠片も欠片くらいだろう。

 表立って話題には出されない。水面下で周りを探る空気が流れている。

 実力主義のパラディンとはいえ血筋による実力もあり、名家の人間しかいない。

 本職が政治でないここでさえそうなのだ。首都ではどうなっているか。

 本部もしばらく異様な空気が流れていそうだが、本部への帰還はもうすぐだった。

 雪が完全に解け、やっと冬が去ったこの地から去る。


 遠征先で、帰還前をこのような心地で迎えるのは初めてだった。

 いつもは淡々としていた。上級悪魔討伐のために遠征し、討伐し、帰る。それだけの、全てが一連の流れの一つだった。


 現在、ヴィンセント・ブラットは一つの決断を迫られていた。

 従者、セナ・エベアータの従者の継続か解雇である。

 元々はここにいる間の限定的な従者という形で決められたようだ。ならば、ここにいる間に答えを出さなければならない。


「……いや、答えは出ている」


 最善の答えはとうに出ていた。

 セナを従者の任から解き、隊に戻す。


「ひどく、名残惜しいな……」


 本部にいればいつかは会う機会があるだろうに、自分に苦笑する。

 きっと、想像もしていなかった感情を得たからだ。

 だからこそ、自分は決断できる。

 どの判断が間違いで、どの判断が彼女により良いのか。それが分かっていれば選べる。

 そのとき、曲がり角を迎えた左手にある色が掠めてヴィンセントはそちらを見た。

 そうすると、セナがいた。

 誰かと向き合っている彼女の視線がふと流れてこちらを見たので、目が合った。


 誰かと一緒にいるようなので、ヴィンセントは静かにその場を離れながら、ぼんやりと思う。

 彼女が従者でなくなれば、こうして見かけても隊の誰かといて、話しかけることもなく通りすぎていくことになるのかもしれない。

 ああ、だが、そうか。

 そもそもこの機会がとても異質だった。自分がこの砦に派遣され、彼女もまた隊の人間として別に派遣された。別のパラディンが派遣され、彼女も派遣される人員に入らなかったかもしれない。

 派遣されるような状況と、派遣されてきた色々な偶然が重なっていたと思うと、実に偶然の時だったのだ。

 いい『異質』もあったものだ。






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