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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
三章『何者』
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26 長い一日の終わり




 ヴィンセントと、精霊に砦に送ってもらった。


「本当はお話したいのだけれど……」

「ガルが話をすると言うのなら、そちらが先の方がいいだろう」


 精霊王がシアンの言葉を継ぎ言い、彼女に微笑みかけた。


「彼女は、ガルの娘なんだから」

「……ええ、そうね」


 シアンは精霊王を見上げ、同意した。

 そしてセナに微笑みを向ける。精霊の綺麗な微笑みだ。


「セナ、ノアエデンで会いましょう」


 セナは質問したくなった口を一度閉じて、頷いた。


「セナ」


 セナを呼んだ別の声は、精霊王のものだった。

 彼が、一歩セナに近づく。

 近づいて、思った。

 圧倒的な人外の美だ。白魔に感じるような異質さは感じず、『自然』そのものだが、その美しさは今まで会ったどの精霊よりも人には持てない造形だと思えた。顔かたちだけでなく、雰囲気がそう思わせてくるのだろう。

 彼こそ、この大地全てに通ずる精霊だ。


「俺の息子の、大事な娘。お前のことも、愛しているよ」


 優しい風のような囁きを最後に、精霊王は下がり、シアンの隣に戻った。

 精霊二人は身を寄せ合い、消えていった。

 いなくなった後には幻だったと錯覚しそうだった。


「ヴィンセントさん」

「何だ」

「気がついていたんですね」

「彼女が、エベアータ元帥の母親であることか」

「はい」

「途中にではあるが。もしかするとと思った後、精霊の王というあの精霊が彼女の名前を呼んで確信した」

「……よく知られていることなんですか?」


 あの場でちらりと見たとき、ヴィンセントは驚いていなかった。

 ヴィンセントは、「それほど多くの人間が知っているとは思えない。俺が知っているのは、エベアータ元帥と父に家同士のこともあって関わりがあるからだ」と答えた。


「シアン・エベアータ──エベアータ家先代当主は精霊の愛し子と呼ばれる、精霊に愛される存在だったそうだ。彼女は精霊の伴侶となり、表舞台から去り、しばらくエベアータ家の当主の座は空だったと聞く」


 こんなものだと、ヴィンセントは語った。


「エベアータ元帥も、俺やライナスが知っていると踏んだからあの場で話されたのだろう」


 ガルから聞いたわけではないということだ。

 セナは知らなかった。当のガルがなぜ言わなかったのかは、特に話す理由がなかったからだろうと思った。

 周りが言わないのは、そんな話題になりようもないし、養子であるならガルから聞いているのが自然だから。

 こんな特殊な機会さえなければ、一生聞くこともなかったのかもしれない。

 セナは、その件についてこれ以上ヴィンセントに聞くのはやめた。


『セナ、どうかしたか?』

「うん?」


 声をかけてきたのはベアドだった。

 そういえばガルに言われて一緒に戻ることになっていたのだが、精霊の作った通り道ではなくて、聖獣の道を通って合流することになっていたのだった。


「お父さんのこと、何も知らないなぁって」


 そう実感した。

 自分とガルは家族ではなかった。父と娘であれていなかったのだ。

 この場で、一つについてヴィンセントに聞いてみたところで、あとどれほど自分は、周りが知っているようなガルのことを知らないのだろう。

 セナもガルも、きっと言わなさすぎたのではなく、聞かなさすぎた。

 互いに与えるだけ与え、与えられるものを与えられるがままになっていた。


『それは当然だろ。ガルも言わなくて、セナも聞かなかったら知る機会はないってもんだ』

「うん。だから、聞こうと思って」


 だから、知ろうと思う。聞きたいと思う。

 ガルが、自分に尋ねたように。

 ──自分の家族は、誰か

 ガル、シアン、精霊王、ライナス……。様々な顔と、声と、言葉と、過ごした時間が思い出される。


「おそらく」


 声は、再び隣から。

 聖獣から視線を上に移すと、ヴィンセントの目と合った。


「本部に帰還した後、休暇が与えられるはずだ」


 今回、北の砦に遠征した隊に、本部に帰還後休みが与えられるはずだという。

 ヴィンセントはそれだけ言った。


「君は今日は休んでいてもいい」


 彼は、軽くセナの肩をぽんぽんと二度叩いて、その場から歩き始めた。


「いえ大丈夫です、働きますよ」


 慌てて、セナもついて行こうとするが、ドアノブに手を伸ばしていたヴィンセントが止まった。


「それほど切羽詰まってする仕事もないが、君がそうすると言うのならいい。しかし、少なくとも、着替えてから出た方がいいと思う」

「え?」


 着替えるとはつまり、服のことで……セナは、自らの着ている服を見下ろした。

 これは、寝るときの格好だ。

 制服ではなく、寝るときの。


「うわぁ」


 あっという間にセナは動揺した。

 別にパジャマパジャマした衣服ではなく、そのまま起きて出歩くこともやろうと思えば出来る服なのだけれど、たぶん、ヴィンセントがきっちり制服を着ているから恥ずかしくなったのだ。

 セナが一人忙しくしていると、ヴィンセントがふっと笑った。

 口を開きかけ、何か言いかけたようだが、その口を自分で押さえてしまった。

 奇妙な光景に見えて、思わずセナも止まった。

 ???


「……俺は出ていくとしよう」


 ヴィンセントは何事もなかったように、ドアの方に向き直り、ドアノブを捻った。


「あ──ご迷惑おかけしました」


 この度は大変ご迷惑を。

 言っておかなければと、背に向かって言うと、ヴィンセントが振り返って「おかしなことを言う」と言った。


「君は、例えば一方的に殴られている者と一方的に殴っている者がいたとして、殴られている側を助けてから、『なぜ殴られたんだ』と責めるか?」

「す、すごい例えですね」

「極端だが、同じようなことだ。君は今回誘拐されたんだ。誘拐された側に非なんてあるはずがない。そして、誘拐される側は当然不安になるが、こちら側も心配になる。何しろ、何をされるか分からない」


 ヴィンセントはごく真剣に言う。


「今回はメリアーズ元帥がしていたことと、君の身の上が重なって、危うんだ。君は脱出できていたようだが、待っていたかもしれない『未来』というのはぞっとする」


 だから、「迷惑というのは否定しておこう」と言ってから、彼は心底そう思っている言い方で、言ったのだ。


「君が無事で、心から安堵した」


 色んなことがあった。

 誘拐され、どこだか分からない場所で目覚めて、かと思えば部屋からは出られて。

 天使に色んなことを聞き、自分のもう一つの記憶を知り、そしてシェーザにどこかに連れて行かれそうになり、覚悟を決めざるを得なくなったかと思えば、ヴィンセントが来て。


「お帰り、セナ」


 青と黒の目は、優しい目だった。


「ただいま、です」


 長い一日が、やっと終わろうとしていた。








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