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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
三章『何者』
90/116

23 最終判断

 





「お父さん」


 ガルが、呼びかけにセナに視線を移す。

 セナは改めて一息、息を吸った。


「この前、わたしはどうしたいかって聞いたよね」

「聞きましたね。その白魔を討伐するか、どうするか結論を出さなければなりません。セナはどうしたいのかと聞きました」


 前回は答えられなかった。分からないと言った。

 でも今は答えられる。結論を出したから。

 セナは自分の考えを伝えるべく、口を開く。


「わたしは、シェーザに──彼に気が済むまで側にいてほしい」


 シェーザが側にと望む。セナは受け入れることにした。


「確かに彼はわたしを守るために、わたしを傷つけようとするものを魔獣も人間も関係なく排除しようとする。彼はもう二千年はその考えを持って生きてきたから、そう簡単に考えを変えられない。だからわたしは変えなくていい、そのままの考え方でいいって言った」

「人に危害を加えてもいいと?」

「違う。考え方はそのままでいいだけ。人間には危害を加えさせない。わたしが止めるから」


 セナは契約印を見せた。

 前まであったものとは異なる模様の印だ。


「さっき止まったのが証拠」


 自分のために、誰かを殺させはしない。

 契約印が、前のただの模様ではないと理解したか、ガルはわずかに眉を寄せるという反応をした。


「取引をしたのですか」

「取引じゃなくて、約束した。わたしの生きたい場所で──ここで、一緒にいる。そのために、わたしに止められる術をくれた」


 契約という形になろうと、あれは約束だ。


「それが君の選択ですか、セナ」

「うん」


 躊躇うことなく頷いた。

 迷ったときもあったけど、もう結論を出した。自分はそうしたい。この世で最も人間の脅威と言われる白魔を側に置く。彼は大丈夫だ。

 自分の意思を伝えたセナは、ガルの反応を待つ。


「……特別な事情があるとはいえ、白魔が側にですか」


 この白魔がどういう白魔か、ベアドに事情を聞いたのかどうか。

 ガルは考慮の言葉と、白魔は白魔であるという考え方が詰まった呟きを溢した。

 やはり、すんなりと了承してはくれないか。


「その契約印に込められた契約内容を聞きましょう。どこまでの権限がありますか」

「彼が止まろうと思わなくても、わたしが止められる権限」


 そして──あとどう説明すれば一番納得してもらえるのか。


「セナのその契約印は、白魔の心臓と繋がっています」


 補足が入った。

 あのとき、あの場で一連の流れを見聞きしていたヴィンセントが説明する。


「白魔は、力の源である心臓の半分を止める権利をセナに預けました」

『え』


 ヴィンセントの説明をいち早く理解し、理解したからこその短い驚きの声が上がった。ベアドだ。


『さっき止まったのは、契約は契約でもそういう契約なのか』

「『そういう』とは」

『心臓だよ、心臓。人間だって心臓が一番重要な場所だろ。それと直接繋げてるっていうのは、単なる行動制限の契約より特別だ。だって、行動制限だけの契約内容なら、破って、力使うことは可能性としてはあるからな。でも心臓を止めるってことは、元を止められるってことだから、言えば──絶対服従っていうことになる。俺が心臓を差し出して、勝手に止めてくれって預けるなら天使の中でも俺が最も側にいた天使だ』


 ああ、やっぱり特別なことなのだなというのは、心臓という部位からセナだって思っていたのだけれど。

 やっぱり人間ではない存在からしても、ほいほいやることではなかったようで、何だか変に安堵を覚えた。

 セナが横目でシェーザを見ると、白魔はこの流れから何を誤解したというのか、


「見せるのは構わんが」

「? 何を?」

「私の心臓にある契約印を」


 そんなことを言ってきた。


「──心臓出すってことじゃないよねそれ」

「出さずにどうやって見せる」

「やめて」


 なぜにさっきせっかく阻止したのに、今見なくてはならないのか。

 その胸に添えた手を退けて。こわい。


「ではベアド、君はセナの選択についてどう思いますか」


 ガルが契約獣に話を振った声がして、セナは足元を見た。

 ベアドはまだそこにいるのである。

 話を振られた側は、セナの側で耳をぴくぴくさせて、首を傾げた。


『俺? 俺はなぁ……俺も人間であることなんて関係なく、天使のためなら何とでもする感情は持ってるから、その感情が捨てられてないことに関してはどうこう言えないわけだ。だから、止める方法があって、セナがそうしたいって言うならいいんじゃないか?』


 シェーザについての話をしてくれたとき、それでも人間を殺そうとした白魔であり、天使ではないという言い方をしていたベアドは、そこが解決するならいいのではないかと判断したようだ。

 ガルは分かりました、とベアドの考えに頷いた。


「ヴィンセント、君は反対ではないようですね」


 次に、セナの発言を補足したヴィンセントに話が振られる。

 ヴィンセントは首肯する。


「言いたいことは言い、聞くことは聞きました。これは最善なのだろうと思います。白魔が望み、セナが決め、それが叶えられる土台は彼らで作られました」


 ヴィンセントの答え方は、変わらず明瞭だ。はっきりと言い切った。


「ライナス、君は」


 ライナスは白魔に一度視線をやり、それならセナを見て、ガルの視線を受けた。


「あらゆる最悪の状況が起こらないのなら、ありだとは思います」

「賛成ではないと」

「賛成する奴はこの場にはいないでしょう。言い方は違えど、限りなく妥協に近い。理由は当然、離せるものなら離した方が完全な不安を消せるからです」


 それでライナスは口を閉じた。

 ガルは発言を聞き終えた証に頷いた。彼は少し黙ったが、長くはなかった。

 淡い茶の目が白魔に向けられる。

 ガルが、最終判断をしようとしていた。


「セナを傷つけないことは信じましょう。他の人間も害することはない状態が作られたことも。ですがセナを連れ去らないという確証が欲しいことは譲れません」


 自分を連れ去らない確証。最後の条件と聞こえる言い方で示された条件に、セナは瞬く。

 取引をしましょう、白魔、とガルは言った。


「取引。お前が、私と取引しようと言うのか」

「そうです。私は君をセナから引き離さない、君も私からセナを引き離さない」


 互いに守ることは同じの、平等な取引と言えた。


「それに応じる義務はないと思うが」 

「ええ、ありませんね」


 こんなやり取りは白魔討伐の地でもされていた。


「私は君を信用するわけにはいかないのですよ」


 明確な宣言だった。

 どんなに保証されようと、そこだけは変わらないと感じた。ガルは、シェーザの全てを信用しない。


「君はセナの側にいることを望み、セナの望む場所でそうすることを了承したようですが、契約は君が考えを変えなかった人を殺める可能性の強制停止が主でしょう。それ以外は言わば『約束』」


 自分には約束では不十分だと、ガルは言う。


「セナは信じてもいいでしょう。ですが全ての者が信じ切っていては、万が一のとき手遅れになってしまいます。万が一を考えないことはできません。君は白魔であり、あの地での『前科』があります」


 セナを連れていこうとし、他を排除しようとした。


「なのでその全ての確証が得られないのであれば、セナの選択とは異なる判断をすることを私は選びます」 

「ほう」


 シェーザを受け入れない。

 その選択を、今なお堂々と言うガルに、シェーザが目を細めた。


「今からでは遅いですよ」


 何がなのか、セナには分からなかった。

 けれど、シェーザはぴくりと何かに反応した。


「気がついていたでしょうが、気には留めなかったでしょう。ここは、先程『彼』が怒り力を満ちさせるより前に、精霊の領域となっていました。前は君が先に触れていたので問題外でしたが、ここではおそらく私の方が早いです」

「『おそらく』」

「白魔相手ですから、一応、ですよ。どうあれ、私が今ここで、セナをこの地上で一番の安全圏であるノアエデンに連れ帰ることは容易です」


 ガルの足元が淡く光る。


「お父さん」


 そこまで言うのは、逆効果ではないのか。白魔討伐の場の二の舞にはしたくない。

 しかし、こちらに目を向けた養父は、「必要なことですよ、セナ」と言う。


「セナ、先程言いましたね。君を守るために人間であろうと他を排除しようとする考えを、この白魔は変えられないと。ならば、君を連れていこうとした思考がまた出ないとも限りません。思考がそう簡単に塗り変えられるとは私は思いません」


 考え方は簡単には変えられない。それなら、セナを連れていくという考えも容易には消せないと思われるのも当然のことかもしれなかった。


「取引すれば、互いに忌まわしい争いなくセナと一緒にいられると思うのですが。差し出すものは、互いに同じですよ」


 ガルが白魔に再度述べる。差し出すものは同じだ。シェーザだけでなく、ガルも同じ条件を守らなければならない。

 どちらかが折れなければ、全てが崩れる。

 ガルは折れない。なら、シェーザは。

 白魔は、予想外にも静かだった。冷気は漂わず、怒りも感じない。


「『信じ切っていては、万が一のとき手遅れになる』か」


 ガルを見据えて、一言呟き、そして。


「不本意ではあるが、理解しよう」


 譲歩したのは、意外にも──いやどちらでも意外だったのだが──白魔の方だった。


「取引はするが、契約はセナにする」

「こちらに制限がかからなくて良いのなら構いませんよ」

「お前達が引き離そうとしたところでたかが知れている」


 銀色の目が、セナを見た。

 口が開く。


「『私はお前をお前の望む場所から引き離さない。──お前の幸福を守るために在る』」


 契約印が一瞬熱を持った。

 見た目には変化があったのかどうか分からない。元より複雑すぎた模様だったのだ。


「以前より大分丸くなりましたね。しかし『幸福』ですか。……なるほど」


 顔を上げると、ガルがセナを見て、なぜかエド・メリアーズを見て、シェーザで視線を止めた。


「お父さん」


 シェーザは要求を飲んだ。

 セナの確認する響きの声に、ガルは。


「もう一つ」


 と言ったので、セナはあれで終わりではないのかと緊張する。


「その姿はいただけません」

「……え?」


 その姿、とは。

 ガルの視線を追えば、背の高い男性姿の白魔がいる。


「君を人間だと見る者はまず当然いないでしょう。しかし精霊は普通ノアエデン以外を歩き回りませんし、先程のエドのように精霊でない雰囲気が出ているようです。セナの側に出没するのなら、前のように聖獣の振りでもしていただきたいですね」


 どうやら、セナの側にいるのに自然な姿をしていないことを問題視しているらしい。

 確かに、精霊であれば近い姿と言えるだろうが、普通ノアエデンにはいない。それ以外でそのような姿をしているのは悪魔か白魔になるし、実際そんな雰囲気を感じさせるらしく。

 けれども、この発言は、つまり。


「それって」


 側にいるのに自然なようにということは。


「君の選択を認めます、セナ」


 セナの、シェーザが気が済むまで側にいるという選択を許す。それが、ガルが下した最終判断だった。


「ただし教会にはもちろん言えませんから、一生秘する覚悟を持ってください」


 覚悟はもうある。

 シェーザは白魔だ。その事実は変えられない。側にいることを受け入れるとは、そういうことだ。

 セナはガルに向かってしっかり頷いてから、シェーザを見上げた。


「シェーザ……」

「何だ」

「わたしが、もう猫じゃなくていいよって言ったんたけど……」


 他の知らない人がいる場所で表に出ると言うのであれば、言われてみれば、目立つので。

 セナが言い淀んでいると、シェーザの方は全く気にした様子はなく、さらっとこう言う。


「お前が好む姿だから、お前が望むなら私はそうする」

「うぅ」


 その姿で、そう言われると、何だか不純な動機に聞こえるではないか。

 しかしながら否定するわけにはいかないため、一人セナが唸っている間に、白魔はあの見慣れた白い猫に姿を変えた。

 さっきまで側にいた男とは思えないほど、可愛らしい猫がちょこんと座っている。

 やっぱりかわいいな。

 じっと見つめていると、猫が『何だ』と言ったので、動かしかけていた手を止めた。あの姿を知ったら、もう抱き上げられない。


「二人とも、巻き込まれてくれますか?」


 ガルの声に、はっと視線を上げた。

 二人とも、と言うのは、ヴィンセントとライナスだ。

 シェーザの存在を知る人は、セナの選択に巻き込まれることになる。同じように、白魔がいることを秘さなければならないのだ。


「巻き込まれるとは思っていませんが」


 セナの心地をよそに、まず、ヴィンセントが答えた。

 次いで、ライナスも。


「俺も同感です。そもそも一度隠したことです。あのときのことを一生隠し続けるのと何ら変わりありません。まあ、その白魔が下手を犯さなければですが」 

『人間、調子に乗るのはそこまでにしておけよ』


 シェーザも、甘く見られるのにはそろそろ限界値に達したようだ。

 白い猫が不機嫌そうにし、ライナスは白猫を見下ろす。


「前に、誰が見てるか分からねえって言うのにわざわざそっちの姿から変わってたのは誰だよ」

『相手に誰を相手にしているのか分からせるためだ』

「ライナス、煽るのはよせ」

「シェーザ」


 ヴィンセントがライナスを制すると同時に、セナは猫を持ち上げた。

 ライナスはすんなり口を閉ざし、シェーザはセナを見てから、口を閉じた。


「ではそういうことで、お願いします」


 ヴィンセントとライナスが「はい」と了解の意を示す。


「これで急ぎ解決することは解決しました。仕事に入りましょうか」


 ガルがあっさり話に区切りをつけ、辺りを示した。

 エド・メリアーズと、彼がしていたことについての処理を行わなければならない。









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