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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
三章『何者』
86/116

19 望み





 刃は寸前で止まった。

 ヴィンセントの前に出たセナは、ふっと息が出て、瞬間的に息が詰まっていたことを知った。


「セナ」


 腕を引かれた。

 見ると、ヴィンセントが焦ったような顔をしていて、こんな顔を見るのは珍しいと頭の隅が思った気がした。

 だけれど、焦る必要はない。

 ヴィンセントが自分を下げたがっていることを腕で感じて、首を振る。


「今危ないの、ヴィンセントさんです」


 明らかに矛先を向けられていたのは彼だ。

 だから思わず前に出た。

 ヴィンセントが手を引いたことを確認し、前に向き直ると、シェーザが真正面にいる。

 氷で出来たような剣を持ち、周りは彼の力で氷が張り、空気は冷え、この場はさながら彼の空間となっていた。


「……セナ」


 シェーザは、ヴィンセントの前に立つセナに邪魔をするなと言うように、名前を呼んだ。

 それに対してもセナは首を横に振る。


「シェーザ、わたしは行かないって言った」


 行かないと言ったのに、シェーザは拒否をした。

 説得する隙もなく、一度連れて行かれてしまうしかないかと覚悟したが、ヴィンセントのおかげで話す隙ができた。

 シェーザからは怒りを感じ、油断はできないが、今なら話せる。


「それに、どうしてヴィンセントさんを傷つけようとするの」

「邪魔をするからだ」

「──約束は」


 セナは、片手を挙げた。


「シェーザが召喚獣としてわたしにつけた契約印は偽物だったけど、この契約書は本当だって信じてもいいんだよね」


 指に嵌まる黒い輪は、シェーザが証として作ってくれた契約書だ。セナに危害を加える人間以外の人間を殺めないという約束にして、契約だ。

 そんなことをしていたのか、と後ろからヴィンセントの声が聞こえた。

 そんなことをしていたんです。

 じっと見つめると、シェーザはああそうだと肯定した。

 セナは安堵を覚えながらも、「じゃあ、ヴィンセントさんをどうこうすることは出来ないよ」と言う。

 しかし、白魔は。


「殺さなければいい」


 そう来たか。

 確かに、約束では殺めない、だった。そこを細かく気にしなかったセナが悪いのか何なのか。

 だがここで納得することは当然できないし、どうやらもっと話し合う必要があったようだと分かった。


「わたしに危害を加える人じゃないのに、傷つけるの?」


 譲歩してはならない。

 シェーザに譲れない意志があるように、セナにも譲れないことがある。譲ってはならないことが。

 自分のことを守るために、周りに危害が加えられてはならない。


「……今、わたしは、一瞬シェーザのことを疑った」

「なぜ、何を」

「ヴィンセントさんを殺そうとしてたから、『この契約ももしかして嘘なの?』って」


 命を失えと言い、剣はヴィンセントに振りきられようとしていた。寸止めの勢いではなかった。


「嘘ではない。確かにそうは思ったが、約束し、契約に残した以上は『止まっていた』」

「でも、疑ってしまうような行動をしてほしくない。わたしは、嫌だ」


 それに、結果的に何らかの力で自動的に止まろうと、そもそもそうしようとして欲しくないのだ。

 セナは、考える。あと何をこの白魔に伝えればいいか、何を言えばいいのか。どう分かってもらえばいいのか。


「……わたしは、わたしが傷ついてほしくない人を傷つけてほしくない」


 分からない。正解が分からない。

 だから、セナは思っていることを言うしかない。伝えるしかない。全部、全部。


「シェーザがそうすることが嫌だし、……そうされると、きっと、」


 きっと。

 セナの口が、わずかにこの先を言うことを躊躇した。けれどセナは、ありのままを言う覚悟をする。


「わたしは、シェーザのことを受け入れられなくなる。嫌いになっちゃうかもしれなくて……シェーザを拒絶するしかなくなる。わたしは『それ』を望まないから」


 その瞬間、ずっと目を離さなかった銀色の目が見開かれた。

 刹那、床が悲鳴をあげた。シェーザの影響だ。

 セナは、彼にとっての禁句を踏み抜いた。

 隔てられるのはもう二度とごめんだと、当然拒絶されたくないと言っていた。白魔となり、天界に入れなくなり、会いたい天使にも会うことが許されず、それきりになった。

 別の生を生き始めた存在に、嫌われないように猫の姿になっていた。

 彼には、判断基準がたった一つしかない。

 だからセナの言うこと全てを聞くよりも、目的が優先された。


「……シェーザ」


 だけれど、拒絶されて彼がどうするのか。やはり想像がつかない。

 今、目の前で不安定になっているこの白魔はどのような行動に出るのか。

 それでも、ここで互いに受け入れられる点を見つけなければ、これから付き合っていけない。話し合うのは今。先伸ばしは駄目だ。

 そう思いながらも、果たして説得できるのかという不安が過る。こんな状態にしておきながら。いや、こんな予想以上の状態になって、肌に感じる力に臆している。

 そんなセナの背を支えるように、軽く叩いた手があった。

 セナの隣に、並んだ人がいた。

 床の悲鳴が、微かに和らぐ。


「ヴィンセントさん……」


 セナの隣に出てきたヴィンセントが、セナを見て、「言いたいことは言えばいい」と言って、一度頷き、前を見た。


「君がしようとしていることは、確かにセナの身を守るだろう」


 ヴィンセントは、ここに現れたときと同様に全く臆さずシェーザに話しかけた。


「何しろ人間も悪魔も手の届かない、ここでもない、砦でももちろんない、人間世界ではないだろう場所に連れて行くと言うんだ」


 彼女は何者にも傷つけられようとさえしなくなるだろう、と。

 ヴィンセントは何を言うつもりなのだろう。どうやってこの場をどうにかしようとしているのだろう。

 何を、考えているのだろう。

 セナは、ヴィンセントの横顔を見ていた。


「だが、代わりに彼女のこれまで築いてきた環境、関係を奪うことになると分かっているのか」

「命の危険が及ぶよりはいい」

「それは君の意見だ。君はセナを守るという目的を叶えるだろう。その反面で、セナはどうなる。セナは何を失う。君は、何を失わせる」


 ヴィンセントは矢継ぎ早に言い、最後には首を振る。


「そんなことはしなくともいいはずだ。そこまで極端にならずとも、セナに心を砕けるのなら、セナのことを思うなら。──セナが望む場所で守ればいい」


 出来ないとは言わせないとヴィンセントは言った。


「君は白魔をも消した白魔だ。強い。守ろうと思えばセナを何者からも守れるはすだ。悪魔がいようとよからぬ人間がいようと。人間ならなおさら、白魔にとっては本気を出せばここら一帯の生命を死滅させられるくらいの生命に過ぎないのだから」

「……」

「それでもそうしようと思わないなら、俺は『そこら一帯』にいながらも、君の行いに抵抗する生命になるまでだ」


 決して手を離しはしないと言うように、ヴィンセントの手がセナの手を握り、白魔に意思を突きつけた。

 セナは握られた手に驚き、手を見下ろしてから、手を辿ってヴィンセントを見上げた。


「君が俺達がセナから引き離そうとしたことに異を唱えたように、俺も抵抗する。だが、セナを守ろうとするだけなら、俺達はセナから引き離そうとは思わないだろう。互いにそうすれば争わなくとも良くなるはずだ。君は自分の目的だけではなく、セナの望みとの中間点を探すべきだろう。セナに拒否されたくないのなら、なおさらに。拒絶される前に」


 ヴィンセントの色違いの目が見据える方を、セナも見た。

 白魔は、黙ったままだったが、力は収まっていなかった。

 ヴィンセントの言う通り、出来ないはずがなく、出来ないとは言えない。その一方で自分の考えが間違いだとは思わない。

 だけれど、拒絶、という言葉にやはり思うところがあるのかもしれない。

 まだ拒絶されていないと自覚したか、でも自分の考えと天秤にかけているのか。

 守るという目的と、拒絶される可能性。


 ……ああ、そうなんだなぁ、と思った。きっと、シェーザは今さら変われないのだ。変われるとしても、こんなに急には考えを変えられないのだ。

 例え極端だとしても、脅威が完全にない場所に連れていった方が良いという考えを容易に消すことは出来ないのだろう。

 セナは、自らが言うべきことが分かった。


「シェーザ」


 ひどく、傲慢なことを言おうとしていた。


「シェーザは、ずっとそうやって生きてきた。そう考えて生きてきた。わたしには想像が出来ないくらい、長い時間」


 二千年もの積み重ねの結果の思考を変えることは容易ではない。


「シェーザは、シェーザの考え方を変えられる?」

「……いいや」

「でも、少しは、わたしがここにいたいっていう望みとかを考慮してくれる気はある?」

「……お前が、その望みを無視して私を拒絶するなら」

「それじゃあ脅しになっちゃう気がするんだけど……」


 背に腹はかえられないと、突き進もうか。

 もう決めた。一歩も下がらない。

 責任は、自分が取ろう。この白魔を、一度側に受け入れたのだ。


「じゃあ、シェーザはそのままわたしを害するものを蹴散らそうとするままでいて。その代わり、わたしが止められる術をください」


 変われないけれど、こちらとの妥協点を探してくれる意志があるのなら。


「私のことをか」

「そう。シェーザがどう動こうと思っても、わたしが止められる方法」


 あなたが止まれないなら、わたしが止めよう。だけれど現状情けなくも自力で止める術を持たないから。


「それで、一緒にいよう」


 セナが、手を動かすと、ヴィンセントの手が静かに解かれた。

 一瞬そちらを見ると、ヴィンセントが微かに頷く。大丈夫だろうと判断したのか、どうあっても大丈夫にしてくれるという意味なのか。

 セナは、手を前に、シェーザに向かって差し出した。


「離れなくてもいいように。わたしの願いを聞いてくれませんか」


 これが、ありったけだ。

 これ以上はどう言えばいいのか、もう思い付かなくて。でも絶対にシェーザを敵にはしたくなかった。

 自分勝手なことを言っている。少し前にしてもらったばかりの約束以上を要求し、セナしか利益を得ないのではないだろうかということを。

 それでも、誰とも離れたくなくて、シェーザを拒絶したくないと拒否する自分がいて、なぜだか泣きそうになった。

 どうかそうしてくれないかと、祈るような気持ちで、手が微かに震えた。

 シェーザは、セナを見ていた。ずっと、見ていた。

 やがて、口が開く。


「……だから繰り返すようなことをしたくないと言うのに」


 セナのことを見て、言葉を聞いていた白魔は、不意に視線を上の方に向けた。

 息を深く吐く音が聞こえ、銀色の目が、こちらに戻ってきた。

 そこで、気がついた。床の悲鳴が止んでいる。いつからだったのか。

 

「お前を傷つけようとしている者がいる。戦わせようと目論む人間が。私は、お前に危害を加えようとする人間は殺すと言った。お前はそう約束してくれればいいと言った」

「……そうだね。そこは、わたしが悪かった。そんな人いないだろうって思って約束してもらった」

「私を止める術をお前にやれば、お前はいつか私の目の前で殺されそうだ」

「わたしだって、黙って殺されてあげるつもりなんてない。死にたいはずない。わたしは、わたしの命を誰かに差し出すつもりはない」


 死にたくないから、戦う術を望んだくらいだ。


「死にたくない……お前は、ここで生きたいのか」

「ここがいい」

「ここにいることが幸せか」

「うん」


 迷いなく、答えは口から出てきた。

 答えを受け、シェーザの目が伏せられ、つかの間視線が合わなくなる。


「お前の望む場所で、私はお前を守れる、か」


 吐息のような、囁きのような、呟きだった。

 冷気が薄まっていく。感じる力が引いていく。

 そして、最後にシェーザが目を上げた。


「私は変われない」


 シェーザは断言した。


「お前を害する者は全て殺そうとする。お前の傷つけて欲しくないものは、お前が判別しろ」

「それじゃあ──」

「私は、お前の幸福を望むことにする」


 意外な言葉に不意を突かれていたら、その間に手を取られた。

 その手を、誘導される。


「お前が幸福だと思う場所で、お前が望む形で、お前を守ろう」


 セナの望む形で、というところで手が行き着いたのは。


「私の心臓を、お前に」








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