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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
三章『何者』
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15 行われたこと






 机やベッドではなく、石の台座が堂々と部屋の中央に鎮座しており、部屋の四方の隅には灯りを灯す用のオブジェが見られる。


「……ここは異様な気配が留まっているな」


 空気ではなく、気配?

 何となく入り辛い空気を感じていたセナは、呟いたシェーザを見た。彼は、視線だけを動かして室内を見ていた。


「『ここに、この子は寝かされました』」


 天使が、部屋の中央の台座の側に立っていた。

 台座の側面には模様が彫られている。上部分はまっさらだ。模様は一切ない。

 人一人は横になれる大きさだ。


「『その後、私は彼女の中に入りました』」

「──どうやって」


 今の説明だけでは明らかに足りない。どこにも不思議な要素がない。

 天使は変わらない微笑みで、台座を撫で、こちらを見る。


「『人間は成長していきます。個人の年齢による成長ではなく、人間全ての成長です。国を作り、決まりを作り、営みの様子が進化していきます』」


 慈愛に満ちた語り口だった。


「『そして私達がいなくなり悪魔達と戦うことになり、悪魔と戦う術を磨きあげ、組織を作り、──私達天使を喚ぶ召喚陣を作り上げたようです』」


 天使を喚ぶ。先ほども言っていた。

 天界にいる聖獣を召喚出来るのなら、可能なのかと思えそうなことだが……。


「天使を召喚──人間を器に、魂を入れたのか」


 言ったのは、白魔だった。


「『その通りです』」

「道理でそのようになる。壊れ、混ざり、原型はなく、──挙げ句の果ては首輪でもつけられているがごとき扱いだ」

「『散々な言い様ですね』」

「事実だろう。さすがにお前達も愚かだと思わざるを得ないだろう」

「『愚かな人間の行いを、それでも私達は愛する責任があります』」


 天使はさらりと言い切った。


「『人間が行うことです。その可能性を含め、人間です』」

「……愚かなのは、お前達の方だったか」

「『元はあなたも同じ存在だったでしょう。【     】』」

「貴様にその名前を今更呼ばれる謂れはない」

「『失礼しました。最早無くなった名前でした』」


 天使と白魔のぎすぎすした応酬が交わされるが、セナは比較的知っている方の服を引き、注意を引く。


「ねえ、どういうこと」


 服を引かれ声をかけられたシェーザは、セナを見下ろし、首を傾げて少し考えた様子を見せたあと、口を開く。


「人間が天使を召喚する術を作り出した。天使は戻ってきていないからこその所業だ。つまり天使に体はまだない。そこで、今のグランディーナの状態だ。天使の魂の入れ物として、人間を使った」

「──入れ物…………?」


 急に、思考が鈍くなった。

 人間を入れ物に。入れ物?

 人間と入れ物という、違和感を感じる言葉の組み合わせに、頭がそれ以上考えることを拒否している。


「『不完全だった私達は、召喚陣により強制的にここに引き寄せられました。それもとても丁寧とは言い難い引き寄せ方です。私達は、白魔に殺められたことにより魂が砕け、一つに治る過程にありました。その前に呼び寄せられてしまったのです。なので一つの魂ではなく、一つ分の魂の欠片が集められ、一つの魂として扱われようとしました』」

「そのようなやり方で、綺麗に収まるはずはない。無理矢理に呼び寄せたことにより、魂は破損し、混ぜられた。道理で歪だ」

「『途中で呼び寄せられたことにより、さらに私達はまだ前の生を覚えているということなのです』」


 その行いが、ここでされたのだと台座が示された。

 人間が、天使の魂を召喚し、人間の中に入れた。


「──なんで……どうして、そんなことするの」

「『より力を必要としたのでしょう。白魔が現れましたね。聖獣では、白魔に敵いません。その証拠に、彼ら人間は私達を制御しようとしているようです。私達の力が必要なときにのみ魂を目覚めさせ、後は眠らせておく形です。私は、今制御を外れ無理矢理に出てきています。……ですが、残念なことですが私達の状態では白魔と戦うことはままなりません』」

「なぜ?」

「『この中にいるのは、全て白魔に殺められた天使の魂です。全てではありませんが、多くが悲鳴を上げるのです。何しろ、記憶はまだあるままですから』」


 そこは、人間の行為による決定的な穴ですね、と、天使は微笑む。

 天使の剣を使う少女、召喚陣のような模様──天使を召喚する召喚陣と、人間に入れるという話。

 また一つなぜが解けた。

 話だけ聞き、それ以上を考えなければいいのだが、セナは考えずにはいられない。

 人間に、天使の魂を入れる。入れ物にする。そんな、水をコップに入れるように出来ることだとは思えなかった。


「あなたが、その子の中にいるのは、入れられたから」

「『はい』」

「じゃあ、わたしは。わたし、そんなことされた記憶ないんだけど……わたしの体には、わたしの魂一つだって言った」

「『ええ』」

「わたしはこの体に入るはずだった誰かの魂を押し退けてしまった可能性は? わたしがここにいた可能性、あるよね」

「『なぜそう思うのですか』」

「わたしの首には、数字があった。あなたの入っているその子の首にも数字がある。わたしは、彼女とわたしに同じ要因があって天使の剣を使えたんだと思ってた。それはほとんど当たりで、経緯が違うらしいって今分かった。でも、数字は同じもの。どこでつけられたのか、彼女はどこにいたのか。共通点は、ここだ、って思う」


 少女が今ここにいる。セナも、なぜかここに連れてこられた。

 天使の剣が使えるという理由が分からないこと以外の共通点ができた。

 恐ろしい確認だった。少女がされたなら、自分もされた可能性がある。

 体に刻み付けられた数字について、以前ガルが二つの可能性を挙げた。罪人と奴隷。

 どちらも良いものではなく、数字を体につけられるとはこの世界でも普通ではないのだ。そういう連想をさせられる。

 管理されるもの、という。


「『……一つ目のあなたが他の魂を押し退けてしまった可能性ですが、これはいいえ、です。元々人間の魂が入っていなかったのでしょう。そうでなければ、自然に魂が二つ以上は入ることはない以上、あなたの魂が入ることは出来なかったはずです。私達と同じ手段を用いられたとすれば、二つ魂がある状態になっていたはずです。その人間の体は、元々は魂なく生まれ死ぬ運命にあったと考えることが自然で、それならば、あなたはその人間として生まれたのです』」


 そして二つ目は。

 天使が初めて躊躇う素振りを見せたように思えた。


「『あなたもここに似た場所にいた記憶を、先ほど見ました』」


 ここに似た場所。

 このような場所が複数あると言うのか。

 自分は、ここのような場所にいた。


「『すでに魂の入っていたあなたにどの程度影響が及ぼされたのかは分かりませんが、現在あなたに「不具合」があることも事実です』」

「どんな……?」

「『今私は人間の身に入りながらもこのようでありますが、あなたは力を発揮できるときがありながら、今は天使そのものではないことには原因があるのでしょう。人間による儀式が、何らかの影響を与えた可能性はあります。例えば、私が現在、目覚めの合図なしに出て来ているように、本来組み込まれる制御部分に何らかの──』」

「どうしたの?」


 唐突に言葉が切れて、不自然さを感じた。

 尋ねると同時に、少女の背にある翼が揺らいだところを目撃した。


「『時間切れです』」


 天使が呟いた。


「『私はまた眠ります。ここから出すつもりが、話をし過ぎました……。ですが、話すことは話せました。ここから早く出ていきなさい。私は、この子を、連れていきます……』」


 その言葉を最後に、翼が体を包み込み、地に溶けるように消えた。

 また会いましょうと、聞こえた気がした。


「無理矢理出てきていると言っていた。その影響だろう」


 あれが完全ではなく、歪な証拠だ。途中から黙していたシェーザは言った。


「……あれが、天使」


 天使は人間により行われたことを、子供の成長を見守るがごとき言と、微笑みで語っていた。

 かの存在が去った今、印象に残っていたのはそのときのことだった。

 語っている内容と、表情と声音にちぐはぐな感覚を覚えていた。


「全ての天使があのようではない。グランディーナはより慈愛に溢れ──そうでしかない天使だ」

「……それでも、わたしが怒ったら、どうかなっちゃうのかなぁ」

「今の状態は決して正常ではない。どこまで仕組みが正常に働くかは何とも言えんな」


 魂が天使のものであるのなら、天使の罪とされる怒りなどを覚えると白魔になるのか。


「天使の魂、かぁ」


 セナは台座に触れる。

 石で出来たそれは、冷たかった。


「……どうした」


 シェーザの問い方は、静かだった。

 セナは、「うん」と言って、「出よっか」と部屋の外を示した。

 石の扉はシェーザが閉めてくれ、来た道を戻る。倒れる人はまだ眠ったままのようだ。

 北の地にも春が訪れたのだ。ここがどこであれ暖かくなっているだろうに、陽の当たらない通路は心なしかひんやりした空気が漂っている。

 隣から視線を感じていた。

 セナは、また考え続けていた。

 このような場所にいた記憶はない。何もない。首にあった少女と数字違いの数字にも記憶はない。あの雪が積もった森の中にいる前の記憶がない。

 自らの謎に関する記憶が、問うて得る以外に自分の中には──ことごとくないのだ。


「……わたし、この世界で気がついたら、森の中にいた」


 忘れもしないあの日、目を開けると、地面も木も真っ白な森の中にいた。


「体も赤ちゃんじゃなくて、十歳越えたくらいの子どもで、転生したって言うにはなんで成長した体なんだろうって思ってた」


 シェーザは、じっとセナの話に耳を傾けていた。


「それで、考えてたことがある。わたしに記憶がないだけで、わたしはこの世界で体の年齢分生きてたんじゃないかって」


 十歳程度にすでに成長した姿で生まれたと考えるより、記憶がないと考える方が、当然自然に思えた。


「天使の彼女の話なら、わたしは最初は二つの人生に分かれてた。一つの方が終わって、今度はこっちに来たっていうなら──わたしは、生まれたときにどこにいたんだろう」


 この体が赤子のとき。

 このような場所にいたのだろうか。


「わたしは、何を体験したんだろう」


 天使は、セナがここにいた記憶を見たと言っていた。

 しかしセナにはその記憶がない。話だけだ。そしてその話は途中で途切れた。

 あと少し──あと少しで隠れていることが全部明らかになると思うのに。


「知りたいのか」

「知りたい、知らなきゃいけない」


 なぜ記憶が始まったときに、森の中だったのか。知りたい。

 ここではない、『ここに似た場所』で何か自分の身に起こったのか。知らなければならない。


「私に魂を委ねるのなら、見せてやれる」


 足が止まった。セナは顔を上げた。

 側に居続けているシェーザが、セナを見ていたから、すぐに目が合う。


「お前の今の生がどのように生まれ、ここまで至ったか」

「わたしが、見られるの?」

「ああ。お前が望むなら」


 望むなら。

 未だ謎の部分に何があったのか、知るのはどことなく怖い。不穏な要素が揃っているのだ。いいものが待っている可能性の方が低いだろう。

 それでも、


「見せて」


 全てを解決して戻ろう。

 白魔のことは自分の結論を出した。

 ならばこの身は何なのか。後は自分のことだ。全てを知ろう。得体が知れないものを消してしまおう。

 自分のことを知れると、少なくとも不確かな部分を気にせず、恐れず、他人に向き合える気がする。


「よかろう」


 セナの望みを請け負い、シェーザが少し、屈む。


「あ、でも、ここから出てからの方がいいかな。人来たり……」

「来たとしても問題はない。私がいる」


 銀色の目が半ば強引にセナを覗き込む。銀の光彩が、ちかちかと瞬く。


「グランディーナは、不具合があると言った。──お前に何かされたのなら、私もそれには興味がある」


 セナの視界は、銀色の光一色になった。








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