12 『父』は
ガルは。
精霊と共に、ヴィンセントとライナスが消えた部屋に、ガルは残っていた。
──天使復活説
ベアドルゥスがセナを天使と感じるのもそういうわけということになる、と。
あのとき──炎火の白魔の討伐の地で、全く間に合っていなかったのだと知る。
炎火の白魔と戦っていたパラディン二人の態勢が崩れ、ラヴィアが欠けたかライナスかヴィンセントが欠けたか、セナと天使の剣を扱う少女の命が失われたという間に合わなかったではない。
今考えれば、天使の剣をセナが使った時点で手遅れだった。使わせるような状況にしてはならなかったのだ。
一番知られてはならない人物に見られていたのだから。
白魔討伐の地で、ヴィンセントとライナスに口外をしないことを要求し砦に戻ったが、こちらが隠し通せていたようで、白々しく会話されていたということだ。
「……世を元に戻すとはそういうことですか」
エド・メリアーズは以前、少女について問うたとき、「白魔を退けるのは始まりに過ぎない。世を元に戻す。その始まりだ」と言った。
今ならば、あの言葉の真意が分かる。
天使の復活を目論んでいるのだ。天使をこの世界に戻し、人間世界を昔あったように戻す。そういうことだろう。
ベアドルゥスと会っても、精々彼の感情を逆撫ですることのないようにすることだ。
聖獣は、セナの身に何かあったと見てとればエドの命を奪うことを厭わないだろう。結局、釘は刺さないまま行かせた。
生きていれば、その場合は社会的に裁きを受けさせるだけだ。
セナ・エベアータ──娘を誘拐したのだ。
「セナ……君の過去を、私は聞いておくべきでしたね」
孤児院にいたのなら、親がいないのは確実だ。捨てられたか、親が死んだか。孤児の理由はそのようなものだ。
セナの場合もそのような理由だと思うのは当然だった。
けれども聞くだけでも、聞いておくべきだった。違和感を抱いたかもしれない。
ああなるほど、自分という『父親』は、『娘』のことを全く知らないのだ。
ノアエデンで共に暮らしていた日々で、父親であれていたのだろうか。
そもそも、一般的な父親の姿とはどのようなものなのかガルは知らない。
果たして自分は父親であろうとしていたのだろうか。
ベアドルゥスに散々言われてきたが、こういうことだ。自分は、養女に迎えたあの少女の父親でありたいのだ。
だから、白魔討伐の場で起こったことに対して、彼女の将来を考えた。
だから、今怒っている。エド・メリアーズに対し、そして、自分に対して。
全てを収めた後には、セナに考えていること全てを話さなければならない。
──決して、メリアーズ家には渡さない
「送ってきたよ」
精霊がこの場に再び入り口を開いたことに気がつかなかった。
「ありがとうございます、ノエル、エデ」
ノエルとエデが、エベアータ領から戻ってきた。
「彼の加護は、セナが彼を認識したからなのかな」
ガルが立ち上がったところで、ノエルが呟いた。
「彼?」
「加護を持たずに生まれてきた目をした人間」
ヴィンセントか。
「加護を持たずに生まれてきてしまった人間は、改めて加護を付与されない限りないままだ。僕ら精霊では与えられない。天使が付与する」
「そうですね」
「でも彼には微かに加護があり、セナに天使を感じるとベアドが言った」
あり得ないことは、あり得ない。天使の剣を人間が使用することは、あり得ない。
ならば、天使の剣を使ったセナに天使を感じるように、あり得ないのにあり得たことには理由があるのだと、精霊は全てが腑に落ちたように言った。
「……」
精霊も、聖獣も、そのような反応だけに留まる。
人間の中で、この組織の中で生きていくには思わしくないことだとは思い至らない。
「それで、領主はこれからどうするんだ」
「ノアエデンに戻ります」
「ノアエデンに?」
ガルが従者に目をやると、従者は小さく頷いた。
この場は彼に任せる。
白魔討伐は終わった後だ。脅威もこの地にはいない。
「私は天使を守る気はありません。自分の娘を確実に守るために動きます。──エドからも、白魔からも」
「その白魔は、セナを傷つけないという点では問題ないという認識でいいんじゃなかったのか」
「ベアドが言ったでしょう。白魔は白魔です。人間に楽園を与えた天使ではありません。無償の施しをする天使ではないのなら、適切に取引をしなければなりません。無条件に全てを信じ、無防備になることほど愚かなことはありません」
傷つけなければいいのだとは思えなかった。
「さて、私もノアエデンにはすぐに到着したいのですが、精霊の通り道を通してくれますか?」
「領主なら、当然だ」
精霊は考える間も空けず、道を繋げた。
当然であるとの言葉に、ガルは床に開いた道を見つめたが、数秒のことで足を道に踏み入れた。
瞬きをし、一瞬後には部屋の中にはいない。
靴は柔らかな草が生える地面を踏み、周りは北の砦の周りの大地のようではなく、木々が生えていた。
ノアエデンの森だ。
「ノエル、エデ。ありがとうございます」
共にノアエデンに戻った精霊に礼を言い、早速邸の方に戻ろうと歩き出す。
「ガルじゃないか」
一歩、進んだとも言えないタイミングで声がかかった。
急いでいるため無視をしようかと思ったが、ノアエデンの領主であることを意識し、振り返る。
後ろには大木があり、木から溶け出てくるようにしてその姿が現れた。
「……精霊王」
『彼』はガルを見て、困ったように笑い、それから首を傾げた。
「お前は俺の前にいるといつも機嫌が良くないけれど、今日は特別──怒っているようだ」