7 保証の理由
引き続き、ヴィンセント視点。
「出来れば、セナのところまで特別に道を通してあげたいのだけど……」
少女の精霊の表情がまたも思わしくなくなる。
「どうしましたか」
「何だか、感覚が曇ってるの」
「曇っている、ですか」
「セナの場所は分かるけど、近づきたくない感じがしたから……」
「……なるほど」
「白魔が近くにいるのかもしれません」とガル・エベアータが呟いた。
精霊が近づきたくない存在が、セナの近くにいる。それが白魔であると言っているのだ。
セナの召喚獣を演じていた白魔が、セナの近くにいるかもしれない。
ヴィンセントも自ずと思わしくない表情になった。
誰も側にいない状態で、あの白魔のみが側にいるのは懸念を感じる。
「白魔が?」
セナの召喚獣だった白魔の存在を知る三人の一方で、少年の精霊が聞き逃さず、聞き返した。
大層怪訝そうに、「白魔討伐は終わったんじゃないのか。だから無事にここにいるんだろう」とガル・エベアータの発言の意味を問うた。
少女の精霊は気がかりそうに、指で傍らの精霊の服を握る。
「予定していた対象の討伐は終わりましたよ」
「『は』と言うことは?」
「実はセナの側にいた召喚獣が、白魔が演じていたものだということが発覚しました」
「え?」
「えっ!?」
精霊が両方共、目を大きくした。
「聖獣が──?」
かなり驚いた様子だったが、ノエルは召喚獣がなぜというところを気にしている場合ではないと判断したのだろう。
驚いて見開いていた目を厳しくし、「それで、その白魔がセナの近くにいるって言うのか」と鋭く尋ねた。
「その可能性があります。君達精霊が近づきたくないと言う存在は『あちら側』の存在でしょう。そこで心当たりがちょうど一つ、というところです」
「そもそも、その白魔は討伐しなかったのか。出来なかったのか」
「そのどちらでもあると言えます。交渉の結果ですから」
「交渉……?」
「我々がその白魔を排除しようとしなければあちらも戦わない、そしてセナがしばらく離れていて欲しいと望んだので、見える場所からは姿を消すことを受け入れました」
「……どういうことなんだ、それは。白魔と交渉? セナが望んだから?」
精霊も、話だけいきなり聞くと訳が分からないだろう。
ガル・エベアータは少し考える様子を挟み、「手短に言うと」と、事実を教える。
「白魔討伐の際、セナが天使の剣を使いました。白魔とベアドがセナを天使だと言いました」
「セナが、天使……?」
信じ難い目は、天使だと言ったという聖獣に向けられた。
『確かにそう感じた。そこの人間からさっき聞いた話と合わせると、身体はともかく魂は天使の魂なんだろうなと思うぞ』
聖獣はすんなり肯定を精霊に返した。
「精霊たち、よく考えてみてください。セナを、これまで現れた精霊の愛し子と同じ感覚で愛しているのか」
ガル・エベアータに問いかけられ、精霊が、顔を見合わせる。
「そんなこと急に言われても……分からない」
エデは困った顔をし、分からないと言い、ノエルは考え込んだ様子をしたまま何も言わない。
「そうですね。君達はそれほど意識せず自然と特別愛しているだけですから」
精霊の反応は半ば予想がついていたように、ガル・エベアータは頷いただけだった。
「その白魔はセナを判断基準の中心に据えているようです。セナを守るために、セナの側にいたと言いました。そしてセナの言うことを聞き、戦わず、姿を消しました」
「……白魔をそんなに信用してもいいのか」
「セナを傷つけないという意味ではいいようですよ。そうですね、ベアド」
契約獣への呼びかけは、気のせいか語尾が強調されていた。
聖獣もそう感じたのか、耳をぴくりとさせ、ゆっくりに見える動作でそちらに首を巡らせた。
『……何だよ、ガル』
「君は、この期に及んであの白魔がいかに他の白魔と異なるのか教えてくれるつもりがないのですか?」
非常に直接的な問いかけだった。
対して聖獣は沈黙し、口を開いたかと思えば『あーあ』とぼやいた。
『さっきのそこの人間が「ここでぐずぐず話してるより、さっさと行った方がよくないか」って言った気持ちがよく分かる気分だ』
ライナスのことを示しているのなら、彼はそのような言い方はしていない。
「ノエル、エデ」
聖獣の質問の答えにならないただのぼやきを受け、なぜかガル・エベアータは精霊に声をかけた。
「君達に白魔の前に出て欲しいとは言いませんが、出来る限り近くまで道を繋げ、彼らを今回特別通してくれる気はありますか」
彼らと示されたのはライナスとヴィンセントを見て、精霊は。
「いいよ。セナを助けてくれるんだろう」
ノエルが了承の意を表した。
「ありがとうございます。これで道のりの短縮が出来ます」
にこりと微笑みと礼を精霊に向けた後、その微笑みのままガル・エベアータは精霊から視線を外す。
「さて、これで地道に行けば当然一時間では到底着くことが叶わない時間の短縮が出来ました」
ここから、セナがいるメリアーズ家の領地までは鳥で飛んで向かっても軽く数時間かかる。
精霊に向けられた後の言葉は、ヴィンセントやライナスに対してであり、特に聖獣に向けられていた。
「ベアドルゥス、いいですか。白魔がセナの近くにいるかもしれません。今回はセナの奪還が第一ですが、白魔を排除するか決めなければなりません」
『何かするようなら排除すればいい。』
「何か起こる前に判断できることもあります。──もう一度だけ確認します。これで答えが変わらないのであればもう聞きません。『他』を当たります」
『他?』
「地上の存在にして、人間とは違い天界に行くことも出来た唯一の精霊です」
精霊王、と呟いた声は少年のものだった。
聖獣の耳が、また微かにぴくりと動く。
『精霊王なら知ってるかもなぁ。天使のお気に入りだったし、けっこう天界に来てたし。……それにあの精霊の王は、お前が何だかんだ言っても、やっぱりお前に甘いからなぁ』
呆れたようにも、やはり聖獣はぼやいた。
「背に腹は変えられません。今回ばかりはそう言われることを受け入れますよ」
『受け入れるも何も事実だろうよ』
「ベアドルゥス、話を広げないで下さい。君が時間を懸念するのなら、返事を早くもらいたいものです」
聖獣は、微妙に話から逸れるばかりの無駄口を叩くのをやめた。
口を閉じ、じっと熟考し始めた。
『……確かに、信用出来るから信用しろだけじゃあ、無理があるんだよなぁ。その理由の中身が分からなければ、得体が知れないだろう』
その通りだ。
セナを傷つけていない事実があれども、同じく白魔という事実がある限り、聖獣が保証した理由が分からなければずっと『得体が知れない』。
黙ってやり取りを見守ってはいるが、ヴィンセントだけではなく、ライナスも喉から手が出るほど欲しい情報に違いない。
最も白魔に牙を剥くはずの聖獣が、なぜあの白魔を保証したのか。なぜあの白魔が例外なのか。
何によって、どこまでを信用することができ、どこからが信用できないのか。
曖昧で、推測することしか出来ない線引きではなく、明確な基準が欲しい。
『お前らにあの場で話さなかったのは、人間が知るべきじゃない話だからなんだよ。知れば、認識が鈍るかもしれない』
「約束します。話はこの場で留めます。二人にも墓場まで持っていってもらいます」
ガル・エベアータと、聖獣の目を向けられ、ヴィンセントとライナスは頷く。
聞けるのなら、墓場まで持っていこう。
「そして、少なくとも私の認識は鈍りません。あれは白魔です。そうですね?」
『ああ、あれは白魔だ』
白魔だと、やはり聖獣はすんなり肯定した。
『仕方ない。昔話でもするか』
本当に仕方なさそうに、聖獣は話を始めた。
『セナを守ると言った、あの白魔についてだ』
と。