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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
三章『何者』
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6 居場所


また戻って、ヴィンセント視点。







 セナの確実な場所が分かるかもしれないと聖獣が言った。


「と言うと?」


 ガル・エベアータが聖獣に先を促す。

 聖獣は、促す自らの契約者を見て言う。


『セナは精霊の涙を持ってる』


 精霊の涙と聞き、ヴィンセントは、以前この聖獣がセナに渡した雫の形をした石のようなもののことをそう言い表していたことを思い出す。

 ライナスはぴんと来ず怪訝な顔をしたが、最後の楽園を領地とするエベアータ家当主は異なった。


「誰のですか」

『エデ』


 迅速な返答を得て、ガル・エベアータは従者に「水を」と要求する。

 従者は主の意を汲み、すぐにカップではなく受け皿の方に水を薄く注ぎ、机に置いた。

 一方ガル・エベアータは机の引き出しからナイフを取り出し、皿の上で指を切った。

 血が水に落ち、滲み、薄く広がっていく。


「精霊を呼びます」


 何をしているのかと思っているだろうと察してか、一言のみ説明がされた。


「ノエル」


 声に、水が波紋を描く。


『領主がそれを使うなんて、珍しい』


 聞いたことがある声がどこからか聞こえた。

 ガル・エベアータは受け皿に向かって話しかける。


「ノエル、申し訳ないのですが、今すぐエデを連れて私の元に来て下さい」

『エデを?』

「説明はこっちに来てからします」

『わたしがなに?』

『分かった。今行く』


 数秒後、ガル・エベアータが上を向いたので追って上を見ると、天井に穴ができた。

 その穴から、男女の子どもが降る。

 身軽に床に着地した二つの姿の、淡い水色の髪が揺れ、落ち着く。

 顔を見て、セナが、ノエルとエデという名だと紹介してくれた精霊たちだと分かった。


「びっくりしたわ。ノエル、急に何するのよ」

「領主がエデを連れて来るようにと言ったから、領主の元に来た」


 少年姿の精霊──ノエルが言えば、少女姿の精霊──エデがガル・エベアータを見つけて、「あら、本当」と言う。

 しかしすぐに頬を膨らませた。


「連絡があるまで駄目だって言ってたくせに」

「今、連絡があった」


 ノエルはあくまで淡々と、エデに述べる。

 ライナスが傍らで「あれが精霊か」と呟いた。


「正しい判断です。事情があって、今しばらくは精霊(君達)が来てもいい状態ではありませんでしたので連絡は後々の予定でした」

「白魔の影響でも残っていた? 実は数日前、天の剣の気配がしてさすがに様子を見ようと思ったんだ。でも一瞬だけ映って、」

「すごく見えなくなったの!」

「それは白魔の影響でしょうかね」


 それを聞いて、不安そうにしたエデが、水色の瞳を室内に向けた。


「ねえ、セナは?」


 聡い勘か、単に不安になって、馴染みの存在がいないことが気になったのか。

 どちらにせよ、その精霊は本題を突いたと言えただろう。


「セナはいません」


 ガル・エベアータの答えに、「いないって……どういうこと?」とエデが問い返す。


「訳あって、誘拐された可能性が高いです」

「誘拐?」

「今、正確にどこにいるのか出来るだけ早く知りたい状況です。そこでエデ、君を呼びました」


 ノエルの服をぎゅっと握り、エデが戸惑う目でガル・エベアータを見返す。


「君の涙をセナが持っています」

「わたしの……? もしかして、ノエル?」

「そう、僕がセナに渡るようにした。エデがセナのために流した涙ならセナが持っていたらいいと思ったから。どうやらお守りにはなったみたいだ。そうだろう? 領主」

「ええ、そのようです。──エデ、今セナの行方が知れません」


 改めての言葉に、エデの瞳が大きく揺れた。動揺の大きさが見てとれる。


「正確な場所を突き止める術が欲しいのです。君の涙をセナが持っています。セナの場所が分かりますか?」


 エデは、事態を上手く受け入れられていないようだった。そんな精霊を、ノエルが宥めるように撫でる。

 少女の精霊は、「エデ」と呼ばれて、その精霊を見て、──しばらくして、唇をきゅっと引き結んで頷いた。

 精霊は、目を閉じた。

 時間はそうかからなかった。


「……分かったわ」

「シャリオン、地図を」


 ガル・エベアータの従者が地図を机の上に広げると、精霊の小さな指が地図のある一点を示す。

 メリアーズ家所領の西の方だ。

 ──エド・メリアーズがセナを誘拐したのはこれで確定か。

 セナが見つからないことの焦りで混ぜられていた思考に、すっと冷たいナイフが入ったような感覚がした。


「──誘拐は犯罪だ。人体実験は非人道的」


 ヴィンセントが出した声は、低くなった。


「ヴィンセント、怒ってんのか……?」

「そう見えるなら、俺は怒っているのだろう」


 そんな返しをしながらも、ヴィンセントは指摘されて自覚した。

 怒っている。

 いつからか。

 セナの姿がなく、彼女が自分で隠れたのでなれけば誰かがそうしたと考えてからか。ライナスの話を聞いてからか。

 焦りに徐々に混ざり、優勢になっていっていた感情は怒りだった。

 誘拐は犯罪である。さらに人体実験など言語道断。

 セナがどれだけ戸惑っていたか。不安になっていたか。

 不明だったことが、明確になった。元凶が判明した。


「……居場所が分かりましたから、セナの救出に入りますが。ライナスは行きますね」

「当然です」

「メリアーズ家の土地なので、君がいないととりあえずの合法性が取れませんからね」


 メリアーズ家の領地で、建物内で、もしものときライナスがいることほどの保険はない。

 そもそもライナスがいれば、誤魔化さずに堂々と正面突破できるところは出来るだろう。


「ヴィンセント、君も行きますか」

「行きます」


 ヴィンセントは即答した。

 話を聞いた後では、セナを奪還し、二度と渡してはならないという意志が生まれていた。


「ライナスであれば万が一のとき少々過激な家族喧嘩とも言えますが、ブラット家の人間である君は、上手くいなかればメリアーズ家と君の家との間で摩擦が起こるかもしれませんよ」

「そもそも上手くいかせる以外の選択肢はないでしょう」

「君、万が一の場合を考えない人間でしたか?」

「いいえ。ですが今回は考える必要がないと思うので、考えていません。あなたもそうだと思いますが、エベアータ元帥」


 どうせガル・エベアータも、上手くいかないもしもの場合など起こるとは考えていないだろう。


「セナはまだ俺の従者です。俺が行く理由がそれ以外に必要だとは思いません」


 まだ、関係ないと言われる状態になっていなかったことに感謝したいと思った。

 部下の誘拐の調査をするという観点で言えば、ライナスより違和感がないと言えた。

 と、ヴィンセントは自らがメリアーズ家所領に赴くためにまず必要な正当性を見つけていたが──


「あなた、セナのことが好きなのね」


 脈絡もない言葉だった。

 あなた、と誰を示したか分からない声は、音は幼くとも、雰囲気が大人びていた。

 そう、少年の姿をした精霊が見た目以外が明らかに大人びていたように。

 しかし今の声は、少女の声だ。

 ヴィンセントが声の方を見ると、エデがヴィンセントを見ていた。

 ノエルが、傍らの精霊がどこを見ているか知り、彼もまたヴィンセントを見た。

 精霊の二対の目が、ヴィンセント一人を映す。


「…………?」


 いきなり精霊二名の視線を一身に受けることになり、ヴィンセントは妙な空気に包まれる感覚を覚えた。

 これまでこの場での精霊とは直接言葉を交わすことはなく、精霊はガル・エベアータにするようにヴィンセントに長く目を向けることはなかった。

 その精霊二名が、ヴィンセントをじっと見ている。

 特に、エデと目が合うのは初めてだ。


「人間のことはよく分かるわ。ずっと、ずっと見てきたもの」


 話しかけられることも、また初めてだった。


「あなた、セナのために怒ってくれてる」


 それは当然のことだと思ったが、その答えを言うことは求められていないと感じた。

 精霊は、なぜかふいに顔を曇らせた。


「怒りは激しくて、怖いものよ」

「エデは、その感情が苦手だからね」


 ノエルの相づちに、エデが小さく頷く。


「刺々していて、こわくて──でもあなたの怒りには優しいところが混ざってるの」


 ここに現れて、一度も笑うことのなかった精霊が。


「あなたは、セナを愛しているのね」


 ふわりと笑った。

 嬉しいものに出会ったような精霊の笑顔に目を引き付けられるより、ヴィンセントは向けられた言葉に耳を占拠されていた。


「……俺が、」


 何だと言ったのか。

 らしくもなく、ヴィンセントは言われたことを理解することが出来なかった。

 何しろ、突飛な話に思えた。しかしその一方で、頭のどこかが──


「結構」


 思考を切る声が言った。

 我に返り見たのは、ガル・エベアータの方だ。


「その話は今度」


 ガル・エベアータは精霊の話を切り、ヴィンセントに目を向けた。


「ではヴィンセント、君も行くということで決まりでいいですね」

「──はい」


 話を流した通り、ガル・エベアータは直前の話を意に介さず、今度は聖獣に問う。


「ベアド、君は」

『もちろん行くぞ。セナを連れていった聖獣と人間をとっちめないとなぁ』


 聖獣は牙を見せて、笑った。









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