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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
三章『何者』
71/116

4 紐解かれる



ヴィンセント視点。








「セナが妹に似ていると言っていたな」


 今度はライナスは動かなかった。

 無反応であることが、関係があるのだと示していた。今関係がないことなら、ライナスはそう言う。

 一連のやり取りが途切れ、沈黙が落ちる。


「これは単に、君がセナと関わりを持っていたからだと思っていたのですが」


 沈黙を破ったガル・エベアータが、ちらりとライナスに視線を向けた。


「君が、セナになってそれほど怒っていることが気になってはいました。エドの連れてきた少女のときはそのようではありませんでしたね」


 ライナスは怒っていた。

 ライナスの目は、白魔が現れた地で激昂したように、怒りで染まっていた。


 ──白魔の出現が発覚した頃から、疑問は増え続けた。

 なぜか人間が使えないはずの天使の剣を使える少女、その少女を連れてきたエド・メリアーズ。天使の剣を使ったセナ、セナに執着する白魔……。

 天使の剣が使える理由は、今ライナスが話したことに要因があるのだろう。

 しかしまた、ライナスの様子も不可解の一つだったのだ。

 エド・メリアーズが連れてきた少女について黙りを決め込む態度もそうだったが──改めて認識する。

 ライナスは、セナに関して他の者にはないような態度を取ってきた。ガル・エベアータの言う通り、決定的な違いがある。

 そして、ヴィンセントが以前に何気なく指摘したとき、彼は妹に似ているのだと溢した。


「関係がないことなら、話してくれなくともいいですよ」

「……いいえ、セナに関しては大いに関係あります」


 ライナスは、父親の行いを話している間中、怒りを増幅させていた。目に、声に、怒りが端々まで満ちている。


「俺もこんなになる予定じゃなかったんですよ」


 投げやりに聞こえる言い方で、ライナスは話し始めた。


「親父がまだ実験行為を続けていると悟ったからには、どこでしているのか、突き止めてやるつもりだった。だが以前に俺が壊した場所は当然使われておらず、中々見つからない。その間にセナが天使の剣を使って、俺も自分で驚くくらい簡単に我慢が切れた」


 最初に連れて来られた少女により、まだ実験のような行いがされていると知り、内密に調べ始めていた。

 それに対し、セナが天使の剣を使用できると分かったあの場で、彼は父親に対して激昂の声を上げた反応の違い。

 ライナスは、「俺にしてみれば当然と言えば当然のことと言えた」と評した。


「妹のことで俺はずっと親父に疑問を抱き続け、五年前決定的に一生埋まらない亀裂ができ、一生理解出来ないずれを感じた。あれは親じゃない」


 五年前、という数字にヴィンセントがすぐにはぴんとくるものがない一方で、ガル・エベアータの表情が少し変わり、聖獣が『五年前?』と繰り返した。

 何か心当たりがあるらしい。

 ライナスが、ガル・エベアータに視線をやる。


「エベアータ元帥、あなたはこう言った。親父が連れてきた子どもがなぜ天使の剣を使えたのか。俺は理由の一部を知っており、それがセナが使えた理由にも当てはまると思い、首を確かめたと」

「ええ、そうですね」

「細かく言えば違います。セナが天使の剣を使った。理由と同時に、思ったことがあった。──セナの外見はあまりに俺の妹に似ていた。あの瞬間、さすがに他人の空似とは思えなくなったんです」

「他人の空似ではないのであれば?」

「セナは、消えた俺の妹だと思っています」


 セナが妹に似ているとは言うだけならまだしも、突飛な話に聞こえた。

 ガル・エベアータも眉を動かし、ライナスの発言を吟味しているようだった。


「セナには、君と元々知り合いであった素振りはないようでしたが」


 妹であるのなら、メリアーズ家の者であったということだ。ならば、ライナスと会って、何らかの素振りがあってもいい。


「その可能性は十分にあるんですよ。なぜなら、俺は妹と言葉を交わしたことがなく、妹は俺の顔を見たことがないので」


 ヴィンセントは怪訝な顔をしたが、ガル・エベアータも同じようなことを思っただろう表情をした。

 どういうことだ。


「……君の妹が『消えた』という意味を聞いても?」


 ライナスが頷いた。

 ここまで来れば話すつもりだったのだろう。


「そもそものところ、メリアーズ家の長女の存在自体、外の家に知る人間はほぼいないに等しい」


 その通りだ。セナが妹に似ていると聞いたときに、ヴィンセントはそもそも妹がいたのかという感想を持った。

 だが、知らないことがあってもおかしくないと感想だけに留まった。


「俺達が隠したからじゃなく、ただ機会がなかったからだ。妹は、生まれたときから目を覚ましたことがなかった」

「目を覚ましたことがない……?」

「そのままの意味だ。俺達も不思議で仕方がない状態だった」


 ライナスは、彼の妹が生まれたときからの状態を語る。

 彼の妹は、生まれたときに、産声を上げなかった。

 生まれたときから目覚めたことがなかった。

 飲まず食わずで、誰もが彼女は数日以内に死んでしまうと思っていた。母親は泣いた。

 しかし、誰もがすぐに死んでしまうと思っていた彼女は、死ななかった。

 何年も何年も、食べ物を食べさせてやることも出来ず、ただ見守るしかない中、彼女は生きた。

 眠り続け、成長した。


「いつまで目が覚めない状態が続くのか、そもそもいつか目覚めるのか、いや、いつ死ぬのか分からない」


 周囲がそのような不安を抱えるのをよそに、彼女は生き続けた。


「家族の中で、俺と母は待っていた。この奇跡のような状態が続くのなら、いつか目覚めてくれるかもしれないと思ったからだ。だが親父は違った。そんな状態の人間が生きていて意味があるのかと言うような有り様だった」


 当時、その言葉を言われたときを思い出したように、苦々しい口調だった。


「俺は、目が覚めないまま、ベッドの上で成長していく妹を見ていた。いつかという望みといつという恐れがありながら、そう感じられるのはまだ良かった。──五年前、妹がいなくなった」


 五年前、ライナスはすでに教会に属していたはずだ。

 教会で聖剣士もしくは召喚士として働き始めれば、家に帰る日数は格段に減っただろう。

 家に帰る度、ライナスは必ず妹の顔を見に行ったと言う。そして生きていることを確認して安堵したと。

 しかし五年前、その日々さえ崩れた。


「家から人が寄越されてきた。妹──エルフィアがいなくなったっていう知らせだった。家に帰ると、エルフィアはいなくなってた。目覚めることのなかった妹だ。自分で出ていけるはずがない。それなら、誰かが連れ出した。俺は一番に親父を疑った」


 十数年、空っぽになったことのないベッドに誰もいない光景を見て、一番に頭に浮かんだ人物の元にライナスは行った。


「親父は認めた」


 あっさり認めたんだよあの親父、と声に笑いが含まれたが、ひどく渇いていた。もう呆れを一気に通り越した風な笑い方を、ライナスに見たことがなかった。


「エルフィアをどうしたんだと問い詰めて、さっき話した実験染みた儀式のことを聞いた。まったく、信じられなかったぜ。存在を知らなかった建物に連れていかれて、得意気に言われるんだぜ? あまつさえ、エルフィアをその実験体の一つにしたって言うじゃねえか。──頭が狂ってんのかと思った」


 最後の一言の瞬間、笑いと、呆れを通り越した感情が声から剥がれた。


「じゃあエルフィアはどうなったのか。死んだのか、殺したのか、天使とやらにしたのか。親父は消えたと言った。そんなはずがあるかと俺は言った。だが消えた、から返答は変わらなかった。消えたなんて受け入れられるはずもねえ。俺は探した。探したが、エルフィアは見つからなかった」


 生きた痕跡も、姿も、……遺体も。


「人体実験は、メリアーズ家の邸から十分に離れた領地内の建物で行われていたが、五年前俺が知った建物は俺が壊した。資料を燃やし、天使の魂を下ろすために確保されていた全員を解放し──全てを無にしたつもりだった。……だが、根本から台無しにすることは出来なかったってことだ。どこかに場所を移して、続けてたんだろう」


 だから今回、『成功例』の少女が現れた。


「セナは、おそらく俺の妹だ。別人だと考えるようにしてきたが、見間違いはない」


 最後にライナスは断言し、口を閉ざした。

 これで話すことは話した、と。もう隠していることはないと。

 ──壮絶な話だった。

 セナが消えた妹であるという、唐突な話の過去は、壮絶だった。

 ライナスが父親と仲が良いのか、家族とどのように接しているのかとはヴィンセントは考えたことがない。

 ただ漠然と、彼と元帥をしている彼の父親との仕事上のやり取りを見ていて仲がいいとも思ったことはないが、その他の稀に聞く家族の話に関しては円満そのものだったから、悪いとは思っていなかった。

 しかし、今聞いたエド・メリアーズとの関係は、悪いと一言で言い表せるものではない。

 決定的な、意識レベルの相違がある。ずれ。大きな、大きすぎるずれだ。

 同時に無理もないと思う。天使の魂を召喚し、人の身にいれようとする考えがヴィンセントには理解出来る想像がつかないからだ。


「……だから君は、私にセナを引き取ったのがいつだと聞いてきたのですか」


 想像を絶するメリアーズ家内部の話を聞き、しばらくして、ガル・エベアータが口を開いた。


「そうです。他人の空似だと結論付けた後も、どうにも似すぎているという感覚は消えなかった。遺体も見つからなかったからには、生きている可能性を考えたかったんです」


 そうですか、とガル・エベアータは呟くように応じた。

 そして、


「四年前、ですよ」


 四年前という年数を口にした。


「セナと出会い養子としたのは、約四年前の冬です。そして、セナは孤児院に一年いたようです」


 五年前という年数に、なぜ反応していたのか分からなかったヴィンセントにも全てが合致した。

 ライナスはセナが自らの妹だと思っている。そして、ライナスの妹は五年前に消えた。

 一方、養子だというセナが、ガル・エベアータに会い、引き取られたのが四年前。その前に孤児院にいた期間が一年。

 ライナスが、明かされた年数を飲み込むように目を閉じ、手で覆った。


『……妹か。何だか……だなぁ』


 聖獣が何か言ったが、小さな声だった。


『それで、そんな人間に連れて行かれてセナは大丈夫なのかよ』


 聖獣は今度ははっきりとライナスに話しかけた。

 目から手を外し、ライナスが少し考えて、口を開く。


「元々、親父にこの砦に連れて来られた方が唯一の成功体だと言えたから、最終段階でここまで引っ張り出されて来たんだろう。だが、白魔を前にして明らかに何らかの不具合が起きてた。その代わり、セナがあの剣を使いこなしちまった。これはまずい。だから連れて行かれたんだ」

『セナか大丈夫じゃなかったら、俺はその人間を確実に葬り去るぞ』

「ベアド、落ち着いてください」

『落ち着けると思うか? セナに危害を加えるなら、その人間にも白魔と同じ対応をしてやる』


 聖獣がかなり思い切りの良いことを言うが、その気持ちが分からないわけではない心地を抱えていたヴィンセントは、黙っていた。


「少なくとも生存は確定でしょう。エドの目的には『天使』の存在が最も重要で、死んでは意味がありません」

『お前こそ嫌な言い方しすぎだぞ、ガル』

「嫌な言い方も何も客観的な判断です。……まずは何より探すことですが、少しでも範囲を狭めたいところです」


 話は聞いた。理由も目的も分かった。

 後は探すだけだ。

 だがやはり難しい。ライナスが五年前に知った場所ではないと言う。


『あ』


 ぽつんと落ちた一音は聖獣のもので、静寂の影響で、一音とは思えないほどよく耳に通った。


『確実な場所が分かるかもしれない』


 全員の視線が集まったことは言うまでもない。








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