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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
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22 交渉





 白魔の力らしき氷を、消すという現象を起こしたのは、ヴィンセントだった。


「言った側から──何をしようとしている」


 反射的に足を出して妨害したような彼は、鋭い視線を白い白魔に向けた。


「何のつもりだ」

「それはこちらの台詞だ。君は白魔であれど確かにセナの召喚獣をしていて、たった今もセナの望みを聞く気があると言っただろう。今、セナの言うことを聞こうとしていたか? ──セナの話を、聞け」

「ヴィンセントさん……」


 動いた拍子にぼたりと血が落ちていた。だがヴィンセントは問題ないと目で言って、促す。

 セナは、下ろしてもらう前にきちんと話す必要があるようだと、自分の考えを伝えようとする。


「拒絶じゃない。……ただ、今すぐには前みたいな距離を受け入れられない」

「……なぜだ」

「白魔だったから」


 自分でも、なにだからと一括りにして相手にぶつけることがあるとは思いもよらなかった。

 けれどこの世界では、完全に分かたれた二つの性質を持つものが存在している。

 人間同士なら、例えば極端に言えば犯罪を犯した者の近親者も同じ性質を持つかと言えば違うだろうとセナは言えた。

 しかしこの世界には、明らかに根本から異なる性質を持ったものが敵対していた。

 同じ枠にさえ収まったことがなく、最初から良くない関係を持っていた。

 天使と悪魔。天使の加護を受ける人間。天使を殺した悪魔、人間世界を滅ぼそうとする魔獣、魔物、悪魔。

 肩書きとは、こんなに影響のあるものなのだと思った。

 守ってくれていたことは事実でも、白魔という肩書きがつくだけで、一気に見方が変わってしまう。

 それはセナがこの世界の常識を知り、そして遭遇する全ての魔獣や魔物、悪魔で実感してきたためでもあった。


「白魔でも、お前を守ることに変わりはない」

「それは、信じたい。今まで、守ってくれたことは事実だから」


 これまでの事実と、これからをセナは判断しなくてはいけない。

 召喚獣だと疑いもしなかった存在が、白魔だと発覚しただけで。

 肩書きが変わっただけ。いや、だけだとは言えないのだ。白魔とはそのような存在だ。


「お父さん」


 こちらを黙って見守る養父が、目で先を促した。


「戦わなくても、いいんだよね」

「ええ。少なくとも今は」


 言い方に引っかかりはあれど、今ここでの話を聞けたならいい。穏便な道を取れる。

 セナは、結局未だ下ろされない状態で、傍らを見る。


「……誰も傷つけない?」


 こう聞かなければならないことに、自分で聞いておいて衝撃を受けそうになる。


「お前が望むなら。そうして私がお前の側にいられるのなら。これまで私はお前の意に添わないことをしてきたか?」

「さっき、しようとしてた」


 ガルたちに殺される選択肢を突きつけた。

 聖獣であったなら、口で言っても万が一などないだろうと思えても、今は異なってしまった。


「それはあれらが私を排除しようとしたからだ。戦うのなら、戦う。それだけだ。それを除いてこれまでしてきたか。実際に、だ」

「…………してない」

「ならば、私はお前の側にいてもいいか」


 セナは口ごもる。

 側、とはつまり離してくれない様子からして、これまでと同じ距離を示すのだろう。


「セナとは離れていてもらいましょうか」

「お前に判断される謂れはない」

「いえ、セナが側にいてもいいと即答できないのはセナがしばらく離れていてもらいたいと思っているからでは?」


 ガルはさらっと言ったが、白魔は思ったより思ってもみないところを突かれたらしい。


「こちらとしてもその間に安心できる状態作りをぜひしたいものです。別に魔界に帰れと言っているのではないのですから、せめてセナから姿が見えない程度の場所にいるくらい些細な距離でしょう。排除しようとしているのではありません」


 ガルの言葉にはもう反応せず、銀の目はセナを窺う。

 セナは、少しあった時間で思考した結果、慎重に答えを述べ始める。


「……契約印は偽物だった」


 腕を見下ろした。手首にある印は、ただの真似事。召喚獣としているための偽装だった。


「わたしは、これで完全に信じてた」


 顔を上げ、かつて確かに相棒だったはずの存在を真っ直ぐ見た。


「守ってくれてたのは事実。……だけど、すぐには全部飲み込めない。だから、しばらく、離れててほしい……わたしに考える時間を与えてほしい……」


 召喚した召喚獣が、白魔だった。

 とても、とても、大きすぎる事実なのだ。

 それは分かってほしい。


「……よかろう」


 しばらくの間のあと、ようやくセナの足が地面につく。

 前を見上げると、白い白魔が一歩、セナから離れる。


「白魔であると今判明したことで、お前がすぐには受け入れられないことを理解する。お前は、悪魔側と戦っていたのだからな。そして私は白魔だ」


 そう言い、姿が消えた。

 ──どうして、そんな悲しそうな目をするのか。

 怒り、怒り、怒り。この場に満ちていたのは怒りだったはずなのに、どうして、今、そんな感情が目に宿ったというのか。


「ヴィンセント、ライナス。君達もどういう感情を持っていようが、これが今の最善だと理解してくれますね?」


 今度こそ全ての脅威が失せ、ガルがその場に立ち会っていた二人に問う。


「白魔が白魔を葬ったことは事実です。そしてその特異な白魔は、セナの言うことなら聞こうとしています」

「信じるんですか」


 未だに剣を抜いたまま、臨戦態勢を保っていた二人の内、ライナスが鋭く問い返した。


「いいえ」


 ガルが即答した。


「信じませんよ。信じるわけにはいかないでしょう。白魔である限り。ただ一定の保証はされているという話です。そして私が信じているとすれば、ベアドルゥスの保証です。どうですか?」

「……また新たな事実として、白魔はこの場から退いた。確かに、これ以上この状態で戦わずに済むというこの場での最善だと理解します」


 ライナスが剣を仕舞った。


「ヴィンセント、君は」


 ヴィンセントは、問われてなぜかセナを見た。


「セナ」

「は、はい」

「君は、今した選択に後悔はしていないか。現状で思ったようには出来なかったということはないな?」

「後悔は、ないです。思ったように出来なかったという感覚も、ありません」

「そうか。分かった」


 ヴィンセントはセナに頷いてから、ガルに向き直る。


「この場での最善の道であったことには同意しています。そうでなければ、途中で異論を唱えていました」

「そうですか。それなら、この場での白魔の件はひとまず決着ということで。後で考えることは考えましょう。ですが、君のことですから無条件に信じましたが、簡単に根拠を聞いておきたいですね、ベアド」


 なぜか予想外にも白魔の行動の保証をした聖獣に視線が集まる。

 聖獣は、白魔が消えた(くう)を見て、鋭い歯が生え揃う口を開く。


『全ての白魔が天使を嫌い、殺そうとしているわけじゃないってことだ。ただし天使を否定しない白魔の例外はたった一つ。……俺の記憶が正しければ、あの白魔は他の白魔とは異なる経緯で白魔になった』

「白魔になった……?」

『そこは割愛だ。人間に話していいことか悩む。ただあいつは、天使を殺した白魔を良く思ってないんだろう。だからセナを守って、白魔を消した』

「白魔にそんな例外があるってどういうことなんだとか割愛された部分を聞きたい気がするが」


 ライナスが口を挟んだ。


「話せないって言うなら、先に『その前提』について考えるべきだろ」


 前提とは。

 心当たりがなかったのがセナだけだったかは分からない。

 間髪入れず、にわかにライナスの手が伸ばされ、セナの腕が掴まれた。


「セナを守ったことと、『天使』が繋がることについてだ」









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