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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
59/116

21 繋がらない





 気がついたら、ギンジに抱えられていた。

 気がついたら、状況がまたよく分からなくなっていた。

 そして、時間が経つほど頭が置いてきぼりにされていく。

 どうして、養父もヴィンセントもライナスも、剣を構えているのか。

 聖剣は純白を限界まで澄み渡らせたような清らかな光を宿している。

 あれが綺麗だと思うほど強い力が宿っているのだとは、感覚で分かっていた。明らかな臨戦体勢だ。

 さっき、白魔はいなくなったのに。もう危機は去ったはずだ。

 ──養父は、誰を見据え『白魔』だと言っただろうか。


「お前たちの選択肢は二つだ」


 知る声が最も近くから言う。


「大人しく私をセナの側で過ごさせるか、セナをさらわれるのとどちらが良い。もしくは、単にお前達が殺される選択肢もあるが」

「──ギンジ!」


 頭が追い付いておらず、さらに一触即発の雰囲気に飲まれていたセナは召喚獣を咎める。

 地面を覆っている氷が蠢いた気がしたからで、聞こえてきた言葉をとっさになかったことにしたかったのかもしれない。

 そんな言葉、聞き間違いだと。


「ギンジ、何言ってるの」


 確か前に、ヴィンセントを消すのもやぶさかではないと言ったことがあった。冗談ではないと感じたため真正面から断ったが、そのときの比ではない危機感を感じる。

 今にもそうしてしまいそうだ。


「選択肢を示している。大人しく私をお前の側で過ごさせるか──」

「いや違う。聞こえてたは聞こえてたから、もう一回聞きたいんじゃなくて、その内容の問題」


 聞こえた上で内容を審議したい気持ちなのである。

 見慣れない男の姿をしたギンジは首を傾げる。


「そのままの内容だ」


 だから、殺される選択肢って何だ。

 さらりと言われたことと、言った『本人』がそこを問題視していないことにぞっとする。

 前と違い、殺すという直接的な言葉があることが関係するのか。

 ──この見慣れない姿の存在は、誰だ

 そんな思いが頭に浮かんだ。

 しかし爆発的に跳ね上がった力を感じて、思考が途切れ前を見ると、獣がいた。

 ベアドだ。ラヴィアのように姿が変わり、豹の形は欠片もない。

 ベアドルゥスが怒っている。


「ベアド、ベアド、待って」


 獣が向いているのはこちらだ。

 落ち着いてほしいと、セナが言うと、獣に踏みしめられている地面が悲鳴を上げるのを止めた。

 だが。


『何を待てばいい。また止められている内に俺達に失えって言うのか』


 獣が言う。

 セナは困惑する。またが意味することがとっさに何か理解出来なかった。

 ただただ、ベアドルゥスという知った存在に聞いたこともない響きの声で、見たことのない姿で言われたことに困惑する。責める響きも含まれているようで。


「とりあえず、皆、一回落ち着いてよ……今戦おうとする意味が分からない、だって、白魔、いなくなったでしょ……」


 一回場を整理させてほしい。

 なぜ、知った存在二つが見慣れない姿になって、殺伐とした雰囲気が流れているのか。セナが黙れば今にも戦い始めそうだ。


「私は落ち着いている」


 一番近くの声が言うから、嘘つくなと思った。


「自分でも驚くほど落ち着いている」


 譲らないつもりらしい。

 いや落ち着いているという言葉自体は事実なのかもしれない。ベアドと比べると、声は落ち着いている。

 しかしセナにとっては状況が異常すぎる。


「とにかく、ギンジとベアドが戦おうとする理由はない──」

「セナ」


 呼びかけられた。声は、養父のものだ。

 セナは救いを求める気持ちでガルを見たが、養父は変わらず抜き身の聖剣を手にしている。顔も真顔だ。


「まず君に教えます」


 この状況で何を。


「聖獣は人間世界の姿が擬態であれ獣の姿をし、『そのような姿』は持ちません。君の召喚獣だと思われていた『それ』がその姿の時点でおかしいのです」

「……え……?」

「そして何より聖獣が白魔だと感じるのなら事実です。──セナ、君の召喚獣を演じていたものは、白魔です」


 養父は明確に断言した。

 白魔。『ギンジ』が白魔である、と。


「そんなの、あり得ない」


 あり得ないでしょ?と問いたい。

 そんなはずはない。

 ちゃんと召喚陣で召喚した。学院で用意されたものだ。あれは聖獣を呼び出すものだろう。


「ギンジは魔獣と戦ってきたし、さっきは白魔を」


 今まで魔獣を葬り、魔物を葬り、悪魔を葬り、つい先程白魔を葬ったのだ。


「同じ白魔を葬った理由はどうあれ、それが白魔であることは事実です」


 養父は容赦がなかった。

 再度突きつけられた言葉にセナは声を喉に引っかからせる。

 そんなはずはない。そんなはずはない、と思うのに、聞き返すようにするだけで、断言出来ない。

 確かに姿の変わった『召喚獣』。聖獣はそんな姿にも変われるのだと、またも知らなかったことを知ったと受け止めていたが、ガルが否定した。そんな姿はあり得ない。

 そして、おかしいとされた姿は、白魔のように人型だ。決して『聖獣』の『獣』の姿では、ない。

 まさか、まさか、まさか。

 白魔──?

 傍らを見れば、見慣れない姿がある。見慣れない顔が、目が、セナを見る。

 『ギンジ』は、否定を口にしていない。


「ギンジ……なんで、違うって言わないの……?」


 恐る恐る尋ねた。

 否定されたなら否定されたでどちらが本当なのだと思うはめになっていただろうが、否定してほしいという思いは乗っていた。

 なぜか。理由は一つ。今まで、聖獣だと信じて疑わず、相棒だと思っていた。

 それなのに、


「事実だからだ」


 声はそう答えた。

 白魔だと認めた。


「私は自分で自分が聖獣だと示したことはない」


 セナの頭は真っ白になった。

 白魔とは、完全に『敵側』の存在だ。そういう存在だと認めた者を凝視する他ない。

 ──どうして

 真っ白な中に最初に生まれた言葉は、どうして、だった。どうして。なぜ。

 分からない。まだ理解できない。白魔だということが理解できない。ずれがありすぎる。


「わたしを、守ってくれてた、魔獣を倒してくれてたのに……? どうして、何のために」


 白魔なら、何のために。


「どうして、わたしの召喚獣になってたの」


 白魔が。

 裏切られたならこんな気持ちなのか、騙されたならこんな気持ちなのかもしれない。詐欺にでも遭った気分で、なぜが止まらない。

 全部嘘だったのか、白魔として何か目的があってのことだったのか。

 白魔だと肯定した言葉が、奔流のように『なぜ』を寄越してくる。


「言っただろう」

「何を」

「お前を守る。私がお前の召喚獣としていたのはそのためだ。そのためだけだ。お前さえ無事ならばいい」

「──白魔、なんでしょ」

「そうだ」


 意味が分からない。

 白魔だと認めたくせに、今までのことに裏はなかったと言う。でもそんなの辻褄が合わない。

 だって白魔だと言ったではないか。問い詰めたい気持ちしか生じない。


「わたしが知ってる常識では、魔獣は人間を襲う、魔物も人間を襲う、悪魔も人間を襲って、さっきいた白魔も人間を襲う」

「私はお前を傷つけない。お前の側で、お前を守ることが望みだ」

「どうしてわたしを」

「お前が私が失ったものだからだ」


 こちらに分かるように言って欲しいと思い、実際に言う前だった。


「お前は私がかつて失った天使だ」

「…………は?」


 付け加えが降ってきたが、理解できないことには変わりはなかった。

 むしろ、新たに理解できない事項が増えただけだった。

 だがセナが呆けた声を出したのに対し、ふっとわずかに力が落ち着いた存在があった。


『──おい、白魔』


 ベアドルゥスの声は、怒りが剥がれ落ちていた。

 セナと同じようにまさかという言葉が聞こえそうな聞き方だ。


「……何だ。戦うのなら受けて立つが」

『違う。白魔、お前の「奪われた名前」は何だ』


 ベアドの問いに、『ギンジ』は銀色の目でじっと聖獣を見て、間を置いてから口を開いた。


「【     】」


 音は、何を言ったのか、繋がらず聞き取れなかった。


『聞き取れない』

「最早ない名前だ。無理もなかろうよ」

『それでも俺の推測が合っているなら。俺は聞き取る。もう一回言え』

「……【     】」


 やはりセナには聞き取れなかったが、耳をぴくぴくさせた聖獣は違ったらしい。


『……まさか、そうなのか。だから、なのか……?』


 ベアドが息と共にそんな言葉を漏らした。

 荒れながらも綺麗な色の目を見開いて、少し時が流れる。


『全く分からなかった』

「そういうものだからだ。私は白魔だ」


 また、状況についていけなくなった。

 ベアドルゥスの激しさが明らかになくなった。姿が落ち着き、一触即発の空気が薄れていく。


「ベアドルゥス、どういうことです」


 どうも今度は状況についていけなくなったのはセナだけではなかったようだ。

 ガルが状況を問う。


『ガル、この白魔のことはそこそこ信用していい』

「白魔のことをですか」

『そうだ。言っていることはほとんど本当だと思えばいい。……特異な白魔だ』


 ただし、とベアドルゥスは鋭い目で『白魔』を見やり、付け加える。


『ただし、だ。白魔であることに変わりはない。人間を殺せる。聖獣だって殺せるんだろう』


 警告は残したが、驚くべきことに聖獣は白魔を取り成す意を示した。


『ガル、どうする。戦おうとしなければ、こいつは恐らく戦わない』

「その理由は」

『この白魔は、他の白魔とは違うからだ。天使を殺した白魔を嫌っているだろうな』

「……そして、訳が分からないほどにセナを気にかけていますね」

『そうだ』


 ベアドが、今度はセナを見た。

 この場で初めて目が合ったかもしれなかった。ずっと、ベアドはセナの傍らを捉え、目を離さなかった。

 だから今、初めて合った目が、セナを映した瞬間若干揺らいだ。揺らぎはすぐに落ち着き、何度か瞬き、獣の口を開く。


『セナ、どうする』

「……何が……?」


 主語がほしい。


『その白魔がいることに納得するか。いないで欲しいか。二度と姿を現して欲しくなくて、完全に追い払って欲しいなら、戦うぞ』


 言葉を裏付けるように、豹の毛がぶわりと逆立ち、存在感が増す。

 セナはすぐには答えられなかった。

 白魔だとされた、聖獣だと思っていた存在。信じていた、分からなくなった。

 だが戦うという言葉に、そうはさせられないと思う。

 炎火の白魔との戦いの光景を思い出す。

 ヴィンセントが怪我をした、ライナスが怪我をした。二人とも、今見ると衣服に血が染みている。

 そちらを見たことで、ヴィンセントと目が合った。炎に貫かれ、重傷のはずの彼は見るからに気がかりそうにこちらを見ていた。

 戦いは避けたい。

 何より、白魔という事実がまだ受け止められず、訳が分からず何も判断を下せない。


「白魔、君はセナの望みを聞く気がありますか。今まで召喚獣を演じていたように」


 セナが何も言えない間に言ったのは、ガルだった。


「──エベアータ元帥?」

「ヴィンセント、私はこの状況の最善を選択します。白魔、どうですか」


 ガルは白魔に問い、白魔は。


「ある」

「その言が信じられる根拠を示せますか」

「なぜ根拠などお前に示さなければならん。信じるも信じないも勝手にすればいい」

「その答え方をされると、こちらも中々歩みよりが出来ないのですが」


 歩み寄り、とガルは言った。


「今、私はこの場での最善を選択したいのです。普通であれば、戦い勝ち得る以外にこれ以上地に危険を及ばさない道はないでしょう。しかし、これ以上危険が地に及ばず、こちらに不利益のない道があるのなら、驚くべきことに聖獣が保証した『特異な』白魔と良い交渉がしたいですね」


 養父が微笑んだ。押しの強い微笑みだ。

 ガルは、白魔と取引をしようとしていた。


「召喚士になるための召喚の儀式で使用する召喚陣は、聖獣と契約を交わすためのものです。悪魔との契約に対応しているはずがありません。つまり今当然白魔である君を制御する術がないということです。尋ねますが、セナにある契約印は白魔にとってどういう意味を持つのですか。聖獣のように契約の制限は受けていないでしょう」

「ただの真似事だ。聖獣に擬態するためのな。何の効力も持たん。居場所も分からなければ、当然契約内容とやらの影響は受けていない」


 返答を聞き、セナはただ一つ、明確な思いを得た。騙されていたと、感じざるを得なかった。

 聖獣だと自分では言っていないのは本当だとしても、契約印については騙されていたのだ。あの日交わした契約、刻まれた契約印は何の意味もなかった。

 混乱の中、ようやく明確に形作られた感情はやるせなかった。


「では君がどういう心積もりであれ、この状況でどれほど信じろと? ベアドルゥスが多少の保証をしようと、絶対的な保証をしませんでした。白魔であるのに変わりはなく、危害を加える可能性はあります」

「……ならば問おう。今まで私がセナの側にいて、ただ獣共を葬る理由は他に何とする。私が人間を滅ぼそうとするなら、小細工など必要ない。ただそうしようと思えば、一瞬でここら一体の生命は死滅する。全ての力を出せば一週間もあれば人間全てを殺せる。──それが全てだ」


 ガルは答えを吟味するようにしばらく黙り、「確かにそれも事実です」と頷いた。

 ある一定の証になる、と。


「セナ」


 ガルとのやり取りを終え、銀色の目がセナを見る。

 セナは、振り絞るようにして声を出す。


「下ろしてくれる……?」

「……セナ」

「下ろして」

「……私を拒絶するのか」


 セナの考えとは反対に、体を支える力が強まった。

 さらにパキリと音がして、下を見ると氷が湧いて出るがごとく盛り上がっているではないか。

 わずかに動きを見せた氷がそれ以上動かないうちに、足が氷を踏み、氷が消えた。








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