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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
56/116

18 正体


前半セナ視点、途中からガル視点。









 白魔から外れた槍が戻ってくる。

 その槍をセナは受け止めなかった。受け止められなかった槍は地面に落ち、光を失った。

 セナは槍から一歩後ずさり、離れた。

 何だ。何だ。何だ。今、何が起こった。何をした。

 瞬きをする。瞼の裏に、『さっき見た』光景があった。

 さっき。まるで家の中から窓越しに見ているように、全てを見ていた。

 無意識に手を握り締める。もう手の中には何もない。


「……何だ。増えたのか?」


 しんとした場に、呟きのような声が聞こえた。

 悪魔よりも気を取られていたことがあったセナが、槍から視線を上げると、炎の瞳とまともに視線が合った。

 白魔がセナを見ていた。一ミリも後ろに逸れることのない目は、完全にセナを見ている。


「人間、か?」


 白魔は眉を寄せた。


「まあいい。次がないよう、もう巡って来られないよう、魂ごと焼き尽くしてやろう」


 白魔の背後から、白魔より先に動き出していた誰かより、炎が白魔の意思を受ける方が早かった。

 最も怒りが籠った炎が生じ、セナの背丈を越えるほどに燃え盛り、そんなものが自分に手を伸ばしてくるのだから。

 死んだと、思った。

 けれど炎の先さえ、セナに届くことはなかった。

 目を閉じることができず、一部始終を映していた視界は、まだ景色が赤く染まっているのに炎は届かない。

 炎は前方からこちらに手を伸ばそうとしているが、ある距離を境に届いていない。透明な壁にでも阻まれているようだった。


「……ギンジ……」


 境で、小さな白猫が白魔の前に立ちはだかっていた。


『これだから熱いのは好かん。不愉快だ。憎くもある』

「ギンジ?」


 召喚獣の声には、言葉と同じ感情が詰まっていた。そして、今もなお炎に感じている感情と酷く似た──しかし温度の異なる静かな怒りだ。


『私の前で同じことが出来ると思うな』

「──お前」


 白魔の炎の目が驚愕に見開かれた。




 *








「全く、地面から湧いてでもいるのですか」


 ガルは見る限りの悪魔達を退治し終え、刃から血が伝い落ちるのを待たずに振って落とす。

 あのような地点で落とされるとは思わなかった。

 白魔が出てからまだそれほど時は経っていないが、作られた光景は異常だった。炎。炎。炎。

 不意に、力を持つ咆哮が聞こえた。


「……厳しいですか」


 視線をやると、遠くからでもはっきりと分かる白い獣の姿があった。

 力の質からしてラヴィアだろう。そこそこ理性が飛んでいるようだ。

 パラディンの白魔への対処への作戦に切り替えて、ガル自身鳥ごと落とされてからしばらく時間はあった。

 パラディンが白魔の元へ向かう時間はあったかと思うが、今どれくらいのパラディンが白魔と戦えているのか。

 ラヴィアがいてもライナスがいるとは限らないが、いるだろう。


「ベアド、白魔に行きますよ」


 セナはどこにいるか、と頭の隅が考えた。

 養女が天使の剣を扱う少女の元へ行ったところまでは見たが、その後。

 空に鳥は見えず、全てが落とされたとするならどこに落ちたのか。

 少し意識がそちらに向いていたガルだったが、聖獣からの応答がないと気がつく。


「ベアドルゥス」


 姿を探した契約獣は、見つけた瞬間獣のごとき吼えだけで魔獣を消した。


「……まだ聞こえていますね?」

『まだな』


 ベアドルゥスの姿はぶれていた。姿が別の何かに変化しかけており、滲み出す力がある。


『ガル、人間界を守りたいなら俺のことちゃんと制御してみろよ。今の俺は、気を抜くと地上が壊れようが関係ないくらいに暴れられる』


 精霊と違って、聖獣にとって地上はそれほど大切ではない。白魔を前にしてしまえば二の次になり得る。

 彼らは、天使を失わせた白魔を何より許せない。


「場合によってはそれでも構いません」


 それでも白魔を地上に解き放つよりはいいはずだ。人間世界全てが滅びるほどにはならないだろう。

 予想より遥かに状況が悪い。ベアドルゥスがそうなれば契約が焼き切れるだろうが、そんなことを気にしている場合ではないだろう。


「ベアド、目を貸して下さい」


 聖獣の目の方が遠くが見えている。

 視界がぶれ、ぶれが落ち着くと、人間の通常の視界では見られない距離の景色まで明確になる。

 白魔の方をと頼むと、白魔の姿を初めてはっきりと捉えた。赤い髪と赤い目、炎を纏う姿形。

 白魔に対処しているのは、ライナスとヴィンセントのようだった。戦況はと思うと、良いとは言えなさそうだ。白魔の足が止まっていない。

 聖獣と、ヴィンセントと、ライナス……ライナスが聖剣を解放したようだ。

 白魔の先を視界に入っている限りでちらりと確認しようとすると──白魔の進行方向上に動く者がいると気がついた。


 セナ。

 近くにいる騎乗用の鳥に視線を取られずに気がつけた姿は、養女だった。

 思わず視線を鋭くしたガルと同じくして、ベアドルゥスの視線もそちらに動いた。

 セナの他に、天使の剣を使用する少女もいる。意識がないのか横たえられている。

 やはり落とされていたのか。

 セナの聖獣は姿が見えない。小さいので見えないだけか、いないのか。

 セナのいる場所は白魔の進行方向に入っている。真っ直ぐだ。

 しかし最初の位置と進行方向を考えると、明らかにずれている。

 最初と今に共通しているのは、天使の剣とそれを扱う少女だ。

 白魔は天使の剣か、それを扱う少女か、もしくはどちらともを狙い向かっているのか。また殺すために。

 どうあれ白魔にとって一番厄介な存在は天使の剣だろう。


「ベアド、ひとまず周りと連携できるくらいの理性の飛ばし具合でお願いします」


 ヴィンセントはどうか分からないが、ライナスを巻き込む。


『心がけはする』

「では先に行って下さい」

『分かった』


 ベアドルゥスが地を抉りその場から駆け出し、片方の視界が揺れる。

 奇跡的に拮抗している今が最大の好機だ。

 そう思った瞬間だ。

 火の雨が降ってきた。

 ガルはそれを無造作に切ってさばきながら、白魔を見た。


「……まずい」


 ヴィンセントの破魔が予想以上に効いているようだと思った矢先、とうとうヴィンセントを白魔の力が貫いた。ライナスもだ。

 一気に二人が手負いとなった。そうでありながら立ち上がるが。


 揺れる視界の方向が数秒動いた。セナの方を見たのか、同じ方向だとしても天使の剣とそれを扱う少女の方を見たのか。

 ガルがその視界の中で確認したのは養女だった。

 セナが逃げようとする様子がない。それどころか立ち上がり、白魔の方を向いた。

 ……怯まないことはいいことだ。強くなることはいいことだ。

 今も素質としていいことだと思う反面、苦々しい思いがした。元帥ではない、ガル・エベアータ個人の部分が。


「イルティナ」


 剣の名を呼ぶ。


「『簡易制限解除』」


 人間に有り余る力が込められ、平常時は人間が扱えるだけの力しか出さないという制限を簡単に除いた。

 力が溢れると地が軽く抉れ、同時に溢れた光は刃に収まる。

 ガルは今いる位置から聖剣を振り上げる。

 ベアドルゥスが着くまで、ここから。今の態勢が完全に崩壊してしまい、戦力が減る可能性を防ぐ。今ならまだヴィンセントもライナスも戦えるだろう。

 しかしガルが聖剣の力を放つのも、ベアドルゥスが着くのも遅かった。結果的に言えば『間に合わなかった』のだ。

 パラディンが二人の態勢が崩れ、ラヴィアが欠けたかライナスかヴィンセントが欠けたか、セナと天使の剣を扱う少女の命が失われたという間に合わなかったではなかった。

 ただ、後々考えると『間に合わなかった』状態だったのだ。


 セナのいる場所に光が表れたと気がついたときには、直後に天へ突き刺さらんばかりの光の槍があった。

 風が背後から吹き荒れ、ガルを過ぎ去っていく。風は炎を消し、そして光の元へ集まっていっているのだと感じた。

 光の槍の元にいる姿が誰か、光に塗り潰された姿が誰か──一筋の光が、白魔に向かって描かれた。


『天の剣だ』


 ベアドルゥスの声が言った。

 直接聴覚が捉えた声ではなく、視界が繋がっているついでに聞こえた声だった。

 静かなのにも関わらず、圧倒的な力を秘めた槍が出現した、一連の光景から自身の目を動かしたガルは、足を止めているベアドルゥスを見つけた。

 姿は元の通りになり、前方を見ている。

 見ている方向を、再び共有されている視界で見ると、一人の少女が後ずさった。

 いつの間にか移動している槍を、黄色の目が凝視している。

 何が起こったのか理解出来ていない様子だと手に取るように分かった。

 ガルも見たものを理解しかねていた。

 あの養女を、他の少女と見間違えたことなどあり得ない。そもそも天使の剣を扱う少女はセナの背後に今もいる。

 たった今天使の剣を扱ったのは、セナだった。


『セナ……いや、この感覚は……』


 戸惑う契約獣の声が聞こえる最中、ガルははっとした。


「ベアドルゥス! 白魔を!」


 思えば槍は白魔を貫かなかった。白魔はまだいる。

 白魔が明らかに標的を変えた。目が、養女を捉えたと直感した。

 距離が悪い。聖剣を使っても、力が到達するより白魔がセナに攻撃を放つ方が早いだろう。

 一旦気を取られてしまったベアドルゥスも間に合うか。

 白魔の力そのものである炎がセナに向かって走り、大きくなり、丸のみしようとする。

 炎は予想に反し、セナをすぐに飲むことはなかった。

 しかし──刹那、なぜか視界が白く染まった。赤ではなく、白。そして感じるのは熱ではなく、冷たい。


「……雪?」


 白い蒸気のような煙に混じる白は、雪だった。

 一体何が起きているのか。セナは無事なのか。走り出しながら先を見通そうとして、聖獣の視界の方に集中する。


『……どうして今まで分からなかったんだ』


 煙と、降っている雪の先に人影を見つけた。背丈などからして養女だ。

 しかし雪が酷い。


『ガル』

「何ですか」


 白魔はどうか。今どこにいる。

 炎はちらとも見えなくなり、気温は一気に下がった。

 なぜ炎が消えたのか、さすがに訳が分からなくなりそうなのはその前に見た光景があったからだ。そろそろ理解が追い付かない。

 天使の剣なら炎を消せる。白魔の影響である炎、気温がなくなったかのような状態を起こせるのは──。

 だが、契約獣がより一層の言葉を放ってくることになる。


『セナの近くにいたあれは聖獣なんかじゃない』

「……どういう意味ですか」


 立っているセナの前には小さな姿がある。セナの召喚獣は小さい。

 セナと契約している聖獣は。


『聖獣のような皮を被った──白魔だ』


 セナの前の黒い影が、ゆっくりと身を起こし、雪の合間を塗り潰していた白い煙が晴れた。











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