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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
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17 怒りと祈り


少し時は戻って。

セナの方は。












 見るからに危機的な状況と、届けられた言葉に、やるべきことだけは分かってセナは頷いた。

 白魔は天使の剣を使う少女を狙っている。

 倒れている少女を何とか背負い、立ち上がろうとしてまた地に膝をついた。

 そういえば、おんぶなんてしたことがない。やっぱり筋トレするべきだったか。

 もっと力があれば、同じくらいの背丈の彼女を背負って逃げることにこれだけ手こずらなかっただろう。

 しかし今思っても仕方なさすぎることなので、黙って力を入れ直し、改めて立ち上がり歩き始める。

 地を這う炎は、歩く場所だけ消えてくれる。ギンジが何とかしてくれているのだろう。

 しかしどこに退避すれば……。

 そんな場所あるのか。辺りを見渡していると、魔獣がこちらに走ってくるのが見えた。


「ギンジ」

『容易い』


 ギンジが魔獣に向かって駆け出し、数秒後には魔獣の姿はなくなっていた。

 背後の白魔はヴィンセントたちに任せたら、後はギンジで何とかできそうだ。

 一人の少女を背負いながら歩むセナは、姿の見えなかった鳥を発見した。

 鳥は地に倒れていた。

 出来る限りの小走りで駆け寄り、少女を下ろし、鳥の様子を窺う。


「ギンジ、鳥の周りの火を消して」

『分かった』


 火が水で消化されたように、若干煙を上げて消えた。


「大丈夫? 生きてる?」


 鳥は生きてはいた。

 セナが呼びかけると、目が開き、嘴が微かに動いた。

 飛ぶのは難しそうだ。

 そもそも飛んでいたのに、いつの間にか地にいたのだ。鳥ごと落とされたと言うのなら、怪我をしていて当たり前だ。


「……」


 セナは厳しい顔をする。

 考える。この状況を考える。

 今いる場所に安全地帯があるとは思えない。左右に目を動かしても、見えるのは炎だ。どこに行っても、白魔の影響下という感じがする。

 退避するのなら、空だろう。

 思い出せ。非常事態の際、するべきこと。手段を。


「……予備の鳥」


 本来、各々が乗ってきた鳥とは別に大きな鳥を連れていくはずだった。

 今回正規の出発とはならなかったが、その鳥が後から飛ばされているとすれば。

 セナは、首から下げていた紐を引っ張り出した。ぶら下がっているのは、鳥を呼ぶための笛だ。

 即座に鳥を呼ぶため、笛を口につけたセナだったが、息を吹き込む前に止まる。

 ──先程の二の舞にならないか

 そんな考えが過ったのだ。

 セナ自身、飛んでいたはずがいつの間にか地に落ちていたのだ。落とされた。

 新たに鳥を呼んでも、また落とされれば意味がない。空も一概に安全とは言えない。

 白魔に空に気を配る余裕がなければ、あるいは……。


 咆哮が、鼓膜を直撃した。

 突然の大音量と、尋常ではない声にセナは振り向いた。

 振り向くと、遠くに、白い獣がいた。ただし見たことのない姿の聖獣で──いや、あれはラヴィアだ。

 ラヴィアが激しく、身体中に響いてくる咆哮を上げ、白魔を倒さんとしている。凄まじい力の塊の獣だった。


 見たことのない規模の戦いが繰り広げられている側で、ヴィンセントとライナスの背中があった。

 ラヴィアが激しく白魔と衝突している光景と、知る背中が並んで何か言葉を交わしているのが容易に想像できることが、どこかちぐはぐだった。

 この状況で、なおも揺るがない背中が際立っていたからだろう。

 そして、片方の姿が躊躇なく前に飛び出していく。ヴィンセントの方だ。

 攻防は、遠いのと速いのとでよく目で追えない。


「……わたしは、わたしのやること」


 見ている場合じゃない。

 今、どうすることが正解だ。

 非常事態のマニュアルにはない。怪我人がいても、緊急事態では後回しになるとさえ言われた。

 では、天使の剣を使う少女が狙われていて、彼女が武器を使えない状態だったら?

 逃がす。逃がすことが、出来そうになかったら?

 そして、彼女の意識がない以上自分自身がどこまで付き添うべきなのか。この戦場を離れるべきか。


 ちかりと強烈な白い光が瞬いた。

 次は何だと振り向くと、こちらに背を向ける人が手にする剣に光が集束していく。

 ライナスだ。聖剣が、何らかの変化を起こしている。

 ライナスが掲げた剣から、光の斬撃が放たれた。聖獣が周囲を巻き込む攻撃を行う。

 そして、とうとう──白魔に二つの刃が届いた。


『ほう、あそこまでになるか』


 薄いと思われていた勝ち目が、目の前に表れてきたかのようだった。

 炎が人間を葬ろうとし、人は白魔を葬ろうとする。

 固唾を飲む時間は、それほど長くは続かなかった。


「この身にあるのは、怒り」


 聞こえるはずのない音量の声が、聞こえた。白魔だと思った。


 火の雨が降った。


 濃厚な、鮮やかな炎に視界を染め上げられた。地から燃え上がるばかりだった炎が、次々と雨のごとく空から降ってきて。

 ヴィンセントの背から、炎が生えた。

 否、あれは、生えたのではなく。


「──ヴィンセントさん!!」


 セナは堪らず、叫ぶように呼んだ。

 ヴィンセントが膝をつくように地に落ちたかに思え、その側でライナスの姿も同じように沈んだ。二人とも寸前で堪え、立ち上がったが、剣は白魔から離れた。

 破魔にも限界がある。限界がないものはなく、ヴィンセントの破魔もそうなのだと今現実に突きつけられて知った。

 だって、今まで、ヴィンセントが負傷する姿を想像できなかったのだ。


 セナは、声を失いそちらを見続けていた。

 聖獣の姿が見えない。

 あの聖獣は怒っていた。ラヴィアは、怒っていたのだ。声から怒りを感じ、負傷してもなりふり構わず向かっていった。

 あの獣が止まるのは、命が絶えたときだろうと思っていた。怪我をして、怪我をして、怪我をしても止まらない勢いであり、雰囲気だった。

 そして、白魔からも憤りを感じた。何に怒っているのかは、こちらは欠片も分からない。


 とにかく、怒り、怒り、怒り。感じる力のほとんどが怒りを抱えている。

 残りは純粋な力で、聖剣だろうと感じた。ライナスだ。

 唯一、無の力を持つヴィンセントは分からない。感じる力がない。

 何を思い、何を考え、何を感じているのか。

 ──「もしも白魔に自分が敵わないという事実が出来てしまったら。俺は、どう感じるのかは分からない」

 この状態は、敵わないと感じるには充分ではないのだろうか。

 他のパラディンの姿がない。なぜ二人だけなのか。答えは、誰かにもらわずともあの白魔の力で分かる。この地のどこかに倒れている。


 駄目だ。駄目だ。


「──ギンジ」


 声なき悲鳴が引っ掛かっていた喉で、セナは聖獣の名を呼んだ。

 立ち上がりながら、下を見る。猫を。


「いける?」


 短く尋ねれば、意図を汲み取った聖獣は『逃げるのはどうした』と問うてきた。


「うん、本当はこの人をどこか安全なところにって思うんだけど」

『ここで立ち止まるか』

「うん。ごめんね」


 万が一だと言ったが、この状況で戦力が多いに越したことはない。むしろ今加勢すべきだ。

 今、どうすることが正解か。正解と言われると分からない。

 だが、すべきだと思うことがある。

 退避の可能性が思わしくないならこうするしかないとも思えた。


『あちらから、聖剣の気配がするが』


 示された方向をちらっと見ると、炎が揺らぐ向こうに光が見えた。位置からしてライナスではない。


「……お父さんかな」


 養父であればいいと思った。じゃあ、走ってくる大きめな姿はベアドかな、とも思った。


「あれがお父さんでも、わたしがここで立ち止まることに変わりはないよ」


 ガルが来るなら可能性が増えるだけだ。

 ガルが来るなら自分はいいかとはならない。


『よかろう。お前がそう望むなら』

「ありがとう、ギンジ。わたしはせめて、ここにいるから。ここから逃げないから」


 召喚士だから直接戦う手立てがないことが、もどかしく感じた。いざあったらより恐怖を感じて、実際進むことは出来ないかもしれないけれど。


『私は、お前は隠れてじっとしていることがいいと今でも思う。わざわざ出て、戦おうとせずともいいとな』

「うーん、とりあえず今は隠れるところなさそうだから」

『そういう意味ではない』


 知っている。ただ、隠れるような真似をしたくないだけだった。大体、この期に及んで、安全などどこにもありはしないのだから。


「ギンジ、やれるところまでやってくれる?」

『お前が望むなら、あの白魔を消し去ろう』


 猫は、頼もしい言葉を残してこちらに背を向けた。

 セナはぎゅっと拳を握る。

 さあ、覚悟は決めた。

 死ぬ覚悟とも言えたかもしれなかった。

 孤児院にいたままの方が長生きできたとか、召喚士としてでもこの場所を避けることは出来たのにだとか、この状況を前にすればそんなもしもはいくらでもあった。

 でも後悔はなかった。きっと、出会った存在に恵まれていて、その存在のほとんどがここにいるからだ。

 一度死んだ身だ。恐れることなどありはしないと、たった立ち止まるためだけに、自分を奮い立たせる。

 ベルトにつけている鎖が揺れ、精霊の涙が揺れた。エデ、もしかしたら、ごめんね。


「『……守りたいの?』」

「うん」


 そうだよ。

 守りたい。守るのだと断言できる力は持っていないから、守りたい。

 この状況をどうにかしたい。願望だ。そして、どうかどうかと、神を信じていないなら何に祈ればいいのか分からないただひたすらの祈りでもある。

 祈りなんて、何の役にも立たないだろうけれど、セナは何とか出来る手段を持たないから。


「『その祈りがあるのなら』」


 心を読まれたようなタイミングの言葉で、セナは我に返った。

 誰の声だ。

 誰が。


「『それを使って』」


 握り締めていたはずの手に、何かを握っていた。

 これは、柄?

 形状に頭が先に予想しながらも、下を見た。自らの手元を。何を持たされたのか。


「……え」


 手にしていたものは、剣だった。

 天使の剣だ。


「『私たちは、不完全で、白魔が近くにいるだけで壊れてしまいそうだけれど』」


 声は、『彼女』の声だ。

 鳥の近くに横たえていたはずの少女を確認すると、彼女と目が合った。

 手に剣はない。翼を生やしたままの彼女はセナの目を釘付けにし、語りかけ続ける。


「『あなたが戦う選択をするなら。守りたいと思い、願い、祈りを胸に抱くのなら、今度こそ』」

『待て、セナ』


 制止の声は、ギンジの声だった。

 セナは少女から目を離せない。


「『守って』」


 耳元で聞こえた囁き声は、何重にも聞こえた。何人もの存在の声と、瞳は、セナの奥底に語りかけた。


『貴様──』


 手が剣を握る。

 目が少女から離れ、白魔を見る。


 ──形状変化


 手の中のものの形が微妙に変わる。

 狙いを定めるように、手がそれを持ち上げて、視界に入る。手にしていたものは、剣ではなく槍だった。


 ──対象確認


 頭の中で、言葉が響く。

 槍が光る。

 光る。力が目覚め、目覚め、刃に宿り、光が強まる。

 白魔を貫き消し去ることが出来るほどの力が目覚めただけで、周りの炎を消し去った。地を駆け抜ける風が槍に集まり、髪が煽られる。

 髪に遮られた視界が戻ってきたときには、槍が完成していた。

 風と、光が本体を覆う巨大な槍を形作り、天にまで届きそうなほどだった。存在するだけで空気を震わせる。

 腕が槍を引く。

 石でも投げるようにすっと手を軽く動かし、羽のごとく軽い槍を手放したら、槍は光の速さで飛んでいった。

 真っ直ぐ、白魔の方に。

 槍は静かに、白魔を貫ぬけず逸れ、地を破壊することもなかった。

 しかし生じた力は一瞬その場にいた者何もかもを──白魔の動きでさえ止めるには十分だった。


『あぁ……あのとき感じたことは、間違いではなかった』


 音という音が失われていた空間で、初めに声を発した者がいた。

 小さな猫は、槍を追い、全てを映していた瞳を閉じ、ゆっくり開く。


『それは、お前の「剣」だ。お前が落とした剣だ』









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