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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
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15 開戦






 視界の端に、何かが過った。

 他の鳥だった。乗る人は例外なく白い衣服、髪が靡く。

 ヴィンセントを無意識に探し始めると、見慣れた後ろ姿を見つけた。

 その鳥と近づいているのが分かって、手綱を引き、鳥にスピードを緩めるよう意思を伝える。

 鳥が緩い羽ばたきに変え、風が弱まる。

 やがて、空の一部に大きな鳥が何羽も宙に留まる光景が出来上がった。

 全員眼下を見下ろしており、セナも双眼鏡を取り出して、恐る恐るながら改めて地上を見る。


「……火だ」


 赤いものは、火だった。

 ゆらゆらと揺れながら、何も燃えるものなどない地で燃え続けている。

 まさしく火の大地。

 報告にあった地は、このような光景を広げていたのか。想像もできなかった光景が、目の前にある。


「白魔らしき姿はないな」


 一番近くにいるヴィンセントが、遥か下の地上を怖がる様子はなく堂々と見て、言った。

 白魔がどんな姿をしているか明確な像は分からないものの、悪魔が人型をしているのなら白魔も人型をしているのだろう。

 火に埋め尽くされた大地は見えにくいが、燃えていない地にも燃えている地にも人型の姿は見えない……ように思える。

 だが、この辺りにいるはずだ。

 この異様な光景が作られている。どこかにいるはずだ。

 炎火の白魔と呼ばれる悪魔が。


「エベアータ元帥、始めます」


 声を張り、指揮官であるガルに宣言した人物を探す。

 少し遠くにいる鳥に乗っている、あまり知らない人だったが、一緒に乗っているのはあの少女だった。

 ガルも探すと、ガルが「そうですね」と許可を出した。

 元より、最初に天使の剣を使うとは決まっていたからだ。

 一羽、少女の乗った鳥が地上へと下降していく。

 火が及んでいない地上で、鳥から降り、前回と同じ準備が始まる。少女が敷かれた布の上に立ったのが分かった。

 また始まるのか。


 ──目覚めよ、と。


 光が生じる。

 少女の背に、半透明の翼があらわれる。模様から光が失われ、背に翼を広げた少女が目を開く。

 現れた聖獣から天使の剣を受け取り、準備は整った。


「さて、こちらも戦闘準備を。多くを言わずとも君達なら分かっているでしょうが、作戦は方針です。方針の切り替えは私が指示しますが、後は臨機応変に自分がどうするべきか、その場での最善の行動を選択して下さい」


 「ではどうぞ」と、こんな場でも変わらぬ調子の声を合図に、各々の方向へ、鳥が動き始める。

 セナもヴィンセントと同じ方向へ鳥を飛ばし、移動していく。

 ふと、前を行っていたヴィンセントが首を巡らせた。


「天使の剣に引き寄せられたようなタイミングだな」


 ヴィンセントが見た方、燃えている地の方に、黒いものが無数に現れていた。

 魔獣か、魔物か、悪魔か──白魔か。


「……そういえば、白魔の進路が砦の方に真っ直ぐ定まったのはあの剣が使われた頃か……?」


 目映い光が地上に満ちた。

 天使の剣が振るわれたのだ。


「すごい……」


 光が収まったときには、黒い姿がごっそりいなくなっていた。

 あの距離で、一撃で。白魔がいたなら、無事ではいられないのではないだろうか。

 と、思ったことを、嘲笑うかのようだった。

 前触れもなく、ぶわりと突風が吹いた。風自体の強さも、鳥の翼が煽られ危険を感じるものだったが、それより。


「あつ、い」


 熱さを持った風だった。

 風がこんなに熱くなるものなのか。火傷をしたのではないかという熱さを受け、思わず顔を庇う。

 あまり鳴かない鳥も、鳴き声を上げた。

 風が吹いてきた方向は、燃えている方だ。

 風が収まって、軽くそちらを見るつもりが、目を離せなくなった。

 炎の中、『何か』がいる。明らかに他の悪魔達とは異なる存在感を持つ存在がいる。


「見つけたぞ」


 声が聞こえた。

 遠くからの声で、聞こえるはずがない距離だと思ったのは、無意識に『その存在』が発した声だと思ったからだろう。

 炎の中、またもこの距離ではあり見えないはずの目も見えた気がした。

 いつから。

 そこにいると感じているのは、白魔に違いなかった。


 白魔が現れた。


 極度の緊張に体が襲われたが、聞こえた獣のような唸り声にはっとする。

 聖獣たちが唸っている。召喚士の元に宙に出現していた聖獣が、炎の方を睨み──一つ姿が飛び出していった。

 召喚士の指示ではない。勝手に飛び出して行ってしまった。


「──ギンジ」

『何をする』


 とっさにポケットを強めに押さえてしまって、ポケットの中から心底何をするのかと思っている声が言った。


「ごめん、ギンジも飛び出して行っちゃわないかと思って……」


 見下ろすが、通常運転でポケットの中の猫と化するギンジは『私は理性を飛ばすほど愚かではない』と変わった様子はない。


「様子がおかしい」


 白魔とポケット内の聖獣の心配に気を取られていたセナは、ヴィンセントの方を見る。

 彼は、動じた様子はなく真っ直ぐどこかを見ていた。


「何がですか?」

「天使の剣を扱える彼女を見てみるんだ」


 ヴィンセントの視線の先を、セナも見た。

 彼女は、自らの体を抱き締めていた。

 セナがそんな姿を目撃した直後のことだ。


「──『ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ』」


 悲鳴が響いた。

 幾つもの声が重なった響きの悲鳴だった。

 心に突き刺さる響きでもあった悲鳴に、何事かと思ったのは、セナだけではなかったはずだ。

 突然の、誰にでも見てとれる異変だ。

 少女が蹲る。

 教会の人間の動きも時間も止まったがごとき時の流れを、高い音が裂いた。笛の音は、独特の間で何度か鳴る。


「──作戦の切り替えだ」


 笛を鳴らした人物は、ガルだ。先程の笛の音は作戦変更を表す。

 少女に理由が分からないが異変が起き、戦える様子ではなくなったと見ての判断だろう。

 パラディンは白魔討伐を最優先に。他の者はこの状況ではその他の悪魔達を排除する。

 天使の剣なしの場合の作戦だ。

 ヴィンセントを見ると、左右色違いの目と視線が交差した。彼は一度頷き、鳥の首を進行方向に向けた。

 セナは本来なら他の悪魔達の排除に向かうところだが……地上を見て、先に飛んでいこうとするのを止めた。

 炎がある方にばかり気を取られていたが、左右にも黒いものが現れてきていることに気がついた。

 炎の中、黒い群れが我先にと向かってくるが、あちらは戦力が集中する。左右も、陣形では人が配置されている。

 そんな中、今気になるのは一人、最大の武器を持っているが戦えるとは思えない少女だ。


「ギンジ、降りたら周りの警戒お願い」

『降りるのか?』

「ちょっと降りる。あの人乗せて、すぐに飛ぶ」


 あれこれと召喚陣に似た模様が描かれた布を用意していた人を待っているほど悠長な場ではない。

 鳥が地上に足をつけるや、セナは滑り落ちるように地に降り、少女に駆け寄った。


「大丈夫ですか……って聞いてる場合じゃないか」


 そもそも大丈夫ではないだろう。理由は分からないが。

 蹲る少女は、ぎゅっと目を瞑っていた。

 セナが肩を叩くとうっすら目が開くので、「ここから離れましょう」と半ば無理矢理立たせて、背を押していく。

 鳥まで行くと、先に上がって懸命に引っ張りあげた。そうして、鳥にもう一度上空へ戻ってもらう。

 思っていたよりスムーズにいけた。手間取って、魔獣やらが来たらどうしようかと思った。


「あっ」


 あの布忘れた!

 と言うか、あの布の上から離れる手順みたいなのがあったのでは。よくよく考えれば彼女の背には翼が生えたままだし、天使の剣も光ったまま。

 焦っていて、急かしてしまったけれど……。


 鳥が鳴いた。

 滅多に鳴かない鳥の鳴き声は、今度は注意喚起のような、危険を目の前にしたような雰囲気で。

 危険は地上にしかなかったから、下を見て、セナは目を見開いた。


「──うそ」


 意思を持つ炎が、空を飛ぶ鳥に手を伸ばしていて、顔に熱を感じた。

 そして、直後には飲み込まれた。












 けほっと、咳がでて、目が覚めた。

 身体中が痛む。何事かと起き上がって、瞠目した。

 見える光景が赤かった。空が赤い。

 思わず、この世の終わりだろうかと思った。


『ようやく目を覚ましたか』

「ギンジ……?」


 声の方を見ると、見慣れた猫がいた。


「ギンジ、わたし……ここ……」


 どこで、何をしていたのか。

 今との繋がりがすぐには思い出せず、しかし身体中が痛くてただ事ではない。

 ただ事では……。


「落ちた……?」


 ただ事ではないはずだ。

 何をしに、どこに来ていて、直前の記憶はどんなものか思い出した。鳥に乗っていたら落とされた。

 一緒に乗っていた彼女は──。


「大丈夫!?」


 少女は近くに倒れていた。

 慌てて駆け寄り確めると、息はあった。ただ、ぐったりしている。


「まずい。どうしよ、鳥……」


 あの高さから落ちて無事な自分が不思議だが、鳥はどうか。鳥がいなければ、まず安全な場所に行けない。

 いや、そもそも安全だと思っていたところを狙われた。何に。炎に。

 はっとして、周りを見渡した。

 うっすらと炎が地を這う地面が周りにはあった。

 そして、前方から来るものを見た。

 炎の中、炎を纏いやって来る人型が見えた。真っ直ぐに、こちらに。

 炎を纏い、来るものは、今まで見たどの悪魔より人の姿をしていた。遠目からでも分かる。

 しかしやはり異形の雰囲気を持っていることには変わりなく、その目と合った。いいや、目が捉えたのはセナから少し逸れた位置。少女だ。

 炎のごとく赤い髪をした白魔が笑い、手を動かすと、炎が燃え盛り、生き物のように動いたかと思えば──こちらに一直線に。

 ギンジと呼ぼうとしたか、反射的にどうしたか。

 どれもしない内に、炎を切り裂く刃があった。

 飛び込んできた姿は二つ。


「──ヴィンセントさん! ライナスさん!」


 ヴィンセントが鈍い色の剣で、ライナスが光を宿す聖剣で。

 炎を遮った彼らは、まだ遠い背でセナに言った。


「セナ! とっとと逃げろ!」

「白魔は、天使の剣を使う彼女を狙っている!」


 赤い髪の白魔の目は、まだ、少女を捉えていた。








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