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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
52/116

14 この世で最も危険な場所へ






 ベアドは去り、ヴィンセントに本来するはずだった報告を行い、ヴィンセントとも別れ、セナは外に出た。

 気温はすっかり暖かいと言えるくらいになっていた。


「経路はまあ地図があるとして、もしものための方角を確かめる方法は大丈夫で、砦に連絡するための手段もまあ……」


 大きな荷物などの準備は他人がしてくれるが、いざというときのために荷物の把握を始め、何より昨日最終確認が終えられた経路をきっちり頭に入れておかなければならない。

 歩きながら、頭の中で思い出していると、目的の場所に着いた。


 大きな鳥が並んでいる。

 白魔討伐隊のために準備されているものだ。馬で地上からではなく、上空から行く。

 数はパラディンと従者だけなら十体くらいだろうが、それより多い。

 パラディンだけでなく、ここに来ている金階級の中でも選抜された上位戦力も共に行くからだ。

 現在教会が作れる最強の白魔討伐隊だ。


「あ」


 すでにあの少女がいた。

 結局言葉を交わす機会には恵まれないまま、今日が来た。

 彼女は鳥の方を見て、建物の壁にもたれかかっていた。

 天使の剣を扱うがため、白魔に対等に対抗する存在として重視されている彼女は、気負うことはないのだろうか。

 年下に見えるのに、彼女もまた臆した様子は見られない。

 あれほどの力を持っていたら、当然なのだうか。

 臆することはない例を知っている。ヴィンセントとライナスだ。


『……セナ』

「近づくなって?」


 軽く思考に沈んでじっと見ていたら、ポケットの中から名前を呼ぶ声がした。

 前に、廊下で彼女を見かけ、セナが近づこうとしたときに近づこうとするなと注意喚起された。


「でもね、ギンジ。彼女が天使の剣を扱うから、今可能性が高まってるんだよ」


 聖獣が彼女をどのように感じるかはさておき、だ。

 その事実がある。


『私には関係ない』

「関係はあるでしょ」


 こらこらと、ポケットの中の頭を軽くつついておく。

 猫の目が不服そうにするので、微笑みを向けると、猫は開けようとしていた口を閉じた。


「春を無事に迎えよう」


 ベルトから吊り下がり、揺れる雫を意識した。


「ずっと、この先も」


 猫はじっとセナを見上げ、見つめていた。


「……あ! 鳥忘れた!」


 乗る用の大きな鳥のことではなく、発った先から砦に連絡を届けるための小さな普通サイズの鳥である。

 それを自分の乗る予定の大きな鳥につけておくために来たのに!

 慌てて建物内に踵を返す。


「……ギンジ?」


 ポケットの中から、するすると猫が肩に登ってきた。

 廊下を走っていたセナは、怪訝に思って足を止める。猫は、セナの方ではなく窓の外を見ている。


『……来たようだ』

「何が?」


 セナも、ギンジが見ている窓の方を見た。

 しかし、変わったものは見られない。

 高い壁があるので、一階からは砦の敷地から外は見えない。


「ギンジ、何が?」


 何も変わったものは見えなかったが、直感的に、そのまま流してはいけない気がした。

 この召喚獣の雰囲気が読めてきたか。

 ギンジは、肩に乗ったままセナに目を向けた。つぶらな瞳に、セナが映る。


『今一度考えろ、セナ』

「何を?」

『白魔がいる場にわざわざ向かうことだ』

「その話は、もう終わったでしょ」


 数時間前もした気がする。

 だけど、ギンジは忘れているようではなかった。今一度聞く──覚えている上で、また聞いているのか。

 つぶらで、可愛いらしいということに気を取られいた目が、とても真剣なことに気がついた。


「ギンジ、わたしが魔獣が怖いって言ったことずっと覚えてて、それなら行かなくていいなら行かなければいいって思ってるんだね」

『そうだな』

「そっか、ありがとう。……でもね、今『怖い』が増えちゃったんだよ。置いていくのも悲しいけど、置いていかれるのも悲しいし、怖い。今のわたしは、砦で待ってるだけの方が怖い」


 わがままな怖さに違いないが、自分ではコントロールしようのない感覚なのだ。


『どうしてお前は自分から危険な目に遭いにいくのか……。嘆かわしい限りだな』


 心底嘆かわしげな声色で言いながらも、ギンジは『分かった』と肩から降り、ポケットの中に収まった。


「それで、ギンジ」


 来たって何が。

 問う前、セナは振り向いた。空気が変わった、という慣れない感覚を覚えたのだ。


「気のせい……?」


 気のせいかと、後ろを向くのを止めたのだが、前に目を戻す過程で窓の外が目に入った。


「……ん?」


 さっきから準備の完了のために人が行き交っていたが、何だか慌ただしさが加わっているような……。

 これがさっきの感覚の原因か。でも理由が分からない。

 何かがおかしいとは分かる。

 鳥を取りに戻ろうとしていた方向から、背を向けていた方向へ早足に歩き出した。とりあえず、何か起こったのか聞かなければ。会議室が可能性が高いか。

 会議室へ走れば、途中でヴィンセントとライナスと会った。二人とも早足だった。

 セナもとりあえず同じ方向についていきながら、ヴィンセントに尋ねる、


「ヴィンセントさん、何かあったんですか」

「白魔だ」

「──え」


 一言のみの返答は、一瞬思考が止まってしまう威力を持っていた。


「どこに、もう近いんですか」

「近いか近くないかと言えば、まだそこまで近くはないが、ここからたった一時間ほどの場所だ。見張りから聖獣が報告に飛ばされてきた」


 白魔へ遭遇する旅路は、最短でも半日から一日はすると予想されていた。それが、一時間。


「予想よりも早い」

「進路がこっちに固定されてからは一直線だったみたいだが、それでも進行の速さがそれまでより速ぇな」

「準備がちょうどされていたことが幸いだ」


 ヴィンセントもライナスも、鋭い視線を前に向け、足早に外に出た。

 白魔が出た。緊急で飛び立たなければならなくなったから、慌ただしくなっていたのか。

 ヴィンセントとライナスが各々の鳥へ向かうのに習い、セナも自らのために用意された鳥の元に。

 つけられている最低限の荷物から飛行用のゴーグルを取り出してもたもたとつけ、鳥の手綱を持っている人から手綱を受け取り、鳥の上に。


「セナ」


 斜め前の鳥には、ヴィンセントが乗っていた。

 手綱を握り、いつでも飛び立てそうな彼がゴーグル越しにセナに視線を寄越す。


「白魔には近づきすぎるな。隠れるときは隠れろ。離れるときは離れすぎだというくらい離れろ」

「分かっています。……でも、万が一のことは口にしたくないんですけど、もしものときは微力ながら加勢に行きますよ」


 従者なので、と言うと、ヴィンセントはぎゅっと眉を寄せて何か言いたそうにしてから、ふっと息を吐いた。


「そうならないよう、俺は全力を尽くそう。──君は、自分の命を最優先にしろ」


 それだけ言って、ヴィンセントは「行くぞ」と手綱を動かした。

 鳥が大きな翼を動かす。一度、二度、三度……ふわりと鳥の体が浮く。

 よし、とセナも手綱を握り気合いを入れる。

 この世で今最も危険な場所に行く実感がようやくじわじわと湧いてきて、体を侵していく様を感じてきていた。

 それでも、もはや後には引けない。


「ギンジ、落ちないようにね」

『お前こそ落とすな』

「善処します──行くよ」


 ヴィンセントの後から、セナも空に飛び立った。

 ふわり、ふわりと浮かび上がっていったのは最初だけ。ある程度の高さになると、上昇しながら前進しはじめ──五分後にもなれば、びゅうびゅうと風が顔に吹き付けてくるスピードとなる。


 鳥に乗るのは久しぶりだ。

 ノアエデンにいる頃に乗馬と一緒に鳥に乗る練習もしたが、召喚士になってからは馬に乗るだけだった。

 そもそも大きな鳥は、セナが孤児院時代に馬は見たことがあったのに対し、見たことがなかった生き物である。

 下っぱはまず馬にしか乗れない。大抵どこかに駐屯してその地を守るのが仕事だからだろう。

 一方、各地に飛ぶと言えば上位戦力だ。特に迅速に、緊急で向かう必要のある強力な敵のいる場に駆けつける。

 それが今なのだと、実感する。

 猛スピードで向かう先に、敵がいる。


 晴れた空を、翼が風を切る。ゴーグルがなければ目が開けていられないくらいの、それを抜きにしても勢いがすごすぎる風がセナに吹き付ける。

 あと何十分──否、もうどれくらい飛んでいるのか分からない。あと何分で着くのか。

 ああ違う、自分で見て、いつ止まるか鳥に教えなければならない。この鳥は賢いので、ヴィンセントの鳥に習うよう教えられているそうだが……。


「ぅう……」


 風を避けたいがために激しく波打つ羽毛に埋めていた顔を上げる。

 地上は遥か下だとは、見る前から分かっている。最初は怖くて堪らなかった。訂正、高すぎるところは今でも怖い。

 ここは今どこなのか、残念ながら最早分からない。砦を出て何分だと計るのを失念していたときから決まった。

 他の人の様子を見ようと前を見たが、雲の中を突っ切っている途中らしかった。霧がかかっている風に、周りがはっきりしなかった。


「うぁ……迷子になってないかなぁぁ……」


 思わず呟いた不安すら、風にさらわれていく。

 そしてギンジはちゃんといるだろうか。ギンジを連れて鳥に乗ったのは初めてではないだろうか。命綱とかつけておくべきだったのでは。ポケットの中がまるで感じられない。

 あらゆる別の不安が頭に過り始めてきた頃、白い視界が晴れた。

 雲を抜けた。靄が消えた。

 直近の視界が明らかになったと同時に、青空と、先の地上が見えた。

 緑と、茶色と──赤色。

 緑と茶色の地上は、途中から先が赤かった。

 遠目で何が原因だとは目で分かる距離ではなかったが、ある言葉が頭に過った。

 ──火の大地。









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