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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
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13 お守り





 外はいい天気だった。

 青空が広がり、外に出るのに向いている。どんな旅路だって雨が降ってくるより晴れている方が、物理的にも精神的にもいいに決まっている。


「いい天気だね、ギンジ」


 今日、砦を発つ。

 すでに必要な荷物は積まれ、いつでも出発できる状態になっている。

 白魔の現在地は、明確な場所は不用意に近づくわけにもいかないので不明だが、見張りによればまだ近くはない。ライナスが遭遇した地点から、さらに砦から離れていたようだからだ。

 だがここ直近の報告では、真っ直ぐ砦に近づく進路になっている。

 こちらから仕掛けるにはちょうどよい距離なのかもしれない。あまり長く旅をすることもなく、砦に近すぎもしない。

 猫は『呑気だな』と言った。失礼な。


『お前は、結局行くのだな』

「そうだね。でも、そう言うギンジも、本来の目的はこの世界を悪魔側から守ることなんでしょ?」

『なぜだ?』

「なぜって」


 なぜ?

 ガルも、ライナスも言っていたから。聖獣は、悪魔達から天使が祝福した人間世界を守るには人間と契約しなければ地上に降り立てない。つまり召喚に応じた時点で、彼らはわざわざ人間世界を守る目的を持っていることになる。


「あの記章──まさか元帥の方?」

「あんなにお若いの?」


 元帥、若い、という言葉が聞こえて、セナはちょうど通り過ぎようとしていた曲がり角の先の廊下をちらっと見た。

 ガルもちょうど、曲がり角を素通りして向こうの廊下の筋を真っ直ぐ行くところだった。

 数秒のみ見えたガルの服装は、戦闘モードらしく、服装は上衣なしだった。動きにくい衣服は取り去られているから、記章がよく見えるのだろう。

 そもそもガルは、砦に来てからはほとんどの時間を会議室と執務室で過ごしていて、一般の聖剣士や召喚士は会うどころか姿を見かけることもなかったはずだ。

 通常は本部にしかいないことも手伝っているのかもしれない。

 今日は特別動き回っているようで、このように目撃者が増えているのか。

 しかし養父は顔がいいのだったなと、耳にした言葉の他、他人が思わず目で追っている反応を見て再認識しつつ、そうだよねと、客観的な事実であったとも実感できた。ここにきてやっと。


「──わ」


 ちょっと目を離した隙に、何かとぶつかった。

 壁にぶつかったか、というほどぶつかったものは動じなくてセナが軽く後ずさってしまったが、さすがに壁に向かって歩いてはおらず、真っ直ぐ行っていたはず。

 従って、ぶつかったのは『誰か』だ。とか瞬間的に判断しながらも、おっとと後ずさる途中で、転ぶほどではなかったのだが、相手からはそうは見えなかったのか腕を掴まれた。


「すみません」


 すぐさま反射的に謝罪を口にしてから、誰にぶつかったのかが認識できた。


「ライナスさん」


 ぶつかってしまったのは、ライナスだったのである。

 ライナスも、「セナか」と、今認識したらしい。


「悪かった。前見てなかった」


 ライナスはセナの腕を掴んだ方とは別の手に、紙を数枚持っていた。破られた封筒が一番下にあるのが見えることから考えると、目を通しながら歩いていたようだ。

 セナもよそ見していたのでと返した。


「セナ、出発までに確定でヴィンセントに会う予定はあるか?」


 互いに別の方向に別れようとした直前、足を止めたライナスに言われた。


「あります」


 今まさに、ヴィンセントの元に行こうとしているのだ。


「じゃあこれ、ヴィンセントに渡してやってくれ」


 ついでに受け取ったのだと言う。

 手紙のようだ。ブラット家を示すデザインの印蝋で封がされている。


「俺みたいなのにぶつかって転ばされないように、前見て歩けよ」

「あはは。ぶつかってよろめいたの、わたしの方だけでしたね」


 ぶつかった感覚では、壁かと思うくらい、ライナスは微動だにしていなかった。

 最近の忙しない日々で忘れかけていた、肉体改造の文字が脳内を過った。


「……肉体改造……」

「気を付ける方じゃなくて、ぶつかっても大丈夫な方になるつもりかよ」


 微かにライナスが笑い声を上げる。

 耳に笑い声が入ってきて、久しぶりにライナスの笑った声を聞いた気がした。

 事実、そうなのだろう。理由は、最近彼が黙していることが増えていたからだ。


「ライナス様、どうでしたか……っと」


 ライナスの従者が現れ、セナを見て口をつぐんだ。

 ライナスが従者を一瞥してから、セナに「じゃあな」と言って、セナは今度こそライナスと別れる。

 そうしてセナはちょっと歩きはじめたが、すぐにライナスの方を見た。


「ライナスさんも、前見て歩いてください!」


 返事するように、ひらひらと後ろ手に手が振られたが、怪しい。早くも顔は下に向いていると見てとれる。

 別れた直後、手にされた紙が持ち上げられ、それを見下ろした顔は、難しい表情をしていたように思えた。

 このタイミングで来る手紙が、あのような表情をするものだということがあるのだろうか。

 わずかに見えた破られた封蝋は、メリアーズ家を表していた。


 ライナスは、天使の剣の使用が決定しても、やはりそのことに関して口を開かなかった。

 賛成にも反対にも口を開いていないと言えば、天使の剣の使用が決まったと述べただけのガルとヴィンセントもであるが。

 ライナスの場合は「メリアーズ家」の人間だということが、気になる要因になっているのだろう。

 公に反対と言えないのは、白魔が迫る状況と、反対するに値する証拠がないからだと予想できる。


 しかしライナスは、何を知り、賛同しない道を取っているのか。

 自分が入った家にすら疎いセナ自身と重ねるのではないが、メリアーズ家の者だからといって何もかもをも知っているとは思わないものの、ヴィンセント曰く、ライナスは何かを知っている様子だ。

 とは言え、セナも気になっても尋ねようとは思わない。問うなら、ヴィンセントが問うているだろう。


「あ、ヴィンセントさん」


 さてヴィンセントはどこだろうと歩いていると、会議室にも執務室にも行かない内に、廊下で鉢合わせした。

 早速、ライナスから託されたものを届いていたようだと差し出した。

 受け取ったヴィンセントは、ぴくりと眉を動かして、黙ってポケットに手紙を仕舞った。

 そして、手紙などなかったように、セナに声をかける。


「出る準備はできたか?」

「はい。……読まないんですか?」


 後から読もうと思っても、しばらくは読めるかどうか分からないのに。

 私的な手紙だから、仕事中にはと思っているのだろうか。


「……姉からだ。読まなくても支障はない内容だと推測できる」


 姉。

 存在を、ヴィンセントの口から聞くのは二回目だ。

 手紙の存在はすっ飛ばして、セナは思わず聞いた。


「この前も思ったんですけど、ヴィンセントさんはお姉さんがいらっしゃるんですね」

「ああ。パラディンをしているから、ここにパラディンが全員来ることになっていたなら姉も来ていた」


 なぜか、危ないと言いたげな言い方だった。

 しかしヴィンセントの姉とは、どのような人なのだろう。想像してみようとするが、想像の翼が上手く羽ばたいてくれない。

 ヴィンセントの姉……。

 そもそもヴィンセントは何となく一人っ子のイメージがあったので、想像が出来ないのだと思われる。

 あまりに自立しているからか。妹とか弟がいると言われたら、納得していたかもしれない。


『セナー』


 ヴィンセントの姉なる存在に思いを馳せていたら、のそのそとベアドがやって来た。

 セナとヴィンセントは揃ってその聖獣を見る。


「ベアド」

『さっき、ちょうど俺が近くにいなかったときに、ガルがセナを見かけたって言うから来たぞ』


 さっきと言うと、ガルも中々の距離ですれ違ったときに、セナがいると気がついていたのか。

 それはそうと。


「何か用?」


 その様子では、探してきたようではないか。暇潰しではなさそうだ。

 しかし用に心当たりがなさすぎる。


『ノエルがついさっき寄越してきたものがあってな』


 ノエルが。


『えーっとな。首の辺り探ってくれ。その辺に置かれていった』

「じゃあ失礼して」


 ノエルが寄越してきたものとは。

 ベアドのもふもふの毛並みに手を沈ませ、毛以外のものを探す……と。


「これ?」


 明らかに毛ではない、固いものを取り出した。


『ノエルが、お守りみたいなもんだってよ』


 この世界にもお守りという概念があるのだなぁ、と思いつつ、見つめる。

 指で摘まんだものは、雫のような形をしている透明な石だった。いや、石と言うには妙に惹き付けられる輝きを宿している。


「お守りかぁ」

『精霊の涙で出来てるからな、特別な力を帯びてるのは間違いないな』

「……涙?」


 聞き間違いか?

 石から目を離すくらいの語句だった。


『涙』

「誰の」


 誰のだと尋ねてから、泣いていた精霊を思い出した。


「…………エデ?」

『みたいだなぁ。かなり心配してるっぽいぞ』


 誰の涙かということと、ほんのり思っていたどうしてお守りを?という疑問がほぼ同時に解消された。

 エデが泣いている。白魔が来る危険な状況を心配している。お守り。


『事が終わったら、一回ノアエデンに戻って顔見せてやれよ。許可なら俺が取ってやるぞ』

「……うん」


 誰かに心配されるばかりか、泣いてくれるのは初体験だ。

 手のひらの上の小さな石が、とてつもなく重く感じる気がした。これは石ではない。精霊の涙だ。


「これ、落としそう。どうやって持ってよ……」

『あーなるほどな。紐か何か通すんだったら、穴くらい空けられるぞ』

「穴、空けてもいいもの……?」

『無くすよりいいだろ。それに最初の形状がそれなだけで、多少変わっても宿る力は変わらないし、ノエルが寄越したのも単にエデがセナのために流した涙だからどうせならセナが持ってたらいいかもってだけだろうしな』


 ベアドが鼻先で精霊の涙に触れると、小さな穴が開いた。


「今はこれでも通しておくか?」


 傍らで静かにセナとベアドのやり取りを見守っていたヴィンセントが動いた。

 ベルトにつけられた細かな鎖の一つを取り、通された鍵を除いてセナに差し出した。


「いいんですか?」

「後からと思っている間に落とすとまずいだろう」


 事の流れを全て聞いていた彼はそう言って、装飾用ではないがと頷いた。

 セナはありがたく鎖を受け取って、石に通し、ヴィンセントのように短い鎖をベルトに通しておく。


「ありがとうございます」

「礼には及ばない」


 ヴィンセントは、宙で揺れる精霊の涙を視線で示す。


「帰らなければならないな」


 セナは「はい」と言った。











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