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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
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11  精霊と加護





 淡い水色の髪が大きく揺れたのが見えた。

 そのあと、タタッと軽い足音が続いて、セナが瞬きをしないうちに体の重心が後ろに傾いた。

 転びそうになりながらも、飛び付いてきたものを受け止めて、何とか踏み留まる。

 遅れて見下ろした先には、水色の頭があった。


「……エデ……?」


 確かに見た顔がありながらも、半信半疑の思いで、呟くように呼んだ。

 後ろに立っていたのを見た姿は、幼い可愛らしい少女で、四年間毎日会い続けていた精霊だったのだ。


「こんにちはセナっ」


 見間違いではなかったらしい。

 精霊は嬉しそうに、上げた顔満面に笑顔を弾けさせた。


「エデ」

「そうよ!」


 にこにこと笑う顔はやはりエデで、理解が追いつかない。

 ここは、ノアエデンではなくて、首都にある一度しか行ったことのないエベアータ家の屋敷でもなくて、北の砦だ。毎日魔獣が出るばかりか、今は白魔が迫る危険な土地である。

 どうしてここに……。


「やあ、セナ」


 違う声が、セナの名前を呼んだ。

 こっちも知っている声だ。

 今度は素早く反応すると、


「の、ノエルも……?」


 少年の姿の精霊がいるではないか。

 や、と手を挙げて歩いてくる。

 数ヶ月前まではよく見ていた位置関係だ。


「領主を目印にしても良かったのだけど、領主はノアエデンに帰ってきてもセナは帰って来ないから」

「会いたかったの!」

「そういうこと」


 そういうことと言われても、どういうこと。

 それでも何とか納得する理由を抽出してみる。

 養父の名前が出た。エデが会いたかったと主張した。


「つまり……お父さんに用があってここに……?」


 目印とやらはセナにして、今現れたけれど。


「領主にというわけでもない」

「?」


 では、どうしてここに?


「ここは、ちょっと嫌な場所だ」


 すぐそこまで来たノエルが、周りを見渡す。


「毎日魔獣とか出るし、今は、白魔が近づいてきてるからかも」

「白魔?」

「お父さんから、聞いてない?」

「領主はここ最近留守にしたきりだ」


 ここにいるからだろう。


「じゃあ、何をしに来たの?」


 ノエルは以前にノアエデンから出ていたことがあるから、ここにいても大丈夫なのだろう。

 問題は、理由だ。

 ガルに用があるのでなければ、なぜ。


「わたしはセナに会いに!」


 エデは元気よくそう言うが、果たしてそんな理由ではノエルに止められていやしないか。

 わざわざノエルが付き添って来ている事実と合わない気がする……。


「まあ、エデはそうかな」

「そうなの?」


 エデは。

 じゃあ、ノエルは違うのだ。


「僕は、王の使いで」

「王……精霊王? 起きたの?」

「起きただけじゃなくて、僕に様子を見てくるように言いつけた」

「何の」


 もしかして白魔の?と思ったが、ノエルの様子ではさっきまで白魔が出たとは知らなかったようだ。


「天の剣が使われただろう?」

「天の剣……?」

「天使の剣のことだろう」


 首を捻るセナに補足してくれたのは、ノエルではなく、背後からの声だった。


「ヴィンセントさん」


 そういえば、ヴィンセントの方に行く途中だった。


「俺達は、天使が有していたことから天使の剣と呼ぶが、天使側が天使の剣と呼んでいたわけではないはずだ」


 なるほど。人間が天使の剣と呼ぶあれの、天使側の呼び名は天の剣ということか。


「ところで」


 ヴィンセントの目が、セナに抱きついているエデと、その後ろのノエルを見た。


「あっ。二人はノアエデンにいる精霊です」


 こちらがエデ、こちらがノエルと言うのだと紹介した。


「エベアータ家が任されている最後の楽園(ノアエデン)か」


 精霊を見るのは初めてだと見てとれた。


「ノエル、エデ、こちらはわたしの上司のヴィンセントさん」


 次に精霊の方にヴィンセントのことを紹介しておくと、ノエルがヴィンセントのことをまじまじと見つめているではないか。


「その目は」


 ノエルが凝視しているのは、ヴィンセントの色違いの目だ。

 色違いの目は、破魔の証。天使の加護を受けていない証だとセナは思い出した。

 一体、精霊はどのように思っているものなのか。

 一方、反応を受けたヴィンセントは「破魔とも言われるが、天使の祝福を受けずに生まれた加護なしの人間だ」とさらっと自分から言った。


「──そうか」


 ああ……と、ノエルは息をつくように声を溢した。


「『おまえたち』に会うと、いつも思うんだ。僕たちが加護を与えられたらいいのに、とね」


 ノエルがセナの横を通り過ぎ、ヴィンセントの前に進み出た。

 そんな精霊に、ヴィンセントはわずかに不意を突かれた目をした。


「精霊には忌避されるものとばかり」

「そんなことはない。人間なら、僕たちが恩恵を与えるべき対象だ。どうしてそう思ったんだい?」

「聖獣は俺を避けている」


 推察の端的な理由に、ノエルは「なるほど」と呟く。


「僕たちは聖獣とは違う。聖獣の判断基準の全ては天使だけれど、僕たちはそうじゃない。天使の加護を受けているか受けていないかは関係ない。受けていないと色々支障は出てしまうんだけど、判断基準として天使の加護を受けているか見ることはない。むしろ、加護がない存在に気がつくことが出来たなら、気にかけないといけない」


 聖獣は、今、天使が加護を与える人間世界を守ろうとしているように、天使が判断の主軸となっている。だから、天使の加護のないヴィンセントに違和感を持つ。

 一方、精霊は、人間に豊かさを与えるために存在している。彼らにとっての判断基準は人間であるかどうか。

 本来、ヴィンセントを避ける理由などありはしない。


「だけれど、同じ人間が避けることも知っている」

「仕方のないことだ」


 客観的な反応を受け止めたヴィンセントの言葉に、ノエルは何とも言えない顔をした。

 その感覚は、セナにも分かった。悲観的でないのは精神衛生上良いことだろうが、事実として受け入れられていることが何とも言えない。

 ノエルはそれに関しては何も言わず、セナを振り返った。


「セナは、避けなかったんだね」

「わたしだけじゃないよ」


 知っている限りでは、ライナスだってそうだ。


「そうか」


 ノエルが、ヴィンセントに向き直る。


「これだけは言っておく。おまえは、決して天使が加護を与えるに値しないと判断したわけではない。ただ、取り零されてしまった。──いや、おまえは分かっているのかな」

「加護を与えるに値しないと判断されたと思っていたなら、俺はここにはいないだろう。腐って家にでも閉じ籠っていた」


 ヴィンセントの言葉に、ノエルは頷いた。


「いい子だ」


 ノエルが褒めるようではなく染々と、何気なく言ったのだが、ヴィンセントは微妙な表情になった。

 大人になって子ども扱いされるとは思わなかったのかもしれない。

 そんなヴィンセントの様子には気がつかず、ノエルはぽつりと呟く。


「でも、おまえ。加護自体はうっすら、あるんだ」

「俺に?」


 ヴィンセントが自分に言われるにはおかしいという聞き返しをした。


「微かに。破魔特有の『無』の感じがなかったから、集中してみてやっと分かるくらいの普通にしていたら気がつかない、ないも同然の本当に微かなものだけど」


 ヴィンセントがちょっと考える様子を見せて、口を開く。


「仮に加護が後から得られたとして、俺の破魔は消えるのだろうか?」

「……おまえの言う破魔は、悪魔に対してのものか」


 ヴィンセントが首肯する。


「答えるとするなら、いいや、だ。おまえが元から持っている性質は破魔だ。後から得られた加護は、あくまで後付けに過ぎない。聖獣が避けなくなり、聖剣を手にすることが出来るようになったとしても、破魔の効力はあり続けるだろう。とは言え断言は出来ない。加護を後付けできる天使がいた頃は破魔を行使する機会なんてなかったから、破魔の力がどう変化したかは知らない。推測だ。だけど、その瞳の色がどちらか一方の色に揃わない限りは、破魔はあり続ける」


 天使の加護もあり聖剣を手にでき、聖獣を召喚できるようになりながらも破魔の力も残るとしたら、それって何となく最強なのでは?

 と思ったけれど、後から加護が得られるか分からないことを考えると、羨ましいなと思う人はいないのだろう。

 それはそうと、ヴィンセントが自分に言われるにはおかしいという聞き返しをしたように、推測を述べていたノエル自身も、何だか解せない様子をしている。


「……そう、後付けでなければその目を持っている存在は、欠片も加護を持たない。『無』だ。だからそういう目になり、聖獣だけではなく、普通の精霊が無意識に素通りしてしまう弊害が出る。加護を得るとするなら、天使が認識して後から加護を付与しない限り……だけど、今の世では……」


 そこまで瞳を伏せて一人で呟いて、ノエルは目を上げた。


「天の剣を使った存在がいるんだろう?」


 振り向いて、独り言ではなく、セナに問いかけた。


「うん」

「その存在に会わせてくれるかい?」

「うん……?」

「セナ、僕は天の剣を使った存在を確かめに来たんだ。王に言われてね」


 話が途中で逸れてしまっていたが、そうか、確かノエルは精霊王の使いで来たのだと言っていたか。


「わざわざ、ノアエデンから出て?」

「そうだ。これは、とても重要なことだから」


 ノエルが、「あのね、セナ」と優しくセナに教えるように言う。


「天の剣の力を使えるのは、天使だけなんだ」


 セナも知っていたはずのことは、精霊に言われると、異なった風に聞こえた。


「それって、つまり……」


 彼の言い方では。

 なぜ人間が天使の剣を扱えるのか、という考え方ではなく、そもそもその剣を扱えるからには──。


『ノエル、エデ、何してんだ』


 床に光が走り、白い豹が現れた。

 ベアド、と名前を口にしたのは、ノエルとエデと、それからセナもだった。


『ガルに気づかれてるぞ。来いってさ』

「怒られるの嫌」


 すぐにエデがぎゅっと、セナにますます抱きつく。絶対に行かないという意思を感じる。

 久しぶりに会ったエデの幼い少女のような様子に、久しぶりに宥めるべく背をぽんぽんたたく。するとなぜかますますぎゅっとされた。


『冒頭は小言言われるかもしれないけどな、ちょうど良かったって言ってるからちょっとだけだと思うぞ』

「ちょうど良かった?」


 ノエルが首を傾げる。


『天の剣が使われたって分かって来たんじゃないかってな。そのことで精霊にも意見聞きたいんだってよ。俺もよく分かんねぇし』


 ノエルとエデが顔を見合わせる。


「……でもわたし、セナと一緒がいい。わたし、お使いで来てないもん」

『お使いなしなら完全に怒られるだろ』

「う」

「エデ、行こう。どうせセナにも今は仕事があって、僕たちはセナに会うとしてもこっそりのはずだった。さっき、エデが飛び出してしまっただけで」

「う……で、でもノエルだってセナに会いたかったでしょ!」

「うん。だからそのためにも用件を済ませよう。行くよ」


 エデが、手を差し出すノエルを、「ううぅ」と言いながら見ているので、セナが「いってらっしゃい」と言ってみたのだけれど、留めでも刺された顔をされてしまった。善意だったのだが。

 ちょっと罪悪感が湧いて、ノエルに手をしっかり握られた彼女に、声をかける。


「エデ、帰る前にまた会える?」


 瞬時に、しゅんとしていた顔が上を向いた。


「会いに行くわ!」

「じゃあ、また後で、セナ」


 しれっとノエルからも後での約束が口にされ、精霊は聖獣と消えた。










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