9 人か否か
前半セナ視点。後半ガル視点。
天使の剣を使用できるという言葉の証明がされた。
「……すごかったですね」
砦に戻り馬を預けて、一度会議室を経て、廊下を歩いている頃に、やっと声を発することができたが、そんな単純な感想のみだった。
「白魔と対等でいられる天使の剣だ。俺達が倒せる通常の悪魔程度、あれくらいで葬るのは当然のことかもしれない」
ヴィンセントは天使の剣の威力自体は当然のことと冷静に受け止めているようだったが、「しかし」と続けて呟く。
「単純に結果を受け止めれば、白魔と戦える武器を扱えるということだが……」
何か、引っかかっているようだった。
ヴィンセントだけではない。
喜ぶ空気は全体に満ちなかった。
エド・メリアーズは笑っていた。一部のパラディンも使えるのなら、という見方を示していた。使えるなら使えばいい、と。
だが、同調を示さなかった者は決して少なくなかった。ヴィンセントはその一人だ。
セナ自身、見たもの、感じたものが、未だ消化しきれていない感覚がある。ただ初めて見た光景が記憶に強烈に残り、初めて感じた手が届きそうで届かない感覚がまだすっきりしていないこともあるが、それだけではない。
彼女は、なぜ天使の剣を扱えるのかという疑問が再燃した。事実が目の前に光景として示されたからこそだ。
なぜ。
そう思って、一連の出来事を思い出してみると引っかかることがセナにもあった。
少女の背にあらわれた翼、一変した雰囲気、目覚めた天使の剣。
全てのきっかけは、召喚陣のようなものに少女が入ってからだ。
あの召喚陣のようなものを思い出すと、胸がざわざわした。あれは、一体何のためのものだ。召喚陣ではない。何を起こすものなのか。
セナでさえそう考えている。
白魔に対抗する絶対的な天使の剣が扱える事実を、そのまま楽観的に受けとるには懸念を感じる部分があるのだ。
ガルもまた、使えればいいではないかという考えは示さなかった内の一人だ。
天使の剣を使えたという事実を確認し、見た者の意見を聞き、それだけで会議を閉じてエド・メリアーズと出ていった。
*
エド・メリアーズに話があるとして、別室に移ったガルは「あれは何です」と単刀直入に問うた。
あの召喚陣のようなものは何だ、と。
エド・メリアーズは少し考える様子を見せ、こう答えた。
「力を目覚めさせるためのものだ」
漠然とした答えだ。
力を目覚めさせる?
何のだ。聖獣を召喚する、聖剣に選ばれるなどの力は目覚めさせるという手順はない。ただ素質があり、手順を踏むのは力の使用時だ。力を目覚めさせると言う時点で聞き慣れない。
だがそのような答え方をしたということは、それ以上のことを教える気はないということだ。
答えを得るには、こちらも漠然とした問いを止めなければならない。問題は、問いを細かく砕けるほどの情報量がないことだ。
だから、今可能な限りの問いを行う他ない。
「そもそも、別に隠して探すことはなかったでしょうに」
ガルは微笑み、エド・メリアーズに言った。
「天使の剣を扱う人間を探すなら、教会を上げて探す方がいいでしょう」
普通に探すつもりなら、の話だが。
天使の剣を扱える人間がいるという考えを果たして教会が信じたかという問題は、今のガルの考えでは関係ない。
今回、天使の剣を扱える存在をこのタイミングで出してきたのは、不自然ではない。
だが、このタイミングが「絶好の機会」だったなら。
教会に今まで大手を振って言うわけにはいかない理由と、得体の知れない召喚陣のようなもの。
そして、何より──
「エド、彼女は『何者』ですか」
またも漠然とした形になったが、こう問う他なかった。代わりに、言葉を重ねる。
「『人間は天使の剣を扱えない』。これは不変の『事実』です」
天地がひっくり返ろうとも変わらない事実だ。触れさえしない。
だからこそ聞いたときに信じられず、実際にその光景を見ようと、素直に見たままを受け取るわけにはいかない。
全てを見て、考えなければならない。今日見たものと、感じたもの、そして常識としての知識だ。
「あの子どもに、何をしたのですか」
裏がある。今まで秘密裏にしていたことには相応の理由があるはずだ。
天使の剣を扱える人間に至るまでに、何を経た。あの召喚陣のようなものがどのような影響を与えているのかは分からないが、人間に使うために何を経た。想像は難くない。そして良くもない。
「白魔に立ち向かえる唯一の存在をふいにするつもりか?」
エド・メリアーズの返答は、返答にならない問い返しだった。鋭い目付きがガルを見据える。
「脅しですか?」
「脅しに聞こえるのならな。今ごねて得るものなど有りはしないだろう。反対に失うものはある。白魔に対抗する手立てだ」
それを脅しと言う。
「ガル、妙な邪魔立てはよしておけ。白魔を退けるのは始まりに過ぎない。世を元に戻す。その始まりだ」
「どういう意味ですか」
「その内分かる。白魔を討ち滅ぼしたときくらいが相応しいか。──そうすれば、否定など一切出来るはずがない」
エド・メリアーズは話は終わりだと、部屋を出ていった。
ガルは引き留めなかった。それ以上は話さないという態度を示したのなら、無駄になる。
「……怪しすぎますね」
脅すということは、こちらの言いたいことを汲み取った上で認めているも同然だ。否定も一切されなかった。
怪しいと言うが、ほぼ黒だ。具体的な中身は分からずとも、思わしくない中身だとはあの態度で示された。
潔白ならば、笑い飛ばすだろう。
政治的な悪巧みをしていたのではないが、違う意味で悪いことをしていたらしい。
「現状背に腹は変えられませんから、とりあえず承認しましたか」
天使の剣を扱える人間云々の話は、承認のために先に教会本部でされていたはずだ。
こちらでの反応がそうだったように、素直に信じられる内容ではなかっただろう。
どれくらいまで知っているのかは分からないが、今日のことを踏まえ、審議の旨を提出したとしても承認されるかどうかが怪しい。
未知の存在である白魔を相手にしなければならない緊急事態だ。使えるなら使えばいいという考えの者がどれくらいの割合いるか。そして、この状況で代替案があるかと言えば厳しい。
「ベアドルゥス」
『何だ』
聖獣が姿を現す。
「君に尋ねます」
自分の感覚と、聖獣の感覚は異なる。
かの存在の側に侍っていた聖なる獣に問いかける。
「あの少女は、人間ですか」
人は、天使の剣を使用できない。
それなら疑うべきことは一つとなる。半透明の翼が生えたあの少女は、果たして人間か。
『それは、いつの時点のことを聞いてる?』
「では、天使の剣の使用時で」
『じゃあ、分からない』
人間だという肯定が返って来なかった。
『だが今のあれは人間だろうな』
分からないと、今、の境目はおそらく翼があったときと消えた今のときだ。
天使の剣を離し、召喚陣に似たものが再び起動し、翼が消えた。
「あれの解読がしたいですね……」
一見模様と化す、文字が何を意味するのか。