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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
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8 証明





 悪魔が出てくることを待たれることなど、後にも先にも今回だけだろう。

 エド・メリアーズが連れてきた少女が、天使の剣を使えるという事実を確かめるため、そのときが待たれていた。

 そうして待つこと、数日後。


「出ましたよ」


 会議中のことである。

 ガルが突然、それまでの話をぶっちぎり、言った。

 何が、とは誰も聞かなかった。分かったからだ。セナも、すぐに思い浮かんだ。

 悪魔だ。


「非常に不本意ですが、今回ばかりはベアドに足止めをさせます。まず、犠牲者は出ないでしょう」


 ベアドはここ数日、外の見回りに行っているようでめっきり姿を見かけなくなっていた。

 報告より早いということは、ベアドが悪魔を発見して、ガルに知らせたのだろう。

 そして、ガルがわざわざ悪魔の出現をいち早く察する真似をしたのは、例の検証のためだ。

 悪魔が現れた今、天使の剣を人間が扱えることの証明が始まる。


「エド、いいですね」

「無論だ。準備は前もってしてある。すぐにでも出させる」


 エド・メリアーズが手で背後の従者に合図すると、従者が素早く部屋を出ていった。


「では途中ですが、これより私は現場に向かいます。他に実際に自分の目で確かめようと思う者は来るといいでしょう」


 そう言い、衣服を翻し、養父は会議室からさっさと姿を消した。

 ヴィンセントも立ち上がっていた。彼は、セナの方を見る。


「君も行くか?」

「ヴィンセントさんが行くなら」


 従者なので。


「そうか。……それなら行くぞ」

「はい」


 オルガ・イエルカともう一人のパラディンは聖獣を通して見るつもりのようだ。いつも寝ているパラディンは、寝ているように見えて聖獣を通して外の様子を見ていたのだろうか。

 あともう一人のパラディンと、ヴィンセントとライナスも直接行くことを選んだ。ヴィンセントともう一人のパラディンは剣で戦うので、当然かもしれない。


 砦の建物を出て、馬を駆る。

 必然的に案内人となっているのは、ガルだ。

 一つの班程度の人数で、パラディンたちが現場に向かうことは中々ないのではないだろうか。

 そんなことを考える余裕はあった。と言うのも、速いは速いが、自分の実力を越えて必死に馬を走らせなければ置いていかれるという感覚はない。

 その理由は、たぶん例の少女が二人乗りで向かっているからだと思われた。ただ速い、のみで済んでいる。

 馬が力強く踏みしめていく地面には、雪はもうない。茶色の土が、蹄に軽く抉られて宙を舞う。

 どこが目的地点なのか。あとどれくらい行けばいいのか。

 全く情報がなく、風を切り、ひたすら前についていって馬を走らせていると、ある光景が見えてきた。


 向こうの方に、白い流れ星が落ちた……という風に見えた。

 流れ星のような速さだった。しかし空ではないし、そもそも夜でもないし、消えもしない。

 縦横無尽に動き回っている。

 あれは……と、注視していると、前から風が吹き付けてきた。強風により、前方の地面が薄く捲れ上がり、一瞬後には強い風が土を運んでくると共に、馬の歩みが重くなった。

 先頭のガルが止まり、次々と馬が止まる。


「あれですね」


 ガルが、白い線が動き回っている方を見て言った。

 ここに来て、止まって、見て分かった。白い線の中にいるのは、悪魔だ。

 そして、白い線の源はベアドだ。ああして牽制して、時間稼ぎしているのだ。

 全ては、検証のために。


「早いところ片付けましょう。いざ見ると、色々無駄な行為に思えてきます」

「俺はお前のそういうところが嫌いだ。ガル・エベアータ」

「それは失礼しました」


 ふん、と鼻を鳴らしたエド・メリアーズが「おい」と呼び掛ける。

 後ろを見もせずの雑な呼びかけに反応したのは、エド・メリアーズが連れてきていた者たちだ。

 少女と相乗りしていた者は少女を下ろし、少女が地面に降り立つ。ある者は、巻かれている布を馬の背から下ろし、ガルやエドより前方に進み出て布を広げ始めた。

 布の大きさは、人が一人横たわれるほどの大きさで、広げた瞬間きらきらとした輝きに視線がつられた。

 召喚陣だ、と思った。

 無理もない。召喚に及んだときのものにパッと見た感じが似すぎていた。複雑な模様が、銀色に輝く砂状の何かで描かれている。


 けれど、召喚陣だと思った直後には、違うと自分が否定した。召喚陣とは模様が異なっている気がする。

 召喚陣のあの模様には、あらゆる意味があるらしい。

 どれが何だとは元々知らないけれど、聖獣を人間界に現界させるための人間界の扉を開く効果をもつものや、聖獣との契約内容を示すものだ。

 しかし、違うと直感した他、そもそもここで召喚陣を出す理由が分からなさすぎる。

 では、あれは何なのか。


「あれは召喚陣ではありませんね」

「そうだ」

「何ですか」

「そんな細かなことより、ここに確かめに来たことだけ見ていればいい」


 ガルの問いに、エド・メリアーズが笑い、前を示す。

 銀色で描かれた模様の中に、少女が入った。中央に立ち止まる。


「唱えよ」


 短い命に、少女が目を閉じる。

 祈りを捧げるように手を胸に当て、初めて、彼女は口を開いた。


「『目覚めよ』」


 初めて聞いた声の印象は残らなかった。

 一言が、その召喚陣のような何かの鍵だった。

 模様が淡く光を帯びたかと思うと、あっという間に少女の全身を照らすくらいに光る。

 悪魔が前方にいることも忘れ、セナは少女を見ていた。先の予測ができない。何が起ころうとしているのか。

 模様が放つ光の中、少女の衣服を身につけている腕から、光る文字のような帯が浮き上がって、消えた。

 あれは……? 何かの見間違いか……。もう見えなくて、内心首を捻りつつ目を擦りそうになったが、その前にまた変化が起きた。

 少女の背から、薄い異なる光が──否、半透明の翼だった。光の中でも不思議とはっきり見える、半透明の翼が広がる。

 少女自身に起きた変化はその一つのみ。そのはずだ。目に見えた変化は。

 模様から光が失われ、背に翼を生やした少女が目を開く。見た目には、模様が光る前との違いは半透明の翼があるかどうか。

 そのはずが、目を開いた少女はまるで別人だと思った。

 目が、雰囲気が。翼が。何が。何がそう思わせてくるのか。目も、雰囲気も、翼も源とは思えなくて、目と雰囲気と翼の源になったものがある気がして。


『……何だ、あの奇妙なものは』


 声は、ギンジのものだった。

 下を見ると、いつの間にかポケットから顔を出した猫は前方を注視していた。いつからか。今もなお見続けている様子は、初めて見る類いのものに感じた。

 そのような反応をしているのは、ギンジのみではなかった。

 周りを見れば、その場にいるパラディンの目の代わりになりにきた聖獣含め、それぞれ少女をじっと見つめている。


「ガル、お前の聖獣を下がらせろ」


 エド・メリアーズの言葉の数秒後、動き回っていた白い線が消えた。


『おい、あれ何だよ』


 ベアドが、瞬時にこちらに現れた。

 戸惑った様子で、ガルに聞いている。目は、やはり少女に向けられている。


『なんか、もぞもぞする』


 自らの心地を言い表した言葉が、セナも分かる気がした。聖獣とは異なる感覚かもしれないけれど、もぞもぞする。

 あの少女の、変化した目と雰囲気と翼の源になったものが分かるような、知っているような、意味の分からない心地がする。

 本当は掴めているのに、手をすり抜けている、そんな訳の分からない心地だ。

 言い表しようのない感覚に陥り、ただ見ているしかできない光景に聖獣が入ってきた。

 この場に置いて、その聖獣のみが戸惑っていないような足取りで。

 聖獣が咥え、差し出した天使の剣に少女の手が伸び、触れる。柄の部分を手にし、聖獣の口から離れた。

 天使の剣を握っている。

 それだけで、信じ難い空気をひしひしと感じた。

 天使の剣は人間には触れもしないという知識を改めて思い出した。

 この時点で、信じられないことが起こっている。

 これからもっとあり得ないことが起こると感じたのは、セナだけではなく、疑いに疑っていた者全員だったはずだ。


「『悪魔を確認』」


 あの少女の声は、こんな声だっただろうか。

 複雑に、複数の声が混ざっているように聞こえる。気のせいか。分からない。


「『敵意を確認。警告』」


 悪魔がいることを、すっかり忘れていた。

 悪魔は、こちらに力を奮った。


「『……警告の拒否を確認』」


 力は、少女のいる場所で止められた。

 柔らかそうな髪が大きく揺れたのみで、一歩もその場を動いていない。ヴィンセントのように決して力が効かなかったのではなく、相殺された。


「『天の剣を発動』」


 少女の言葉で、剣が様相を変える。

 石のごとき見た目が、一瞬で。

 石は薄く塗られていたのではないかというほどに。下にこんなものが隠されていたのかというほどに。

 神々しい剣が表れていた。

 聖獣の力や聖剣に宿る力を、全て集めて凝縮すればこのようになるのだろうか。いや、きっと、足りない。別物だ。次元が違う。

 少女が剣を一振りする。

 剣から、力が放たれる。

 全てが自然で、流れるようだった。

 自然に瞬きをして、目を開くと、前方の悪魔はいなくなっていた。

 ただ、圧倒的なまでの力が消し去ったのだということは感じて、力の名残を前に広がる地に感じた。


「まさか、成功しやがったって言うのか」


 そう言ったのはライナスの声だったが、視界の方向的に表情は見えず、けれど視界に入っていた前方にいるエド・メリアーズの口が笑ったのは見えた。背筋がぞわりとする笑みだった。










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