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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
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6 パラディンが集まると……





 パラディンが五人揃い、上位戦力が揃い、砦の戦力は安定した。

 しかし依然として警戒中であることに変わりはなく、むしろ戦力が揃ったがゆえに白魔を迎え撃つ緊張感が高まったように思える。

 今、北の砦は異常な状態なのだ。


 セナはしばらくそうであるように、ヴィンセントがほとんど執務室を利用せずに会議室にいるので、会議室にいた。

 緊急時でない時分ならまだしも、緊急の情報は一所に集めて一気に伝えられた方が確実性がある。

 他のパラディンも、ほとんどの時間を会議室で過ごしていた。今はヴィンセントと、ライナスと、追加で来たパラディンの一人がいる。

 ライナスはヴィンセントの隣に当たる位置の席で、椅子の前足を浮かせている。ヴィンセントと会話しているわりには、宙に向けられた目は、意識は別の場所にあるように、目の前をそのまま見ている目付きではない。

 追加で来たパラディンの一人は、机に突っ伏して寝ている。大体寝ている人なのだ。

 ガルは一時間ほど前に、別にある執務室に行った。

 オルガ・イエルカと後一人のパラディンは、別々に従者を連れて外に出ていったはずだ。


『セナも一日中ここにいるんじゃ、ガルとあんまり変わらない生活の流れだな』

「お父さんは特になんじゃない?」


 セナが従者をしているパラディンとは有事に前線に出るものだが、元帥は違う。

 そしてそんなことをぼやくように言ったのは、ベアドだ。

 ガルが本当にどこの部屋からも机から動かないからか、比較的動く方のセナの側にいることにしたらしい。


「ベアド、退屈?」

『暇なんだ』

「ノアエデンにいるとか出来ないの?」

『さすがに白魔が出るんじゃないかってときにいないのはなぁ。ガルに言って、一駆けして来るかなぁ』


 何だか、いつかのライナスを思い出す言葉だ。

 そこで、ちょっと思ったことがあった。


「ベアド、聞いてもいい?」

『いいぞ』

「聖獣は、魔獣を退治していないと落ち着かなかったりするの?」


 ガルが言っていた。「彼らは人間世界を壊そうとする魔獣達の排除に来ている」と。


『そんなことはない。人間に位があるように聖獣にも位があって、ガルが戦いに出るのが稀なように俺も下の聖獣で充分間に合う状況ならそれでいいかって感じだ。ただ時々動きたくなる。これは俺の性格だな』


 なるほど。

 人間世界に来ている目的自体はあるが、何もそれに囚われているわけではない。

 そういえば、ギンジも魔獣を退治しないと落ち着かないなんていうことはない。


「やっぱり性格によるんだ」

『そうだな。後はどれだけの相手が出てきたら理性が飛ぶのかの個体差だな』

「理性が飛ぶ、個体差……?」

『そうだ。何しろ俺たちが相手にしてるのは天使を殺した悪魔の側だからな。言わば一味だ。魔獣にしろ、魔物にしろ、悪魔にしろ憎いものの一味であることに変わりはない。魔獣にさえ強い怒りを覚える奴もいる。悪魔となって強い怒りを覚える奴もいる。悪魔を前にすると突然言うことを聞かなくなって、突進ばかりで撤退に従わなくなったって話はガルから聞いたことがある。そういう差だ』


 魔獣にさえ、強い怒りを覚える聖獣は生き辛そうだと思った。

 悪魔側全てを強く恨んでいるということだろう。言えば、種族全体を。

 セナには途方もない規模に思える。人間全てを対象にするように想像したからだ。けれど、全てが敵対する性質を持っていればおかしくないのかもしれない。


 なら、ベアドは、ギンジは、と考えた。

 かつて、ベアドが悪魔のことを口にして野生の獣のような空気を帯びた記憶が甦った。

 そして、ガルがこの砦に来た日の話の記憶も。

 ベアドは、これまでは少なくともそこまで理性が飛ぶことも注意力散漫になることも余裕がないなんていうこともなかったが、ここから先は分からないと言っていた。

 それに対し、ガルが白魔のせいとだけ教えてくれた。

 ベアドルゥスという聖獣が『そうなる』可能性のある鍵は、天使を殺した白魔という悪魔なのかもしれない。


『何だ?』


 セナが無言で頭を撫でると、ベアドはちょっと首を傾げたが、結局動物の姿にしては表情豊かに笑った。

 ポケットの中がもぞっとしたので、ポケットから出てこない猫も撫でておいた。可愛い可愛い。


「そういえば、ベアドってお風呂入ってた?」

『風呂ぉ?』


 部屋の中を歩き出しながらの唐突な問いに、ベアドは初めて聞いたように言い、大いに首を傾げた。


「うん。前にギンジをお風呂に入れたんだけど、そういえばベアドって入ってたかなって思って」


 久しぶりにベアドに会って、突然思い出した。

 そこでベアドが何か言うより前に、吹き出す音が聞こえた。

 見ると、今歩いて行っているヴィンセントの横の位置に座っているライナスが発生源だった。

 彼は「悪い悪い。ちょうど聞こえて不意討ちだった」と笑っている。


「セナ、聖獣を風呂に入れたのか?」

「入れました」

「冗談じゃなくて本当かよ! 聖獣を風呂に入れるなんて初めて聞いたぜ」


 おっと。本当か、と言いたくなったのはセナの方である。

 笑うライナスの代わりに、ヴィンセントが教えてくれる。


「聖獣は汚れないそうだ。人間が生命維持のために必要な食事や睡眠が不要なように、根本的に作りが違うのだろう」


 ……ああ、そうである。彼らはペットではない。普通の獣ではない。人間世界にいたものではなく、天界から来た存在だった。

 たぶん、不要なんて教えてくれなかったというのは、必要と考える奴がいるとはという世の中の思考回路の基盤があるに違いない。

 でも、ギンジは飼い猫と同じ外見だったからつい……。

 セナは両手で顔を覆う。


「……恥ずかしい……」

「ライナス、笑うのをやめろ」

「違う、悪いって。セナ、馬鹿にしたいんじゃねえぞ、ただ不意討ちすぎてな」

『セナ、安心しろ。気分で水浴びはしてたぞ』


 そうですか。

 顔を覆っていたセナは、ポケットの方を見下ろした。


「ギンジ、ごめん」

『だから言ったのだ』

「何か言ってたっけ」

『……言った、はずだ。おそらく。……まあ別に害になるものでもない。構わん』


 ありがとう。ポケットの中から優しさが溢れ出るようである。


「本当に多いわね」


 話題としては下らない類いの話がちょうど終わった頃、オルガ・イエルカが会議室に戻ってきた。

 口振りでは、魔獣の類いに遭遇したのかもしれない。出現自体の報告は来ている。


「まあ最近、警戒要員で行ってたきりだったからいい運動になるけれど」


 艶やかな長い髪の三つ編みを後ろに払いながら、彼女は引かれた椅子に座った。机の上に増えるばかりの報告書をチラ見し、自分の席に置かれていたものに目を留め、見始める。


「最近の各地の魔獣と魔物の増殖は単に魔界の入り口の拡大によるものだと言われていたけれど、悪魔は悪魔でもまさか一番あり得ない可能性が降ってきていたなんてね」

「白魔が出てきたとなって、魔界で何か方針が固められた可能性がある」


 応じる形で言葉を発したのは、ヴィンセントだ。オルガの方は見ていない。手元を見ている。


「最悪の可能性としては、全面戦争だな」


 すっかり笑うのを止めていたライナスが、またどこかを見ている目付きでさらっと言った。


「全面戦争ねぇ」


 やはりこちらもヴィンセントもライナスを見ていないオルガが机の上を見ながら、単語が持つ意味合いの重さとは裏腹な口調で軽く相づちを打った。

 かと思えば、


「全面戦争になるなら、なるでどんと来いよ」


 と言い放った。

 セナはぎょっとし、ヴィンセントも少し目を上げたように思えたが何も言わず。


「お前なぁ、そんなことになったら絶対的に不利だからな」


 呆れた目をオルガに向けたライナスが、呆れた口調で言った。


「あらライナス、白魔に片腕と一緒に牙も吹き飛ばされたのかしら」


 オルガも顔を上げ、唇を吊り上げライナスに応じる。

 彼女の言葉にもセナはぎょっとすると同時に、思わず表情が曇る。それは、そんな口調で言うことだろうかと感じたから。


「牙なんて元々ねえよ。どっかの女と違って、知性のない野生動物じゃないんでな」

「あら、白魔への対処、私が行った方がましだったんじゃないかしら?」

「おー、物事を客観的に見ることも放棄したか? 売り言葉だけ言いたいがために言うのは止めとけよ、オルガ。無駄に吠えるしかしねえなら、口閉じとけ。不愉快だ」

「どうしてあなたが不愉快に感じるからって口を閉じなければならないのかしら」


 室内の空気が、一気に最悪になった。

 ベアドが『うわぁ』と言って、表情を嫌なものを見るものに変えた。これも個体差だろうが、聖なる獣だと言っても人間同士の言い合いは流せないものらしい。


「……仲悪い……」


 セナもセナで、心の呟きが小さいながらも実際に声になってしまった。


「二人のあれは普通よりは少々仲が悪いが、普通仲は良くないから珍しいことではない。家同士の権力争いもあるからな」


 セナの声は唯一、一番近くにいたヴィンセントにのみ聞こえたようだ。


「ただ、彼女が噛みつかなければライナスはあれほど噛みつかない。ライナスはあれで喧嘩は売られれば買うが、自分からは売らないからな」


 ライナスとオルガの言い合い自体珍しいことではないのか、傍らでそんなことまで言い切ったヴィンセントは『喧嘩』に我関せずという様子で立ち上がる。

 セナも視線で離れるよう示され、ついていく。ベアドもついてきた。

 ヴィンセントは壁際に置いてある補充用の飲み物をカップに注ぎ、そのまま壁にもたれて、机の方を傍観しながら口をつける。

 休憩するようだ。

 セナも隣に立って、傍観する。


「……名家の女性は気が強い傾向があるのでしょうか」

「なぜそう思う?」


 セナは、エレノアのことを話した。

 彼女は喧嘩を売るという強さではないが、気が強いことに変わりはないだろう。オルガの様子に、うっすらエレノアが重なっての何気ない言葉だった。


「マクベス家か。新人でこの砦にいたとは」


 新人全員のことを把握しているはずはなく、エレノアがここにいるとは初耳だったようだ。

 セナの言葉はよく考えれば安直だったと自分で思ったが、ヴィンセントは否定はせず、むしろこう述べる。


「性格の可能性もあるが、そうあれと育てられているせいが大きいだろうな。男女関係なく、ライナスだって気が強い。エベアータ元帥もにこやかではあるが押しはかなり強い」


 確かに。


「……ヴィンセントさんもですか?」

「俺は気が強いか?」

「ぶれがないという点では」

「ぶれ……? ひとまず、俺は別だと答えておこう。だが俺の姉は間違いなくそうだ」


 姉がいるのか。と、そっちに気を取られた。

 お姉さんがいるんですかと、思って、口から出るかどうかというときである。

 扉か開き、誰かが入ってきた。

 ガルだった。


「二人共、パラディンにあるまじき下らない喧嘩はやめてください」


 室内を進みながら、ガルはやんわりと苦言を呈した。


「オルガ・イエルカ。念のため言っておくと、君が行っていたとしても結果は変わらなかったでしょう。白魔に敵わず、戻ってくるという結果です。パラディン一人の戦力では白魔には敵わないようです」


 そして、その瞬間の言い合いの場にはいなかったはずなのに、以上のようにオルガ・イエルカにピンポイントに言った。


「ベアドがここにいたので、わざわざ聞かせてくれました」


 ベアド、いい性格してるな。

 ちらっと側を見ると、ベアドが笑って姿を消した。

 ガルが単に戻ってきただけではなく、席に促したのでヴィンセントも席に戻った。


「今日、エド・メリアーズが到着予定です。もう着いていてもおかしくはありません」


 ライナスの父親で、元帥の一人だ。

 何やら『武器』の準備とやらで後から到着すると聞いていた。


「ライナス、一度君の感触を聞いておきたいのですが。現時点でこの砦にはパラディンが五人いますが、白魔に対抗できる気はしますか?」

「やるしかないんでしょう?」

「そうです。ですが、エドの言う『武器』の内容次第では、パラディンを全員ここに集結させることを考えています」


 武器が有用であれば良い。そうでなければ、パラディンを全員集めてより万全の体制を整えておくつもりなのだという。


「ヴィンセントの破魔も、白魔にも効くのかどうかですね」

「そんな不確かなものにかける必要はない!」


 音を立てて扉が開かれると同時に、ガルの言を吹き飛ばす勢いで言葉が発された。ガルのように、入ってくる前の会話を聞いていたようだった。

 しかしセナはそんなことに気がつく以前に、驚いて、扉の方を凝視していた。そんなに大きな音を立てて入ってこなくともいいだろう。一体全体誰だ、と。

 入ってきた人は、全く知らない人だった。外見年齢はこの部屋の中で断トツに高い。

 全員の視線を集めた男性は、髭を蓄えた顔でにやりと笑ってこう言った。


「白魔と対等でいられるものを用意すればいいのだからな」










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