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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
二章『伝説の悪魔、天使の遺したもの』
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4 集結





 会議室は、心なしか昨日まで見ていた会議室とは別物のように見えた。

 肌で感じる雰囲気は、間違いなく異なっていた。


「元帥が来るにしてもあなたが来るとはな」


 入ってきたガルに言ったのは、戻ってきていたライナスだ。奥の方に座っている。


「エベアータ家の第一の仕事はノアエデンの管理だろうに。だから普段、特別領地にいる時間が多い」


 奥に歩いていきながら、ガルが柔和な微笑みを浮かべる。


「最後の楽園は管理されているのではありませんよ、ライナス・メリアーズ。それよりも、重傷だと聞きましたが怪我の具合は如何ですか」


 ライナスの言葉には一言のみでそれ以上は答えるつもりはないらしい。

 ライナスもそうだと予想していたのか、すんなりと次の話題に乗り、答える。


「見ての通りですよ。火傷の痕は派手ですが、残りは完治しました」

「腕があるということは、聖獣に?」

「ええ」

「そうですか」


 会議室には、新たに到着したパラディン含めた重要戦力が集まっていた。砦の責任者も混じっているが、見過ごしてしまいそうになった。

 ガルの後ろから会議室内を歩いていたセナは、一体自分はどこにいるべきかと、自然とヴィンセントを探した。

 見つけたヴィンセントはライナスの横の席にいて、セナを見ていて、小さく手招きした。

 なるほど。行って周りを見て分かった。従者は席の後ろに立っている。

 そして、一番最後に空っぽの席にガルが座る。後ろには彼の従者が。ベアドは、会議室に入る前に姿を消していた。


「雪がまた溶けてきたようですね」


 席についてから、いよいよこれから話が始まると思われたときの開口一番は、日常会話のようなそれだった。

 しかし、単なる日常会話であるはずがなく。


「ヴィンセント・ブラット。元々魔獣の増加によって、念のためこの砦にいたのは君でしたね」

「はい。現在残っている雪は先日降った名残です」

「その前に溶けたのは、例年より早かったとか」

「そのようです」

「今回は相手が特別のようですので、悪魔の影響の可能性も視野に入れておきましょうか。白魔ならば現れたのがここから離れた地であれ、広範囲に影響を及ぼすことが可能であると考えられます。──何しろ」


 微笑みが、ガルの目から消えた。


「伝説上彼らは天界の楽園を滅ぼしかけ、人間世界である地上も余波で火の海なり氷漬けなりなっていますからね」


 ──その悪魔達は、世界に影響を及ぼすほどの力を持っているとされる。

 二千年前、天使が白魔と呼ばれる悪魔に殺された。

 天界の楽園を白魔の力が蹂躙すると共に、地上にも力が及んだ。

 そのとき、人間界も二分の一が滅びかけたと言う。ある地は炎の海となり、ある地は氷漬けとなり、ある地は嵐に飲まれ……。

 天使が地上に飢えさえない加護と祝福という影響を与えられたのだ。悪魔が同じ影響力の大きさを持っていてもおかしくない。伝説と言えど、信憑性は高い。


「ライナスが派遣されることになった所以にもなった悪魔の被害を受けた地を見てきました。先見隊の報告より酷くなっていました。あれでは火の海です。大地が見えませんでした。そして見ただけで分かりますね、あれは我々が観測してきた悪魔のどれにも収まりません。ベアドルゥスも肯定しました」

「白魔であると?」

「そうです。この様子なら君の聖獣も肯定しているのでしょうか、ライナス」

「はい」

「聖獣の調子は? 先ほど見てきた際、ベアドルゥスは少々機嫌が最悪になりましてね」


 「少々」機嫌が「最悪」とは、中々矛盾していそうな言い方である。


『余計なこと言うなよガル』


 すごく近くから声が聞こえてきて、セナは驚いた。ベアドの声だ。


「おやベアド、そこにいましたか」


 ガルがなぜかセナの方を見て言い、セナも思わず足元や周りを見るが、ベアドの姿は見えない。


「ラヴィアも一時的に様子に狂いは見られましたが、今は問題ありません」

「それなら良かった」


 セナが足元を見ている内に、ガルとライナスの会話は軽く終えられた。


「さて、話を戻しますが、問題の白魔は予想するのなら当然『炎火の白魔』です」


 世界を火の海に変えられる悪魔。


「我々は伝説での話を聞けど、実感としてどれほどの力を持った悪魔か全く予想がつきません。ただ、パラディンであるライナス・メリアーズが深手を負うことになった事実があり、『もしも白魔が現れたなら人間世界は滅亡する』という有名な予想もあります」


 絶望しかない言葉を、ガルはさらりと口にした。


「しかしやるしかないのでやることをやります。ここで食い止めよとのことです」


 絶望的な言葉をやはりさらりと流して、ガルはこれからの話をし始める。


「七人いるパラディンがすでにここに三人。あと二名、各地でも魔獣等の数が増えていますから警戒のため本部に二名を残し、ここに来る予定です」


 これからの方針は、白魔の被害地の推移を見て警戒し、この地へ至ったときに迎え撃つ準備をする、というもの。

 絶対にここから先の地へは通さない。場合によっては、討伐隊を組みこの砦を発つことを視野に入れる。


「それから、エド・メリアーズも来ます」


 反応したのは、同じ名字を持つライナスである。


「親父が?」


 大層訝しげにするライナスに対し、ガルが付け加える。


「大層自信のある秘密兵器を持っているそうですね。具体的には何かは抜きで、エドが演説をしてくれました」

「秘密兵器……?」

「ええ。その関係で何やら準備があるそうで、到着予定は少し後のようです。『武器』については先に他の元帥に話されて審議にかけられるでしょうが、このタイミングで自信満々に出せる『武器』なら期待したいですね」

「武器って、まさか──」

「何よライナス、武器って」


 何か心当たりのある様子のライナスだったが、オルガ・イエルカの問いにもそれ以上口を開くことはなかった。ガルも深くは問おうとしなかった。

 今集まるべき人間が集まったタイミングでの会議は、現状と方針確認と簡単に短時間で終わった。

 今日鳥で来た人員はいずれも金階級以上の、悪魔を相手に出来る人だということが分かった。

 巡回するどの隊、班にも一人はいられるようにするようだ。


「そういえばヴィンセント」


 会議のあとヴィンセントと一対一で話していたガルが、一旦話が終わったあとに何かを思い出した様子で、ヴィンセントに呼びかけた。


「セナの従者ぶりはどうですか?」


 あ。

 そういえば、そのことを手紙にも書かなかったと思い出した。どこで知ったのだろう。

 しかし目の前で聞かなくてもいいのになぁと思うもので、セナはちらっとヴィンセントを見る。


「申し分ありません」


 ヴィンセントは考える素振りも見せず、淀みなく簡潔に答えた。


「ただ、エベアータ家としては一時的とはいえ俺の従者となってしまうことは問題ないのかとは思いますが」

「構いませんよ。しかしずっと従者を取らなかった君のお眼鏡に、セナが引っかかったのですね」

「ありがたいことに」


 そうですか、と微笑んだガルの目が、セナに向く。


「セナ、後で時間があれば君の方の話も聞かせてください」


 後で、ということは。


 つまりはこういうことなのだ。

 時刻は夕刻となった頃。

 セナはガルに呼ばれ、会議室ではなく執務室に来ていた。


「なるほど。ヴィンセントとは上手くやれているようですね」

「うん」


 ヴィンセントの従者となった事実のみはどこからか聞いていたようだが、それ以上ではなかったらしい。

 経緯や、感触を聞かれた。


「しかし、破魔で、心を許す従者を見つけられなかったヴィンセント・ブラットが今回普通に従者として置くことに決めたのがセナですか。残念ですね」


 従者となることに反対の様子はない。

 そんなガルに、聞いてみた。


「お父さんは、破魔についてどう思ってるの?」


 マクベス家のエレノアが破魔についてよくない捉え方をしているように、エベアータ家の彼はどう捉えているのか。


「どう、ですか。そうですね、珍しいものだとは思いますが、そこまでです。ヴィンセント・ブラットについてはブラット家の人間、破魔によって他のパラディンと遜色なく悪魔を葬るパラディンというだけの認識です」


 ということのようだ。

 事実のみを見ている、と言うべきか。


「破魔については何も教えていませんでしたが、セナの見方は一部の者がそうであるようには偏っていないようですね」

「知ってるの?」

「知っていますよ。実際に見聞きしていないとしても予想はつきます。多くの人と異なる性質を持てば、想像のみで出来上がった根も葉もない噂が真のように広がるのが残念ながら世の仕組みの一つです」


 ガルは、問いの原因が分かって、あのような答え方をしたのかもしれない。

 セナの問いに答えを返し終えたガルは、思考するように少しの間口を閉じた。


「……ライナスとも面識が出来ているようですね」

「うん」

「それなりに喋りましたか?」

「うん」

「そうですか」


 なぜ聞いたのか、ライナスの話題はそれだけだった。


「ところで、少し痩せましたか?」

「そんなことはない……と思う」

「聖獣とは上手くやれていますか」

「……そこそこ?」

「そこそことは、具体的に」


 具体的にと問われて、考える。


「ちょっと言うことをすんなり聞いてくれなかったときが最近まであったけど、今は大丈夫」


 たぶん。


「解決しているのなら何よりです。稀に、全く言うことを聞く気のない聖獣が現れるようなので」

「え、そんなことあるんだ」

「稀に、ですが。ありますよ」


 言うことを聞いてくれるのが普通は当たり前だと思っていた。エレノアが、当然であり、そうでなければおかしいと言っていたから。

 いや、彼女が言いたかったのは、エベアータ家の人間なら絶対にそうあって当然ということか。あり得る。


「と言うのも、彼らは人間世界を壊そうとする魔獣達の排除に来ているので、本当にそれのみをすればいいのだと考えている聖獣が人間の言うことに耳を傾けないということが起こるようです。まあこれは正直、大部分は契約主の資質に問題があり、契約自体が上手くいっていなかったのでしょうが。召喚陣には契約内容が組み込まれていますからね」


 …………ちょっとギクリとした。

 いや大丈夫。ギンジには言うことを聞いてくれる意思はあるのだし。


「その関係で、身の安全には気を付けるようにしてください」

「?」

「聖獣とは、契約主の身の安全を顧みないときがあります。彼らは契約主がいなければ人間界には現れられないのでそういう意味では我々の身が第一のようなものですが、やはり天使が加護を与えた世界を守る方が目的としては重要なのです。この世界を守るために戦っており、全ての人間を守ろうとは考えていないのが事実です。契約主の身の安全を守るのが目的ではないということを頭に置いておいてください」


 セナが無事ならばいいのだろうという言い分で、時に魔獣退治にも行くのが遅かった聖獣もそうなるのだろうか。

 ちらりとポケットを見下ろすが、猫は見事に中に入っていて顔が見えない。


『耳が痛いな』


 話を受けて言ったのは、ポケットの中の猫ではなく、執務机の横で寝そべっているベアドだった。


「ベアドもそうなるときがあるの?」

『少なくともこれまではなかったぞ。そこまで理性が飛ぶことも注意力散漫になることも余裕がないなんていうこともなかったからな。……ただここから先は分からない』

「ここから先は? どうして?」

『んー……それが分かるときが来ないことを俺は祈るぞ』


 ベアドは前肢に頭を乗せ直し、目を閉じた。この獣には珍しく、話題を切ったように思える。


「白魔のせいです、とだけ答えておきます」


 白魔の。

 それ以上はガルも続ける気はないようで、むしろ話題は移された。


「悪魔とは遭遇しましたか」

「うん」

「記録で、ヴィンセントがこの砦に来てから最初に退治した悪魔のときでしょうか。怪我をしたそうですね」


 初めて悪魔と遭遇したのが、ヴィンセントがこの砦に来てから最初に退治した悪魔のときというのは、分かっていても驚かなかった。

 悪魔の討伐者の名前が記録されることは知っていたし、パラディンの従者をしていればそこに居合わせたと想像するのは易しい。

 けれど、怪我の有無を断定されて、なぜとなる。


「あらゆる記録が残っています。悪魔、魔物、魔獣の出現地点、時刻、対処した隊、人。悪魔の推定階級。死人。それだけではなく、負傷者、負傷者の怪我の程度も記録されているのですよ。怪我の記録は医務室での記録ですから、知りませんでしたか」


 知りませんでした。

 ガルがここにいなかったときのことなんて、知られるはずがないと思っていたのに思わぬ落とし穴。

 別に怪我はつきものであって、知られて困ることなんてしてないけど。

 知られていなくて、見るからにあちこち怪我している有り様を見られなくて済んだと思っていた状態で、実は知られていましたは不意討ちすぎる。

 しかし、医務室の怪我の記録なんてなぜわざわざ目を通したのか……。


「研修中の評価もまずまず。ヴィンセントからの評価も良好。しかし、新人には不幸なことにこの地では異常事態が起こり続けています」


 そうですか、そうですね。

 相づちを迷っていると、次の言葉が飛んできた。


「参ってはいませんか」


 そう問われたことに、少し驚いた。

 ガルは、教育をしたのだからやれて当たり前だという考え方をしていると思っていたから。

 気が滅入るという発想を持っていないとばかり。

 予想外の問いかけに、頭の中にノアエデンを出てからした体験が様々過った。

 今思えば序の口だった、疲れた馬での旅路。魔獣、魔物──悪魔。突如できた亀裂に落とされて、一番の怪我をした。死ぬかと思った。泣きそうになったし、なぜか泣いてしまった。悪魔はヴィンセントが倒した。パラディンが遠すぎると思った。

 けれど、ライナスが予想も出来ない姿で戻ってきた。

 そして、今。白魔という悪魔の、想像もできない脅威の存在がもたらされている。


「大丈夫」


 問題ない、と言うことを選んだ。

 心境的には全然大丈夫なはずはなかったけれど、大丈夫ではないと言ったところで何も変わらない。









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