表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
35/116

22 出立





 ライナスが北の砦に滞在している理由であった先見隊が、報告を持って来た。


「火の大地、か」


 ヴィンセントが呟いた。

 場所は、ヴィンセントの執務室だ。ライナスが先見隊の報告者を連れてやって来たのだ。

 曰く、どうせ情報は共有するのだから、聞けるのなら書類での情報ではなく生の情報を聞いておくべきだ、と。

 見立て通り、かなり強力な悪魔がいるには間違いないそうだ。広大な森が焼け、町が一つ壊滅したとされる。

 と言うのも、町があったはずの場所には建物の形は少しとして残っていなかったそうなのだ。

 その代わりあった光景が「火の大地」。

 写真などない。示される光景がどのようなものなのか、想像がつかない。

 それほど燃え盛っているわけではないが、地をゆらゆらとした火が薄く揺れていたと言う。

 辺り一面を。燃えるものはもうなく干からびた地面で。


「消火を試みましたが、水では火は消えませんでした」

「燃えるものもない地面で燃え続けるってことは、当然普通の火じゃなかったわけだ」

「はい。その影響なのか、周辺の地にも雪が全く残っていませんでした」


 雪、と聞いて隅で報告を耳にしていたセナは窓の方を見た。

 ここ、北の砦のある地にも雪はほぼ残っていない。

 しかしまだ隅っことは言え雪が残っている砦より、もっと北にある地の雪がなくなっているのは自然ではない。それが、悪魔による影響か。


「そういえば、今年はこの地が暖かくなるのが早いと砦の責任者に聞いたがその影響……いや、そこまで広く影響は及ばないから単なる偶然か」


 これで早いのか。

 ヴィンセントを見ると、彼も同じようなタイミングで窓の方を気にしていたようだ。少し目が合った。


「町一つが消え、森が燃え続けている。魔獣ではまずあり得ない。魔物も町を跡形もなく消すほどの能力は持たない。悪魔であるのは間違いない。力の度合いはと言えば、悪魔自体の姿は未確認だが痕跡を見る限りではやはり強いか」


 先見隊は様子を見に行っただけ。戦うのが目的ではなく、被害の度合いの確認と共に、そこから悪魔の力量をある程度推測。さらに進行方向の推測を行い、一部が全ての結果を持ち帰る。

 そして、残りは。


「現在も悪魔の痕跡を追い続けています」

「分かった。ご苦労だったな」


 ライナスが報告者を労る言葉をかけ、退室の許可を与えた。


「さて、俺は本来する予定の仕事をしに行くか」

「いつ発つ」

「すぐに」


 明日、今日の夜、でもない。すぐ。


「さっさと退治しねえとな」


 唇を歪め不敵に笑いながらも、目付きは普段より鋭かった。


 宣言通り、ライナスはその後すぐに砦を発つことになった。どうやらいつでも出発できるように、荷物はそれ用に準備してあったようだ。

 「じゃあな」と軽く言い、軽く手を振ってライナス・メリアーズは従者と共に二人だけで砦を後にした。

 今から、強力な悪魔を相手にしに行くようには見えなかった。魔獣さえ退治しに行くようにも。

 ただ、馬で遠乗りに出かけるだけのよう。

 ああはなれないと改めて思った。


 こうして、唐突に現れたライナスが唐突にいなくなった。

 いなくなっても日々は、それまでの雰囲気に戻っただけと言えばそれだけなのだが、いなくなってみるとライナスは嵐のような人だったのだと感じた。

 周りに被害を与えることはないので、そういう意味ではなく、単に雰囲気的にちょっとした嵐をもたらす人だった。

 勢いがあり、存在感が強かったからかもしれない。


「ああはなれそうにないなと思いました」


 数日経った頃、休憩中にぽつりと言った。

 具体的な単語など一つもなかったはずだが、ヴィンセントは何となく分かってくれたようだ。


「ライナスは特別な部類だ。あれほど軽く悪魔退治に行こうとするのは、俺はライナスくらいしか知らない」

「わたしからするとヴィンセントさんも大概なんですけど」

「? 俺が悪魔退治にしに行くところを見たことがないだろう?」


 そうなのだけれど、セナからすると魔物を前に微塵も動じない姿を思えば、自分がなれそうにないという域なので似たような感覚なのである。

 そんな感覚が本人にわかるはずはなく、何か誤解したらしいヴィンセントは「ライナスは戦いの最中に笑っていさえするんだ。一緒にされるのは少し複雑だ」と言った。

 ヴィンセントは生まれもった性質によって集団から外れたところにいるような人だが、ライナスもライナスで彼自身の性格によってそういう部類だ。


「ヴィンセントさんが以前に言っていた『変わり者』ってライナスさんですか?」

「『変わり者』……ああ、それか」


 ややこしいタイミングで言ってしまったか。

 ヴィンセントは「ライナスは色んな意味での変わり者の一面を持っているような人間だからな」と言った。

 常人離れしているという意味では分からなくもない。

 それはそうと、セナは以前ヴィンセントに変わっていると評されたことがある。そのときは何によってそう言われたのか分からなかったのだが、時が経って分かった。

 ライナスが、世の中天使の加護がないことを気にしない人間というのは思ったより多くないと言っていた。

 ヴィンセントを人間の中での異端扱いをしない者は少ない。

 異端であり避ける人間の方が多いとは、この砦で過ごしていく中で感じることがあった。

 ヴィンセントがこれまで接してきた人もまた大部分がそうであったと考えれば、変わっているの意味が理解できる。

 そしてヴィンセントは、その変わり者をあと一人知っていると言っていた。意味が合っているなら、その人物は明らかにライナスである。


「そうだ」


 案の定、ヴィンセントはあっさり肯定した。


「変わってるって言われるのはちょっと心外なんですけど」

「俺からすれば事実だ。それにセナ、君の変わっている、はライナスからも保証されたようなものだ」

「ライナスさんから?」

「ライナスが興味を持つのは、まず普通の人間はあり得ないからだ」

「え、わたし特に興味は持たれてなかったと思います」


 そんな様子はなかった。単に普通に話しかけられていただけ。

 しかし、ヴィンセントは首を振る。


「ライナスは自分の部下でもないのに自分から新人に話しかけること、勝負を吹っ掛けるなら未だしも、普通に雑談をすることはまずない」


 そんな馬鹿な。あんなに親しげな人だったではないか。

 まさか、付き合いのあるヴィンセントが言うならば、自分には何か変わったところが……。


「……ヴィンセントさんの従者だからだったのでは?」


 自分が自覚していないところが変わっている説を考えはじめていたが、ふと冷静に考えた。

 ヴィンセントのことを気に入っているライナスである。頼むとも言われた。まともにヴィンセントの従者に見えたらしいセナだったからではないのか。


「ライナスが他人を判断基準にするとは思えない」

「どうしてもわたしを変わり者にしたいんですか」

「すでに変わっているところがあるのは事実だから、俺がしたいわけではない」

「元々その変わり者の称号もヴィンセントさんがつけたのでは」

「世の中の多数派から外れれば、『変わっている』となるのが常だ。だから俺の従者を辞めずに交渉した時点で、君は自動的に『変わっている』になったんだ」


 やはりあくまで淡々と言う彼は、セナが何か言う前に、「とは言え」と続ける。


「ライナスの変わっているも一部を除けば俺からすると他愛もないことで、君の変わっているも変わっているは変わっているが……」


 が?


「……まあ、当然都合の悪いものではない」


 ちょうどいい言葉が見つからなかったのか、ちょっと歯切れ悪い言い方だった。


「ライナスさん、悪魔の対処を終えたら首都にそのまま戻るんでしょうか」

「日数による。すぐに悪魔を見つけて、対処を終えれば真っ直ぐ戻るかもしれない」


 パラディンとは、本当に対強力な悪魔用の最高戦力なのだ。


「しかし悪魔か……。こちらの土地に魔獣の出現が増えているのも、もしもその悪魔が出てきた影響なら、収まる兆しが見えてくるな」


 魔獣は魔物の下に。魔物は悪魔の下に位置する。

 魔物のいるところに魔獣もおり魔物の指示を受け、悪魔のいるところに魔物と魔獣がおり悪魔の指示を受けるなら、偏って増えているこの地の魔獣や魔物の根源は悪魔だと納得できる。


「……人間が、魔獣や魔物に怯えずに平和に暮らせるようにはならないんでしょうか」


 国同士の争いがない代わりに、もう何千年も続く戦いがある。

 人間同士ではないからこそ、話し合いも出来ない、どちらかが壊滅するまで終わりようのない争いなのだろうか。


「魔界との出入口って塞げないんですかね」

「君は突拍子もないことを言うな」


 ヴィンセントは少し意外そうに言った。


「残念ながら魔界と繋がる形は、元からある形であり、人間も聖獣もおそらく天使でさえ変えられることではない」

「天使でさえ」

「そうだ。俺達は戦い続け、身を守るしかない。そうして、いつか終わりが来るのかもしれない。その終わりが万が一にでも近いといいな」


 ヴィンセントが心の底から言ったのか、会話の流れで出てきただけの言葉か。

 セナはそうですね、と言おうとしたが、言うことが出来なかった。

 ノックが鳴り響き、音を無意識に喉に押し止めたからだ。

 落ち着きのないノックを鳴らした人物は、部屋に入ってくるなりこんな報告をもたらした。


「魔獣が大量発生致しました!」


 セナは、とっさにヴィンセントの方を窺った。

 普段さすがに魔獣が出る度に報告は来ないが、応援要請が砦にもたらされたときなど、少し様子が異なったときには報告がされるようになっている。そういうときに魔物が出たときもある。

 だが、いずれのときも報告は冷静さを欠いていなかった。

 だから今、緊急事態という感じがした。

 報告を受け、立ち上がったヴィンセントはそのまま剣を手に取る。


「セナ」

「はい」


 分かっている。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ