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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
33/116

20 気にかかるのは


 ヴィンセント視点。










「聞いてはいたが、予想以上だな」


 ヴィンセントの前に座っている男が言った。


「毎日魔獣が出てるのはまあ魔界の入り口があるからいい。だが、予想していたより多い印象だ」

「確実に魔獣の出現数が増えている。魔界から新たに悪魔が出てきたのならその影響だと説明がつく」


 目の前にいる男──ライナス・メリアーズがここ、北の砦にいる理由は、この先に強力な悪魔がいる可能性が高いからだ。

 状況が芳しくない砦に、万が一のために駐屯しにきたヴィンセントとは別にライナスが来たのは、北の砦からはその地点がまだまだ離れているから。

 ヴィンセントはそれはそうと、と尋ねる。


「そんな話をしに来たのか? 日中に執務室で出来るだろう」


 時刻は夜。緊急時には出るとはいえ、本日の勤務時間は終了した後だ。

 そんな時刻に、この部屋に押し掛けてきてする話だろうか。

 疑問は当たっていたらしい。

 ライナスは軽く笑った。


「ここに最上位の家の跡取り候補が三人もいるなんてな、面白いよな」


 全く違う話題が出てきた。

 その話題に、ヴィンセントはわずかに眉を寄せる。

 最上位の家の跡取り候補がいると示されたのは、メリアーズ家の嫡男であるライナス、エベアータ家の娘であるセナ、そしてブラット家の人間であるヴィンセント自身だろう。


「俺は違う」

「跡取り候補は合ってるだろ」


 ブラット家の息子である時点でとライナスは言う。

 ヴィンセントはそれでも違うと言いたかったが、ここで意固地になる理由はないので重ねての否定はやめた。


「エベアータ家の人間が従者をしてるのは多少驚いたが、セナと大分打ち解けててそっちの方が驚いたぜ。良かったな」

「余計なお世話だ」

「そう言うなよ。もう従者は見つからないと思ってたお前に普通に付き合える従者が出来たのは、単純にいいことだろ」

「ライナス。セナはエベアータ家の養子だ。わざわざ養子ということは、跡継ぎのために引き取られた存在だ。そのうち、従者から外れる」

「……そういえばそうなるか」


 今思い至ったようだ。

 残念だなと呟くので、君のことではないのにわざわざ残念がる理由はないだろうと言っておいた。


「しかし、どうしてまた新人がっていうのもそうだが、エベアータ家の人間であるセナが従者になったんだ」

「従者を志願したそうだ」

「それは初めてって言うか、異例だな」

「この砦の責任者が、俺がこの砦にいる間の従者を新人から募ったようだ。大方、俺の扱いに困ったのだろう」

「だがそこで申し出たんだろ? 理由は知ってるのか?」


 なぜ、セナ・エベアータという新人がパラディンの従者に志願したのか。

 ヴィンセントは、セナに問うたことがある。

 エベアータ家の人間だと知ったからだ。

 エベアータ家は、最も高い位にある家の一つだ。従者をつける側であれど、従者の経験など新人であってもする意識など持ち合わせない。そちら側を知る必要がないからだ。

 その『常識』を知っているのは、異端であれヴィンセントがブラット家という、エベアータ家と同格の家に生まれ、そういう意識を傍らから見てきたからだ。

 ヴィンセントの従者には、時折良い家柄の者がつくこともあったが、当然ブラット家より下位だ。

 だが、新たにヴィンセントの従者となった彼女は、エベアータ家の人間だった。

 砦の責任者も何を考えているのかと思うものの、最もは本人が一体何を考えているのか、だった。


「勉強になるかと思ったそうだ」


 パラディンと会える機会はそうないからと。


「お前は、勉強にはならないだろうって否定した」

「どうして分かった」

「お前が言いそうなことだ」

「……」


 ライナス・メリアーズは、変わり者だ。

 家族は未だしも、周囲が天使の加護を受けないヴィンセントを遠巻きにする中、自分から近づいてきたばかりか、関わりを持ち続ける男だ。

 破魔ということに興味津々で、基本の情報は知っているようだったが、魔獣や魔物にどう作用するのか知りたがった。と言うか、そこにしか興味がなかった。

 同じ戦場に立つことが多かった時期がある。パラディンになる前、二人組を組んでいたこともある。

 魔獣たちを葬る方法が破魔であるだけで、強いことに変わりはない。強い奴が好きだと、戦闘狂のようなことを聞いた記憶がある。

 聖剣で戦ってみたいと、無茶を言われたこともある。勘弁しろ。

 遠慮がなくなるのも無理はない付き合いをしてきたので、不本意にも、『友人』とはこれに限りなく近い関係なのだろうと思う。

 そんな変わり者は、もう出てこまいと思っていた。破魔であることが、些細な違いであるかのような態度をし、側にいる人間は。


「……ライナス、君は、魔獣が怖かったことがあるか?」

「ないな」


 即答したライナスだったが、突然の問いの意味を問う目をした。


「セナは、魔獣を恐れている」


 ライナスの方が先にセナの話をした。

 だから、ヴィンセントは気にかかっていたことを、ライナスに意見を聞いてみたくなった。


「それがどうした。新人の中には、毎年一人や二人いるだろう」


 そうだ。


「新人でなくとも、他の人間にもいるだろう。恐れ、結局は辞めていく者を見てきた」

「セナは何が違う」

「セナには辞める道がないようだった」


 魔獣出現の際、彼女の顔に隠しきれない怯えを見た。

 一度目にのときは、先行していたから分からなかったのだ。魔獣を見て、恐怖していたのは事実だった。セナ自身が認めた。

 だが、「わたしは、辞めませんよ」と断言した。

 辞めるのも一つの手だという言葉を、曖昧に流すではなく言われた言葉は、何とも言い難い雰囲気を纏っていた。

 まるで──


「なぜ、彼女は退路を断っているのだろう」


 そう、退路を断っているようだった。

 あれが、未だに記憶の隅に引っ掛かり、残っている。


「お前らしくないことを気にしてるな」

「俺らしくない、とは何だ」

「さあ? 感覚だ」


 感覚で言われては堪らない。

 自分らしくない、が自分で分からなくて、決めつけられているように感じて、若干むっとする。


「気になるのは、おかしなことか? 君のような変わり者がまた現れたと思ったら、傾向が違ったんだ」

「どんな風に」

「君は魔獣だろうが魔物だろうが悪魔だろうが、臆するところなど想像できない。むしろ剣を握って、我先にと突っ込んでいくだろう」

「なるほどな。否定はしないぜ」


 そうだろうとも。

 ライナス・メリアーズを一言で表せと言われたら、ヴィンセントはこう言う。

 恐れ知らず。


「セナは臆病で、積極性が足りないってことか」

「言い方に悪意が感じられる」


 そういうわけではない。

 ヴィンセントは即座に否定する。


「召喚獣は役割を果たしている。召喚士としての働きは十分にしている。……ただ、本当は逃げたいのに、懸命に馬をその場に留めている様子だった」


 その様子があって、あの断言が気になるだけだ。

 なぜ、と問いたくなるのは勝手だと知っている。なぜも何もない。自分が決めた。それだけだ。知っている。

 だが、何だろう……と、ヴィンセントは抱いている感覚を整理できない。


「役目上、逃げられずに立ち向かうしかない。そうしているセナが、お前は気の毒か?」

「気の毒?」


 話しながらも、自分の頭の中で整理しようとしていたヴィンセントは顔を上げる。


「俺もお前も生まれた家の環境上、進む道は用意されていたな」

「俺の道は、一つじゃなかった。どちらでも好きにすればいいという選択肢が与えられていた」

「そうだ。お前は、今の道ではなくても生きていけた自負があるんだろう。聖獣を召喚しなくともいい、聖剣に選ばれなくてもいい。魔獣は怖れるに足らない。究極、山にでも籠っても生きていけるだろ」

「一つ訂正だ。聖獣を召喚しなくてもいいんじゃない。聖剣に選ばれなくてもいいんじゃない。どちらも不可能なんだ」

「細かいこと気にすんなよ。俺が言いたいのは、だ。──その道しかないというセナが、気の毒なんじゃないのか。お前が、別の道でもいいと言われながらもこの道だと決めたとしても、お前にとって魔獣は怖れる対象じゃない」


 この仕事ではなくてもいいという選択肢を用意されても、この道だと決めたとしよう。

 飛び込める道がこれしかなかったかどうかは置いておく。セナ・エベアータのことをそれほど知らない。

 ヴィンセントにとって、魔獣は怖れるものではない。

 だが、セナは違う。

 確かに他の職に比べれば遥かに給料はいいだろうが、代わりに、命の危機に晒される仕事だ。


「……ああ、そうなのかもしれないな」


 そうなのかもしれない。

 だが、そうだとしたら、それこそ余計なお世話だろう。自覚したなら、さっさと気の毒などという意識を捨てるべきだろう。失礼だ。


「って言っても、お前が人を気の毒に思うのは何か俺的にはしっくり来ねえ」

「……君は時々俺の何が分かっているのかというような発言をするのは止めてくれ」


 大体、散々述べておいてしっくり来ないとは何だ。


「単に、お前の言う『変わり者』がお前曰く俺とは正反対の女だから気にしてんじゃねえの?」

「……そんなことあるか」

「ちょっと考えたろ」


 ライナスが笑う。


「らしくないことを気にしてるっていうのも、それだと納得出来るかもしれねぇな」

「らしくない、と言うのなら」


 ヴィンセントはちらりと、ライナスを見やる。


「君の方こそ、そんなに新人に話しかけるような姿勢ではなかっただろう」


 以前、異なる従者がついていたときも、もちろんヴィンセントがライナスと話す機会はあった。そのいずれのときも、ライナスが従者に話しかけることはなかったと記憶している。

 そんな彼が、セナに毎回話しかけている。

 そっちの方こそ、不本意にもそれなりに人柄を知る付き合いをしてきたヴィンセントにとっては、しっくり来ない。

 ライナス・メリアーズは、強い人間が好きだ。それも、剣士に興味を持つ。おそらく、自分が手合わせできるからだ。

 それで言えば、セナはライナスの興味を引かず、ライナスは素通りして話しかけなくても不思議ではないほどだ。

 指摘を受け、ライナスは虚を突かれたような表情をし、静かになった。


「……お前にらしくないとは言ったけどな、俺も気持ちは分かる気がするんだよな」

「何がだ」

「気にかける気持ちだ」


 それこそ、らしくないことを言った男は、静かな表情で、静かな声音で呟いた。


「あいつ、似てるんだよ」









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