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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
31/116

18 名家三人





 声が聞こえた。


『セナ、起きろ』


 ふにふにと、頬を何かが押す。


『おい、セナ』

「……」

『お前が、起きていなければ起こしてくれと言ったのだぞ。……ああ、全く。他の者であればこの爪を立ててやるところなのだが』


 ふわりとした毛の感触が鼻先を撫でて、離れる。胸の辺りと頬にかかっていた微々たる重みがふっと失せて、セナは寝返りを打った。

 寝返りを打ったことで乱れた髪が、さらりと避けられる感覚がして、耳が冷えた空気に晒される。


「セナ」


 すごく近くで響いた声は、低く、鼓膜を揺すってくるような声音で。

 セナの目がぱちりと開く。

 ついでに軽く身を起こして、きょろきょろ左右を見ていると、『起きたか』と傍らから声がした。


「……ギンジ」


 ちょこんと座っている猫の姿があった。


「ああ、そっか……。ギンジの声だ。びっくりした」

『起こしてやったぞ』

「うん、ありがとう」


 ところで今何時?

 時間を求めて窓の方を見れば、陽の光の明るいこと。

 ああ、そうだった。昨日……いや今日、早朝に見回りから帰って来て、仮眠を取っていたのだ。


 身支度を整え、軽く食事をとり、一応何かヴィンセントに届け物がないかどうか確認しに行った。

 わざわざ確認しなくとも届けてくれる人がいて、セナもいつもは書類を出すついでにもらうだけなのだけれど、食堂の筋を真っ直ぐなのである。

 すると、ちょうど届けに行こうとされていた教会本部の印蝋が押された封書がいくつかあった。

 そして、一つ、何か見たことのないデザインの印蝋で封をされた封筒が。

 手紙らしきものだった。裏表見てみても、差出人の名前はない。怪しいものではないだろうな……とか思っていたら、前に来たガルからの手紙が同じ状態だったことを思い出した。

 怪しいものなら、通されないだろう。

 届け物を片手に歩いていたセナは、顔を上げて、前に誰かいることに気がついた。


 赤みを帯びた金髪と茶色の髪の、どちらも体格からして男性が、同じ方向へ歩いている。

 もうこの辺りまで来ると、行き先はヴィンセントの執務室くらいしかない。

 予想通り、二名はヴィンセントの執務室の前で止まった。前方を向いていて全く明らかでなかった顔が、見えるようになる。


「……あれ?」


 どこかで、見たような。

 そう思った刹那。

 ぱっと記憶が甦り、その人の姿と重なった。早朝見た、血まみれだった人だ。眠気が覚めた光景で、そのときのことだけ鮮明に記憶に刻まれていたらしい。

 そんなセナがいることに、相手も気がついた。

 ちらっとこちらを見た橙色の目が、セナを捉えた瞬間、わずかに見開かれる。


「……ここに用か?」


 足を止めたセナはそう尋ねられた。

 赤みがかった金髪の男性の方にだ。たぶん、早朝は血まみれだった方。

 目付きの鋭い男性は、セナの首肯を受け、一歩動いて位置をずれた。

 そして、茶色の髪の男性が今開けた扉の先を示す。


「入れよ」

「あ、ありがとうございます」


 勧められた通り、先に入らせてもらうと、執務室にはヴィンセント一人の姿があった。


「セナ、起きられたようだな」

「はい」


 机の上を見ていたヴィンセントが顔を上げてセナを見て、次にその後ろに気がついた。


「ライナス」

「よお、ヴィンセント。すっかり馴染んでるな」


 入ってきたのは、セナに先を譲ってくれた人だ。その人は、ヴィンセントに片手をあげてみせ、笑った。

 何やら、親しそうな雰囲気を感じた。空気的なものであり、ヴィンセントに軽い口調で話しかけた人を見たのは初めてだ。

 一体、この人は──?


「ああ、セナ、もらおう」


 入ってきた男性に気がついたことで移っていた視線が、セナに戻り、届け物を持っていると認識したらしい。

 セナが本部からの封書と手紙をヴィンセントに渡すと、彼は、手紙に目を留めた。

 セナと同じように手紙をひっくり返して、印蝋を目にしたと思われる。手紙は、机の引き出しに仕舞われた。


「読まないのか?」


 机の側まで来て、セナの横の方に立ち止まった男性が尋ねた。


「私的な手紙だ。今読むほどのものじゃない」

「ははぁ、なるほどな」


 何がなるほどなのか。誰からのものかセナは結局分からなかったけれど、手紙の印蝋さえ目にしていないはずの男性は、ヴィンセントの反応だけで分かったと言うのか。

 笑って、それからその目がちらっと、セナを見る。

 自然に笑みが滲んでいた口元から笑みが消え、笑わない目、笑わない表情になった。


「……で、誰だ?」

「彼女は、今俺の従者をしている」

「従者? まだ諦められてなかったのか」

「そのようだ。父が、本部からこの北の砦に命じていたらしい」


 従者という語句に反応してヴィンセントを見たものの、それに関してはそれだけで、男性はまたセナに視線を移す。


「名前は?」

「──セナ・エベアータです」

「エベアータ?」


 聞くはずのない名前でも聞いた反応である。

 エベアータ?という疑問調にどういう意味が詰まっているのか分からないので、何も答えようがないでいると、ヴィンセントが「エベアータ家の一人娘のようだ」と言った。


「あのおっさんに子どもなんていたのかよ。聞いたことねえっていうか、結婚してたのか」


 おっさん、と示されるのはガルだろうか。

 と、推測して、疑問の意味が分かった。ガルが結婚したと聞いていないのに、エベアータを名乗る子どもが現れたから、おかしいなとなったのか。

 次はヴィンセントに任せることなく、自分で説明を付け加えることにする。


「わたしは養子です。父は結婚はしていません」


 自分が知る限りは。

 説明に、男性は「ああ」と頷きながら、納得の声を上げた。


「なるほどな。とうとう結婚しなかったのか。……それで、養子か」

「ライナス、君も名乗りぐらいしておいたらどうだ。それとも君の紹介は俺がした方がいいのか」

「いいや」


 一向に名乗りそうになかった男性は、ヴィンセントに言われて、セナに手を差し出す。


「俺は、ライナス・メリアーズだ」


 差し出された手を取ったセナは、名字にぴくりとする。

 今度はメリアーズ家ときたか。

 何だかもう、元々名家のすごさも分かっていないセナは、三度のことに驚けばいいのかどんな感覚を抱けばいいのか未だにわからない。

 実はエレノアとの会話で、ヴィンセントの名字にもしやと疑問を抱いて、その家について調べていた。調べたと言っても、名家なのではという真偽を確かめただけで、結果は真。

 ブラット家は、マクベス家、エベアータ家と同格の家柄だったのだ。

 そして、今度はメリアーズ家。


 ライナス・メリアーズは、触れたセナの手を軽く握って、離す。


「ヴィンセントと同じでパラディンをしてる」


 ライナスの手がぴん、と弾いた記章は、白金色だった。

 今朝は確か、血まみれで何色だか分からなかったが、今はヴィンセントと同じ色に輝いている。

 最高階級。そして、パラディン。

 彼の腰には、剣があった。聖剣士か。


「ついでに、あいつは俺の従者だ」


 従者であると言う男性が、示されて会釈した。記章は金だ。

 そうやって、ライナスから目を離していた頃、腰を何かがふわりと撫でた。


「何だ、ラヴィア、出てきたのか」


 セナが背後を見る前に、それは前に回ってきた。

 狼にしては大きすぎて、狼のようでどこか異なる形を持つ白い獣がいた。

 くんくんと、セナのにおいを嗅ぐ動作をしている。


「珍しいな。そいつが俺以外にそれだけ近づくなんて」


 その口ぶりで、この聖獣はライナスの召喚獣なのだと分かった。

 獣は、ひとしきりセナの周りを回って、ふっと消える。


「何しに出てきたんだ、あいつ」


 この部屋で聖獣を見たのは、ギンジ以外初めてかもしれないなぁ、とセナは思っていた。


「それよりライナス、どうしてここにいる」


 ヴィンセントがどうして、と問うて初めてこの状況が異常だと気がついた。

 パラディンが拠点とする本部なら未だしも、一砦にパラディンが二名いるのは普通ではない。

 え、ここ、そんなにまずい状態なの?

 この前出てきた魔物が原因か。あれから、また魔物が出たとも聞いたし。

 そう悪い風にセナが考えるのも無理はない。それくらいのことのはず。


「あー、別に俺はここに駐屯しに来たわけじゃねえぞ。ちょっと先見隊の報告待ちでな。しばらくここで待つことにしたのは、俺だが」

「先見隊?」


 何の、というヴィンセントの問いに、ライナスがそこまで溜めることなく、答える。


「ここよりもっと北の地で、異常現象が起きているらしくてな。周りに影響を及ぼすくらいの上級悪魔が出たかもしれない」









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