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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
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17 前にも……






 魔獣は、ヴィンセントもおり、ギンジも真面目に動いてくれたので取り零すことなく対処を終えた。


「ギンジ、ご苦労様」

『容易いことだ』


 白い猫を迎い入れていると、馬に乗って合流したヴィンセントと微妙に目が合う。彼の目は、セナとギンジの両方を見ているようだった。


「召喚獣は役割を果たしている。この前のことと合わせると、評価書通りということだな」

「ありがとうございます?」


 それは及第点と捉えてもいい言い方なのか。

 ヴィンセントはまだ何か言いたげだったが、そのときは何も言うことなく、セナに先を促した。

 再び、すっかり静かになった夜空の下を行く。


「セナ」


 先ほどまでの、微かな音も聞き逃さないようにというかのような静寂が破られた。


「はい」

「君は、魔獣に恐怖しているな」


 唐突な指摘だった。


「──すみません」


 事実だった。反射的に謝った。

 魔獣と戦うのに、恐怖心があるのはデメリットにはなっても、メリットにはならないからだ。


「なぜ謝る。別に妙なことではない。君以外にも、魔獣を前に臆する人間は見てきた」


 しかし、ヴィンセントは瞬時に予想した言葉から外れたことを言った。

 セナは思わず、きょとんとした。

 それから、恐る恐る聞いてみる。


「見るからに、分かりますか」

「見るからに」

「そうですか……」


 魔獣が見えると、恐怖が勝手に芽生える。

 だが向かってくる黒い塊から逃げることは許されず、留まらなければいけない。それが、恐怖と焦りを増幅させていく。

 これに、慣れる未来が見えない。


「ヴィンセントさん、聞いてもいいですか?」

「何だ」

「ヴィンセントさんは、魔獣が怖かったことはありますか?」


 迫り来る魔獣に、微塵も臆することのない背中を見た。今日と、先日だ。

 剣で戦う彼は接近して戦わなければならないのに、全く。

 どうにか、あのようになれないだろうか。


「どうだろうな。忘れた」


 ところが、根本的な点から参考にならないと判明する返事が返った。


「それがどうかしたか?」

「怖くなくなるコツがあれば、聞きたいなぁと」


 切実に。職業的に、魔獣に遭い続けるのだ。

 だけれど、怖かった記憶がないのでは、聞きようがない。


「ありふれた答えなら知っている」

「一応聞いてもいいですか?」

「慣れろ、だ」

「その答え、知ってました」

「だろうな」


 ヴィンセントも一応言っただけのようだった。

 その代わり、こう続けた。


「人は魔獣が怖くて当たり前だ。魔獣は、人間を襲うものだからな。人間を見かければ、絶対に無視をしない。……だからこそ無理に慣れようとしても慣れない者もいるんだろう。そうして辞めていく者は結構いる」


 前を向いていた目が、セナに向けられた。


「セナ、君が今後どうなるかは分からないが、辞めるのも一つの道だと言っておこう。それは、おかしなことではない」


 魔獣が怖いことをこの職には欠点だとも早く慣れるべきだとも言わず、肯定し、別の道さえ教えてくれた。

 一連の言葉は、淡々としていながらも、中身には間違いなく優しさが宿っていた。

 ああ、彼はやっぱり優しい人なのだな。

 セナの口元は勝手に微笑みを描く。


「どうしてここで笑う?」


 ヴィンセントが不思議そうにしたので、セナは弁解する。


「いえ、そうやって違う道があるって言われることが以前にもあって」


 セナがこうするべきだと思っている道があって、でもその道が嫌ならと正反対の道を示したり、少し逸れた道を示したりされた。

 ベアドとギンジだ。

 そして、今回は聖獣ではなく、人間の上司から。


「出会うひとに、恵まれているなぁと」


 出会う存在に恵まれている。


「俺は、ただ事実を言っただけだ。こうして新人の内に関わることは俺自身が新人のとき以来だから、教えられることがあれば教えておこうと思った」


 夜戦にも慣れておいた方がいいと、今日の予定を組んだのもその一環だろうか。

 そうわざわざすることには手間が生じる。だから優しいのだと感じても、そう言えばきっとこの人は別にそうなのではないと言うに違いない。

 セナは、そうですか、ありがとうございますと言ってから、続ける。


「わたしは、辞めませんよ」


 明らかである事項を宣言しておいた。

 なぜなら──という、理由は喉に飲み込んで。



 砦に戻ったのは、早朝だった。

 太陽が上り始めた頃だ。


「言っておいた通り、緊急の件が起きない限り昼前までに出てくるように。書類も緊急のものはない」

「はい」


 手袋を外しつつ、自分の部屋に戻るだろうヴィンセントの背を見ていて、セナは「あ」と、はっとした。


「ヴィンセントさんも寝てくださいね」


 彼は、もうほぼ一日起きているはずだ。

 思い出したままに声をかけると、背を向けていた彼がちょっと振り向いた。


「試みよう」


 そしてまた前を向いて、歩いて行った。


「さて、とりあえずお風呂入りたいな」


 お風呂は、朝と夜入ることができるよう沸かされている。夜は普通、朝はこうして夜に見回りをした面々が入れるようにだ。

 さっと部屋に寄って、着替えなどを用意する。


「ギンジ、部屋で……」


 待ってる?と聞こうとして、止まる。

 ちょっと、考える。


『私は部屋にいる』

「いや、待って」

『む?』


 ポケットから出て、ベッドに飛び乗ろうとする瞬間を捕まえた。

 着替えを左手に。猫を右手に。

 セナは部屋を出る。

 廊下を進むことしばらく、猫が口を開く。


『どこに連れて行く』

「お風呂」

『お風呂?』

「うん。寒いから、わたしばっかりじゃなくて温かいお風呂に入れてあげようと思って。それに綺麗な白い毛だから、汚れちゃうともったいないでしょ」

『……お前は食事は未だしも……些か、私を人間や普通の生き物と同じように見すぎだ』

「ちょっとそこで待っててね」


 お風呂についたので、衣服を置き、猫を床に置いて制服を脱いでいく。慣れた制服は素早く脱げるようになった。

 脱ぐと、猫を掬い上げて大浴場へ。

 白い湯気の中はよく見えないけれど、人はあまりいない。この時間は少ないのだろう。


「よし、先に洗うね」

『おい、止めろ』


 石鹸を泡立て、すくいとった泡で、今度は猫を泡立てていく。

 小さな体は、あっという間に泡に包まれる。


「お湯かけるね」


 よし。

 一回かけるだけで、あらかた泡が落ちて、毛がぺちゃりとした白い体が出てくる。


「ほら、すごい真っ白」

『真っ白なのは元々だ』

「わたしが洗ってる間、お湯入っておく?」


 まあ自力でも出られるかなと、お湯を溜めた容器に猫をちゃぽんとつける。


『……お前は時々話を聞かないな』

「今さらだけど、お湯大丈夫?」

『熱いのは好きではない』


 猫はペロリとお湯を舐めた。


「その姿してるから、猫舌なの?」

『そういう意味ではない』


 心底呆れた声音で言い、猫は容器に寄りかかる。ぺたりと濡れていた毛がふわっと立ち上がったかと思うと……乾いている?


「乾いた?」

『乾かした。これほど濡れるのも好きではない』

「え、ごめん」

『別に、お前だからいい』

「ありがとう」


 お許しをもらったので、さっさと自分のことも洗って、出ることにした。

 猫を拭く必要はなかったため、髪をふきふき、部屋に戻るべく浴場を出た。


「お風呂入ったら、すごい眠くなってきたなぁ……」


 これ、きちんと昼前にヴィンセントの執務室に行けるのだろうか。

 目覚まし時計ほしい。


「ご飯どうしようかな……」


 眠い。寝たい。でも、お腹も減った気がしなくもない。

 でも食べておいた方がいいかなぁ。

 温かいお風呂の余韻を残したまま、体がぽかぽかして、眠気が襲ってきている。


「……うん。午後のために寝よ。ご飯は起きてから食べればいい」


 うん。

 午後眠気が襲ってくる方がまずいので。

 そうと決めると、あくびが出て、手で押さえる。


「あれ?」

「パラディンだ」

「──様だ」

「どうしてここに」


 まだ人が少ない時間帯、何か、話し声が聞こえて気がした。

 話し声の中身は気にならず、ただ、多くの人が起きて来ないうちにと部屋に戻ろうと思った。

 誰かとすれ違った。この人達は、これから仕事の人なのだろうか。セナのように、今仕事を終えたのか。

 夜番は初めてで、自分だけ逆走しているみたいで、落ち着かない。

 一層早く戻る足は、意思に反して止まることになる。


「エルフィア──?」


 腕を掴まれ、歩みを強制的に制止させられたのだ。


「?」


 眠気で鈍る意識で、何?と振り返った直後、


「……うわ!?」


 眠気が吹き飛んだ。

 血まみれの男が立っていた。背の高い男が、セナの腕を掴んで、セナを見ている。

 殺人鬼!?

 だがしかし、殺人鬼がいるはずがない。

 思わず悲鳴を上げたものの、よくよく見てみると、その人は制服を身に付けている。

 当たり前だ。ここは、砦。犯罪者がいるはずない。

 血は、魔獣の血だ。


「す、すみません」


 寝ぼけかけていたとはいえ、失礼にも悲鳴を上げてしまった。

 記章の色は血でよく分からないけれど、今年入ったばかりのセナより新人はいない。


「ああ、いや、こっちこそ悪い。……人違いだ」


 何の用かと聞く前に、男はセナの腕を離す。


「ライナス様、どうかされたんですか?」

「何でもない」


 そのまま連れの男と言葉を交わしながら、去っていってしまった。


「……何事……?」


 この砦に来たばかりの頃にも、同じようなことがあったような。

 でも、ヴィンセントは血は被っていなかったな。

 とか何とか思うのもぼんやりで、セナは気を取り直して部屋に戻った。







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