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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
29/116

16 夜





 廊下に響く足音は、セナ一人分だった。


『なぜこのような時間に出歩くのだ』

「ギンジ、わたしがヴィンセントさんと話してるとき起きてなかったんだね」


 歩く廊下は暗い。

 窓の外も、暗い。太陽が出ていないからだ。夜。月が出ている時間だから。

 普通なら、見回り業務のないセナはこの時間は寝ているのだが、今日は違う。


「ヴィンセントさんが夜戦にも慣れておいた方がいいって。今日は、見回りに出ることになったの」

『……またあの人間か。余計なことをする』

「むしろ正論なんだよ」


 この前は、セナは何もしなかったからヴィンセントは実力の確認も出来なかった理由というもある。

 灯りを手にするセナの格好は、コートにマフラーと完全防備だ。

 これから外に出る。


『セナ、お前は魔獣が怖いのだろう。私がいるのだから怖がる必要は万に一つもないと言っても恐怖を覚えるのなら、出来る限り出ない方がお前にとって幸福ではないのか』

「それはそうだろうけど、この先ずっとそうできるわけじゃないから」

『だとしても、出なくともいいときには出なくともいいはずだ。──あの人間がお前を無理に出すと言うなら、お前が望むなら私があの人間を消すのもやぶさかではない』


 急にこわいこと言い出したこの猫。


「急に物騒なこと言い出さないでよ、ギンジ」

『本気だ』


 そうだろう。この猫、冗談を言ったことがないから。


「わたしはそんなこと望みません。以上。ギンジにしてほしいことなら、ギンジが召喚獣として働いてくれることかなぁ」


 ね、と微笑むと、聖獣は『そうか』とポケットの中に引っ込んだ。

 ねえ、それちゃんと働いてくれるの? 大丈夫?

 その辺りを約束してほしいのだけれど。

 それにしても『幸福』とは、人間の幸福を考えてくれるって、聖獣は優しい。ベアドも、昔そんなことを言ってくれた気がする。

 今していることが嫌なら、普通に暮らせばいいのだと。

 優しさが温かく感じる一方で、そうもいかないのが現実なのは変わらない。

 いや、でも、ギンジの言い方は大分物騒だったので、性格が出るようだ。うちの聖獣、けっこう物騒。



 ヴィンセントの部屋は、少し離れたところにあった。

 当然相部屋ではなく、一人部屋のはずだ。

 暗い廊下を進み、ヴィンセントの部屋にたどり着き、扉を控えめにノックする。


「時間か」


 彼は出てきた。

 準備万端ではないのは、服装から分かる。コートを着ていない。上着は着ている。


「……ヴィンセントさん、仮眠は取られたんですか?」


 ちらりと見えた室内には、壁を向いて机があって、灯りが机の上にあったのだ。さらに机の上には紙とペンが。

 セナがノックするまで、そこに座っていて、訳もなくずっとだと直感した。


「いいや」


 今日は、夜に出るから、仮眠の時間が与えられた。

 いつもの時間の朝からずっと起きていて、これから朝まで当番を務める予定なのに、いいや?

 ヴィンセントは部屋の中に戻りコートを着て、マフラーも巻き、灯りをふっと消して、出てきた。


「待たせたな、すまない。行こうか」


 手袋をはめながら歩きはじめたヴィンセントの後を、慌てて追いかける。


「ヴィンセントさん」

「何だ」

「お仕事、そんなにあるんですか?」

「何だ、急に?」


 ちょっと振り返ったヴィンセントは、心底不思議そうな顔をした。


「ヴィンセントさん、目の下にくまがあるから、あまり眠っていないのかなと前から思ってました。夜、寝てるんですか?」


 さっきの様子は、日常なのでは?

 セナの言葉に、ヴィンセントが自分自身の目の下に触れた。くまがあることは自覚済みなのだろう。

 その上で、なぜセナがそんなことを言い出したのかも分かったようだ。

 目を前に戻した。


「眠っていないわけではない。眠れないと言う方が正しい」

「眠れなかったんですか?」

「昔からずっとだ。よく眠れないから、仕事をすることにしている」


 仕事が異常に早いなと思っていた。

 翌日になると、処理済みの書類が思ったより多いことはしばしばで。

 そうだ。確かに、日中に時間に余裕ができるくらいなのだから、仕事が多いなら夜せずに日中にすればいい。

 だけれど、時間に余裕があるのは、そんなに仕事に追われているわけではないのに夜に仕事を片付けていたからだったのだ。


「……夜に仕事をする癖をつけると、余計に改善されないのでは?」

「昔からというのは、生まれつきだ」

「生まれつき、夜に、眠くない?」

「夜だけじゃない」


 セナの解釈を否定し、歩き続けながらも彼は「おそらく、土地が合わないのだろう」と続ける。


「人間が住む地上というのは、天使の管理下だ。天使がいなくなっても、人間に加護があるように、地上には力が染み付いている。だから、人間なのに天使の加護を受けていない俺には少し合わないのだろう」


 難儀な体だと言いながらも、彼はちっとも嘆いているようには見えなかった。

 しかしながら、セナにとっては驚愕だ。破魔とは、そんな健康障害を起こしそうな事象を起こすのか。


「ね、眠れはするんですか?」

「多少は。でなければ、全く眠ることができない体質では、さすがにまともに生きていられない。多少眠れるということは、人間だという証なのかもしれないな」


 天使の加護を受け損ねただけで、本来加護を受けるべき存在ではあると。

 そんなにポジティブに考えられるのがすごい。


「しかし治る余地はない……と思っていたのだが……」


 呟いたヴィンセントが、不意に、ちらりとセナを見やった。


「君は仮眠を取ったか?」

「はい」

「とは言え、夜番は初めてだろう。眠いか?」

「……少し」


 正直に言うと、「そうか」と言う。


「俺もだ」

「え、じゃあ仮眠取っておいてくださいよ。あ、でも眠れないのか……」

「俺が眠れても、眠れなくとも君には関係ないだろうに。妙なことを気にするな。……まあ一つ補足しておくなら、最近は眠れる時間は明らかに長くなっているから、この時間帯でも眠ることは出来るかもしれない」

「そうなんですか?」

「ああ。ただ、俺が慣れていないので、それに適応できずに遅くまで起きてしまっている状態だ。だが、眠気があるというのはいいことだ」

「眠れるなら、寝てください」

「今回は失念していた。気を付けよう」


 あくまで淡々と、約束がされた。

 それにしても、不便極まりなさそうな体質に改善が見られたのは喜ばしいことだろう。

 しかし、最近とは。


「眠れるようになったのは、何かされたんですか?」

「特には。生まれつきで、諦めるも何もの状態だったからな。……強いて言えば、この北の砦の地に来たのは初めてだ」


 セナに答えてから、ヴィンセントは自分で要因を探るように呟き、「相性のいい土地に巡り会えたとでも言うのだろうか」と独り言のように口にした。


「そうだとしたら、ここに永住でもしますか?」

「わざわざ砦に?」


 ヴィンセントが首を傾げる。


「寒いのは得意じゃない」

「そこなんですか」

「重要だろう?」


 セナが笑ってしまうと、ヴィンセントもふっと微笑した。


「よく眠れる土地だが魔界の入り口がある常に第一線の土地を選ぶか、物理的には安住の地でもあまり眠れない土地を選ぶか、か。──悩むだけ無駄だ。どうせ俺の拠点は首都になる」


 彼は、パラディンだから。

 雑談はそこまでだった。

 ヴィンセントの後から、セナも外に出た。


 外は、月明かりが多少ある程度で、やはりほぼ真っ暗闇だ。

 馬に乗り、灯りを吊るし、夜の地に駆け出した。

 パラディンは、悪魔等強力な存在が出たときに必ず出る存在で、日常的に見回りなどは行わない。

 が、行ってはならず、待機だけしなければならないわけではない。

 今回、ヴィンセントは一班が担当する範囲をそのまま自らとセナのみで代わることにして、夜番に繰り出すことにした。


 見回りなので、担当区域に来ると馬で歩く。

 日中も大概静かだろうに、夜のせいでもっと静かに思えた。先が見通せないからだろうか。

 夜は不思議と怖くない。 一人ではなく、ヴィンセントもいるし、ギンジもいるからかもしれない。

 月明かりは、少し離れると人の顔が不明瞭になるくらい十分ではなくて、セナやヴィンセントを照らすのは、火の灯りだった。

 ぐるりと周りを見渡す途中で、ヴィンセントの横顔が視界に入った。

 整った顔立ちが、橙色の灯りで不思議な雰囲気を帯びる。

 ヴィンセントは、夜が似合う。色が、どちらかと言うと夜を思わせる方に寄っているからだろう。

 夜特有の静寂も、彼の雰囲気に似ている気がした──。


 ゾワ。

 微かな、妙な感覚が肌を走った。

 予感、直感、そして、確信。


「──いる」


 ヴィンセントの向こうに、ちらりと、暗い中に赤い色を見つけた。

 赤い瞳だ。

 魔獣、もしくは、魔物もあり得る。

 ギクリと緊張した瞬間、馬が乗り手の感情の揺らぎを捉えたように、足取りを乱れさせる。


「よく気がついたな」


 ヴィンセントがぴたりと馬を止め冷静に言い、セナを振り返る。


「セナ、君は、」


 声が途切れた。

 手綱を引き、馬の動きを止めようとしていたセナはそれに気がつき、赤い点が見える方から視線を移した。

 ヴィンセントと目が合う。

 じっと見られていたから、セナは慌てて彼に言う。


「──ちゃんと、ギンジ出します」

「……ああ」


 背後は注意して見ておくようにと言い置いて、ヴィンセントは赤い目がある方へ馬を駆けさせた。

 何だったのだろう。

 つかの間、ヴィンセントの様子が少々おかしかったような。気のせいか。

 ひとまず今は、仕事だ。


「……ギンジ、行って」

『了解』


 聖獣は、今回はするりとポケットを抜け出して、対応に向かってくれてほっとした。







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