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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
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15 不器用な人





 聖獣の多くは狼に酷似した姿をしている。

 色に差異はなく、下手をすれば大きさまでも一緒ということがあるのだが、不思議と見分けがつく。


「あ、エレノアの聖獣だ」


 と思ったら、当のエレノアが現れた。


「あら、セナ」

「エレノア、向かい側いい?」

「勝手にどうぞ」


 昼時の食堂にて、偶然エレノアと会った。

 彼女とは予定では同室だったのだが、パラディンの従者ということで、生活リズムが異なるとの理由から別の部屋となった。

 元々、エレノアと配属される隊が同じだから同室となる予定だったようだ。何だかんだセナだけでなくエレノアも一人で一室使用している状況らしい。

 そういうわけで、研修中と比べると顔を合わせる機会が激減したからか、エレノアと偶然会って嬉しくなった。

 笑顔を見たことがないというくらいには、絶対好かれていない事実を忘れて、向かいに座るくらいには。


「エレノア、久しぶりだね」

「先日会いましたわ」

「廊下ですれ違ったとき?」

「ええ」


 確かに会ったと言えるだろうが、本当にすれ違っただけなのだ。


「こうして向かい合うのが久しぶりだね、ってこと」

「それは……そうね」


 当たり前です、とエレノアは素っ気なくスプーンを口に運ぶ。

 エレノアが食べているものは、セナと同じメニューだった。頼めば誰でも同じものが出てくる昼食を、彼女は気品ある食べ方をする。


「調子はどうなのです」


 エレノアに習って、黙々と昼食を食べていたら、向こう側からそんな声がかけられた。


「あのパラディンの従者をまだ続けているようですけれど」


 二言目には刺が感じられて、普通に調子はいいと答えようとしていたセナの口が一瞬固まった。


「うん。役立たずにならないように働いて、クビになるまで続けることに決めたから」


 流れでだけれど、間違いなく自分で決めた。

 こちらを見ていなかったエレノアが、目を上げた。つり上がった大きな目がより大きくなっている。


「本気なのですか?」

「うん」

「『異端のパラディン』のことを、まだ聞いていませんのね?」

「聞いたよ」

「それならどうして」


 どうして、と問われて困る。


「その質問は、どういう意味?」


 どういう意味、がどういう意味かはかりかねるように、エレノアは眉を寄せた。


「ヴィンセント・ブラット」


 名字を音にするとき、エレノアは納得いかないような呼び方をした。


「ブラット家がかのような者を家に置くなど、気が知れませんわ」


 ブラット家。

 ブラットとは、ヴィンセントの名字だ。もしや、エレノアのマクベス家と同じパターンで、高名な家なのか。

 今ここでその疑問を口にすれば、エレノアの生家のときの二の舞になるので、後から自分で調べようと頭にメモしておく。

 セナがそこで疑問を抱いているとは知らないだろうエレノアは、同じ声色で話し続ける。


「かのパラディンは天使の加護を受けていませんわ。破魔と言えば聞こえはいいですけれど、天使の加護も聖獣の恩恵も受けられない──非常に得体の知れない存在です。少なくとも、教会に置くには不確かすぎるのです」


 彼女の言は、きっと、ヴィンセントを『異端のパラディン』と呼んでいる人々の意でもあっただろう。

 だけれど、やはりセナにはその感覚が分からなかった。


「エレノア、ヴィンセントさんは、パラディンだよ。わたしは他のパラディンは見たことがないけど、戦う手段が異なるだけで魔獣たちを倒す結果に変わりはないと思う」


 魔獣を一人で素早く処理し、魔物を寄せ付けず戦う力は、パラディンだと言うしかない。

 天使の加護を受けていないことが、どれほどのことかは分からない。けれど、他人に悪影響を与えるものではないように思えるから。


「それに」


 ──異端という言葉に考えた。

 この世界の人間の普通から外れたヴィンセントが異端だと言うのなら。

 自分の方がもっと異端だ。

 ここではない世界で生きた記憶を持つ。記憶が全く異なる世界を比較し、どうしようもないずれを感じる。

 精霊に気に入られていることも、ある種の『異端』と言えるのかもしれない。

 他の人間と異なる、ということが異端ならば。


「……それにヴィンセントさん、いい人だよ」

「いい人?」

「お茶淹れたりしてくれるし」


 ついでだけど。地位的に、セナが従者であることも考えれば、普通はあり得ないのではないかと思う。

 セナは微笑んだ。

 ヴィンセント・ブラットは、少なくともセナには普通の人に感じられる。それも、意外と話しやすい人だ。

 セナには、自分から断固として辞めていく理由がない。


「ねえ、エレノア」

「……何です」

「エレノアって従者いるの?」


 セナはさらっと話題を変えた。

 このまま続けても、互いにいい気分になるとは思えない話題だと思ったからだ。エレノアもヴィンセントと直接接すれば何か変わるかもしれないが、それは流れに任せよう。


「ええ、もちろん」


 エレノアは、話題の変化に逆らわなかった。


「でも、今は近くにいないよね?」


 もう一度、ええ、という返事が返った。


「今は父の部下をしていますの。従者がつくべき家の者とはいえ、新人の頃から従者を連れて歩くのは不相応というもの。わたくしが階級を上がった折に連れるのです」


 なるほど。従者をつけるべき地位に上がったときに、連れるのか。

 そして、当然のようにエレノアにはすでに決まった従者がいるのだ。彼女は、自分が『相応しい地位』に就くことを疑わない。すごい自信だ。

 セナは、それほどまでに自信にみなぎった人を見たことがなかった。

 前世ではそもそも関わる人が少なかったし、今世では孤児院周りでは単純におらず、ノアエデンでも、ガルに自信というものを意識したことはなかった。

 エレノアに従者がついている光景の想像は容易かった。


「そういうものなんだ」

「『普通』はそうなのです」


 では、自分が目指す光景もそうあるべきなのだろうか。

 他愛もない内容が記されていたガルの手紙を思い出した。あの人は、セナが跡継ぎという存在に収まった時点でよいとしていそうな感じがするけれど、その辺りどう思っているのだろう。

 エベアータの人間として、どの辺りまで目指すべきだと、明確に考えを持っていたりするのだろうか。


「ギンジ」


 エレノアと別れ、食堂を出て、廊下を歩く。


『何だ』

「わたしは、天使の加護を受けてるのかなぁ」


 ぽつりと溢した問いは、さっきまでのエレノアとの話の流れで思い出したことの余波を受けていた。

 この世界が見慣れない自分は、天使の加護とやらは受けられているのか。

 同じ聖獣でも、ベアドに対してなら、言ったあとにちょっと緊張しただろう。

 四六時中一緒にいるからか、いつの間にかこの世界で一番話せる相手になってきた感じのする猫には、そんな問いを投げ掛けても緊張しなかった。

 単に、加護とやらは感じられないものなのだろうか、とか手を見て考えていた。


『なぜそう思う』

「んー……何となく」

『愚問だな』

「愚問……いや、でも考えてみると、聖獣を呼び出せてる時点で加護ってあるってことかな……」


 ヴィンセントは、破魔は聖獣を召喚できないと言っていた。

 この印があることは、聖獣を召喚したから。召喚できるのは、天使の加護を受けた人間だから。

 ふと、立ち止まって、横を見た。

 窓の外は、晴れ模様。気温はまだ暖かいとは言い難い。砦には塀があるから、雪原は見えない。


「仕事、するかぁ」


 考えるのやめた。

 顔を前に向け、また、歩き始めた。




「これ、本部からの備品が届いたので、その報告だそうです」


 執務室で、ヴィンセントに用紙一式を差し出した。

 机の上に置かれたそれを、ヴィンセントはちらっと見て、ぱらぱらと捲る。


「倉庫の帳簿の写しか。……一度正しただけで、後は責任を持って自分達でやってほしいものだ」


 倉庫の管理は自分の管轄ではない、とヴィンセントはぱらぱらと捲るのを、直ぐに止めた。


「俺が確認するものではない。そのまま返しておいてくれ」

「了解です」


 確かに、ヴィンセントは北の砦の責任者ではない。ずさんな点を指摘しただけで、ずっと確認し続ける義務はない。

 渡される帳簿の写しを受け取ろうとすると、帳簿が──ヴィンセントの手が止まった。

 こちら側をセナが、あちら側をヴィンセントが持った状態になる。


「一つ、今となっては君に弁解しておくことがある」

「?」


 弁解?

 首を傾げ、彼を見ると、色違いの瞳がまっすぐに。


「倉庫の備品整理を、させただろう」

「はい」

「あれは、本来は君がするべき仕事ではなかった」

「倉庫の備品整理がですか」

「そうだ」


 セナは、ぱちぱちと目を瞬く。

 それから、


「そうだったんですか」


 あればかりは、さすがのセナも違和感を覚えていた通りだったのか。


「当初は、出来るだけ俺の側にいない仕事を割り振ろうと思っていた」


 ぱっ、とあちら側から、ヴィンセントの手が離れた。


「今後あのような仕事はないから安心してくれ。すまなかった」


 そのままヴィンセントはくるりと窓の方を向いて、セナの手元では、紙の上部がへにょりと倒れた。


 紺色の髪がさらりと揺れた後頭部を見て、ぽかんとしていたセナの頬が緩む。

 不器用にも、優しい人なのだなぁと思った。








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