14 手紙と上司と休憩時間
「お手紙です」
用事で行った先で、教会本部からの言伝てと共に、個人宛の手紙をもらった。
「誰からだろう」
手紙をもらうのは初めてで、もらう心当たりがなくて、封筒を眺めた。
無地の封筒は長方形で、手触りから上等だと分かる紙だ。切手はない。元より、切手は存在しないのかもしれない。
宛名は記してあらず、封筒をひっくり返してみると、差出人の名前もなかったが……。
「あ」
封筒を留めていたのは、エベアータ家の紋章の封蝋だった。
ならば、差出人は。
封を切り、中から一枚の紙を取り出し、読む前に紙の最後を見ると、ようやく差出人の名前を見つけた。
ガル。
苗字はなく、彼のファーストネームのみが記されていた。変わらずの、流麗な字だ。
しかしなぜに手紙をと、何かあったのかと思って、中身に目を通し始めた。
……が、深刻さは微塵もない内容だった。
いわゆる時候の挨拶的な文からはじまり、配属されてしばらく経ったがどうか、とか、ノアエデンではエデが……。
他愛もない手紙だった。
「普通の手紙だ」
読み終えた手紙を裏返したりしてしまうが、終わりは終わり。
拍子抜けした。
とりあえず、返事を書くべきか……?
「あ、ヴィンセントさん」
顔を上げたタイミングで、先で合流する廊下に、ヴィンセントの姿を見つけた。
思わず呼びかけてしまったため、ヴィンセントが反応して立ち止まる。
セナは手紙を元の通り折り畳み、封筒ごとポケットに仕舞いつつ、小走りに近づいた。
「本部への報告書の送付手配完了しました」
他にも色々して回っていたけれど、一番に完了報告すべきはこれだろう。偶々会ったヴィンセントに報告し、「それから、本部から伝達事項が」と封筒を渡す。
会議に出席していたヴィンセントは、封筒を受けとる代わりに、持っていた書類をそのままセナに流した。 もう不要らしい。
セナは言いつけられていた用事が終わり、ヴィンセントの執務室に戻るところで、ヴィンセントも会議を終えて戻る。
同じ道を歩く前方、ヴィンセントは、本部からの伝達事項に目を通している。
廊下では、すれ違う人がヴィンセントに軽く頭を下げる。この砦には、ヴィンセント以上に位の高い人はいない。
頭を下げ、通りすぎていった人の一人を何気なく、振り返って見た。
空気から溶け出てきたように、さっきはいなかった聖獣が足元に。
相変わらずちょっと避けられているなぁ。
セナは、前を向く。
前を行くヴィンセントが聖獣に避けられていると知ったのは、彼の特性を知った翌日だ。
聖獣は、天使の加護を受けていないことが分かるのだろう。違和感でも覚えるとでも言うのか、近くに寄りたがらないのだと、ヴィンセント本人が言った。戦いには支障がないので問題はないとも言っていた。
彼にとっての判断基準は、自分よりも、客観的に見た合理性のようだった。
部屋に戻ってからは、セナは次の仕事に取りかかり、部屋にいたり出たりする。
ヴィンセントは部屋を出るのは基本的に会議のみで、あとは報告はあちらから来てくれる。
そのため、時間によると部屋から出ていく人と入る人の切れ目がないときがある。
「ヴィンセントさん」
「何だ」
「前から思っていたんですけど、甘いものはお好きなんですか」
砂糖どぼどぼは、疲れているのか、単に甘いのが好きなのか。
現在進行形で砂糖を山盛り入れている上司に、聞いてみた。
以前まで、事務的な会話のみだったのが、最近はセナから話しかけられるようにもなった。会話自体増えた。
従者であることについて、流れでヴィンセントもセナも考えるところを言ったからか。前まで透明ながら鉄壁だった壁が、薄くなった気がする。
「人並みには」
どっちか分からない答えだ。
まあ、嫌いではないと分かっただけでいい。
「では、こちらを」
セナは、後ろに回していた手を前に持ってきた。
「お菓子です」
お茶請けにどうぞ。
厨房の人にもらったのだが、ヴィンセントの好みがどうか分からなかったので、万が一甘いものが嫌いならそっとなかったことにするつもりだった。
そのときはもちろん、セナ一人で食べておくのである。
「……」
唐突に出てきたお菓子に、ヴィンセントは黙してそれを見て、しばらく……。
「それなら、君も休憩するといい」
「え? いいんですか?」
返事の代わりに、ヴィンセントは予備用の伏せられているカップをひっくり返し、ポットの中の飲み物を注いだ。
現在執務室は忙しさとは無縁の時間が流れていた。
どうやらヴィンセントが来た当初は、色々把握すべきこともあり、さらにヴィンセントが見つけた粗のために、やることと報告が増えることになっていただけで、本来の仕事は時間に余裕がないほど多くないそうだ。
多くなるなら、本部から書類が転送されてきたとき。
さらに全ての報告がヴィンセントにもされるので、その時間だけは拘束されるが、時間に余裕が出るときは出る。
例えば、今のように。
「落ちたぞ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
お言葉に甘えて、そこにあった引かれた椅子に腰を下ろそうとした。ポケットから何か落ちたのに気がついたのは、ヴィンセントの方だった。
何が落ちたのか、とっさには心当たりがなく、受け取ってみると手紙だった。そういえば。一読して仕舞ってから、業務に戻って忘れてしまっていた。
「君は、エベアータ家の人間だったな」
「はい」
一応。
手紙の紋章を見ての思い出しか。
ヴィンセントは、まさに思い出したようにそんな話題を出した。
「今さらだが、従者となるのは家としては良かったのか」
「家として……よく分かりませんけど、おそらく大丈夫だと思います」
「漠然としているな」
申し訳ない。
だけれど、聞かれても、そうとしか答えようがない。分からないから。
元々、ガルともエベアータ家としての話をしたことがないし。よく分からないなぁ、となる話なのだ。
「そもそも、君には従者はいないのか」
「? わたしに? ですか?」
ヴィンセントが押して差し出してくれた砂糖壺を、ありがとうございますと受けとりながらも、首を傾げる。
すると、ヴィンセントの方も若干首を傾げた。
「俺の知っている者数人は、子どもの頃から従者となる者が決まっていた。君と同じような家柄の家の跡取りだ。それに、君の父も従者を連れているだろう」
「従者……ああ……」
「ん?」
「いえ、その人が父の従者だと初めて知りました」
ガルか仕事に行くときにも側にいる人がいる。
彼は、ガルの仕事場でも執事的な役割を果たす人ではなく、従者だったのか。
いや道理で。言われてみると、なるほど、しっくりきた。
おまけに、従者とかいう話は、エレノアもしていた気がする。従者がつくのが当たり前の側の人間だと。
「わたしはエベアータ家の養子で、養子となったのが四年前なので、その関係があるのだと思います」
「養子?」
「はい」
知らなかったようだ。
セナは、教会が所持しているプロフィールに、自分のことがどれだけのことが書かれているか知らない。
そして、所属する予定だった隊にもどれだけの情報がいき、ヴィンセントにもどのような情報が渡っているのかも。
まあ、戸籍以外に養子だという痕跡はなく、とっくにエベアータ家の人間になっているから、わざわざ養子だとは書かないか。
「ああ、そうなのか」
養子だと聞いて、一時ぴたりと手が止まっていたヴィンセントが動き始め、カップを手にし、口をつける。
それから、何やら何度か頷いた。
「色々納得した」
「色々とは」
「色々、だ。従者がいないと言ったこと含め、色々」
セナが気がついていない名家の人間らしくない行動があったなら、それに説明でもついたのだろうか。