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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
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12 彼が持つのは聖剣ではない





 用意された馬に乗り、素早く駆け出した。

 雪は降っていない。雪はこれからの季節降らず、溶けていくばかりで、この雪は残っているだけなのだろう。

 春に向かっていると思われる空気は、まだ温かくはないと感じる温度で頬を撫でる。

 急いで身につけたコートは、ボタンを留め損ねているのか、いつも以上にばたばたと音を立てる。

 マフラーは準備し損ねていたため、部屋に戻る暇もなく、無防備な首から風が入る。

 荒い息が口から吐き出されながらも、馬を駆る速さを緩めるわけにはいかない。

 緩めれば、ヴィンセントを見失う。


 ヴィンセントの背は離れた先にあった。

 姿は見えるが、故意にこの距離を作っているのではない。ヴィンセントが速い。馬の駆り方がうまい。

 乗馬歴たかだか四年では、本当にうまい人には勝てないということか。


 見失えば、一人で行ける気もしなければ、砦にスムーズに戻れる気もしない。何としてでも、少なくとも見失わないようにしなければ……。

 そんな、意識の低い目標が出来つつあった頃だ。


「──魔、獣」


 黒い点を目にした。それは、どんどんと増えていく。

 報告地点にはついていないはずだ。

 ではあれは新たに現れた魔獣か、戦線を抜けてきた魔獣か。

 とにかく、対象に遭遇した。

 久しぶりの魔獣の姿に、知らず知らずの内に、手綱を握る手に力が入った。

 魔獣がいる方に、馬は進んでいく。

 近づく。

 近づかれる。

 近づく。

 先を行っていたヴィンセントが、勢いの落ちていない馬から流れるように降りた。

 難なく地面に降り立った彼は、真っ直ぐに魔獣の方を向き、立ち止まり、腰から剣を引き抜いた。

 ヴィンセントは召喚士なのか、聖剣士なのか知らなかった。聖獣の姿は見なかったけれど、腰に剣も見なかったのでどちらか不明だったのだが、聖剣士だったのか。

 いつの間にか剣を身につけていたことも今知った。


 聖剣士は、召喚士と違って、直接的に戦う。召喚士は比較的距離を取って応戦するが、聖剣士は異なる。

 ヴィンセントは前から迫る魔獣に、一歩も後退りせず、そのまま魔獣の小さな群れに飲み込まれた。

 刹那、黒いものが飛ぶ。

 魔獣が、血飛沫を上げながら、宙を舞った。

 端から見ると飲み込まれたように見えたヴィンセントは、突っ込んできた魔獣を次々と切り裂いているようだった。


 約四年前見た、ガルのような剣捌きを思い出させる光景だった。

 召喚士であるセナは、少し離れたところで馬を止める。


「ギンジ」


 息を整える合間に召喚獣の名を呼ぶ。

 セナもここに魔獣退治をしに来た。仕事をしなければ。


「ギンジ?」


 呼べど、返事はなく、飛び出していく姿もなく、おかしいと思って下を見る。

 小さな聖獣は、ポケットの中にいた。ひょっこり顔を出して、前方を見ている。


「ギンジ、どうしたの。またポケットから出られないの?」

『あのような下らなすぎる愚はもう犯さない』

「それなら」

『まだ出ない』


 何だって?


『お前のことは死なせないから、安心しろ』

「いやそれはもちろん心配だけど、そうじゃなくて」


 出ない、とは何だ。


「ギンジ、この前、ちゃんとするって言ったでしょ……!?」

『言った』

「だよね!」

『だが今回は待て』


 だから待てって何。

 スムーズに従ってもらうどころか、悪化している……!

 話はして、解決したはずではないか。

 いつにもまして反応が悪いと言うか、今回は反応がおかしい。

 今回は待て、とは。

 出られないではなく、出ない。出られない様子ではない。

 ここは理由を問うべきだ。


「……ギンジ」

『来たな』

「え……あ」


 猫の瞳がすい、と上に移ったから、前を向いて視線の先を追った。

 空に、黒いものが現れていた。

 ああ、二度目だと思った。

 背景も距離も違う。それなのに、四年前の森での光景の記憶が重なった。

 コウモリのような羽を持ち、宙に浮かぶ、獣ではないもの。──魔物だ。

 ヴィンセントの頭上にいる。


『マタ ニンゲン カ』


 音の連なりが、聞こえてきた。

 言葉だと理解するには、一拍の遅れを要した。


「……喋った?」

『ああそうだな。私はあの喋り方が好かん』

「魔物って、喋るの?」


 ぎこちないが、魔物は喋った。

 一度目に見たときは喋っていなかった。

 それともあのときは、ガルが喋る前に対処したのか。


『聖獣も精霊も喋るのだ。魔物が喋ることができない道理はないだろう。とは言え、魔獣は喋ることが出来んが』


 喋るのかと思わず尋ねたが、この場ではすぐに些細なこととなる。

 魔獣より力を持つとされる魔物が、目の前に現れた。

 魔獣の前に逃げることしか出来なかった四年前。現在は召喚獣という相棒を得て、戦うことができるが、魔物と遭遇したのは初だ。

 瞬時に恐怖が生じる。

 後方のセナが手綱を握り込んで、馬で下がらないようにしている一方、前方のヴィンセントの背には、恐怖は欠片も存在しなかった。

 魔獣をたった一人で葬り去った彼は、頭上の魔物を見上げる。あの色違いの目は、きっといつもの冷静さを持ち続けているのだろう。なぜだか、想像がついた。


 そのヴィンセントの様子に、魔物が不快そうに目を歪めたように思えた。

 魔物が口をわずかに開くと、口の中からちらちらと黒い何かがゆらめき、出た。

 よくない力だ。『魔物の力』だ。


『シヌガ イイ!』


 魔物が口を、裂けんばかりに開いた。鋭い歯ばかりが並ぶ口から、聖なるものとは正反対の力を持つ黒い液体飛ばされた。

 ものすごい速さでヴィンセントに襲いかかる。

 彼は避けない。剣を動かそうともしない。

 液体は、微動だにしない彼の頭上に降りかかり──髪に触れたかと思われた瞬間、消えた。

 次々と。外れた液が地面にかかり煙が上がったが、ヴィンセントに降りかかる全ての黒い液は、消滅する。


『ナンダ キサマ!』


 自らの攻撃が無効となった魔物が、咆哮した。

 ヴィンセントがまだ立っていることが不可解で、あってはならないことのように激昂の声を上げ、魔物は、長すぎる爪を剣のように振りかざす。

 爪には、黒い炎のごとき力がまとわりついている。

 ヴィンセントはやはり避けようとはせず、ただ、攻撃を受け止めるために剣をそちらに動かす。

 そして、魔物の爪とヴィンセントの剣が接触し──歪な音が一秒分だけ鳴った。


 魔物の爪は、勢いが消えたように止まっていた。

 ヴィンセントは一歩足りとも位置を変えず、立ち続けていた。


「残念だが、魔物程度の力では俺に影響は及ぼせない」


 片手で持った剣で人ならざるものの凶器を防いだ人は、何のダメージも受けていないようだった。


 一撃目を防がれた時点で納得がいっていなかった魔物にとっても驚愕だったかもしれないが、彼がパラディンだと知っているセナも何だこれはと思った。

 剣と爪が触れた瞬間、力をぶつけ合い相殺するのではなく、向かう力が消えた。

 聖剣士の戦い方はそうなのかと考えかけたが、違う。


 まず、ガルの戦い方が頭の中に甦った。

 彼は、向けられた力を聖剣によって破壊していたのだ。

 筋骨隆々な魔物の攻撃を止めらたり、押し戻したりできるのは、聖剣士自身がそれを超える怪力なのではない。

 『魔の力の塊である相手』を、聖剣の力で押し返すのだ。

 弾くのは、あくまで『魔』そのもの。 『魔』という概念をもって、魔物全部に対抗でき、魔物の怪力も押し返すことができる。

 聖剣の力が強ければ強いほど、魔物の見た目相応の怪力も凌駕できる。

 当然弱いものであれば、そのまま魔物の力の餌食となり、普通吹き飛ばされて当たり前と見える攻撃にそのまま吹き飛ばされてしまう。

 決して、魔物の力を無視できるのではなく、力を上回って止めるなり吹き飛ばすなりという結果になる。

 だが今、前方にいる彼は、魔物の力を無視したと直感が言った。


 そこで、セナは自らが無意識に違和感を覚えていたと気がつき、同時に違和感の正体が分かった。

 ヴィンセントが持つ剣は、聖剣とは思えない。

 光を少しも帯びておらず、神秘を感じないどころか見てとれない。普通の刃にしか見えない。

 けれどまさか、普通の剣のはずがない。普通の剣では魔物たちに影響を及ぼせない。


 目の前で起きたことと、感じたことと考えたことの整合性が取れず、セナは静かに混乱する。


『なるほど』


 混乱の中、すっと耳に通った声に、セナは下を見る。

 ポケットの中に居続けている猫が、瞳を真っ直ぐ前に向け、ヴィンセントを映していた。

 その瞳には、うっすら驚きが浮かんでいた。


『これは、珍しいものを見る』

「珍しいもの……?」

『ああ。あの人間、破魔だ』

「はま?」


 ってなに?









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