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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
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10 パラディンの噂





 北の砦にやって来た最高戦力の元には、あらゆる報告がやって来る。紙での報告書もばかにならない。

 一時的にパラディンの執務室となっている部屋には、部屋の主はいないことが時々ある。

 その間にセナはせっせと書類の仕分けを行う。

 ヴィンセントが会議に行っている間に出来るだけ書類を用件ごとに分け、ときに内容を要約してまとめておくこともある。

 もう、やっぱり秘書的な存在では?

 と思いつつも、仕事の補佐なのだから、万事がスムーズにいくように整えるのが仕事なのだろう。


「いや、でも、これに関しては本当にただの雑用じゃない……?」

『今気がつくとは、意外と早かったな』


 ロープの数を数えていたセナがふと止まると、ポケットの中でギンジが言った。


「ギンジ、起きたの?」

『私は基本的にずっと起きているぞ』

「あっ、声かけたとき寝てるって返事してるの、寝たふりだって認めた」

『寝ている』

「すごい堂々と嘘つかれても」


 ポケットからばっちり顔が出て、目も開いているのだが。


「……ギンジ、今日も可愛いね」

『お前が喜ぶ姿だからな』

「その言い方は何だか妙な気持ちになる」


 妙な気持ちとは何だと首を傾げる猫は、今日も見た目だけは百点満点ですこぶる可愛かった。

 そんな猫から視線を外して、セナは作業の手を再び動かしはじめる。

 本日、午前の途中から午後現在まで、セナは倉庫の片付けなんてしていた。

 ただの倉庫の片付けだ。

 上司となったヴィンセントが何を取ってくるように言ったわけでもなく、片付け。

 こればかりは、パラディンの仕事の補佐とは関係ないのでは。もはやこの北の砦の雑用なのでは。


 事の発端は、備品の管理簿を見たヴィンセントが、その雑さに疑問を持ったことだ。

 今日の朝の会議で問うたところ、ずさんだということが分かり、セナに命が下ったというわけだ。

 部屋に戻ってくるなり、倉庫の備品の数を確かめるように、と。

 けれど、これは別に頼める人がいるのでは。

 この砦には、もちろん召喚士や聖剣士以外の人たちがいる。食事を用意したり、洗濯したり、掃除をしたり。砦の環境を整える役割を担う人たちだ。

 ……まあ、いいか。


「ギンジって、声からすると雄だよね」

『雄と言ったな。セナ、私を動物扱いしたな』

「え? 聖獣なんだから、そうでしょ?」


 獣とつくのだから。


『……』

「けど、ただの動物じゃないから……聖獣に性別あるの?」

『……あるのではないか。私は知らん』

「知らんって投げやりすぎでしょ」


 ギンジは何も言わず、ポケットの中に引っ込んでしまった。

 ……動物だという意識に引っ張られて、自然と雄だと言ったのだが、もしかして雄雌という言い方が駄目なのだろうか。


「ごめん。雄雌っていう言い方はやめる」

『別に、構わない。そもそも性別など、些細なことだ』


 他愛もない会話の流れで、予期せず召喚獣の機嫌を損ねてしまったようなので、しばらく作業に集中することにした。

 すっかり気を緩めて接していた相手だが、何でもかんでも思ったことを言うのは気を付けよう。多少の吟味が必要だ。


「……倉庫だからか、ちょっと寒いなぁ。……でも外の方がもっと寒いもんね。……ここっていつ温かくなるんだろう……」

『それは私に話しかけているのか? 独り言か?』

「え、……あぁ、ごめん。ほぼ独り言」

『ほぼ独り言とはどういう意味だ』

「側に誰かいるから、勝手に話しかけてて、聞いてることも返事が返ってくることも期待はしていない……っていうか返ってこないと思って言ってるから、ほぼ独り言。昔からの癖なんだ」


 それも人間が側にいるのではなく、かつての飼い猫が側にいる重みを感じての、そういう独り言。猫だから返事は返ってくるはずがない。言葉が分かっているかも分からない。

 だから、きっと無意識に重要なのは、側に何か存在がいることだ。


『私がいるのだから、堂々と私に話せばいい』

「ギンジ、さっきので怒ったんじゃないの?」

『怒る? 私が怒ることはそうない』


 そうなのか。


『さあ、話すがいい』


 尊大な猫である。

 とは言え、改めて話せと言われると、急に難しくなる。

 だから、また止めてしまっていた手を動かし、任された仕事をすることにした。


「……雑用なら雑用だけで、魔獣退治もないし、パラディンが出るような出来事がなかったら平和な職に感じちゃうな」

『なって良かっただろう』

「うーん、良かったって思うべきなのかな」


 思ってもいいことなのか。


『お前は魔獣を恐れる。その現場に行かなくてもいい。それならば良いことだろう。私はどちらとて構わないのだがな。魔獣であれそこらの悪魔が出ても、どうせ私がお前を守る』


 さらっと頼もしい言葉が聞こえた気がする。


「本当、ギンジが召喚されてくれて良かったなぁ」

『そうだろう』


 猫は満足そうにした。

 セナは笑って、帳簿に目を落とす。

 何だかんだ言って、この調子では思ったより早く終わりそうだ。

 これが終われば、次は何をするのだろう。他の倉庫もかな。

 仕事がなくなるくらい働いたら、どうなるのだろう。


「ちょっと、そこのあなた」

「はい」


 呼びかけられた拍子に手を離した箱が、カタンと音を立てた。

 倉庫には、セナとギンジ以外には誰もいない。だからセナは振り返る。


「エレノア?」


 振り返ってみると、エレノアがいた。


「セナ、このようなところで何を?」

「片付けと備品の確認。エレノアは?」

「片付けと備品の確認?」


 こちらからの問いは流された。

 意図的にというより、単に驚いてのよう。

 彼女の瞳が、予想外の言葉を聞いたように若干丸くなり、セナの手元と倉庫を見て、それから目が細まる。


「なぜ、そのような雑用を」


 雑用。

 ついさっき、セナも思い浮かべていた語句である。


「……エレノア、もしかしてなんだけど。従者の仕事ってこれが普通じゃないの?」

「パラディンの従者という意味では滅相もありませんわ」

「滅相もないんだ」

「当たり前です。従者とは主の側で仕事に励むもの。パラディンの側でなければ、これはパラディンの補佐でもないでしょう。砦の雑用係がするべき仕事ですわよ」


 さすがのセナも、薄々そうじゃないかとは思っていた。

 けれど。


「新人っていう点では雑用係は間違ってない気はする」

「『パラディンの従者』では、話は変わりますわ」


 自分なりに納得しようとした理由は、間髪いれずにエレノアに吹き飛ばされた。


「ところでエレノア。どうしてここに?」


 どうあれ、この仕事を任されていることに変わりはない。

 内容を有意義なものにするべく、尋ねた。たしか、呼ばれたはずだ。


「……替えの手綱を取りに来たのです」

「手綱ね。待って、出す」


 確認した中にあったはず。

 すぐに見つけた手綱を持って戻ると、倉庫が似合わないエレノアは、セナを見て、眉を潜める。


「ありがとうございます」


 どういたしまして。

 セナから手綱を受けとり、エレノアは少し息を吐いた。


「かのようなパラディンでは、風変わりなこともするのかもしれませんわね」

「かのようなって?」


 どのような?

 軽く聞き返した次の瞬間、逸れかけていたエレノアの目が戻る。


「まさかですが」

「はい」

「あなた、聞いていませんの?」

「何を」


 エレノアは信じがたい目をしている。


「あなたが従者をしているパラディンは、『異端のパラディン』ですわよ」

「異端の、パラディン……?」


 セナが無知を意味する繰り返しを口にすると、エレノアは知らないのかと、とうとう呆れた目をした。ふっ、とため息をついて。


「これ以上は聞き回るなり自分でどうぞ。まったく、本当に呆れますわ」


 言葉でも呆れたと言い、彼女はもう用は終わったと髪を揺らし、踵を返す。


「今のあなただけ見ると、まるでただの雑用係ではありませんか。それを抜きにしても、かのパラディンの従者は可能ならば早めに切り上げた方が良いと思いますわよ」


 背中でそう言い残し、エレノアは去っていった。


「……異端のパラディン……」


 とは、結局何なのだ。

 しかし言っていったエレノアは早くも廊下の先。

 残されたのは、セナとギンジ。この猫が知っているとは思えない。


「常識って、まだまだ多いなぁ……」


 そう呟くしかなく、セナは仕事に戻った。


 エレノアにきっぱりと雑用と示された仕事が終わったのは、昼過ぎ。

 我ながら早く終わったのではないだろうか。

 遅めの休憩がてら、食堂へ行く。


「ギンジ、何か食べる?」

『必要ない、と何度言えば分かる』

「ああ、つい」


 食事が出てくるのを待っている間、手持ちぶさたなので、つい思い付きで。


「大丈夫かい?」

「? 何がですか?」


 スープが入ったお椀がトレイに乗って喜んでいたセナは、首を傾げた。

 話しかけてきた相手は食堂のコックだ。コックに大丈夫かと問われる理由に心当たりがない。


「パラディン様の従者になった子だろう?」

「はい」


 よく知っている。

 それより、大丈夫かとは?


「わたし、大丈夫じゃないように見えましたか?」


 なぜかは全く分からないけれど。

 しかし、コックは「そういうわけじゃないんだがね……」と言いつつ、目で左右を見て、厨房側からちょっと身を乗り出してくる。


「最近来たパラディン様、どうも従者が皆短期間でクビにされているか、やめていくかっていう話なんだよ」

「そうなんですか?」


 初耳である。

 でも、そういえばパラディンとは従者がつきもので、期間限定でパラディンがつく状況は普通ではないのだという情報が頭を過った。

 エレノアは最初の時点では、何らかの事情で、北の砦には従者を伴って来ていないからかもしれないと予想していたが。

 この様子では、そもそも従者がいない。

 原因が、異常なスピードでのクビ。


「パラディン様の従者に選ばれるなら、皆が皆それほどの問題があるはずがないだろう?」

「まあ、そうですね」

「パラディン様の方が厳しすぎるという話だ」

「なるほど」


 セナが自分自身のことが心配になってくる話だ。従者クビになるかも。

 従者をクビになるだけなら……いいか?


「お強い方でいらっしゃるんだろうが、よくない噂を聞く。……あの左右色違いの目も、何だか蛇に睨まれているような気分だ」


 それは単に目付きのせいでは?

 コックの、ヴィンセントへの印象はよくなさそうで、けれどセナが言えることはなかった。

 ヴィンセント・ブラットというパラディンとの付き合いは浅すぎて、どのような人かもよく知らないのだ。人柄を語れはしないし、コックの話の真偽も定かではない。

 でも、どことなくもやもやしながらも、結局セナは一方的に心配されて、大盛りになって渡されたメインディッシュを持ってテーブルに向かう。

 座って、温かいミルクの注がれたコップを手で包み込む。


「……ギンジ」

『何だ』

「ミルク飲む?」

『それも猫扱いか?』


 早く食べてしまって、ヴィンセントの執務室に行こう。

 新たに仕事を課されたら、さっさとやろう。一心不乱にやって、また執務室に戻ろう。








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