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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
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8 従者







 翌日、配属隊がこちらに派遣されているからと北の砦までやって来た新人が集められた。

 とうとう正式配属と共に仕事が始まるのだ。

 配属先が伝えられるのだろうな。と、思っていたのだが……。


「ここにいる新人の中から、パラディンの従者を決める」


 パラディンの従者?

 並ぶ新人の中の一人であるセナは内心大いに首を傾げた。

 パラディンとは、昨日、この北の砦に来るとか聞き齧った覚えのある対象だ。

 しかし従者とは何なのか。

 疑問を抱えていると、上官が続けて話してくれる。


「単独行動が許され、特定の部下を持たないとされるパラディンだが、一名のみ特定の部下を伴っている。それが従者なのだが、現在パラディンの一人には故あって『特定の従者』がいない。……ひとまずこの砦にいる間の限定的なものになるだろうが、従者となる者を決める」


 途中、言葉を濁された気がするのだが、話は最初に戻ってきた。

 パラディンの従者とやらを決める。


「君たちはこれからすぐに隊に配属され、この土地で魔獣牽制のために当番制で巡回や見張りを行い、魔獣の退治に励んでもらう。が、パラディンの従者の仕事はパラディンの補佐だ。外に出るのはパラディンの判断次第であり、魔獣退治の巡回や見張りには出ないことになるだろう」


 何だか魅力的な話に聞こえた。

 つまり、パラディンは魔獣が増えてきたからここに来たけれど、今のところそれは備え。そして日頃の任務となる警らにも出ない。

 思えば、パラディンとは最高階級で、地位が高い。地位が高ければ高いほど、基本的には現場に出る回数は減るものだ。

 従者って、秘書みたいなものなのだろうか。


「しかし、相応の敵が来たときに出動するのがパラディンだ。無論、強力な悪魔が出たときにはパラディンが出るだろう。そして従者も行動を共にする」


 悪魔。

 魔獣や魔物が従う先──親玉と言える存在だ。

 魔獣がありふれ、セナ自身見たことがあるのに対し、悪魔はこの仕事になってもまだ見たことがない。

 とても危険な存在という情報のみがある。魔獣よりも。魔物よりも。


「誰か、志願者はいるか」


 上官は、新人を見渡した。

 こういうとき、やりたくなければ視線をそっと逸らすのが定石だ。

 セナは決して目を逸らしたのではないが、視線を真っ直ぐ向けたまま動かさなかった。斜め前にいる上官とは自然と目が合わない。


 別に、やりたくないというわけではない。

 ただ、この地には、現在魔獣の発生が増加傾向にある。だからと言って悪魔が絶対的に出るとは限らないが……、出る可能性は充分にある。

 そんな魔獣よりも危険な存在が万が一にでも出たとき、前線に行くパラディンの従者になりたいかと言えば……。

 期間限定でここでだけだとしても、悪魔が出る可能性を少しでも考えるなら、普段魔獣を相手にしている方がましかもしれない、という話だ。

 すごく浅はかな考え方かもしれないけれど、大事なことだ。

 怖いのは嫌な感覚だし、出来るなら安全に生きていきたい。

 安全に生きていくには出世が大事なら、パラディンの従者になると出世街道に近づけたりするのだろうかとは考えど、今の時点では立候補はしたいと思えない。


 しん、と室内は静まり返っていた。

 この沈黙、知っているような気がする。皆がやりたくないことを決めるときの、誰も立候補しない沈黙だ。

 と、自分も当事者なのに他人事のように空気を感じていたところ──


『わたしがしてもいいですか』


 すごく近くから、立候補の声が聞こえた。

 突然の立候補に、一体誰だと思った。

 左隣はエレノア。しかし声は彼女のものではなく、どちらかと言うと右側から聞こえた気がする。

 右は……。


「君は──ふむ、セナ・エベアータか」

「…………ぇ」


 急に名前を呼ばれて、びっくりした。

 右の方を見ようと思っていた目を反射的に前方に戻すと、上官とばっちり目が合った。


「はい、セナ・エベアータ、です」


 セナ・エベアータなる者は、自分自身である。

 なぜこのタイミングで、自分の名前が出る?


「研修での成績は聞いている。少し手間取ることもあるが、将来有望な召喚士だと」

「あ、ありがとうございます……」


 そんな話をなぜ今。

 状況が読めず、すでに多くの疑問符が浮かんで止まらない。


「それに……ふむ、エベアータ家の者か。それならば文句もつけられなさそうか……」


 上官が再び、視線でセナを捉えた。


「よし。セナ・エベアータをパラディンの従者に任命する」

「え」

「この砦の一時的なものになるだろうが、期間は現時点では未定。配属の隊への籍はあるが、この砦ではパラディンが直属の上司であり、パラディンに従うように」


 決定事項のように言われ、「はい」以外の何が言えるだろうか。

 どうして急に自分に決まったのか、何が何だか分からない間に、セナはパラディンの従者になることとなった。


 そこからは、元の予想通り配属先が発表され、全員任命書を受け取った。

 セナも受け取ったが、もう一つ、異なる辞令の記された紙を渡された。

 パラディンの従者の件である。

 任命書と辞令書。両方を手にし、セナは訳が分からない。


「……なぜに」


 やっとそれだけ呟けた。

 なぜ、自分が従者に。


「立候補した人がいたのに。……そういえばあの声……」


 声は女子の声だったが、右隣は男子だった。かといって、もう片方の隣のエレノアの声ではなく……。

 それに、どこかで聞いたことのある声だったような気が……。


「誰……?」

『私だ』


 声を見下ろすと、ポケットの中から猫が顔を出していた。


『私がお前の声を真似て、志願しておいた』

「え」


 我が聖獣は、とんでもない告白をしてくれた。


「声真似、そんな特技が……じゃなくて、な、なんで」

『お前とてそれを望むだろうと思ったからだ』

「わたしが?」


 猫は頷く。


『あの人間は、パラディンとやらは魔獣の退治の巡回には出ないと言っていた。お前は魔獣が恐ろしいのだろう? では、パラディンと行動を共にする従者とやらになって、魔獣から遠ざかればいい』


 何と、何の嫌がらせかと思ったらこの聖獣、こちらのことを考えてしてくれたと言う。


「……ギンジ、優しいねぇ……疑ってごめんね」


 とてつもない罪悪感が芽生えて、猫を撫でる。


「でも……」

『何だ』

「いや、何でもない。従者、頑張るかぁ」


 普段の警らには出ないっぽいけど、危険性が高まると出動するのがパラディンなんですよ。ということは言わなかった。

 決まったから、頑張ろう。

 セナは配属先の隊に向かう他の新人とは反対の方向の廊下に足を向ける。

 早速、ここに向かうようにと、部屋を指示されていた。

 噂にもなっていたパラディンは、すでに砦に到着しているらしい。


「セナ」


 歩き出したところで呼ばれ、足を止めた。


「エレノア」


 赤みの強い髪の彼女が立っていた。


「どうしたの? エレノアもあっちでしょ?」

「あなた、なぜ従者になると志願したのです」


 行かなくていいの?という問いを聞こえなかったように流されて、反対に問われた。


「あなたはエベアータ家の者でしょう。いずれは従者がつく側になる人間であり、従者になる身分ではないはず」

「今は銅階級だから、変ではないんじゃ……」

「それは階級です」


 見当違いなことを言ってしまったのか、エレノアがちょっと眉を動かした。

 機嫌を損ねたらしいと察し、セナは慌てて先に口を開く。


「ぱ、パラディンなんて見たことないから、従者になって学べることもあるんじゃないかなって思って」

「元パラディンであるガル様がお父上でしょう。何を言っていますの……」

「え、そうなんだ」


 セナが目を丸くするのに対し、エレノアは鋭い目付きをした。

 元パラディン?

 それは初耳だ。

 あれ? パラディンの地位位置は、どこだっただろう、とさっきまで認識していたことを頭の中で確認したくなった。

 パラディンは最高階級で。

 最高階級白金の中でも、二番目の位置で。

 彼らの上の地位は、一つだけのはず……。


「セナ、あなた、自分が属する家について知るべきことがあるようですわ。そして名家の人間として持つべき心構えを持ち、振る舞いをし、当然の地位を目指すべきです」


 エレノアの鋭い響きを持つ声に、意識を思考から引き戻された。

 属する家について知るべきこと、は今深く考えると混乱するので置いておく。

 ただ、持つべき心構え、振る舞いと、純粋なる名家育ちの人間に言われると、気後れを覚えた。

 そういうのは持って生まれ、もしくは幼い頃から身に付けられていくものだと思うから。

 心構え、振る舞い──後付けできるようで、違う。彼女とセナとは、精神から異なる。

 性格とは違う。環境、教育によって体と思考に染み付いた、精神。

 彼女の『当然』はそういうものだ。

 名家としてセナを見るのは当然かもしれなくとも、他人であり他の家の人間であるセナにまで全く同じものを求められても困る。

 しかし、エレノアは悪意があって言っているのではないとも分かる。


「……エレノア、わたしはあくまでエベアータ家の養子で、そういうところは充分に身に染みるほど身に付かなかったみたい」

「それは言い訳ですわよ」

「そうかもしれない」


 口で何とか言い繋ぎながら、頭では彼女を納得させられるような理由を頑張って考える。

 なぜパラディンの従者に志願したか、だったか。正直に言えばギンジがしたことなのだが、正直に明かすと状況が悪化する未来が見えた。


「……エレノア、わたし、この機会に聖獣との関係について向き合ってみようと思う。わたしの今の欠点は聖獣を従わせられないところでしょ? それを改善するには、関係そのものを見直さないといけないと思うから」


 契約により、必ず召喚士の意に従うはずの聖獣。

 何より魔獣退治は聖獣の本能とも言えるようで、あの場で命令にすんなり従わないことは召喚士としての素質を問われてもおかしくないことと言えた。

 単に、動いたあとは目覚ましい働きをしてくれるので、紛れているだけで。

 時にそれは、致命的な結果になり得る。早く反応し、魔獣を倒すに越したことはない。召喚士は、聖獣がいなければ無防備だ。もしも聖獣の間を通り抜けてきた魔獣があったなら……。

 ゆえにこそ、隊で連携し、いち早く魔獣を葬り去る。


 名家云々は置いておいて、そこはセナとて何とかできれば何とかしたいのは本当だった。


「そう、なのですね」


 今の状況から連想されることを言えば、エレノアは頷いた。


「無闇に前線に出続けるよりも、あなたはあなたなりに考えを持っていたのですね」

「そうです」


 そうです。


「余計なことを言って申し訳ありませんでしたわ」

「いえ。エレノアの言うことは普通に考えれば正しいことなんだろうって思う」


 正直、こちらからするとそんなこと言われてもと戸惑い、放っておいてくれないかと思うものの、セナに身に付いていないだけで、常識という可能性がある。


「期間限定だからこそ、利用できる期間ですわね。……そもそも期間限定で従者をつけるパラディンとは……」

「エレノア? どうしたの?」

「……いいえ。そういえば、パラディンとはどのパラディンなのでしょうかと思いまして。この砦に来るに当たって、何らかの事情で従者とは一時的に行動を別にしているから……とかでしょうか」


 パラディンって何人いるの?と聞きたくなったが自重した。常識かもしれない。

 何か思い出せそうなことがありそうに、首を傾げていたエレノアとは、そこで別れた。









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