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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
一章『異端のパラディン、の従者』
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5 強かった






 冷気が、マフラーの隙間を縫って肌に触れる。

 空はよく晴れ、見通しがよく、景色は一面雪に染まっていた。

 教会の制服に身を包んだセナは馬に乗り、雪原を行くところだった。北の砦に派遣されたためだ。

 乗馬は好きじゃない。

 おまけに寒いから、手袋をしていても手が冷たくて仕方ない。首都は春めいていたのに、この違いは一体どうしたことだろう。

 しかしやっぱり風邪は引かない、相変わらず頑丈な体なのであった。前世でこうだったら良かったのに。


 ノアエデンを出て一ヶ月、セナは置かれた環境に淀んだ目をしていた。

 式典後一週間は本部にいて、それから支部に向かったのだが、本部に戻る前に指令が下った。北の砦に向かえ、と。


「先輩、砦ってまだ先なんですか?」


 馬での道中、何度か夜営をし、とうとう本日到着予定は朝頃だったはずなのに、現在もう昼頃だ。

 横を行く先輩に尋ねると、先輩は「そうだなあ」と頭上を見た。


「ここに来るまでに魔獣と遭遇したから、まだかかるよ」


 予定は予定。

 当初の予定は、何にも遭遇せずに順調に道を行った場合のことだ。

 まだしばらく、旅は続きそうだ。

 セナは、マフラーの陰でひっそり息を吐く。寒い中で出歩くとは、こんなに大変なのだ。

 元々望んでいたことは単に外で遊べればいいなくらいのことだったけれど、そんなことはもう言っても仕方ない。孤児として世界に放られた身では、甘ったるくも、馬鹿げた話だ。


 ところで、北の砦とは、その名の通り北を守る要所だ。

 人員補強のために、新人研修終了直後、そのままセナ含む一部の者たちが向かうところだった。配属予定の隊がそちらに行ってしまっているためだとか。

 下には、馬に乗る数の人数と同じだけ、白い、犬のような狼のような獣が複数いる。

 いずれも聖獣であり、彼らが側にいる馬に乗っている者が契約主だ。

 北へ行くこの小隊は、全員召喚士で構成されている。


「ギンジ、起きてる?」


 自分の聖獣は……と、セナはコートのポケットの蓋を開く。


『……寝ている』


 小さな猫は、ポケットの中に収まっており、返事をしたくせに顔を上げなかった。


「返事したんだから、起きてるよ」

『眩しい。開けるなセナ』

「眩しいって顔どこにあるの?」


 上からは見えないのだが。

 絶対テキトーな口実にしているだけだ。もう一月と半分毎日の付き合いだから、この獣の性格も分かってきていた。

 引っ張りだしてやろうか。でもやっぱり猫の姿だから、寒いかな。


 先輩方の側を行く狼っぽい聖獣は、太陽の光を受けて毛並みをきらきらとさせている。さすが聖獣、純白の毛並みが太陽に輝く。

 普通の動物よりも凛々しく、知性が漂い、その姿は太陽下では神々しくもある。

 寒がっている様子はない。


「どうしたの、セナちゃん」


 じーっと下を見ていたためか、先輩に声をかけられた。


「先輩の聖獣って、やっぱり狼ですか?」

「うーん、犬と言うよりはやっぱり狼っぽいね」

「狼って寒さに強いんでしょうか」

「セナちゃん、彼らの姿は人間の側にいるに当たっての擬態であって、本当に狼の性質が移っているわけじゃないんだよ? 聖獣だから、自然の気候には左右されないよ」


 でも外見は狼だからなぁ、とセナは思うのだ。


「うちのギンジが引きこもりなのは、猫だからだと思ってるんですよ」

『やることがないからだ』

「セナちゃんの聖獣は、そういう性格なんじゃないかな」


 ポケットの中からの声は、先輩には届かなかったようだ。


「ギンジは引っ込み思案なのかぁ」

『……お前は私の言葉を聞いておきながら、なぜあちらの意見を採用する?』


 ポケットがもぞもぞしたから、見てみると、ギンジがぽこんと頭を出していた。

 どことなく不満そうな顔だ。けれど、相変わらず声以外は可愛くて、頬が緩んでしまう。

 話す猫は思った以上に可愛い。家を出ても、二十四時間話し相手になってくれるし。こんな環境でも、癒しになってくれる。


「じゃあ寒がり? 猫だもんね」

『この姿は所謂擬態に過ぎない。何度も言ってきたが、そろそろ猫扱いは止めろ』


 ……声と話し方を除けば、癒しだ。

 大体どこからどう見ても猫だから、猫扱いはしてしまう。

 外見は重要だ。例えば狼の姿をした聖獣より、可愛い猫の姿をした方が近寄り易いと思うし、そう接してしまうものだろう。


「魔獣だ!」


 砦までひたすらに進むという、だらけかけていた空気を緊張させたのは、班長の一声だった。

 弾かれたように、セナは周りを見る。

 白い雪の中に、黒い塊が見えた。その黒い塊は動いており、こちらに近づいてくる。

 ぞわり、と肌が瞬間的な恐怖で粟立った。

 魔獣だ。


「総員、戦闘準備!」


 全員がほぼ同時に手綱を引き、馬を止め、契約する獣に口々に命じる。

 命令を受けた聖獣は駆けていく。

 走っていくあとには、星のごとき輝きがちらつく。


『ああ、獣か』

「ギンジ、出番」

『了解。…………いや、待て。ポケットから出られないぞ』


 何だって?

 ポケットから頭を出しただけの状態の猫は、もぞもぞしている。ポケットから体が出てくる様子はなく、少しして、もぞもぞが止まり、猫は魔獣が来る方を眺めるだけになった。

 何してるの?


 猫が視線をやっている方向で、魔獣と聖獣がぶつかり合う。

 ある獣が輝く爪で襲いかかると、きらきらとした軌跡が描かれる。戦う方法は個体によって、強さによって様々。

 その様子を見て、セナは焦る気持ちをぐっと堪える。


「ギンジ?」

『無理だ。出られない。疲れた。そして面倒になってきた』

「嘘でしょ」


 ここで説得の時間か。

 セナはふっと息を吐く。


「ギンジさんギンジさん。召喚士としての要って召喚獣だと思うんですね」

『そんなはずはないだろう。召喚士が死ねば召喚獣は還ることになる』

「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」

『無論、私はお前を死なせるつもりはないが』

「大体、わたしが言ってるのはそういう意味じゃなくて。せっかく召喚しても召喚獣が動いてくれなかったら、召喚士としての意味がないってことなんだけど、その辺りについてはどう思いますか」

『確かに役に立たないな』


 辛辣な猫だ。役立たずといった類いの言葉は嫌いだし、言われたくない。


「……わたしを死なせるつもりがないなら、今、動いてほしいな」


 魔獣は怖い。

 二度、囲まれ、襲われかけたことが影響しているのと、そもそもあんな生き物が向かってきたら怖いに決まっている。


 召喚士とは、聖獣と契約し、魔獣を退治する。セナはその職を目指すこと前提で、ガルに引き取られた。

 あの環境から抜け出したかった。抜け出せた。その代わり、今、孤児院にいたときとは別の種類で死に近い場所にいる。


 手綱を握り、馬を御しながらも、魔獣の方から目を離さない。

 ──朝起きると、ここはどこだっただろうかと思うことが未だにある。

 鏡を見て、奇妙な心地になる。白っぽい金色の髪に、黄色の目。猫ならまだしも、人間ではお目にかかったことのない色だった。

 そして、魔獣を前にしたとき、時折、奇妙な心地になる。

 この世界は、何なのだろう、と。かつて考えることを止めたことをふと考える。

 自分はなぜここにいて、なぜこんなことをするはめになっているのだろう。

 ここは、どこだ。


「セナ、何をしているの! あなたの聖獣は!?」


 前方の馬上の人が、セナに鋭い声をなげかけた。


「エレノア。ちょっと今説得を」

「説得とは何のです」

「ポケットから出られなくなったと思ったら、面倒になったみたいで」

「面倒? 何を言っていますの。そもそも、召喚獣とは説得するものではありませんわ! 今すぐ出すか、潔く下がっていることをお勧めしますわ!」

「今すぐ出──」


「まずい! 後ろからも来ています!」


 えっ、と反対側を見ると、遠くから黒い塊が横に広がり迫ってきているようだった。


「くそ、北の魔獣が増えているという話は本当らしいな!」


 班長が自らの聖獣を呼び戻す声をかけた。


「ベーゲリア、戻りなさい!」


 続けて、前方でセナに声をかけていた彼女が聖獣を呼び戻す。


「──ギンジ」


 セナは、がら空きの方向を見たまま、名前を呼ぶ。

 今すぐ行って。単純に死にたくない。

 ポケットがもぞりと動いた。

 もぞりもぞりといくらか動き、『ああ、そうか。姿をより小さく変化させれば良かったか』と、ポケットの中が軽くなる。

 出てきた。


『あちらの魔獣を消せばいいのだな?』

「お願い」

『よかろう。行ってくる』


 猫の姿が、軽やかに地面に降り立つや、変化する。急激な変化。毛が爆発したように、大きな姿に。

 そして風よりも早く、その場から離れていった。白い姿は、雪の中ではすぐに目で追えなくなる。


 数秒後、風が起こり、反対側から戻ってきた聖獣が駆け抜けていった。

 獣たちの姿が雪の向こうに紛れる先、どんどんと大きくなっていた黒い塊が消えた。

 消えたのだ。残ったのは、白い雪ばかりの景色のみ。


「おお……消えました」

「──エベアータか」


 一気に、全てが忽然と消えた魔獣の群れらしきものに、反対側の警戒をしていた召喚士数人がセナを見て、すぐに元の方向に向き直る。

 やがて、負傷者ゼロで戦いは終わった。

 聖獣の中には、負傷している獣がいるかもしれないが、彼らの怪我は時間が解決する。

 ギンジは大丈夫だろうか。あの聖獣は怪我をして戻ってきたことがないけれど……。


「お帰り」


 セナの馬の元に、聖獣が帰ってきた。

 元の小さな猫の姿だ。


『疲れた』

「お疲れ様。ありがとう」


 飛び上がってきた猫を掬うと、猫はすぐにポケットの中に入って丸くなった。

 やっぱり寒いの? 

 怪我はなさそうで良かった。


「さあ、こうしてはいられない。一刻も早く要塞に到着するぞ」


 一行は再び馬を進めはじめる。

 目的地は、最近監視区域に魔獣の出没が増えたという北の要塞。

 寒い日々が続きそうだ。









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