1 その日は急に
鏡を見ると、今でも時折、奇妙な心地になる。
淡い色の金髪に、黄色の目。目の色なんて、猫ならまだしも、人間ではお目にかかったことのない色だった。
黒髪黒目を十七年。金髪黄目を五年。
こうして比べると、土台が十七年なのだから、五年ぽっちの付き合いのこの容姿に未だに奇妙さを感じるのは仕方ないのかもしれない。
いつか、当然だと毎日流せる日が来るのだろうか。
『セナ』
じっと鏡を見つめていると、妙に響く声音がして、振り向くと後ろに大きな雪豹がいた。
雪豹と言えど例えるとするならで、白をベースとした毛並みに、少し青みがかかった銀で豹特有の模様がついている。
セナは、その豹をちょっと睨む。
「ベアド、ノックくらいしてよ」
『人間の習慣は人間だけでやってくれ。それより、ガルが呼んでるぞ』
「お父さんが?」
ベアドは人間がするように頷き、『朝飯の前に話があるってよ』と俗っぽい口調で言い残して、青白い模様が浮かび上がった床に溶けるように消えた。
白い光をきらきらと撒き散らして、白い獣も模様も消えてしまう。
どうやら養父──ガルが呼んでいるらしいので、私室から出て、とある部屋の前にやって来たセナは、人間としての礼儀であるノックをする。
「どうぞ」
入った部屋は、寝起きしたり寛ぐような部屋ではなく、仕事部屋だ。
朝陽が射し込み、西陽は射し込まない。
絶好の場所に設けられた部屋の窓際で、部屋の主は振り向いた。
「おはようございます、セナ」
「おはようございます、お父さん」
養父、ガル・エベアータの容貌は、出会って四年経っても欠片も衰えた様子はなかった。
ミルクティーのように淡い茶色の緩い癖のある毛先や睫毛の一筋一筋まで、神様が愛したに違いない。そんな、非常に整った顔立ちは健在だ。
その顔が微笑みかけてくるのだから、この人生の幸福と不幸の数値は不可思議な動きをするはめになる。
「お父さん、こんな朝に何か用?」
セナがガルを「お父さん」と呼びはじめてそこそこ時は経っていた。そして敬語が取れてからも。
セナが用件を尋ねると、ガルは机の上から何かを取り、セナに差し出す。
封筒?
白い封筒は、中に紙が入っていると分かる、微妙な厚みを持っていた。エベアータ家の紋章で封をされているため、中を覗いてみることはできない。
さて、これは何かと、首を傾げてみる。
「今日、セントリア学園で召喚の儀式を行ってきてください」
「──今日?」
「はい。学園の卒業式でもあるのでちょうどいいと思いまして」
セントリア学園なるものは、学校である。国の首都にある学びの場だ。
特定の人間が通う学校であるとは知っていて、『召喚の儀式』が示すところも知っている。
しかし、今日?
「きゅ、急ですね」
「そうですね。忘れていました」
すみません、とガルは微笑む。
慣れていない人間であれば悩殺される笑顔だろうが、セナには耐性ができている。
悪気が全く感じられない。いくら綺麗に微笑んだってやって良いことと悪いことが……。
「問題はありますか?」
いいえ。
やんわりとした声音と口調なのに、どうしてこうも否応なしの雰囲気を醸し出すのか不思議でたまらない。
「話は通してあります。それは手紙兼通行証だと思って下さい。門番に見せれば中に通してくれるでしょう。その後案内の者にでも渡して下さい」
「はい」
「それから、今回は聖剣の試しはしなくともいいです」
「……いいの……?」
「まずは聖獣を召喚して、両方運用する余裕があるか様子を見ます。魔獣との戦いに慣れてから聖剣の試しをするのが良いでしょう」
そういうことか。
正直接近戦は避けたいので、「えっいいの?」と思ったわけだが、ガルがそんなに甘いはずがなかった。ですよね。
「召喚はベアドが素質を明言していますから、失敗はないでしょう」
一通りの話を終え、ガルはやはり微笑んだ。
「セナ、健闘を祈りますよ」
綺麗な微笑みは、ちょっと重圧に感じた。
ガルは、失敗などするはずがないと信じ、当たり前とさえ思っているから。
まあ、やってやりましょうとも。
セナ・エベアータ、おそらく二度目の十七才くらい。
ガル・エベアータに引き取られて四年。
ファンタジーな要素の散らばる二度目の人生で、これからの人生を左右する大事なイベントがやって来る。